【21】
「はい、すみません。何ていうかその…一種の気の迷いというか」
「言い残すことはそれだけか」
「遺言!? 」
仁王立ちするレイの前には、きっちりと正座する一人と一匹の姿がある。
犯罪者の様な弁明をしたトルコは、断罪決定のようだ。
(何で私まで)
腑に落ちないさやかは、自然と口を尖らせる。
トルコの生み出した水はレイを持ち上げ、全長百メートルウォータースライダーへとその身体を放り投げた。あっという間に駆け抜け、ザバーンと素晴らしい水しぶきをあげて湖にダイブした。
余すトコなくずぶ濡れになったレイは、久々にその引き締まった身体を拝ませてくれた。
(眼福眼福)
ここで『よっ! 水も滴るイイ男!』なんて掛け声をかけたら、断罪人数が増えるのだろう。
さやかが寸でのところで飲み込むと、相反してトルコはぶちぶちと文句をたれた。
「…だってさー、レイがさやかの谷間に気を取られて隙があれば…ついうっかりやっちゃうよ」
「はっ!? 」
「いい度胸だ。骨まで消し炭にしてやる」
物騒な台詞を口走ったレイの手に、魔力がバチバチとスパークする。
「!!!? 」
流石のトルコも慄き、そして。
「きゃあ! 」
「わぁああ! 」
ブシュウ!と勢い良く噴射された水がトルコとさやかの頬を濡らした。
(あれ? )
呆然と見上げれば、レイは底意地の悪い、それでいて心の底から楽しそうな笑みを浮かべていた。
即席の水鉄砲と分かって、先に立ち直ったのはトルコだ。
「よおぉし、その勝負受けて立つ! 」
きゃっきゃウフフ(?)とはしゃぐ二人を眺めながら、さやかはお弁当の準備を始めた。
※
「うぅーもう食べられない」
さわさわと心地よい風を受けながら、さやかはごろりと横になる。
水遊びをして思い切りお腹を空かせ、反動で腹十二分目まで食べてしまった気がする。
ごろごろと柔らかい下生えの感触を楽しみながら、力いっぱい伸びをした。
「食べてすぐ寝転がると、牛になる…という格言がこの世界にはあるんだが」
「奇遇だね、私の世界にもあるよ」
樹の幹に背を預けたレイが、さやかのおでこをくすぐる髪を撫で上げた。
レイの指先はもっとくすぐったくて、それでいて心を落ち着かせた。
「…十日後に、首都に行けるとしたら行きたいか」
「ほんと!? 行きたい行きたい」
約束をちゃんと覚えてくれていたのが嬉しい。
「分かった。案内役に連絡しておく」
「案内役? 」
「イノリという王国騎士団に在籍する魔導師だ」
どこかで聞いたことあるようなと思案し、衣服を調達してくれた人物と結びついた。
「思い出した! 服を用意してくれたレイの元同僚の方ね。会った時お礼を言わなくちゃ」
「何だ、知っていたのか」
「うん…という事は、レイは騎士団に居たの? 」
「ああ」
そう告げたきり口を閉ざしてしまったので、さやかはレイの横顔を静かに見つめるしかなかった。
考えてみれば、過去も事情も何一つ知らない。
以前トルコが呟いた『命を狙われている』という言葉。
気軽に詮索していいことではないと分かっていたが、知りたいと思うのもまた事実で。
いつか、レイの口から語られることを願う。
一度願えばじょじょに貪欲になる。人間は、何処までも欲深い。
自分に少しでも心を開いてくれたらいいな…と望んでいた。
さやかは髪を弄ぶレイの手を、そっと握る。
「レイも一緒に行ってくれる? 」
「…いや。俺は行けないが、イノリは信頼できる。けして危ない目には合わせないだろう」
「そっか」
優しく微笑むレイに。
気落ちした想いが、どうかこの指先から伝わりませんようにと願った。




