表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気象予報士 【第3部】  作者: 235
美しいものには棘がある
1/60

1

 九月一日。正午。


 ぐしゃり。

 不快な音が、静かなベースの中に響いた。


 扉を開けてすぐに、緋天は、と問いかけてきた彼。

 例えば、他の人間なら。まず目の前にいる相手の名を呼んで、調子はどうだ、とか、お疲れ、とか。そういった事を口にするのだけれど。蒼羽は自分に、ようマロウ、などと気軽に声をかける事などしなかった。今まで、ほんの少し前までは、普通とは違うそれを、普通だと認識していたのだが。ここ最近は、もう少し時が経てば、そんな事が実現しそうな気がしている。


 ただ、今日は。

 彼女がセンターにいると知っているはずの蒼羽が、そう聞いてきたのは。

 ベリルの不在を、ぐるりと室内を見回して知ったことによって、何かを悟ったのかもしれない。

 緋天はセンターにいる、ついでにベリルもセンターに向かった、と自分が答えたら、眉をひそめて不機嫌そうに視線を彷徨わせたのだ。


 響いたその音の発信源をそっと横目で見る。蒼羽の左手がぎりぎりと、元は一枚の紙だったものの形を小さくしていた。

「・・・ベリルさん、何て言ってますか?」

 ここに入ってきた時は、いつも通りの無表情。ベリルからの置手紙を手にした時は、ひそめられた眉が、顰められた。今はもう、蒼羽の機嫌がかなり悪いのだと手に取るように分かる程の、鋭い目。

 声をかけた自分をあっさりと無視して、蒼羽が玄関へ続く扉へ向かう。

 早足に歩きながら、左手の紙くずをカウンターの奥の小さなゴミ箱に投げ入れた。それは寸分の狂いもなく、きれいにゴミ箱の中に収まる。 

「行ってらっしゃい」

 ほんの少し、抑えられなかった笑いを交えて、蒼羽の背中を送り出した。



「最近さー、蒼羽って調子乗ってると思わない?」

 一時間程前、ベリルが不満げな顔をして、そう自分に聞いてきた。そんな質問に答えられるはずもなく黙っていると、独り言のようにベリルが言葉を続けたのだ。

「もう、何かと緋天ちゃんにくっついていようとするしさぁ。それも独占欲丸出しで。私だって緋天ちゃんと色々話したいのに、ヤキモチ焼いて触らせないようにするし。本当、困ったもんだよ、あれ」

 それはあなたが何かにつけて、二人をからかうせいではありませんか、と言いたいのをかろうじて飲み込んだ。自分は蒼羽をからかおうとは思わないけれど、確かに無表情の彼が緋天の事になると今までと違う反応を見せる。それはかなり面白くて、いけないと思いつつも、ついついベリルの行動を止めずにいる自分が存在していた。

「だから、今日は蒼羽をこらしめてやろうと思ってさ。ま、楽しみにしといてよ」

 そう言いながら、嬉々としてベリルは蒼羽にあて手紙を書いて。

 極めて真面目な仕事の用事でベースを訪れた自分に、蒼羽の焦り顔を一番に見るのはマロウだね、などと、自分の気持ちを見透かした顔でにやりと笑って出かけて行った。



 蒼羽が玄関の扉を乱暴に閉める音を聞いて、好奇心に勝てずにゴミ箱の中の紙くずを拾い上げる。

 その塊をていねいに元に戻した。


 ----------------------------------------------------------------------------------------------

 蒼羽へ。


 今日は例の専門家との顔合わせ、二時からだから忘れずに来いよ。

 私は一足先に行って、緋天ちゃんと楽しいランチタイムを過ごす事に決めた。屋上でさ、ピクニック気分で。私の作ったサンドイッチをおいしそうにほおばる緋天ちゃん。ああ、なんてかわいいんだろうね。思わず食べたくなってしまうよ。あ、もちろんサンドイッチをね。

 二人じゃ寂しいから、センターの若い連中も呼んでやろうと思って。ほら、たまには癒してやらないと。ストレスとか溜まりそうだし。

 君がこれを読むのは多分、一時頃? 君の分は冷蔵庫にあるから。安心して。誰も君の分を取ったりしようとは思わないよ。まあ、たまには。安全が確保されてたら、つまみ食い位はするかもしれないけど。

 じゃあ、二時には遅れるなよ。


 ベリル。

 ----------------------------------------------------------------------------------------------


「蒼羽さん、今頃走ってんのかな」

 知らず知らず、苦笑が漏れる。必死にセンターへと急ぐ蒼羽を想像すると、笑いが止まらない。

 手の中の、しわしわの紙をまた元の塊に戻して。

 ゴミ箱に落とした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ