【16】
夢を見た。
白い壁、白い天井、白いベッド。何処までも色の無い世界で小さな彰は静かに横たわっていた。
「右足を切断、ですか? 」
「ええ。お母さん、彰君の右足はねじ切れてしまっており、膝下から先は切除する以外術がありませんでした」
誠に残念ですが、という医師の言葉を母・美智子は何処か遠くで聞いているようだった。
美智子の口は薄く開き、見開かれた瞳は視線が定まっていない。
小刻みに震える肩に、そっと手が添えられる。父・義雄だった。義雄は仕事中に呼び出され、服も髪も乱れていた。いつもきっちりしている父のそんな姿を、さやかは生まれて初めて見る。
幼いさやかは何を言っているのか理解できなかったが、母の様子が尋常ではない、という事だけは分かった。
さやかが自転車で飛び出したあの時。
車は紙一重でさやかを避けた。奇跡的に無傷で済んだのだ。
さやか『だけ』は。
左へ急ハンドルを切った車は、数秒遅れて走りこんできた彰を轢いた。
結果、彰は右足切断という重傷を負った。
…日々穏やかに暮らす幸せな家族が、壊れ始めた瞬間だった。
※
はっと目が覚めた。
さやかの身体はまだまだ睡眠を欲しているのに、意識は急速に浮上する。
胸を抑えれば、車のエンジンの様に重い振動。
全身に纏わりつくような倦怠感を引きずりながら、身体を起こした。
さやかの胸中を表してるかのように窓から覗く空は薄曇りで、どんよりとしていた。
首筋のじっとりとした汗を拭い、頬にへばりついた髪を払いのけた。
(まるで、浮かれている私を諌めるみたい)
ふっと自嘲気味に笑ってみたが、少しも笑えた気がしなかった。
あの事故から、何もかも狂ってしまったのだと思う。
自分を責め、さやかを責めていつしか壊れていった母。
現実逃避をするように仕事へと没頭していった父。
現在母は入院し、父は彰が専門学校へ入学すると同時に単身赴任先へと向かった。
彰は来春には専門学校を卒業する。
就職先も内定しているが、生活が安定するには時間がかかるだろう。
いつしか滞りがちになった父からの仕送りを思えば、一刻も早く帰らねばならなかった。
彰を生活面でも、経済面でもサポートするのはさやかの責務である。
あの異世界に飛んだ夜、迎えに来ると言った彰に甘えられない理由はそこにあった。
トルコを急かす行為はしないと固く誓うが、早く帰らねばならないという想いだけは何よりも忘れてはいけなかった。
忘れるのは、許されない。




