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【1】

初めまして。宜しくお願いします。

書き終わってから投稿してますので、間違いなく完結致します。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

「水辺で俺を襲うとは、よほどの自信があるとみえる」


冷酷な声で吐き捨てる男を、さやかはただ呆然と『見下ろして』いた。





「本当に送らなくて大丈夫? 」


白い息を吐きながら、さやかと対峙している男性は気遣わしげな視線をよこした。


彼の名は園部清彦。

さやかが勤務しているパン屋『ブーランジェリー ソノベ』の店長である。


どこもかしこも色づく年の瀬、園部とさやかは閉店後の店内にクリスマスの飾り付けを施していた。ツリーに色とりどりのオーナメントをつけ、スノーマンやサンタの人形を並べて。

赤と緑のコントラストは、恋人達の幸せな時間を形作っているようだ。


時刻は二十二時ちょうど。

最後にドアへ大きなベルのついたリースを掛けて作業を終えた所である。

挨拶を済ませ帰路につこうとしたさやかに、園部が送ると申し出てきた。

気持ちは有難いと思いながらも、パン屋の朝は早い。店舗の二階が園部の自宅だが、一分でも多く睡眠に当ててほしかった。

さやかはやんわりとその優しい提案を辞退した。


「はい、歩いて十分ですから」

「…そう。本当に気をつけてね。自宅についたらメールをくれると嬉しいな」

「分かりました! それではお疲れ様でした」

「お疲れ様」


園部に軽く会釈をし、さやかは踵を返す。ブーランジェリーソノベは大通りに面しており街灯も多い。キンと冷えた夜気に首を縮めながら、明るい道を足早に歩いた。


長年愛用しているハーフコートのポケットから、携帯を取り出す。

チャットアプリに、弟のあきらからの履歴があった。


『仕事終わった? 』


今帰っているところと返信すれば、すぐに既読と表示される。


『迎えに行こうか? 』


園部といい彰といい自分の周りには心配性が多いようだ。くすりと小さく笑い、顔を上げる。ふと視線をめぐらせれば、遅くまで営業している花屋のショーウィンドウにさやかの顔が映った。

一度も染めたことのない黒髪を耳の後ろで一つにまとめ、化粧っ気のない顔は可もなく不可もなく。平均体重を維持しているのに何故か頬だけはふくよかで、実年齢より幼く見えるのが難点である。そんな自分が夜道で何か危険な目に合うとも思えなかった。


花屋の店頭にはポインセチアが並びこちらもクリスマス一色である。

その鮮やかな赤を横目に、大通りから花屋脇の小道へ入っていく。

一本入れば明かりはぐんと減る。

気持ち小走りになりながら再び携帯へと目を落とした。


『後五分で着くから』


大丈夫、と打とうとしたさやかの足に、こつりと小さな衝撃があった。

石でも蹴ったのかなと辺りを見渡せば、数歩離れた先で街灯の光がキラリと反射した。


(お金? )


道路に落ちている光物イコール現金だと即座に判断した自分に苦笑しつつも、確かめずにはいられなくて。

光の元へと歩み寄れば、そこにあったのは銀色の小さな輪。


「何だ違うのか… 」


心持ち気を落としながら拾い上げる。道路の真ん中にあれば、車をパンクさせてしまうかもしれない。

どこか端に置いておこうと掌で転がせば、銀色の輪に細やかな細工が施してあることに気付いた。


ナットか何かと思ったそれは、指輪、だった。


よくよく見れば、繊細な細工の中心には透き通った空色の石がはまっている。あまり宝石に詳しくないのでその石の名は分からないが、どこか高価な印象を受ける。

この世に生を受けて23年。一度も指輪を贈ってもらえる機会はおろか、相手にも恵まれていなかった。


(一回はめるだけならいいかな? )


後ろ暗い気持ちからキョロキョロと辺りを見渡し、誰もいないのを確認したさやかは、そっと左の薬指にその指輪をはめた。

この先一生こんな経験は出来ないかも、と選んだ指に我ながら寂しい気もしたが。


街灯では味気ないと少し離れてから月明かりに照らす。

上弦の月は澄んだ空気の中、柔らかな光を纏っている。

頭上に掲げた指輪がその光を受けて淡く光った。


「きれい… 」


思わず口をついて出たその言葉が闇に溶けて一拍。


指輪の光はそれに呼応したかのようにその輝きを強くした。

え、と呟いたさやかの声をかき消すように光が強くなっているように感じる。


否。間違いなくその光は強さを増していた。

街灯の光も月光も全て飲み込み、辺り一面を白い世界が支配する。

どこまでも、白く、白く。


たまらず目をきつく閉じたさやかは、ふっとした浮遊感を最後に地面の感触を失った。











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