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【41】

苦しい。


胸を押し潰されそうな、圧迫感。

身動きが取れない。身体がピクリとも動かない。

暗闇の中で、一点だけが白く光って。


さやかは動け、と叫んだ。


「…あ」


目を開けた筈なのに、そこはやっぱり暗いままで。

全身に伸し掛かる重みと圧迫感にさやかは恐怖した。


「やだ…や…」


無くしてしまえば、あんなにも願った結末が怖い。

死後の世界が、こんなにも苦しいなんて。


どこまでも塗り潰された世界に、身じろげば。





トクン、と小さな鼓動が聞こえた。


「どうした」


聞こえない筈の声を拾って、さやかは瞠目した。

ふっと緩んだ力に抗って声のする方を仰ぎ見れば。


黒髪の、男が居た。

その男が、さやかを抱きすくめていると気付き。


さやかは最大級の悲鳴をあげた。


   ※


「うわわわわ!! なになに!? 」


男の叫び声が聞こえて、さやかの恐怖は振り切れた。

刹那ゴンッという鈍い音と共に男の呻き声が聞こえる。


「いたたた、蹴り落とすことないだろ…」

「何勝手に潜り込んでる」


会話を聞いて、さやかは混乱の極みに達した。

男が二人、会話している。


さやかを拘束してる手はほどけず、カタカタと震えながら目の前の男を凝視した。


漆黒の髪に、サファイアの様に澄んだ青い瞳。

目も鼻も口も全て…先刻まで見ていた夢の人物に酷似していた。

似ていたが、髪の色も瞳の色も違う。

さやかの求めてやまない人は、全ての色素が抜けた様に白かったから。


「寒いのか? 」


震えるさやかを抱きしめ、男はさやかの瞼を甘く食む。

どこまでも甘い響く声に、さやかは確信した。

自分の想いは振りきれてどうしようもなくなって…似た人物を。


(酔った勢いで持ち帰ったのか)


しかも、二人。


泥酔した上に、最悪の精神状態。

それを加味しても現実に起こってる事態を受け入れるには、衝撃が強すぎた。

何もかも投げた上に、純潔まで投げ捨てて、しかも初めてが複数って…どうでも良いと思っていた自分のこの先は、確実に坂を転がり落ちているのだと絶望した。


しかし、さやかもいい大人である。責務はきちんと果たさねばならない。

こんな美形が無償でさやかみたいな地味人間に奉仕してくれる訳がない。

玄人を二人…目眩がする。

さやかはおずおずと切り出した。


「すみません、一晩おいくらですか? 」


記憶にはないが、極上の一時をくれたのだろう。夢の中で最愛の人にも会えた。ならば相応の報酬が必要である。薄給な上に引越し費用で大分寂しくなった懐に、一抹の不安がよぎるが。


目の前の男は薄く口を開き、眉間に皺を寄せる。


(あ、その表情本物と寸分違わない)


そう思った瞬間。


「いだっ!! 」


額に衝撃が走って、さやかは頭を抱えた。

生理的な涙が目尻に滲む。


「お前は、男を買い漁ってるのか」


地を這うような低い声に、身を強ばらせる。


「アキラとかいう男はどうした…! 」

「いだだだだだ」


長い指がさやかのこめかみをギリギリ圧迫する。


「き、昨日あやめさんと結婚しました」

「…捨てられて自棄にでもなったのか」

「弟に捨てられたとかっ! どんだけ酷いの私の人生! 」


人生初の買春、人生初のアイアンクロー。

もうさやかの涙は底をついて枯れるほど、ちょちょ切れるかもしれない。


(その上、私が! 一番気にしてることを! )


聞いてきた本人を睨みつければ、そこには今にも零れ落ちてしまいそうな程、見開かれた瞳。


「弟? 」


呆然とつぶやく声に、あれ、と思えば。


「レイ~、そろそろさやかの頭割れちゃいそうだけど」


間延びした声が、縁起でもないことを口走った。







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