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【22】

草木も眠る丑三つ時。異世界にも幽霊はいるのだろうか。

夏の早い日の出よりずっと先に、さやかは一人台所に立っていた。


シンプルなフランスパンにベーコンエピ、ベーグル、くるみとチーズのパンにピザパン。菓子パンも欲しいからクロワッサンにチェリーパイ、クリームパン。以前瞬く間に胃へ消えたバナナマフィンも作ろう。


ようやく完成したぶどう酵母を使い、生地を捏ねる。美味しくなりますようにと願いを込めて、さやかはモーツァルトを口ずさむ。曲名は『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』。訳すと『小さな夜の音楽』という意味だから、今のさやかにぴったりだ。

機械を使わず一つ一つ丁寧に作り、石窯で焼ける。何て幸せな事なんだろうか。

忙しい日本でいつしか忘れていた、食べてもらう人への『感謝の気持ち』。

少しでも喜んでもらえたらこれ以上に嬉しい事はないと、さやかは自然とほほ笑みながら作業を進めた。


   ※


「おはようー、いい匂い! 」

「おはようトルコ。テーブルの上のパンは食べていいよ」

「パン屋を開くみたいだな」

「レイもおはよう。こんな早起きして大丈夫? 」


さやかは『明日雨が降るかも』とからかった。


「…今日雨を降らせるぞ」

「そんな事できるの!? ごめんなさい、今日だけは勘弁して下さい」

「冗談だ。トウキから転移してきた時にまた腹を潰されたらたまらないからな。無理してでも起きようというものだ」


口角を上げるレイに、さやかはむむっと眉根を寄せる。そうすると更に口角を上げて、レイは親指でさやかの眉間を押し潰した。


今日は待ちに待った首都トウキへと向かう日。気合を入れて焼き上げたパンを籠いっぱいに詰め、目一杯のおしゃれをした。

半身をひねり、どこかおかしいところがないかと確かめる。さやかの動きに合わせて、トルコ色のAラインワンピースはふわりと裾を広げた。

レイが、ぴくりと片眉を動かす。


「その格好で行くのか」

「どっかおかしい? 」

「いや…」


それきり口を噤むレイに、さやかは小首を傾げる。

二人のやりとりを見ていたトルコは、小さく吹き出した。


「あーあ、レイもちゃんと伝えればいいのに…と」


じり、と近づくレイに気づき、トルコは慌てて両手で口を塞いだ。

疑問符を浮かべたままのさやかの頭に、今ではすっかり慣れ親しんだレイの手が触れた。


「そろそろ約束の時間だ。転送しよう」


離れた手を名残惜しげに見つめれば、空中を舞うように泳いだ。光線が円形の幾何学模様を描き出す。緩やかに回る様は酷く幻想的だ。魔法陣だとレイが説明してくれる。

レイはもう片方の手で、ポケットを探りさやかに差し出した。


「時計と財布だ。何か好きなものを買ってくるといい」

「そんな、いいよ」

「…土産を期待している」

「わかった」


淡く笑んでそれらを受け取り、さやかは魔法陣へと足を進める。


「いってくるね」


振り向き手を上げるさやかに、レイは微笑を返した。











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