【35】
物音がして、さやかは振り返った。
「お帰り…トルコ。もう少しで夕飯ができるよ」
「うん、ただいま… 」
肩を落とした男性がテーブルについた。鮮やかな青い髪は変わらないが、以前見た成長期のような華奢な体つきではなく、しっかりと身体が出来ている。身長も三十センチ以上伸びてしまったその姿は、一拍置かなければトルコと結びつかない。
「見つからなかった…? あまり気を落とさないでね」
「あぁ、うん」
何処か上の空だったトルコは、気のない返事をした。
さやかこそ気落ちしてしまった心を振り払うように、夕食作りに没頭した。
※
「…」
お通夜のような沈黙の中、食器とフォークのぶつかる音だけがやけに大きく響く。
今夜のメニューは、緑黄色野菜たっぷりのシチューに、テーブルロール。スモークチキンのサラダに、ほうれん草とベーコンのバター炒め。
普段なら美味しく感じるのに、今日ばかりはちっとも手が進まない。
さやかは機械的に口へ運ぶが、砂を噛むように味気なかった。
「…ねぇ」
重苦しい空気を破ったのはトルコだった。
トルコは空になった皿に視線を落とし、次いでさやかを見つめる。
「おかわり? 」
「あ、うん。お願いできる? 」
歯切れの悪い返事に『まだいっぱいあるから大丈夫』と小さく笑んだ。
「…けない」
「うん? 」
トルコが小さく呟いて、さやかは振り返った。
「えっと、その…さやかの近くに歩けない人っている、かなって」
「彰の事? 私話したっけ…? 」
首を傾げるさやかの耳に、一際大きな金属音が響く。
「見つけたのかっ!? 」
これまで一言も口にしなかったレイが叫んだ。
トルコの顔には戸惑いの表情が色濃い。
「さやかと同じ箱…携帯、だっけ。それにさやかの自画像を映した人が…この人見かけませんでしたかって聞いてきたんだ」
「ちゃんと指針は残してきたんだろうな」
「…うん」
「探してるという事は、時間も丁度いいだろう。今から転送するぞ」
「待って! レイはこのままでいいの!? このまま何も話さなくて…! 」
席を立つレイに、トルコが縋った。
レイは振り返る。あの、冷気を纏って。
「…必要ない。一時間後に決行する。その間に別れの挨拶を済ませておけ」




