【45】
「ちょっと待って。俺、先帰るからさ」
沈黙を破ったのは、意外な声だった。
「…トルコ? 」
「さやかもそれ以上刺激しないであげて。レイ爆発しちゃうから」
言っている意味がさっぱり分からなくて、疑問符で頭がいっぱいになる。
さやかが意を決して覗きこめば、目が合ったレイの身体がピクリと震えた。
「あぁああああ駄目だってばー! もうっ俺イノリの援助に行ってるから。二時間…いや三時間以内に帰って来てよ!? 契約者居ないと魔力の消耗激しいんだから! 」
早口でまくしたて、水竜はあっという間に床へ溶けて消えた。
たちまち室内に沈黙が落ちる。
突破口が見えなくて、レイの鼓動に耳をすましていれば。
「…イノリは」
ポツリ、と呟くレイの声が落ちてきた。
「…うん」
続く言葉が、怖い。
レイにとって一番の存在なのか。
すでに、婚約や結婚をしているのか。
(流石に愛人は無理かもしれない)
ギュッと目をつぶり、そして。
「男だ」
…今度はさやかが固まった。
「……………………………………………………え? 」
カチリ、と硬直したさやかの背中に腕を回し、レイは後ろへ倒れこんだ。
「…一体どうしてそんな勘違いを」
「え、え? だって誰も男なんて言ってないよね…? 」
「普通分かるだろう」
「普通!? 」
あの、線が細くて顔が外国人女優の様に美人で、髪を丁寧に編みこんでる人間を、普通みんな男だと思うだろうか。
「レイの恋人だったり…婚約とか、結婚とか」
「頭を割って欲しいのか」
「謹んで辞退申し上げます」
身体が軋むほど抱きしめられて、与えられた事実が衝撃的過ぎて…息が止まってしまいそう。
「大体お前は…鈍すぎるんだ」
「鈍い…?」
「半裸で抱きついてきたり、全裸で抱きついてきたり。どれだけ俺が耐えたと思ってる」
「何か、改めて言われると凄いことしてるね。ははは」
乾いた笑いを漏らせば、レイの手がさやかの後頭部へ添えられて自身の胸元へと導く。
レイも、さやかと同じように激しい鼓動が響いている。
「人のことばかり心配して、自分が耐えればいいと思ってる。危なっかしくて…かなわない。目が離せない」
さやかの髪に柔らかいキスを落としたレイは、小さく息を吐いた。
「全く、年上の癖に…世話が焼ける」
「としう…は? 年上? レイいくつなの? 」
「もうすぐ二十になる」
「二十!? もうすぐってことはまだ十九なの!? 」
てっきり二十代後半かと思っていたのに。
次々と特ダネを暴露されて、さやかの頭はさっぱりついていかない。
普段使わないと思っていた『青天の霹靂』とはまさにこれいかに。
(ということは三年前は十六? )
…いやいやいやいや、間違って手を出してたら完全にアウトではないか。あのおっぱい星人を全くもって笑えない。異世界でも未成年者に手を出してはいけないのだろうか。脳内妄想も犯罪になるだろうか。
さやかは別の意味でガクガクと震えだした。
「もう、隠し事ハアリマセンカ」
「隠し事…別に隠したつもりはないが」
「じゃあ、衝撃の事実ハゴザイマセンカ」
「衝撃…」
ふっと身体が軽くなったと思った瞬間。
さやかはシーツに縫い止められていた。
顔を挟んで両手をついたレイが、艶美な笑みを浮かべる。
「そうだな、その身体を…隅々まで味わい尽くしたい位、だな」
「…えっ」
魔導師というものは、もれなくいきなり入るスイッチがついてるんだろうか。
人格が変わり過ぎてさっぱりついていけない。
「だ、だ、だってレイ私を好きだなんて一言も…! 」
「…今更? 」
「いやいやっ、大事な事だし! 」
むむっと睨みつければ、レイはやっぱり幸せを逃した。
だけど、構わない。
私がいくらでも補給し続けてあげる…なんていうのはおこがましいことだろうか。
レイはじっくりと私の耳を味わい、色っぽく舐め上げ、噛んで。
最後に。
…好きだと、甘い想いを吹き込んでくれた。
―fin




