【8】
残していいよ、というスイリュウの申し出を断腸の思いで辞退する。非常に有り難かったが、せっかく出してもらったものを残すのは申し訳ない。
スイリュウに習い、さやかはスープを一気に飲み干した。
喉元過ぎれば何とやら。うん、胃が燃えるように熱い。
どうしてもパンは飲み込めなかったので、スイリュウに水を頼んだ。
「水? いいよいいよ。そりゃ普通の人間には飲み込めないよねぇ」
レイは普通じゃないんですか、という疑問は目の前の光景によって霧散する。
スイリュウが取り出したカップに水を注いでくれたのだ。
…自分の指先から。
「えっ!? 」
今起こってる現象を説明しよう。
さやかの目がおかしいのでなければ、スイリュウの指先から水が出ている。
もう一度言おう。鋭い爪の生えた指先から、勢いよく水が溢れでている。
「指から水が出てるよ!? 」
「うん? だってスイリュウだし」
何故なら俺だから!という事か。何処の中二病患者だ。
意味がわからないと眉根を寄せたさやかに、スイリュウは首を傾げる。
「さやかの世界にスイリュウはいないの? 水の竜、で『水竜』だよ」
「え。スイリュウって名前じゃないの? 」
「名前はないんだ。俺、契約してないから」
その声音がどこか寂しげで、さやかは胸をざわつかせる。
水竜の出してくれた水でパンを流し込みながら、慌てて他の話題を探した。
「水竜君は男の子? 」
「うん……雄、だけど」
一段と声が沈んだ気がして、益々慌てる。
駄目だ。この世界の常識がなさすぎて、どれが地雷なのかさっぱり分からない。
「ちょっと気になってた事があるの。ほら、私の事誰が着替えさせてくれたのかなーって」
気の動転したさやかは、思わず己の地雷を踏んだ。
(そう、ずっと気になっていた)
シリアスな雰囲気に気圧されて口に出来なかったが、さやかは現在肌触りの良い黒いシャツ一枚である。
下着のたぐいは一切つけていない。正真正銘その一枚きりなのだ。
膝ちょい上まであるとはいえ、ノーパンノーブラでレイに覆い被さっていた。
ちょっとした痴女である。
それでも言えなかったのは、上半身裸のまま食事をしていたレイを見て『あ、ひょっとしてこのシャツはレイのものなのかな』と思ったからだ。突っ込んでじゃあ返せと言われたら、露出狂変態の一丁上がり。
寒さは感じなかったので、己の保身をはかり口にしなかった所存である。忍びない。
そんなさやかの葛藤は露知らず、水竜は淡々と告げた。
「レイが着替えさせてたよ。さやかびしょ濡れだったし」
「デスヨネッ。後でお礼を言わなくちゃ! 」
「…あ」
慌てて捲し立てたさやかは、本日3度目の浮遊感を感じた。
もう自分の迂闊さを呪いたい。