【11】
ちょっと出掛けてくるね、とさやかに手を振ると、水竜は淡い光を放ちながら床に溶けていった。
これが『遁甲』なるものだろうか。非常に便利そうだ。あの青いネコと同レベルで欲しい。
ただし、迷子にならない事前提だが。
一人台所に残ったさやかは、居候してるせめてものお礼に食事を作りたいと願い出た。
そしたら水竜に食いつかんばかりに喜ばれた。やっぱりアノ食事は不本意なのだろう。
いや、お腹を壊さない所は凄いと思った。少々さやかと水竜の味覚に合わなかっただけである。
「さて、と」
好きに使っていいからと出された食材は、驚いた事に地球のものと変わらない。
なんと名前まで同じだった。もしかして翻訳されているのだろうか。
齟齬が無いことを祈る。
まずはにんじん、玉ねぎ、パセリをみじん切りにする。
そして、ここからが驚き。
フライパンをコンロの五徳に置き、側面の赤い石――魔石というらしい――に触れる。
「点火」
さやかがそう囁けば、ぼっと火が着いた。
魔石には魔力が込めれており、魔法の使えないさやかでも扱えるのだ。
オリーブオイルを注ぎ、みじん切りにした具材を入れて炒める。
焦げ付かない様気をつけながら、先ほど聞いた説明を思い起こした。
『魔法ってのは、魔力を糧に精霊から力をかりて起こす現象の事を言うんだ。だから、魔力の低い人は高い人が魔力を込めた石――『魔石』を使って魔法を繰り出すんだよ。魔力の高い人を魔術師と呼ぶんだけど、竜族から力を借りられる特別魔力の高い人間は魔導師と呼ばれるんだ』
レイも魔導師の一人なのだという。
普通転移する指輪――これは『魔道具』というのだそうだ――なんて作れないらしい。
ひょっとしてとんでもなく地位が高かったりするのだろうか。
…そんな人物への数々の蛮行。万死に値するかもしれない。
本当に敬語を使わなくて大丈夫なのか不安になってくる。
思考の波に溺れそうになり、慌ててフライパンを火から外した。
良かった、焦げていない。
出来上がったソフリットを鍋に入れ、ひと煮立ちさせる。
そぎ切りにした干し肉を加えアクを取り、塩コショウで味を整えれば簡単スープの出来上がりだ。
「うわぁ、いい匂い」
「!?」
後ろから急に声をかけられ、さやかは口から心臓が出るほど驚いた。
「水竜、いつの間に帰ってきたの!? 」
「ん? 転移の指輪を使ってさ」
「そっそうなんだ、お帰り」
「ただいまー。それより見て見て」
じゃじゃーんと効果音をつけて水竜が差し出したのは、大きな箱。
さやかが覗き込んでみると、そこには服や食材がぎっしりと詰まっていた。
「どうしたのこれ」
「イノリに頼んで買っておいてもらったんだ。さやかの着替えもあるよ」
「イノリ、さん? 」
「うん。レイの元同僚」
服の入った袋を水竜から受け取る。
(やった! 遂に脱・痴女宣言)
中にはセンスのいい服が数着入っており、有難いことに下着もある。
さやかは心の中でイノリに感謝した。
きっと素敵な女性に違いない。
しかし、こんな大量の服を購入すれば、大きな問題にぶち当たる。
「お金どうしよう… 」
「いいんだよ、レイお金持ちだし」
「そんな訳にはいかないって」
衣食住全て面倒をみてもらうなんて申し訳なさ過ぎる。
自分が人並み以上にできるのはパンを焼く位だが、どこか働き口はないだろうか。
衣服や食材を買ってきたのならば街があるのだろう。
聞きたいのは山々だが、まずは目先の問題解決が先だ。
「着替えてくるね」
「分かった、俺は洗濯物干してくる」
さやかは、間借りしている水竜の部屋へと急いだ。




