【23】
「初めまして、イノリ・プレイヤです」
にこやかに右手を差し出され、さやかは息を飲みながらその手を握り返した。
「初めまして、サヤカ・ササキと申します。本日はよろしくお願いします」
ぎこちない笑みを浮かべながら、さやかは自己紹介した。この緊張を目の前の人物に気づかれないといいのだけど、と一抹の不安がよぎる。
素敵な女性だと想像していたイノリは、実際目を見張るほどの美人だった。さやか自身の予想など大きく裏切っているほどに。
プラチナブロンドの髪は丁寧に編み込まれ、きっちりとまとまっている。髪と同色の睫毛はライトブルーの大きな瞳を色っぽく縁取り、笑みを浮かべた唇は艷やかだ。
スラリとした長身は白のかっちりとした衣服に包まれ、左胸元には紋章がキラリと光っていた。騎士団の制服なのかもしれない。
イノリは僅かに眉を下げながら、微苦笑をもらした。
「こちらこそ。午後から職務がある為このような堅苦しい格好で失礼します」
「いえ。お忙しい中すみません」
「とんでもない。私も今日は楽しみにしていたのですから」
形の良い唇がさやかの右手にそっと触れる。何だか新しい世界が開けてしまいそう。宝塚にはまる世の女性達の気持ちが少し分かった気がした。
「服もとても良く似合ってますね。可愛いですよ」
「あ、ありがとうございます。成人した身としては似合ってるかどうか不安なんですが… 」
「十八才でしたか」
「いえ…二十三です」
「それは失礼しました」
僅かな驚きに留めたイノリは、よく出来た大人の女性だ。自分も少し見習わないといけない。
はぁ、と溜息が聞こえて、無意識の内に出てしまったのかと思えば。
少し離れた場所でトルコが肩を落としていた。
「いいなぁー、イノリ。さやかとデートできるなんて」
「ふふ、羨ましいでしょう。君も長時間変体できるようになればいいんだよ」
「うぅ…出来ないって分かってるくせに」
しょぼくれるトルコに、さやかは慌てて駆け寄った。
「ごめんねトルコ。ちゃんとお土産買ってくるから」
「約束だよ? …じゃあ、俺帰るから」
「ここまでありがとう」
今居るのは、首都トウキに程近い街道を少しそれた場所――街道から森を一つ挟んだ草原だった。タマー平原というのだそうだ。
牧歌的な風景が広がっており、遠くの方に見えるのは鹿だろうか。さやかは野生の鹿を生まれて初めて見た。
どうして少し離れた場所かというと、トルコが街中に入ると大騒ぎになるらしい。
遁甲したトルコが先に辿り着き、指針を示して転送されたさやかを導いたのだという。
元の世界に帰る時も同じ原理で行うそうだ。
レイの名前を口にして、トルコの姿は掻き消えた。
「さて、それでは向かうとしましょうか」
「はい」
イノリは数歩移動し、木に括りつけていた手綱を掴む。おとぎ話に出てくるような白馬が繋がれていた。パンの入った籠を荷袋に詰めた後軽やかな動作で跨ると、馬上からさやかに手が差し出された。
ごくり、と唾を飲み込んで、緊張した面持ちで馬に近づく。思いの外強い力に引っ張りあげられて、瞬く間に視界は高くなった。
「ゆっくりと進みますが、落ちないようにしっかりと鬣を掴んでいて下さい」
「わかりました」
ごめんねと小さく口にし、ぎゅっと鬣を握る。しっかり掴んだのを確認したイノリは、さやかの身体を包み込む。長い足が馬の腹を軽く挟むと、緩やかな振動が伝わり始めた。




