【4】
今度は落ちる感覚を感じる前に鈍い衝撃が走った。
「…ぐっ」
低い呻き声と硬い感触。条件反射で息苦しさがないか確認した。
きちんと呼吸を確認し、安堵の息を吐く。
(よかった、溺れていない)
手探りで地面を探せば、手にしっとりと馴染む柔らかさに触れた。
「おい」
確かめるように数度撫でたところでどこか聞き覚えのある声が響いた。
…身体の下から。
嫌な予感をひしひしと感じつつ身体を起こすと、見覚えのある双眸と視線がからむ。
そう、殺人ビームがでそうなやつである。
眉間の皺が見事な渓谷を形作っていたが、先ほど感じた冷気は纏っていなかった。
…纏ってはいないが、すっと目元が細められる。
「ひっ」
さやかは本能で距離を取ろうと逃げ腰になるが、身体が離れる前に腕を掴まれた。
起き上がる寸前で止められ再び男と目を合わせる。
居たたまれなくて、慌てて視線を逸らした。
どうやらさやかが下敷きにしてしまったその男は、ベッドで眠っていたようだ。
生成りのシーツに横たわっている身体は、引き締まっていて無駄がない。
思いの外盛り上がった胸筋と六つに割れた腹筋。生で見るのは生まれて初めての体験である。
弟はなけなしのプライドでカウントしない。
つまり男は上半身裸という事だ。上半身は、なのか上半身も、なのかを確かめる勇気はない。
ついでに言えば先ほど撫で回したのは…。
「!」
口を突き破る悲鳴は、男が流麗な動作で起き上がった為飲み込まれた。
うっかり見えてしまった下半身は、ゆったりとした黒いズボンを履いている。
勿論、安心しましたとも。
そんな邪まな想いを抱いたせいか、カチャリ、と物音がした時には文字通り飛び上がった。
「あーやっぱりいたいた」
背後から間延びした声を聞き及び、慌てて振り返るとそこには青色トカゲがいた。
先ほどはよく見てなかったが、身の丈は小学校低学年の子どもほどある。
器用に二足歩行した青色トカゲは、ご丁寧にも戸口から入ってきた。
「スイリュウ、説明はしたのか」
「ううん、まだ」
ポテポテと歩く青色トカゲ、もといスイリュウと呼ばれた生物は近くのテーブルへ持っていたお盆を下ろす。
お盆にはティーポットと小洒落たティーカップが2客。
想定外に大量の水を口にしていたが、多くを吐き出してしまった為酷く喉が乾いていた。
無意識の内に、喉を鳴らす。
「飲みながら教える」
そんなさやかを横目で見た男は、一つため息をついてベッドから降りた。