【14】
洗い物をしていると、逃亡した筈のトルコが戻ってきた。
「これからちょっとさやかの世界を探してくるね」
「そっか、よろしくね。いってらっしゃい」
「いってきます」
夜ご飯はお肉がいいな、とリクエストしながらトルコは朝と同じように溶けて消えた。
洗い物を終え食器を片付けたさやかは、透明な瓶と干しぶどう、バナナを作業台に並べた。
今朝出掛ける前のトルコに、なにか買ってきて欲しいものはないかと聞かれてリクエストしたものだ。
「さて、やりますか」
煮沸消毒した二つの瓶に、それぞれちぎったバナナと干しぶどうを入れる。
瓶の縁ギリギリまで水を入れ、蓋を閉じれば完成。
気合を入れた割に驚く程簡単な工程を経て作ったものといえば。
「しっかりとできますように」
両手を合わせて祈る。上手くいけば数日後には立派な『天然酵母』になっている…筈。
そう、パンに欠かせない酵母を作っていたのだ。
天然酵母というと難しい印象があるかもしれないが、作り方は至極シンプルである。
ただその扱いや無事完成するかに難があるだけで。
今回はポピュラーな干しぶどうと季節柄バナナを使ったが、苺やりんご、驚くことに柿なんかでもできる。
瓶を作業台の端に置き、窓から空を見やる。ギラギラと照りつける太陽は中天を過ぎていた。
「もう洗濯物乾いてるかな」
さやかはパタパタと軽い足音を響かせて、中庭へと向かった。
※
「!?」
ズシンッという鈍い音と振動に、洗濯物を取り込んでいたさやかは慌てて振り返る。
するとそこには、太い丸太に囲まれるレイの姿があった。
レイ自身の身の丈数倍はあろうかという丸太は、操られた水に軽々と持ち上げられていた。
「何に使うんですか? それ」
「…ベッドを作る」
言うや否や、レイの周囲は水の壁で覆われる。丸太をぐるりと囲んだそれは、透明な空間を作り出していた。
息を飲んでその光景を見つめていると、レイの指先から放たれた水流が目にも留まらぬ速さで丸太を切断した。
「すごい…! 」
以前テレビでみたウォータージェットと同じ原理だろうか。
高圧をかけて水を噴出し、金属も容易く切る映像に驚いた記憶がある。
レイは意のままに水流を操り、あっという間に丸太を木材へと加工していた。
作業を終えると同時に水壁はたち消え、木材は中庭の角に並べられた。
「ベッドまで作ってもらえるなんて…本当にありがとう」
さやかはペコリと頭を下げた。至れり尽くせりで申し訳ない程である。
「…まだ作れない。木の乾燥に時間がかかる」
「なるほど。私は強靭な肉体を自負しているから! 何処でも五分で寝られる特技もあるんです」
だから大丈夫!とばかりにファイティングポーズをすれば。
…レイの口角が僅かに上がった、気がした。
(今――)
ひょっとして笑ったのだろうか。
初めて見るレイの笑顔に自然と頬が。
「別に俺のベッドを使って構わない」
…緩む前に、爆弾発言がさやかの胸を強打した。
「はっ!? 」
またトルコのアテレコか!?と辺りを見渡したが、あのテヘペロ水竜の姿はない。
「いやいや、それだったらまだあのおっぱい星人と寝るよっ」
「…そういう趣味があるのか」
「いやないけど!! 」
色気過多な成人男性と、おっぱい大好物エロ水竜だったら…何だか究極の選択な気もするが、後者を選ぶ。もし仮にレイと同衾したとして、一切手を出されなかったらそれはそれで奈落の底まで落ち込む気がするし。
「そうだ! レイ他の気配があると眠れないんでしょ? トルコに聞いたよ。悪いから折角だけど遠慮しておくよ」
そうだった。すっかり忘れていたがトルコがそう言ってたのだ。
(よく思い出した! )
さやかは自分で自分を褒めてやりたい気分だった。
「トルコ? 」
「あ、水竜のこと。名前をつけてもいいって言ったから…ダメだった? 」
「いや…」
そのまま二の句をつげないレイに、一抹の不安を覚える。
口元に手をやり思案にふける横顔を見つめれば、ざわりと胸が騒いだ。
(やっぱりいい気分はしない、よね)
自然とうなだれるさやかの頭に、ぽふり、と柔らかな重みが落ちた。
「別に問題ない」
優しく撫でられ、さやかはおずおずとレイの顔を盗み見れば。
今度こそしっかりとレイの微笑みに触れる事ができた。




