【19】
(はい、奈落の底まで落ち込む時が来ましたよー! )
昨日と打って変わって眩しい陽光が差し込む朝。
さやかはその爽やかな空気とは裏腹に、遠い目をしていた。
この体、綺麗なまま乙女ロードを爆進して二十三年、夢にまで見た朝チュンを。
(一切手を出されないまま迎えました…! )
もうこの際目の前にある魅惑的な首筋にかぶりついてしまおうかとも思う。甘咬みして嬲ってどうしようもない位味わい尽くしてしまおうかと。
それくらい許されるよね、なんて危険思考が頭を独占したせいか…。
神聖な朝の空気に似合わない煩悩ダダ漏れの思念は、邪悪な怨念となっていたらしい。
「起きたのか」
「!! 」
レイをいつもより随分と早い起床へと導いてしまったようだ。
さやかは超特急でレイとの距離を広げた。
「おはおはよう」
「あぁ」
レイが起き際にくしゃりと頭を撫でるものだから、この蕩けるような夢を全力で楽しむと誓ったさやかの鼓動は大きく跳ねた。
※
「…今度こそ、さやかは眠れない夜を過ごしたのか」
「いやいや、めっちゃ快眠すっきりした顔でしょ」
「レイが早いのかもげふぅ!! 」
見事な回し蹴りをくらい、トルコはずしゃーっと顔面スライディングをしていた。
「きっと俺が居ない間にいちゃいちゃいちゃいちゃ…それはもう目もあてられない位いちゃつくんだ」
「あのねぇ」
突っ伏したまま、トルコは床にのの字を書いていた。のの字って異世界まで共通なんだな。
「ほらほらそんなに落ち込まないで。今日は完成した酵母を使ってバナナマフィンを焼いてあげるから」
「ホント!? 」
ばっと勢い良く起き上がったトルコの声に、追随して大きな咳払いが一つ。
「…数は多いんだろうな」
「う、うん。じゃあいっぱい作るね」
意外な甘いもの好きが発覚して、さやかはほわりと微笑んだ。




