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【3】


幼いさやかは満面の笑みを浮かべていた。


目の前には、ピカピカ光るピンク色の自転車。

6才の誕生日に買ってもらったばかりの、今世界で一番好きな乗り物である。


今日はこれからこの自転車に乗って、母の日のカーネーションを買いに行く予定だ。

大通りはまだ駄目だけど、角の花屋さんならば…と母から許可をもらったのはほんの一週間前。


よし、と気合を入れて自転車に跨った。

すーはーと大げさな呼吸を繰り返してから、ぐっと足に力を込めた…まさにその時。


「おねえちゃん」


後ろから声をかけられ、ぎくり、と身体を硬直させる。

いつもは愛らしいその声が、この時ばかりは心の底から憎らしかった。


振り向くことが出来ずに固まっていると、もう一度おねえちゃん、と声がかかった。


「どこ、いくの? あきらもいっしょにいく」

「だめ、あきらはおるすばん」


さやかが返答する前に一緒に行きたいとねだる彰。それをにべもなく断るさやか。

彰を連れて行くとなると、自転車は置いていかなければならない。

それでは意味が無い。


しばらく『行く』、『駄目』と押し問答を繰り返し、業を煮やしたさやかはペダルを勢い良く漕ぎだした。

彰を置いて自転車で行くという暴挙に出たのだ。


「あ! おねえちゃんまって! 」


彰の声を背中に聞きながら、さやかはぐんぐんとペダルを回す。

風をきり、髪をなびかせる。

もう振り切っただろうと後ろを見やれば、自転車のすぐ後ろに彰がいた。


「!」


思った以上に差がひらいていない。焦ったさやかは、再び足に力を込める。

徐々に速度が上がると、自分は車より速いかも!なんて気分もしてくる。

今度こそ大丈夫だとさやかは確信した。

…補助輪つきの自転車が、2才年下の弟の速度と変わらないなんて、さやかには知る由もなく。

はぁはぁと息を切らし始めたところで、視界に目的の花屋をとらえた。


もう一度、さやかは振り返った。


(だめ)


そのさやかの背中に向かってけたたましいクラクションが鳴らされる。


(だめ! 来ないで)


耳をつんざくブレーキ音。


(来ないで! あきら!! )


どん、と腹の底を打つような衝撃音が辺り一面に響いた。



   ※



「…アキラ? 」


はっと目を覚ましたさやかは、まだ幼さの残る声を聞いた。

焦点の合っていない視界はぼんやりと青い。また溺れているのかと思ったが、先ほど感じた息苦しさがなかった。

目を眇めれば、青色の中にキラキラ光る金の双眸をとらえた。

はじめは、鼻先がつくほど近い距離で覗いているこの金眼の持ち主の声かと思っていたが、すぐさまそうではないと自身を否定した。

よくよく見てみれば、青い鱗がびっしりと顔を覆っており、瞳は瞳孔が開いてるのかと思うほどの細い線が入っていた。まばたきをすれば、瞼は下から上に閉じた。まるでトカゲの様だ。うん、トカゲが喋る訳がな…



「ぎゃああああああああっ!!! 」



おおよそ妙齢の女性が上げるような悲鳴じゃない悲鳴をあげ、さやかは力いっぱい後ずさった。ごん、と後頭部に衝撃が走る。振り返れば、壁。どうしよう、退路がない。

どうにかして距離を取ろうと限られた範囲を右往左往した。


そんなさやかを見て、青色のトカゲは首を傾げた。


「ダイジョブか? 」


そう、ご丁寧に青色トカゲは首を傾げたのである。

そしてさやかの認識が間違っていないのであれば、確かに大丈夫かと聞いてきた。

口もちゃんと動いていた。その口内に鋭い牙が見えたが。


(喰べられる…!! )


そう思った瞬間、さやかの中でぷつりと音がした。

今日は短時間で生命の危機に瀕しすぎている。

故に、精神は限界に達していた。


相手を刺激しないようにゆっくり体制を低くすると、後頭部を打った壁を全力で蹴りつけた。


「霊長類なめんなあぁあああ!!! 」


力の限り叫んださやかのその声は、半ばで掻き消えた。

本日2度目の浮遊感と共に。














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