表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

4話

今回やはり突貫作業につき、要修正でございます

「とりあえずアベリーの旦那になんて言えばいいんだ!?」


「知るか! ヒーローが出現して俺達はやられ役になったとでも言え!」


 言いながら、四人はアベリー達の居る広間に向かっていた。ビルの様子を見に行った三人と、船の制圧をしていた一人だ。彼らは慌てた様子で勢い良く、だが必要以上に足音を漏らさないように気を付けて走っている。


 何故彼らがそのような事をしているのかと言うと、報告に戻っているのだ。船の中にビルは居なかった。その代わり、他の仲間達が中に倒れていたのだ。急いで一人を叩き起こして事情を聞いた彼らは、その仲間を連れて元来た場所を戻っていた。


「にしたって、運がねぇなあ俺達……すぐこれだ」


「まあしょうがない。その男くらいなら俺達でどうにか出来るだろ」 


 慌てながらも、彼らの目にはまだまだ余裕が見て取れた。話に聞く男は確かに危険人物に思えたが、それでも時分達ならなんとかなる、という自信があった。外見上は冷静さを失っているようで、彼らはきちんとした思考がある。


 その証拠に、彼らは話ながらも警戒を怠らず、周囲に聞こえるかどうか、という声量で話し合っている。どこかの少年達とは違い、あくまで意識しての行動だ。


「それはいいが、俺達全員で行く意味はあるのか?」


「さぁ?」


「一人より四人の方が安全だろ」


 三人の男が話し合いながら走っている中で、残った一人の男は居心地の悪そうな顔で三人に付いて行っている。実際の所、彼は撤退に使う船の警護をしようと考えていた時に、引っ張られてここまで来たのだ。


 先ほどから考え続けていた疑問を、男は聞いてみる事にする。


「何で俺はここに連れてこられたんだ?」


「アレよ。本人の口から語った方がいいだろう? ……まあ、正直に言うとだな……気分の問題さ」


 いつもの事とはいえ余りにも投げやりな発言に、男は呆れてため息をついた。それでも走り続けているのだから、大した物だ。だが、全員同じ事をしている為に誰もが当然の事として疑問に思う事も無かった。


 そんな四人が走っても広間は遠く感じられた。迷っているわけではなく、本当はすぐ近くまで来ているのだろう。だが、彼らにはその時間が長い。彼らは正体不明の嫌な予感を覚えていたのだ。話し合う一方で、男達はその予感の正体について考えている。


 そんな中で、急に一人の男が足を止めた。


「……どうした?」


 他の三人は僅かに遅れて立ち止まり、男に怪訝そうな目を向ける。が、男はそれに反応する事無く、ゴム弾が入った銃を前に向けた。目の前の十字路のどこかに、誰かが居るとでも言いたげな態度で。


 そこで、男達も気づいて同じ方向に銃を向ける。そう、僅かな気配だが、左側の通路から何者かが近づいて来る事に。男達は警戒心を極力隠し、気配を悟られないようにしながらも引き金に手をかけた。


 そうしている間に、近づく者の気配は消える寸前にまで薄まっていく。離れているのではない、男達の気配を悟り、彼らと同じ事をしているのだ。男達は相手が同格である事を理解して僅かに汗を流し、警戒が極限までに至ったその時、通路の左側から何者かが現れた。


 その姿を確認した四人と、相手は、すぐさま銃を降ろして安堵の息を吐く。


「……なんだお前か」


「……なんだよお前らか」


 現れた男は彼らの仲間の一人だった。もちろん、彼らと同じように気配を消す事が出来る、腕にしても同格の男だ。先程の相手の行動を納得した男達は笑顔を浮かべ、男の目の前まで歩いていく。


 男の顔は、どこか焦っているように見えた。だが、彼らはそれよりも報告を優先する。


「いや助かった! 実はアベリーの旦那に言わなきゃならない事があってな……」


「残念だが緊急事態だ。全員さっさと広間に戻ってくれ」


 彼らが具体的な内容を話すより早く、きっぱりとした口調で男はそれを止めた。男達はそこでようやく疑問に思い、男の目に強い混乱がある事を理解する。どうやら、余程の異常事態らしい。


 それを理解した男達は静かに彼の話を聞く事を決める。嫌な予感の正体がすぐ近くにあるという、確信めいた予感を感じながら。


 彼らの視線が理由を求めている事を理解した男は、口を開く。


「どうやら、あのカミラが来ているらしい。俺達どころかボスでも厳しい相手らしいな」


 予感は当たっていた。男達の中の二人が溜息をつき、一人が完全に沈黙し、一人は首を傾げる。どうやら、カミラという者をまったく知らないらしい。それに気づいた他の四人が羨ましそうな顔をする。


「そうか。知らないのかお前……」


「そりゃいいや、知らない方がいいぞ。噂話だけでもやばいのが伝わってくる」


 仲間から善意と同情を込めた瞳で見つめられ、カミラを全く知らない男は居心地が悪そうに身をよじらせる。だが、仲間がこれほど恐れるのだから、それが恐ろしい物である事だけは理解できた。


「それで、そのカミラって奴は何者だ」


「化け物だ」


 黙り込んでいた男が一言だけ呟くと、彼女の事を噂でしか知らない他の三人も同意して頷いた。実際に会った事がある仲間からの言葉だ。説得力があった。男は他の四人を羨ましそうに見ながら言葉を続ける。


「俺は昔あれとやりあった事があるから分かる。ありゃ化け物だ。本人は否定しているがな」


「どの程度なんだ?」


 興味本位で訪ねる男達に、彼はあまり思い出したくなさそうに溜息をつき、頭を指で叩きながらカミラに関する記憶を引っ張り出す。


「銃弾を軽々と避ける身体能力と、急所をやられても変わらず動けるタフさを持ってて、その上気分屋、どの程度かなんて分かるだろう?」


 そりゃ化け物だ、と他の男達が呆れつつも頷いている間に、話をした男はどこか諦めた表情でもう一度溜息をついている。恐らくは、計画は失敗するのだろうな、と考えて、もう一度ため息をついた。




「……わかったろ。広間まで行くぞ」


 しばらくの間溜息を付いて顔を見合わせてた五人だったが、そのままでは埒が開かないと考えた一人が声を上げた事によって顔を見合わせ、とりあえず広間に戻るために足を動かす事に決めた。四人にしても、アベリーに伝えなければいけない事はあるのだから。


 が、また五人の足は止まった。今度は十字路からではない。ならば何処だと首を動かして気配を探る五人だったが、その位置を理解した彼らは、何故か自分の勘を信じる事が出来なかった。なぜならば、気配は自分達の対抗側にある『壁の中』にある、と感じられたのだ。


「……何だ?」


 一人がぽつり、と呟いた言葉に残りの四人は即座に気配を断って銃を壁に向ける。どう考えてもあり得ない事だが、本当に壁の中に居るとしか思えない。


 銃を構え、油断無く壁を見つめて居ると、その壁が吹き飛んだ。



「おいビル君! 出口だぞ! ここがどこだか分かるか!?」


 吹き飛んだ壁の向こうから男が現れた瞬間、つい先程見た顔に五人の内それを確認した一人が眉をひそめ、警戒心を露わにして即座に発砲した。問答も警告も無く、他の者達が止める暇すらない一瞬での行動だった。


 だが、銃弾は当たらなかった。男が避けた時、それとほぼ同時に呻き声が聞こえた気がしたが、五人はそれ以上に、男の行動に驚いていた。男は仲間が銃を構えた瞬間を見ていたのか、引き金が引かれると同時に弾道を見切って避けていたのだ。


 彼らがボスと呼ぶアベリーにもそれは可能な事だったが、それでも此処に居る者達にとっては驚愕に値する事だった。


 驚愕を顔に張り付けた五人は、その為に気づくのが遅れた。男の、スタンリーの背後に居る男が、仲間のビルである事に。そして、ビルに銃弾が当たっている事に。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 時間は少し戻り、スタンリーとビルは廊下の壁を探りながら互いの顔をたまに見ていた。スタンリーはビルへの疑いで、ビルはスタンリーをごまかせているかの確認として、だ。結果として、二人は同じ行動をしていた。


「なあビル君。本当に隠し通路なんてあるのか?」


「いや、あります。本当に」


 壁を探りながら疑いの目を向けるスタンリーに、ビルは内心の狼狽を隠しながら答えていた。そう、彼は秘密の通路があると彼に言い、探させる事で時間を稼ぐ事にしたのだ。スタンリーは有るか無いかなど知らない、騙せるという確信があった。


 それでも、しばらく探させ続けていれば疑われるだろうとは考えていた。だが、スタンリーがそれを向けてくるのは余りにも早い。実は初めから隠し通路の存在自体を疑われていたのだが、ビルは気づいていない。


 困り果てながらも、ビルは壁の感触を確認しているフリを続ける。そんな彼に、スタンリーはあくまで雑談という風な態度で話しかけた。


「ところで、何で君はチケット無しで船に入れたんだ?」


「……? チケットなら、持ってましたよ?」


「昨日までは、だろ?」


 スタンリーの言葉に、ビルは思わず硬直した。確かに彼はチケットを昨日に無くしている。だが、それをスタンリーが何故知っているのかと考え、彼はようやく、スタンリーが名乗っていない筈の自身の名を知っていた事を思い出した。


 何故知っているのか、ビルがそういう目をした事をスタンリーは理解し、苦笑する。


「俺の顔、忘れたのか? 昨日会ったのに?」


 スタンリーの発言に、ビルは稲妻が走ったかのような衝撃を受けた。昨日はカミラによって痛めつけられて居た為に、他人の顔などほとんど見ていなかった。だが、それでもほんの僅かな時間だけその顔を見た事は、微かな記憶であったが存在する。


 ようやく、ビルはスタンリーが『何をして』この『島』に来たかを理解した。つまり、自分のチケットを、間抜けにも落としてしまったチケットを使ったのだ。


 その結果、ビルはスタンリーの隣に居る事になったのだ。自身があまりにも致命的なミスをした事を確信して、ビルはアベリーに殺されても文句は言えないとうなだれる。


 思わず溜息をついたビルに、スタンリーは申し訳なさそうな顔をした。


「やっぱりか……いや悪い事をした。謝るよ。すまなかった」


「……は?」


 予想外の言葉に、ビルは唖然とした。


「いや、言い訳をするとだな。待っていたんだ。だが誰も取りに来ないから、使ってしまってね」


 本当に悪い事をした、そう言って詫びるスタンリーに、ビルは唖然としたまま固まっていた。口振りから考えて、明らかにこちらを見透かすような見透かすような雰囲気があったのだが、どうやら勘違いだったようだ。それを確信したビルは、小さく息を吐いてスタンリーに声をかける事にする。


「あ、ああ。別にいいさ。俺もこうやって来れたわけだしな」


「それだよ、チケットが無いのにどうやってここに来た?」


 スタンリーの声が、ビルの声を遮った。彼の声は見透かすような雰囲気と、警戒心が現れている。どうやら、勘違いはビルの確信の方だったらしい。スタンリーの変わり様に、ビルは頭を抱えた。


「もう一度、聞くぞ。どうやって、ここに来たんだ?」


 そう言うスタンリーの体からは、凶悪なほどの威圧感が発せられていた。あまりに強いそれに、ビルは膝を屈しかける。だが、何とか気合いでそれを乗り越えると、スタンリーを睨みつけた。


 ビルが抵抗して見せた事にスタンリーは関心したような笑みを浮かべて、さらに威圧感を強めた。


「正直に答えてくれ。俺が倒した連中と一緒に、だろう?」


「……もしそうだったとして、どうして今言ったんだ?」


 警戒心も露わに、静かな雰囲気で言葉を返すビルに、スタンリーは急に威圧感を引っ込めて、また申し訳無さそうな顔をする。驚き、何を考えているのかとさらに警戒するビルを余所に、スタンリーは喋り出す。


「まあ、なんだ。チケットを勝手に使った上に、あの凶悪な飲み物を放置した為に君が飲んでしまった、という負い目があってね。それに、まあ、俺が駄目でもどうにか出来る奴は居るからな」


 ビルは、苦笑して肩をすくめるスタンリーよりも他の事が気になった。スタンリーが最後に言った言葉だ。何かがあるという嫌な予感が働いて、ビルはそれを訪ねる事にする。


「そいつは?」


「カミラさ」


 昨日会った者の名前を聞いて、ビルは内心で頭を抱える事となった。嫌でも最悪の事態である事を知らされた彼は、アベリー達が何故計画には無い行動をしていたのか、推測だが理解する。


 ならば、と彼は無言でどうするべきか考える。昨日会ったのだ。自分なら対策が浮かんでくるかもしれない、とビルは考えたが、そこで自らにかけられた声に思考を中断させられる。


「それはいいんだ。で? 隠し通路はあるのか?」


「さあ? 多分あるだろ」


 まだ聞くかとビルは若干の苛立ちを込めて、壁を押した。


 その瞬間、壁の向こうから鍵が開いたような音が聞こえ、まるで張りぼてだったかのように勢い良く壁が倒れる。


 当然、その壁を押していたビルは盛大に倒れ込んだ。だが、それは大した事ではないとビルは即座に考え、即座に次にするべき行動を考える。


 ビルがそうしているとスタンリーがビルの体を助け起こし、関心したように呟いた。


「ああ、本当にあったみたいだな」


 その言葉にビルは一旦考えることを止めて、隠し通路を見てみた。壁の一部は見事な四角形を形作って倒れていた。実際に壁が外れるまでまでまったく気づけなかった程、完璧に一体化していたらしい。


 考えながらも、ビルはスタンリーを見た。自身と同じように壁の様子や隠し通路の状態を調べている彼からは、自身への疑いが感じられない。


 そうして見ているとスタンリーは確認を終えたのか、ビルの方へと顔を向ける。


「ああ、これは大丈夫そうだ。で? 入るのか?」


 どうやら、彼はビルへの追求よりも隠し通路に入る事を優先したらしい。どこか好奇心に彩られた目をしている彼を理解したビルは、少し慌てながらも声を返す。


「あ、ああ。入ってみよう」


 ビルの返事にスタンリーは「そうこなくては」という顔をした。それも当然だ、そもそも彼が『島』に来る事を選んだのは、このような通路などにも興味があったからなのだから。カミラが居る事を知っているスタンリーはほとんど慌てていなかった。


 ビルに返事をする事無く、スタンリーは好奇心を露わにして隠し通路へと進んでいく。ビルもまた、彼に付いていく事にした。様々な事を考えたが、結局はそれ以外に思い浮かばなかったのだ。


 そして、彼らは進んでいった。まっすぐ、まっすぐに。途中で横にも道があったのだが、彼はやはり真っ直ぐ進む事にする。


 背後に付いているビルが「地図にこんな所あったっけ?」と呟きながら首を傾げていたが、スタンリーはそれに気づきつつも、何も言わなかった。


 道を真っ直ぐ行くと、その最後は行き止まりだ。一瞬戻って他の道を探そうと考えた彼だったが、それは止めておく事にして壁の様子を確かめる。


「行き止まりか……戻った方がいいんじゃないか?」


「そうでもないさ」


 言うが早いか、スタンリーは壁に蹴りを叩き込み、吹き飛ばした。どうやら、元々外れるように出来ていた物らしい。



 そして、隠し通路を出た彼らは出会う。




「なあヘクター? これってもしかして、隠し通路って奴?」


「お約束! きっとこの中は薄暗くてネズミとかがいっぱい居るに違いない!」


「入ってみる?」


「もちろん!」


 スタンリーとビルが元々居た、隠し通路を見つけた場所。そこでこの様な会話を繰り広げ、最終的に隠し通路に入っていく二人の少年が居たのだが、その時の彼らを見た物は居なかった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 元々その場に居た五人と、壁の中から現れたスタンリーとビルを加えた七人の内、スタンリーの背後で壁にもたれかかっているビルと、そうなった結果を作った銃弾を放った男を除いた五人は静かに見つめ会っていた。


 スタンリーに発砲した男は、彼を睨み付けながら、同時にビルを見ている。男は、自身の銃弾が仲間に当たった事への後悔を覚えながら、ビルに目で謝罪して見せる。


 その姿を見たビルは手を軽く振って自身の無事と、撃たれたなど気にしていないという意志を伝えた。


「……よく分からないが、見覚えのある顔の奴が銃を撃ってきた事だけは理解したよ、あってるか?」


 そんな事をしている二人を余所に、スタンリーは怒りも、敵意も感じられない雰囲気で五人に話しかける。だが、五人には逆にそれが恐ろしく感じられた。その男の事を話だけで聞いていた四人は、それが真実である事を確信し、内心でため息をつく。


 だが、そのように睨みあっていても埒が開かない。そう考えた彼らの中の一人が一歩前に出て、スタンリーに見えないように背後の手で他の者達にメッセージを送る。あらかじめ用意されていた物だ。


 それを理解した彼の仲間達は、そのメッセージの内容に僅かな間だけ動揺する。だが、即座にそれが必要である事を理解し、スタンリーに気づかれないように、微かな音を立てる事で了解の意志を送る。


「ああ、合ってるね。で、アンタは?」


「観光客さ。まあ、こっちのこいつのチケットで、だが」


 悪い事をした、という顔でスタンリーは背後のビルを指さす。そのビルは、仲間の銃弾が当たった衝撃で眉をしかめて壁に体を預けたままだ。


 その彼を見た仲間達は、ビルがチケットを無くした為に目の前の男を呼び寄せた事に気づき、またため息をつく。だが、それは別だと男達は即座に判断してビルから視線を外す事にした。


「そりゃまあ、ひでえ事をしたな」


「お前等の仲間のチケットを貰っちまって悪かった、謝るよ」


 言葉を聞いたビルが頭を抱えてスタンリーを見たが、他の者達はビルがスタンリーを騙して付いて来た事を知らない為に、何も言わず、その言葉を受け止めた。だが、ビルの表情から事態を理解する。


 前に出ている一人が、タイミングを計るために声をかけた。


「困ったねどうも……俺達は悪人で、お前さんは島を救ったヒーローらしい」


「そうでもない、どうせ、ここの警備員かカミラがどうにかする」


 肩をすくめながらスタンリーは笑い、彼らもまた笑う。彼らは警備員が有能だとは考えて居なかった、その点ではスタンリーが間違えている事への笑いだが、カミラに関しては「笑うしかない」のだ。


「じゃあ俺達はやっぱ悪人だな。まあそうなんだが……腕には自信があるつもりだったが……駄目そうだよ」


 どこか気安げな雰囲気で男はそう言って言葉を終わらせる。それは知人にするかのような態度だったが、その中には微かだが観察するような気配がある。それに気づいたスタンリーは、同じように気安げな、だが相手の様子を観察して口を開く。


「そりゃ多分、慢心って奴だろうな」


「ははっ、違いない」


 互いは違う意味で笑いながら、同じ事を考えていた。つまり、タイミングだ。それを見つける為に、彼らは話をする。


 足を一歩前に出している男とスタンリーが、極限の集中力を込めて相手を見つめ合っている。どうやら、互いに互いの隙を見極めているようだ。それを知っている男の仲間達は邪魔をしないように黙り込んでいた。


 だが、互いにどれほど警戒し合っても、相手の隙は見切れないでいた。互いの実力があまり差がないからだ。


「ところでスタンリーさんよ、俺の事、どこまで知ってる?」


 そんな中で、ビルは声をかけた。それは、何の気も無しに呟くような一言だった。だが、それ以上に、何かを狙うような雰囲気が含まれていた。


 普段であれば、まったく気をそがれない一言。だが、それは、相手の挙動の全てを見逃すまいとする今のスタンリーの集中を削ぐのには、十分だった。そして、それを見逃すような男達ではない。


「よくやったビル!」


 言うと同時に、男は懐から実弾入りの拳銃を取り出し、同時に発砲した。


「グっ……! 恨むぞビル!」


 銃弾は、見事にスタンリーの肩に当たった。彼は傷を確認するよりも早く、同じように懐に入っていた銃を取り出し、男の方へ向ける。船で倒した者達から手に入れた物だ。


 それを見た男は、スタンリーが引き金を引く寸前に片手の掌底を彼の手首に当てる事で銃を自らの前から外す。スタンリーもまた、同じように男の銃を弾いて射線から外れる。もちろん、一瞬の事だ。相手の動きを予測していなければ出来る事ではないだろう。


 スタンリーは相手の腕を理解しながら、足払いをかける。だが、それを読んでいた男は足を相手の足と合わせて対応した。が、スタンリーもそれを予測し、相手が足に集中した瞬間を狙って、銃を撃つ。


 しかし、それも男が無意識に拳で捌くことによって外された。


「おい! 何やってやがるとっとと行け!」


 スタンリーの銃の射線から外れながら、男は覚悟を決めた表情で叫んだ。男は事前の合図でこう伝えたのだ、「自分一人がこいつを抑える」と。たった一人なのは、この場で何人も足止めをするよりは、一人を残した全員が広間に行った方が良い、という判断だった。もちろん、彼よりもスタンリーの方が強い。だが、他の者達が逃げるまでの時間稼ぎくらいは可能なのだ。


 彼の強い声を受けた四人は、一瞬迷うようにスタンリーと男に目を向けたが、すぐに彼と同じ覚悟を決めた表情になる。


「……死ぬなよ!」


「俺達が行ったらさっさと逃げろ!」


 心配そうな声をかけたかと思うと、彼の仲間達はすぐに走り出し、その場を離れる。男は、スタンリーの攻撃に対処しながらも苦笑を浮かべて彼らに返事を返した。


「----ああ! 任せとけ!」



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「不老不死になる方法を知っているかね?」


 広間にマーカスの声が響いた。質問をしているような口調だが、それは誰に向けられた物でもなく、ただ、独り言のように虚空に消えていった。だが、それでも気になる者は居る。


 マーカスの独り言を聞いたアベリーは、仲間の到着を待つ苛立ちを覚えつつも、彼に声をかけた。勿論、マーカスのそれが自身に向けられた物ではない事は分かっているのだが。


「知らないな。アンタは知ってるのか?」


「ん? ああ、勿論だとも。まあ、本当かどうかは知らないが」


 マーカスはほんの少し驚いた風な顔をして、その質問に答える。どうやら、本当にただの独り言だったらしい。そう判断したアベリーがマーカスにもう一つ質問をしようとした瞬間、マーカスがその質問に答えていた。


「方法かね? ああ、教えてやれるとも。だが、君らには少々困難な事は確かだ」


 自分が質問する前にその質問に答えたマーカスに、アベリーは胡散臭そうな目を向ける。だが、マーカスの顔はどこまでも本気が感じられる物だった。


「君達では難しいが、私達なら可能なのだよ。まあ……あの話が本当なら、だが」


 そう言うマーカスは如何にも懐かしそうな顔をして、現在ではない場所を見つめるような目をする。だが、アベリーには彼の目がどこを見ているのかがすぐに分かった。壁に張り付けられている写真だ。少年と虹色の髪の何者かが写ったそれを見て、アベリーは首を傾げた。少年の方をどこかで見たことがあるのだ。


「……ん?」


 そんな事を考えて思わず呟いたアベリーに気づいたマーカスは、懐かしそうな顔はそのままで、苦笑する。


「気にしないでくれ。エィストさんの言う事だ」


「……そうかよ」


 何を聞いたわけでもないのに質問に答えるような口調で話したマーカスに、アベリーは適当に返事をし、先ほどの疑問を隅にやって広間の出口に目をやった。集まるように指示してから、既に少々の時間が立っている。その為に仲間達はほとんど戻ってきているのだが、それでも全員では無かった。


 同じように不安を感じてたのだろう。出口付近に居た仲間の一人が彼に近づいてきたかと思うと、観光客達やマーカスに知られないようにと耳元に口を近づける。


「ボス、ビルの様子を見に行かせた三人、船の中の三人、船の前に配置した二人、警備の制圧をさせた奴が一人、まだ戻ってきていません」


「わかってる。まだ待て。そして口が近い」


 アベリーは不機嫌そうに仲間の顔を手で払った。口が近かったのは本当の事だったが、彼は普段それくらいで何かを言う男ではない。


 これは本当に機嫌が悪いらしい、そう判断した彼の部下であり仲間である男は、大人しく彼から離れる。一瞬、さらに口を近づけるという悪戯が頭をよぎったが、洒落では済みそうに無いので、止めた。


「君達は大変そうだね、宝は渡したんだ。そろそろ、出ていってもらえないかな?」


 マーカスが笑って、それを言う。苛立っているアベリーの事など知ったことではないとでも言いたげな態度に、アベリーの仲間達は慌てる。余り怒らせないでくれという彼らの視線を感じ、マーカスはさらに楽しそうな顔になった。


「残念ながらしばらくは出ていってやれないな。まあ、全員揃ったら出ていくから安心しろ」


 だが、彼らの心配を余所に、アベリーは苛立ちながらもそれなりには落ち着いた言葉遣いで話す。どうやら、声に出すほど怒っている訳では無さそうだ。そう判断した彼の仲間達は、安堵の息を吐いた。


 が、彼らが落ち着くより早く、広間の入り口から四人の男達が飛び出してきた。あまりにも早く走った為か、彼らは広間に入っても止まることなく、アベリーの前でやっと止まる。


 息も絶え絶えになりながらも、慌てた様子で目の前に現れた男達に、アベリーは内心でまた面倒事か、と頭を抱えながら、表面上は落ち着いた態度で彼らに声をかける。


「で、今度は何だよ。サツか? それとも巨大隕石でも降ってきたか? 宇宙船に乗って体当たりでもするか?」


「いや、隕石は落ちていませんが……」


 アベリーの質問を聞いた彼らは何とか呼吸を正し、彼に説明をする事にした。


 ビルが居た事、隣に男が居た事、残してきた男がそれと交戦している事、それらを説明し終わった時には、アベリーは目に見えて落ち込んでいた。一体何があったのか、という彼らの視線を受けて、アベリーはうなだれながらも答えを返す。


「つまり、俺が広間から出ていった男を大した奴じゃないと判断したから起きたわけだろう? ……悪かった、判断ミスだったよ」


 そこまで言うと、彼はまた、うなだれた。そんな彼の態度に、仲間達は皆慌て出す。滅多に見れない彼のそんな様子を珍しく思いつつも、彼らは自らのボスを慰める事にする。


「いや、俺達も判断ミスだった。毎回毎回、失敗は多いがここまで酷いのは初めてだな」


「俺達、慢心してたんだろうなあ……」


 口々に自らの不覚を語る彼らに、アベリーは苦笑した。気遣ってくれている事くらいは、理解できる。内心で彼らへの感謝を述べつつも、彼は気を取り直し、考える事にする。


 まだ彼の仲間は、アベリーにとっては気遣いだと隠しきれていない口調で話しかけていたが、黙り込んで考え込む彼の姿を見て、同じように口を閉ざした。


「で、対策なんだが……俺が一人で行くってのはどうだ?」


 初めは全員で助けに行くという選択を考えたが、これは言葉に出す前に止めた。まだ一人、戻ってきていないのだ。ダグラスという名の男は彼らの中ではアベリー自身に次ぐ実力の持ち主だったが、カミラの事を考えると、不安だった。


 死んでいる可能性の方が高いと彼は判断していたが、致命的な事態が起きるまでは待つ事を止めるわけには行かない。彼らはそれが出来るほど心が冷たくはない。勿論、そう考えるアベリー自身も含めて。


「いやいや、一人でなんて危険だろう? 俺達も行くぞ?」


「ダグラスを置いていくか? 言っておくが、流石に戻るのは危険だぞ?」


 そう言って、アベリーは一瞬だけマーカスの方へ目をやる。彼の仲間達はほぼ同時に彼の言わんとする所を理解した。実際、彼らも一度出てしまえば戻れないように感じられるのだ。何故かは分からないが、そういう事らしい。


 マーカス達に聞こえないように、彼らは黙って頷いた。


「やはり俺が一人で行くしか……」


「待て待て、な? アンタだってカミラと遭遇したら、ヤバいんだろ?」


 覚悟を決めた表情を浮かべるアベリーに、仲間達は慌てて彼の前に立つ。心配そうな彼らに、アベリーは苦笑して彼らを退けようとする。だが、彼らは退かない。


 どうやら、彼らは絶対に退く気がないようだ。そう理解したアベリーは、ため息をついた。彼らが本心から自身を心配している事は理解しているのだ。彼は、妥協する事を決めた。


「……ハァ、わかったよ、分かった。逃げるようには言ったんだろ? じゃあ、後少しだけ待ってやる」


 それを聞いた彼の部下であり仲間でもある者達は、目に見えて明るくなった。相変わらず顔に出やすい奴らだ、そう思いながらも、仲間達に自身を慕う態度に少し恥ずかしげに頬をかく。


「うむ、どうやらとても仲が良いようだね。素晴らしい事じゃないか」


「……まあな」


 そんな彼の背後に、いつの間にかマーカスが立っていた。接近された事に気づかなかったアベリーは心底驚いたが、それを隠して返事をする。そうしながらも、彼は仲間達の様子を見る。どうやら、彼らもマーカスの接近に気づいていなかったらしく、やはり驚きが顔に出ていた。


 マーカスが音も無く、気配も無く、視界に入っている筈の仲間までごまかして自身の背後まで来た事を理解した彼は、その瞬間、脳内で凄まじい警報音が鳴り響いた。


 カミラの存在を知った時よりも、何者かが仲間と交戦中であると来た時よりも、遙かに大きな警報音が、嫌な予感が彼に走った。


「ボス? 急に黙ってどうしたんですか?」


 黙り込んだ彼に、仲間達がまた心配そうな顔を向ける。それを向けられたアベリーは我に返った顔をして、何でもないと手を振って答えた。だが、嫌な予感は止まず、それの正体を探る事を止めなかった。



「……うむ、仲が良いのは実に良い事だ……だが悪い事をしたな……」


 だから、マーカスの独り言は彼の耳に届かなかった。












「ヘクター? どっちがいいだろう?」


「……こっち行こうぜ!」


「……よし! 俺もこっちだ!」



 二人が入っていったのは、横に逸れた道だった。


 それが、この『島』に居る全ての人間の運命を左右するとは、知りもせず。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 スタンリーと男は、凄まじい勢いで拳や銃を捌いていた。互いに相手の行動を読み合い、銃の的を外し合う。どちらも距離を取ろうとしないのは、それをする余裕が無かったわけではない。ただの、意地だ。


 スタンリーが足払いをすれば、男はそれを読んで足を組み、スタンリーを倒そうとする。男が拳でスタンリーの銃を叩き落とそうとするも、どうやってもスタンリーの手から銃は落ちなかった。


「あぁ畜生! とんでもない奴だなお前! 尊敬するね!」


 叫びながらも、男の顔には呆れが含まれていた。彼の仲間がその場を離れてから既に結構な時間が立っているように思われるが、彼は逃げるという選択肢を頭から消し去り、スタンリーと戦い続けている。


 逃げるのは何故か負けたような気持ちになる気がしたからだ。やはり意地だった。しかし、このままでは負けるという自覚は彼にもある。


 彼は仲間の話で最初から理解していたが、実力的には負けているのだ。実際、彼はかすり傷とはいえ少なくない傷を負っていた。だというのに、スタンリーは傷一つ追っていない。実力差は歴然だった。


「さて、な。こっちも割と本気のつもりなんだが……困ったな、退けたいんだが、退いてくれない」


 スタンリーは困ったような表情を浮かべながらも相手の銃を捌いて見せた。話ながらだというのに、彼の手さばきはまったく崩れていない。恐ろしいほどの判断力だ、男は舌を巻いた。


 男は微かにビルの方を見た。行けと言ったというのに、彼はただ壁の様子を眺めるのみで何かをする気配すら感じられない。何事かを考えているらしく、その目はスタンリー達を見る気配すら無かった。


「ああまったく! ビル! さっさと失せろ! お前が居たんじゃどうしようもねえんだよ!」


 男の罵声でビルは我に帰ったのか、やっと彼の方へと顔を向ける。そして、話しかけながらもスタンリーの拳と銃を避け続ける彼に対して、ビルは隠し通路の方を見て苦笑し、首を振る。


「……逃げた方がいいだろうな、ただし俺達三人全員で」


「なぜ……だっ!」


 ビルに意識をやった為に、ほんの僅かな隙が出来た彼はスタンリーの拳を受けかけたが寸前の所で回避し、反撃をしながらビルに声をかける。必死の様子でスタンリーの攻撃を捌く彼に、ビルはため息をついた。


 自分に向けられている事に気づいた男はビルを怒鳴ろうと口を開いたが、それがスタンリーにも向けられている事に気づいて止める事にする。何より、彼の目はこう言っているのだ。


「なぜ、気づかないんだ?」と。


 同じようにそれに気づいたのだろう、スタンリーもまた、ビルの方を見ていた。相変わらず互いの拳と銃はぶつかり合っていたが、それでも彼らはビルの方へ意識を集中させる。


 寸前まで闘志を燃やしてぶつかり合っていた二人の視線はかなり威圧感を覚える物だったのだろう。ビルは一瞬怯んだが、即座に肩をすくめて隠し通路の方を指さした。


「この通路の向こうに意識を集中させてみたら、分かると思うぞ?」


 言われるままに、二人は相手を攻撃するのを止めて通路の向こう側を見てみようとした。暗闇が広がっている為に視界には何も入ってこない。だが、彼らの鋭敏な感覚は何かを捉えていた。


「……何だ?」


 思わず、二人は同時に首を傾げた。隠し通路の向こうから、とんでもない数の人間が近づいてきているように感じられるのだ。それも、彼らの勘が告げている。それは、間違いなく危険な物だと。


「な? 逃げた方が、良さそうだろ?」


 ビルの、何故か楽しそうな様子を見て彼らは弾かれるように行動していた。壁によりかかるビルを助け起こし、その場から離れようと走り出す。隠し通路の先にある気配は凄まじい勢いで近寄ってくるように思えた。それも、どんどんと早くなってきている。


 それを感じた二人はビルを引きずる様な速度で走り出した。だが、ほんの少し、遅かったらしい。



「出口だぁー!」


「死ぬぅぅぅぅぅ! っていうか止まらなーい!」


 彼らがその通路の端まで来た丁度その時、二人の少年が隠し通路から現れた。片方の少年は警備員の服を持っている。恐ろしいほどの速度で走ったからか、彼らは止まりきれず、壁に追突する。余りにも間抜けな光景に三人の思考は硬直した。


 唖然とした表情の三人を余所に、二人の少年は壁から抜け出てみせる。彼らは壁にめり込んでいたわけではない。だが、彼らの目にはそう見えたのだ。


「あー……お前等、誰?」


 一番早く我に返ったのは、驚く事にビルだった。困った表情で質問をする彼の目の前まで走ってきた二人の少年は驚いて尻餅をつきそうになる、が、その前にビルが二人の手を取って支えた。


「おっっと! 助かる悪い人!」


「ありがとう悪い人!」


「……悪い人って、酷いな」


 出会い頭にそのような事を言われたビルは、思い切り肩を落とす。だが、そのような事をしている余裕は無い。即座に気持ちを整えて、ビルは少年達に質問をする。


「で、お前らは一体」


「ああ、そんな事言ってる場合じゃないな」


 ビルの言葉は最後まで続けられなかった。その前に、彼の仲間の男が口と手を挟んだのだ。その中には余裕が感じられなかった。それ所か、焦っているような、警戒心をむき出しにして隠し通路の方を見る。


「確かに、そんな事を言っている場合ではなさそうだ」


 男の言葉に同意するように、スタンリーが呟いた。彼もまた、警戒心を発しながら隠し通路の方へと顔を向けている。二人の視線に、ビルは何故か、そうだろうな、とでも言いたげな顔をした。


 三人がじっと隠し通路を見つめている事に気づいた二人の少年は、そんな事をしている状況ではないと彼らの服を引っ張り、それに合わせるように三人は走り出す。


 そしてその瞬間、隠し通路から何者かの集団が湧き出るように飛び出してきた。


「来たぞぉ! 来たぞぉぉぉぉ!」


 少年達が叫びながら走り出すと同時に、何者かは銃を向けて、問答もせずに発砲する。だが、それは二人の男達によって射線を逸らされていた。


 スタンリーと男は、相手が銃を持っていると判断した瞬間に彼らの目の前まで走り、相手がそれに気づく前に銃を拳で弾いたのだ。それを確認した何者かが反応する前に、男達は通路から飛び出していった。


「なぁよお! あいつら、何だ!?」


 逃げながら、男は誰に聞くのでもなく叫んでいた。何者かは警備員の服を着て、アベリー達とは比べ物にならないほどの火力の銃を持っていていて、明らかに敵意を感じさせる目で彼らを見ていたのだ。スタンリーやビルも含めて、だ。


 観光客であるスタンリーは巻き込まれてしまったのかもしれないとため息をつく。


「問答無用でぶち込んで来たって事は……ありゃもう、やばいな」


 スタンリーの発言に、他の四人も頷いていた。全員走る早さは違う筈なのだが、足を揃えているのだろう、誰かが置いて行かれる事は無い。そして、彼らはようやく少年達の名前すら知らない事に気づく。


「……俺はビル、お前等は?」


「あ、俺ニコライ。こっちはヘクター。よろしく悪い人」


「……だから何で悪い人?」


「当然だろ」


 吐き捨てるような表情で男は言った。予想外の事が続きすぎて苛立っているのだろう。それでも周囲の警戒を怠っていないのは流石と言えるのだが。


 ビルの顔は不満げだったが、スタンリーも勿論それに対して何かを言う事は無い。やはり、周囲を警戒し続けていた。そして、ビルと少年達は彼らの苦労などほとんど無視して話し合っている。


「俺は確かに悪い奴だけどよ……でもさ、俺は別にお前等をどうしようとかは考えてないわけだしな?」


「異次元から来た悪人なんだろ?」


「いや異次元って……何の話」


「----伏せてろ!」


 瞬間、話していた三人は強い衝撃を感じたかと思うと床に叩きつけられていた。何が起こったのかと慌てて目を周囲に向けると、警戒を続けていた二人が少し離れた床に伏せている事が理解できた。そして、それと同時に、銃弾が飛んできている事も。


 銃の主はすぐに見つかった。警備員らしき男達だ。目算で五十人は居ると感じられるそれら全員が銃を持って近づいてくる光景はかなりの威圧感を与えている。だが、スタンリーは恐れる事無く彼らに声をかけた。


「なあアンタら!? 俺はアンタらの敵じゃないぞ、ただの観光客だ!」


 返事は、銃弾で来た。警備員達は言葉すら発する事無く、ただ敵意を込めてスタンリーに銃を向けたのだ。まるで、誰であろうが関係無いかのようだった。


 もちろん、銃弾が来ることはスタンリーにとって、最悪の事態であっても予想内の出来事だ。彼らが引き金を引く瞬間を『観て』居た彼は即座に廊下の柱を盾にして隠れた。


「それを返事と受け取るぞ! いいんだな!?」


 ほんの僅かに柱から顔を出すスタンリーに向けられたのは、また銃弾だった。スタンリーはまた柱に身を隠し、銃弾から身を守る。そんな彼を囮に使ったのだろう、他の四人もいつの間にか他の柱へ体を寄せていた。


 五十人居るといってもそれら全員が銃を撃てば前方に居る者に当たるのだから、脅威にはなり得ない。彼らはそれを理解している。


 やがて全員が柱に隠れた事を理解したのだろう、警備員らしき者達は徐々に近づいてきている。一人一人の実力はそこまで高くない事をスタンリーには理解出来たが、それでも五十人だ、対応は困難かと思われた。


 だが、別の柱に居る先ほどスタンリーと戦った男が懐から何かを取り出した事で、スタンリーとビルはニヤリと笑って見せた。二人の少年達も何かがあると理解したのだろう、期待した顔をする。


 そして、男は持っていた物を警備員らしき者達に見えるように、自分の近くへと投げた。


 この時、警備員らしき者達は初めて焦りの表情を浮かべ、どんどんと後退していった。爆発物だと判断したのだろう。実際、それはそのような形をしているのだから。


 だがそうではなかった。爆弾らしき物体から吹き出てきたのは、有色の気体だ。いかにも危険そうな色をしたその気体は瞬く間に周囲の視界を遮って見せた。


 警備員らしき者達はその気体が広がっている範囲から離れる。その動きは完全に統制されていて、いかにも有毒そうな気体が側にあるというのに恐怖一つ見せる様子も無い。むしろ、混乱したのは別の者達だった。


「ちょ、な、何これ!?」


「これが噂の……よくわからないけどガスって奴か!?」


 そう、事前に何も言われていなかったこの二人、ニコライとヘクターこそ恐怖と混乱に包まれていた。にも関わらず、それを含めて楽しんでいるように見えるのは気のせいではないのだろうが、ともかく彼らは混乱していた。 


「何これ面白そ……」


「ああ、これがガス……」


 二人が最後まで話す前に、ビルが彼らの口を塞いでいた。急に言葉を止められた彼らは不満げにビルを見たが、彼は毛ほどにも気にせずただ独り言のように話す。


「コイツは無害だ。これから俺達は連中をぶちのめしながら広間まで行くんでな。お前等が誰なのかは知らないが、まあ、別の道を行け。わかったか?」


 ビルの顔は、いつも以上に真剣で、有無を言わさない物だった。弱そうだと考えていた男の意外な雰囲気に圧倒され、彼らはほぼ強制されるように頷かされる。ビルは満足げな顔をして二人の口から手を離し、代わりに彼らの服を掴んで持ち上げた。


「ああ、最後に一つだけ教えてくれ。あの連中は、どこに居た?」


 ふと、思い出したような質問をするビルに、ニコライとヘクターは事実だけを述べる。すると、彼らはビルによってガスも警備員も居ない方向へ放り投げられ、床に倒れ込んだ。何故か、不満は感じなかった。


「……行くかヘクター」


「ああ、ニコライ」


 そうするべきなのかもしれない、そう考えて、二人は大人しく走っていった。アベリー達が求めている、猫の形をした鍵の入った警備員の服と共に。



「とりあえず、押し通るか」


 スタンリーと、ビルと、強盗団の男の三人は気体の中に隠れながらも警備員『らしき者達』のすぐ近くまで来ていた。実際には、恐らく警備員そのものなのだろうな、という勘が働いていたのだが、三人とも言葉にはしない。


「腕が鳴るってこういう状況で言うべきなんだろうなぁ……」


 強盗団の男が呟いた一言に、二人は同意するように頷いた。この中で一番弱い筈のビルまでが乗り気で居るのはスタンリーにとっては不思議だったが、男にとってはそうでもない、何故なら、彼らは『全員が』それなり以上には強いのだから。


 そうとは知らないスタンリーがビルを少し不安そうに見つめながらも、二人に対して声をかけた。


「そろそろ行くか? 様子を見るか?」


 勿論、と二人は頷く。ビルも男も、早くアベリーの元へと戻りたいのだ。もはや彼らの中では警備員達は障害物としてしか考えられていなかった。


 そんな好戦的な二人の態度に、スタンリーはついていけないとばかりに肩をすくめる。彼は戦いが好きなわけでは無いし、何か目的があってここに居るわけでもないのだ。だが、と彼は好ましそうな目で二人を見た。


「お前等いい奴だよなあ? 初対面のガキ二人を逃がす為にこっちに残ったんだろ? まったく、ゴム弾も含めて甘い奴らだよな」


「こっちの方が近道だからだ」


 スタンリーの楽しそうな言葉にはすぐに訂正が入れられた。だが、二人の顔は微かに赤みがさしているように見えた。人の悪そうな笑みを浮かべるスタンリーを二人はジロリと見つめる。だが、それはすぐに消えて、その代わり戦意が倍増した。どうやら、ストレス発散の手段らしい。


 ストレス発散の手段に使われるとはこいつらも運がない、とスタンリーは警備員達に多少の同情の念を覚えたが、自分を銃撃した者にそこまでの気持ちは沸いてこなかった。


「よし……じゃあ、蹴散らしてやるか」


 それだけ言うと三人は気体から飛び出し、不意打ちで数人を気絶させ、ひたすら直進する。警備員達は驚いたのか、大した抵抗をする事もなく彼らに倒されていった。だが、三人の顔はあまり状況が良くない事を表している。


 最も顔色の悪いビルが、数人の警備員を相手取りながら二人に向かって叫んだ。


「おい! こりゃ……やばくないか!?」


 二人もまた、警備員達を倒しながら頷く。何故なら、五十人程度居た警備員達は、どう見ても四十人程度まで数を減らしていたのだ。一瞬逃げたのかもしれないと考えたが、三人はほぼ同時に同じ結論に至って苦虫を噛んだような顔をする。


「ああ、こりゃやばいな」


 警備員達を吹き飛ばすような勢いで戦っているスタンリーの呟きが全てを語っていた。つまり、十人前後の者達が気体が充満している場所とは別の道を使い、恐らくは少年達が逃げた事に気づいて追っていったのだろうと理解したのだ。


 その危険が無いようにと少年達を逃がすという判断をした彼らは内心で頭を抱えたが、警備員達と交戦しているのだ、今更遅い。ビルと男はアベリーの元へ辿り着くという目的の為を優先する事にし、スタンリーは頭を抱えながらも警備員達と戦った。



 三人の暴風のような男達の猛攻を受けてなお、警備員達は悲鳴一つ上げなかった。まるでその事を覚悟していたかのように。ただ、そこには、若干の悔しさだけが見て取れた。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 目的を果たしたカミラは現在、『島』を観光している最中だった。果てしなく上機嫌な彼女は、そのままの調子で壁の模様や落書き、写真などから過去の様子を考えたり、歴史書との差を考えるなどして楽しんでいた。


 途中、何故か慌てて動き回っている警備員達と鉢合わせしかける場面が何度もあったが、彼女はその全てから悉く身を隠して見せた。本気で気配を殺した彼女を察知するのは相当の実力者でも困難なのだ、彼らでは影すら掴めないだろう。


 そんな彼女は『島』を見て回りながらも、隠れている途中で耳に届いてきた警備員達の言葉が気になっていた。


「『カミラに見つかるな』か……一体どういう意味だったんだろうな」


 警備員達はしきりに周囲を警戒し、何度も「カミラに見つかるな」と話していたのだ。残念ながら、いや、彼らにとっては運良く話の内容自体は小声だった為に彼女をもってしても聞き取る事は出来なかった。


 だが、それでも彼らが自身を警戒している事は、何故かはわからないが、彼女にも理解できる。


 そう、彼女はまだ『島』に強盗団が入り込んだ事に気づいていなかった。普段の彼女なら理解して然るべきだったのだろうが、上機嫌のあまり気づくべき事にまで気づかなかったのだ。


「私が何か恐ろしい事でもしたか……? うーん、ダグラスと戦ったのが悪かったのか、それとも警備員を眠らせたのがまずかったか」


 彼女がまだ気づいていないのには、マーカスと警備員達があまりにも「強そう」だったからだ。特に、マーカスは自身に次ぐほどの者だと彼女は判断していた。その為、彼女は強盗が『島』を占拠するのは難しいだろう、とその可能性を頭の隅に追いやっている。


 彼女は強盗団に気づかぬまま、その場を歩いて回っていた。


「それにしても……いい所だな、ここは。微かだが、ニルさんに似た感じの気配を感じるのも……ああ、これは父親さんのか」


 警備員達の事をひとまず置いて、彼女は『島』の事を考え始め、次いでニルの事を思い出してまた少し嬉しそうな顔をする。この『島』には今、ニルの縁者が居るのだ。カミラの感覚には、背筋が寒くなるような気配が常に感じられた。


 だが、その感覚、ニルを前にした時と同じような感覚が彼女にとっては心地良かった。長らくニルの事を考え続けていた彼女だからこそ、だ。


 陶酔するような顔をしている彼女は、自分の頬に手を当てて幸せそうに息を吐く。だが、彼女を知る者なら気絶しかねない程似合わない行動は、一瞬にして消え去り、彼女は即座に普段の雰囲気と不敵な笑みを以て廊下の曲がり角を見つめた。


 彼女の鋭敏な感覚は、その先で誰かが逃げている事を、彼女の勘はそれが知人である事を告げている。そこまで理解した彼女は、そこへ向かって走り出した。



「ちょ、ちょちょちょぉぉぉぉ! 撃ってきてる! 撃ってきてるぜー!」


「ハッはっはぁー! 今日が俺達の命日かー!?」


 二人の少年、ニコライとヘクターは追いかけてくる十人ほどの警備員達と、その者達の放つ銃弾から逃げ回っていた。何とか傷を追わずに走っている二人だが、かなり危険な状況である事はわかっている。


 それでも、彼らは機嫌良く騒いでいた。危険な状況を楽しんでいるのだ。服に銃弾が掠めると、彼らはさらに興奮した様子で騒ぎ倒す。おかしな二人の少年を、警備員達は構わず追いかけた。


 ふと、何かを思い出したのかヘクターがニコライの方へと目を向ける。


「ところで! 預かった服は穴だらけになってないか!?」


「ちょっと穴空き! 掠ってる! カミラさんに悪い事したなぁ!」


 そう、ニコライの片手にはカミラから預かった警備員の服があった。それを持ったまま、彼らは逃げていたのだ。少し邪魔だったが、彼らはそれを捨てるという選択肢を思い浮かべる事は出来なかった。


 そんな警備員の服にも銃弾は当たっていた。所々、穴が空いたそれを見て彼らはすまなそうな顔をする。このような状況であっても、彼らはカミラの事を考えていた。


「どうしようか、こんな状態にしちゃったら絶対怒られ……って危な!」


 ニコライが困り果てた顔をしたその時、放たれた銃弾が警備員の服のポケットを直撃した。服の様子を確認しようと、二人の少年は穴の空いたそこを見ようとする。が、その時、穴の空いたポケットから金色の何かが落ちた。


「何か落ちたぞ! 拾わなきゃ!」


「わかった!」


 二人は思わず立ち止まり、状況も忘れて落ちた物を拾おうとする。それが、いけなかった。


 二人が立ち止まった事で狙いが定まったのだろう。警備員達は確実に少年達に当たるように、銃の引き金を引いた。



 だが、銃弾は当たらなかった。いや、少年達に銃弾が当たるよりも早く、彼らはどこかへと消え去っていたのだ。予想外の事態に警備員達は動揺したが、それが冷めるよりも早く『頭上から』言葉が降ってきた。


「良かった、やっぱり君らか。いや本当に運が良いな、君達は」


「助かった! ありがとうカミラさん!」


「命を二回も救われた! 嬉しい!」


 そう、警備員達の頭上に居るのはカミラだ。彼女は両脇に少年達を抱えながら壁の僅かな突起に足をかけ、完璧なバランスを保ちながら立っていた。


 どうやら、彼女は少年達に銃弾が放たれるのを認識した瞬間に遠くの角から銃弾よりも早く現れて二人を抱え、さらには足がかけられそうな壁の突起を見抜いてそこに立ったようだ。人間、いや、動物とは思えないほどの動きに、しかし警備員達は事前に知っていたのかその点では動揺する事無く彼女に銃を向ける。


「おっとストップ! とりあえず銃を下げろ」


 だが、その前にカミラが彼らを止めていた。本来、そんな言葉を聞く彼らではなかったが、その瞬間だけは意識よりも本能が強制的に聞かされていた。彼らが大人しくなったのを理解したのだろう、彼女は満足げに言葉を続ける。


「今日の私は君達とは戦わないんだ、そういう約束なのでね」


 戦わない、そう言いつつも彼女からは威圧感が沸きだしていた。ニコライとヘクターはほとんど感じていないようだが、警備員達はそれを感じ、大人しく話を聞き続ける。そんな彼らの態度にカミラは満足げに笑った。


「うん、実は君らの仲間と約束してね、今日は君達をどうこうする気はないんだ」


 カミラの言葉に警備員達は揃って顔を見合わせる。困ったようなその表情は、完全に予想外の何かを突きつけられたかのようだった。警備員達は小声で相談を始めたらしく、口が小さく動いている。


 もちろん、カミラは彼らを攻撃する気など無いので大人しく彼らが話を終えるのを待つ事にする。そんな中、ふと自分の両脇に居る少年達の事を思い出したのだろう。あまり警備員達を刺激しないように、自然な動きで床に戻ると、少年達を降ろした。


「いや凄かった! あんな場所に立っていられる物なんだな!」


 床に降りたのを確認すると、興奮冷めやらぬ態度で二人の少年はカミラに尊敬の目を向ける。そんな彼らに、カミラは警備員達の事をひとまず置いて気分良く笑って見せた。


「ああ、君達はいい奴らだ本当に」


「また褒められた! ありがとう!」


「……あ」


 楽しそうに話すヘクターとカミラを余所に、ニコライは何かに気づいた様子で自分の脇に抱えられている物を見て、とても落ち込んだ雰囲気を見せる。それはとても、悲しそうで、申し訳なさそうな表情だった。


 それに気づいたヘクターがニコライの方を見て、彼の表情の意味を理解し、同じように暗い顔をした。


「ん?」


「……その、これ」


 嬉しそうな顔をしたカミラに、ニコライはおずおずと自分の脇に抱えられた警備員の服を見せる。銃弾を受けた事で多数の傷や穴が空いてしまったそれを。


 カミラは少し困った顔をして、彼の手からそれを受け取った。彼女が着ていた時よりも、それは薄汚れて見える。


「ん……ああ、なるほど」


「あの、ごめんなさい」


「いや、いいんだ。私から謝っておくよ」


 さも何でもない事であると言うような口調で、彼女は二人の肩を叩いて元気付ける。口元には不敵な笑みが、目には落ち着いた雰囲気が感じられた。話し合いを終えた警備員達が怪しげな物を見る目を彼女らに向けていたが、少なくともカミラは気にしていない。


「落ち込むよりも笑った方が楽しいぞ、なあ?」


「……ああ! うん、そうだよな、そうだ! よし笑おう! 幸せでも不幸せでも笑おう!」


「ハッピーとアンハッピー!」


 そこまで話すと、二人の少年は特に意味も無く声を上げて笑いだした。どうやら、カミラの言葉を素直に聞いたようだ。警備員達はとうとう危険人物を見る目で二人を見つめだしたが、彼らは気づいていない。


 だが、カミラは勿論気づいている。彼女はあくまで気安げな雰囲気で警備員達の元に近づき、彼らのすぐ近くで足を止める。


「それで、君らはどうする?」


 楽しそうな表情のままで告げられたその言葉を聞いた警備員達の中の一人が前に出る。銃は下げられていたが、その目は油断無く彼女を見つめていた。


「その者の、名前は?」


 その時、彼女は初めて彼らの声を聞いた。本当に言葉を話せるのかが疑わしいほど声を発さなかった彼らだが、どうやら、意識してそれを止めているだけのようだ。それを理解したカミラは、同時に警備員達の言葉の意味も理解する。


「ああ、私と約束をした者の名前か? ダグラス、だ。知らないか?」


 彼女の言葉が終わるより早く、警備員達は銃を再び彼女に向けた。だが、引き金を引く前に銃はいつの間にか彼らの目の前に居たカミラによって、銃身を握りつぶされる。接近して初めてよく見えた彼女の瞳は楽しい玩具を見つけたような愉快さに満ちている。


 カミラの常識外れの行いに、それでも彼らは怯む事も、動揺する事も無かった。味方に当たらない位置に居る者以外が揃って銃を構え、ある者は引き金を引く前にやはり銃を握りつぶされ、ある者は射線を手で逸らされる。


「おお、かっこいい動き!」


「いやでもまだ相手の攻撃は続くぞ!」


 ニコライの言う事は正しかった。銃を潰される事を当然読んでいた警備員達は服の裾に隠してある銃を不意打ちで彼女に発砲し、今度は銃弾を避けられる。


「なんだ。人違いか」


 彼女の声に落胆の色は一切無かった。むしろ、今にも暴れ出しそうな凶悪な何かを感じさせている。警備員達は即座に彼女を倒すべく、ある者は銃弾を、ある者はナイフを、ある者は拳を彼女に放った。


 それらは全て彼女によって無効化される。銃弾は引き金を引く前に射線を逸らされ、ナイフは手で捕まれ、拳は避けられる。流れるような動きだ。ニコライとヘクターは「かっこいい」とだけ言って、珍しい事に黙って彼女に見とれた。


 彼らの攻撃は全て彼女には届かない。それを理解した警備員達の数人は、潰されていない銃を使ってカミラの居ない場所に発砲する。そう、ニコライとヘクターの居る場所へ。


「おっと! 酷いじゃないか。君達の相手は、私だぞ?」


 ニコライとヘクターに銃弾が当たる事は無かった。彼らに銃弾が放たれたと認識した彼女は、即座に二人の所まで行き、彼らを抱えて銃弾を避けたのだ。片手に警備員の服を持っているというのに、彼女はそれを感じさせないほど軽々と彼らを抱えている。


「また助けられた! 礼を言っても言い切れないね」


 自身らに銃弾が放たれていた事を知っていたのだろう。二人の少年はまた嬉しそうに彼女を尊敬の目で見つめる。そんな彼らに、カミラは笑みを浮かべたまま話しかける。


「悪いんだが、この場を離れてくれないか? 危なくて集中出来ないんだ」


 彼女の言葉は楽しそうなまま告げられた。だが、それでも声の底に二人の身を案じるような色がある。それを理解した二人は少しだけ不満げな表情で彼女を見た。カミラにはそれがよく理解出来た。そう、「もっと見ていたい」という観客の様な感情が。


 勿論、自身らが居ては邪魔になる事は理解していたのだろう。彼らは不満そうだったが、やがて、納得した風に頷いた。


「よし、わかった俺達は逃げるよ」


「いつかきっと借りは返す!」


 ニコライとヘクターは、それだけ言うと走り出した。彼らの言葉で逃げる事を理解した警備員達の数人が彼らを追跡しようと走り出したが、その数人はカミラによって一瞬で気絶させられた。


 それを隙と見た警備員達が勇敢にも飛びかかって行く。が、彼女はそれを立ち位置を少しずらして避け、一人に軽い衝撃を加えてまた気絶させる。彼女の行動に殺意は感じられなかった。挙動を見るに、遊んでいるのだろう。


 馬鹿にされていると取った警備員達は冷静に距離を取り、潰されていない銃を手にとって構える。低く見られていると言う自覚はあるが、彼らは気にしていない。当然だ、彼らはその程度の事で動じる訳にはいかないのだから。


「あぁ、マーカスにダグラスという警備員が居ないか確認しないと……広間、戻ろうかな」


 思った以上に冷静な彼らを、カミラは意外そうに、しかし愉快そうに見つめていた。








 ニコライとヘクターは警備員達から逃げてから数分後、『島』のどこかの廊下に居た。全速力で駆け抜けた為に少し息を荒くして二人は壁にもたれ掛かり、改めて周囲を見回した。


「そろそろ大丈夫かな?」


「……ん、大丈夫だと思う。多分、きっと」


 ニコライの返答はあまり自信が感じられない物だったが、それでもヘクターは納得して安堵の息を吐く。が、すぐにヘクターは首を傾げて周囲を見回し、小さく唸った。


 ヘクターの突然の行動に、ニコライも同じく首を傾げる。


「どうしたんだ? まるで、道に迷ったみたいな顔をしてるけど……実は俺が迷ってるんだけど」


「……大正解! 俺も道に迷った!」


 少し疲れた様子で、それでもヘクターは飛び跳ねるような声音でニコライの言葉を肯定する。そう、二人は道に迷っていた。逃げる為にでたらめな道を適当に走ったのだ。道が分からないのも当然と言えるだろう。


 二人は困り果てた表情で顔を見合わせる。そんな中、ふとヘクターはニコライが無意識の内に何かを握りしめている事に気づき、その事をニコライに聞いてみる事にする。


「ニコライ? その手の中の、何?」


「へ?」


 ニコライは少し間抜けな調子で手を開き、きょとんとした表情をする。そこにあったものがあまりにも意外だったからか、彼は一瞬思考が止まったらしく、じっと『それ』を見つめるのみだ。そして、ヘクターは『それ』に目を奪われていた。


 金色に光る棒状の何かにはデフォルメされた猫が掘られている。ヘクターには鑑定する技能があるわけではないが、その輝きに思わず見とれてしまった。だが、ニコライはそれに気づいた様子も無く、ただ独り言を呟く。


「あれ? あれ? 拾い損ねてなかったんだ……これ、どうしよ?」


「……そ、それより返してあげないと!」


 ニコライの言葉で気を取り直したヘクターは、慌てて金の棒を手にとって、ニコライの前で何度か振った。彼はしばらく何かを考えるような表情をしていたが、心を決めたのか、ヘクターから金の棒を受け取る。どうやら、返す事を決めたらしい。


「じゃあ、やっぱり広間に居るマーカスって人に届けよう!」


 それに同意してヘクターは勢い良く頷く、が、すぐに先ほどの数倍困った顔をして、ニコライへと言葉を向けた。


「道分からないんだった」


「……どうしよう」


 ニコライもまた、数倍困った顔をして考え込む。何度も周囲を見回したが、知っている場所は皆無だった。実は彼らが迷っているこの場所は広間からすぐ近くなのだが、二人が気づく様子は今の所、無い。


「んー……じゃあ、適当に歩いてみる?」


「ああ、そうしようか」


 心底困った表情のままだったが、二人は歩きだす。


 そして、一歩進んだだけですぐに背後へ振り向いた。そう、彼らは今更ながら気づいたのだ。足下から伸びる影よりも大きな影が、自身らの影に重なって写っている為に。


 そこで彼らが出会った者は----


 

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 広間の雰囲気はかなり悪かった。主に一人の男が苛立ちながら幾つかの出入り口を睨み付けている為に。言うまでも無く、その正体はアベリーである。


 彼は仲間を待ち続けていた。だが、彼らは戻ってくる気配無く、ただ時間が過ぎるのみだ。苛立ちと嫌な予感がどんどんと強くなってきている事を、彼は理解している。


「……ダグラスが広間へ集合するのを知らない可能性」


「恐らく、ありません。連絡手段は色々用意してましたから、通信機以外は、ですが」


 ぽつりと呟いたアベリーの言葉を、仲間の一人が即座に否定する。彼らは『殺さない手段』を手に入れる方に金を使う為、連絡に全員が通信機を買う余裕すらないのだ。アベリーはため息をついた。


「……じゃあ、ダグラスが居眠りしてる可能性」


「あいつは割と真面目だから、無いよな。というか、素直に言ったらどうだ? 『手遅れかもしれない』って」


 仲間の容赦ない一言に、アベリーはもう一度ため息をつく。当然、彼もその可能性は考えている。が、あまり認めたい物ではない。それは全員が一致して考えている事だった。


 とはいえ、これ以上待っていれば気絶させて拘束した警備員達が戻ってきてしまう可能性が高い事も彼は理解出来ている。もうあまり待つ事は出来ないと彼は確信していた。


 そして、それは彼の仲間達の大半も同じなのだろう。彼らは苦虫を噛み潰した様に顔を歪ませていた。


「……しょうがないのかも、しれないな」


 そんな時、アベリーが覚悟を決めた表情で彼らの目を見た。とても重い物を背負うような顔は、男達をどうしようもなく暗い気持ちにさせた。が、彼らも仕方がないと理解しているのだ。すぐに覚悟を決めた表情になった。


 だが、そんな覚悟は完全に無意味だったらしい。アベリーは彼らの想像とはまったく違う言葉を放った。


「行くぞ。まず全員で謎の男と交戦中の奴を助けに行く。そうしたらすぐにダグラスを全員で捜索だ。蜘蛛の子一匹逃さないように、探すぞ」


 それを聞いたアベリーの部下であり仲間達は、目を見開いて思考を止めた。完全に、ダグラスを見捨てるという選択をしたのだと思っていたのだ。彼らの驚きは相当な物だった。


 彼らの驚愕の理由を理解しているアベリーは、実はそうなる事を最初から考えた上での行動だったのか、少し悪戯が成功した子供のような顔をする。


「うむ、やはり君らはとても仲間想いだね」


 そんなアベリー達の側に、やはりいつの間にかマーカスが居た。穏やかな様子で見守ってくる彼に、アベリーは内心で首を傾げる。確かに目の前の老人は穏やかなのだ。だが、何かがおかしいと彼の勘は告げている。


 もしかすると、警備員達が目を覚まして反撃する機会を待っているのかもしれない、そう考えたアベリーはマーカスに聞いてみる事にした。例え本当の事を言わなくとも、反応を探る為に。


「うん? いや、警備員達の奮闘には期待しているが……気絶させられた連中の援護など望めないだろうさ」


 あくまで穏やかなまま告げられたマーカスの回答に、アベリーは戦慄した。彼は、『援護』という言葉を使ったのだ。救出では無く、だ。


 その事にアベリーはマーカスに警戒心を向けて牽制しつつ、何かを言おうと口を開く。だが、その前に、広間の出入り口の一つ、丁度自身や仲間達の背後から飛び出すような勢いで何者かが現れていた。


 マーカスを警戒していた時に不意打ちで、しかも恐ろしい勢いで飛び込んで来た為か、アベリーは一瞬それが何者なのかの理解が遅れた。だが、そうでない仲間達は警戒と安堵の色を同時に表して三人の何者かを見つめる。


「到着、か……どうやらここもお前等の仲間が占拠してるらしい」


「はは、どうだ? 強そうな連中だろ? 実際強いぜ?」


 二人の男達が、少し楽しそうに話し合っていた。困ったような顔をする見知らぬ男と、自慢げに仲間を見せつける見知っている男だ。何故か一人はじっとアベリーの方向を見つめて沈黙していたが、それも彼らが良く知っている顔だった。


 そう、スタンリーと、アベリーの仲間の男と、ビルの三人だ。彼らは無事に広間まで辿り付く事に成功していた。無傷とは行かなかったのか、三人は、特にビルは幾つかの傷を負っていた。しかし、命に関わる物は無いようだ。


 彼らを確認したアベリーは、戻ってきていない二人の片方が来た事に安堵の息を吐いた。彼らの隣に居る男が敵である事は理解していたが、男からは敵意や悪意の類は感じられない。


「やっと戻ったか……隣の奴が誰なのかは、まあ、この事態だ。気にしないでおこう」


「あ、ボス。こいつはスタンリー。一緒に警備員達をぶっ飛ばしたんだ」


 彼の視線がスタンリーに向いている事を理解したのだろう。ビルがゆっくりとアベリーに近づきながら説明をする。完全に普段通りの口調、普段通りの笑み、普段通りの目だ。普段通りのビルである筈だ。


 だが、その動きにどこか正体不明の悪寒を感じたアベリーは、微かな警戒をしてビルの事をじっと見つめる。


「ん? なんですか、ボス? やだなあ、そんな敵を見るような、やめてくださいよ」


 ゆっくりと近づきながら、ビルは薄ら笑いを浮かべている。アベリー以外の者達はビルをまったく疑っていないようでほぼ全員が出入り口への警備に向けている。アベリーにだけ感じられる危険だ。


「ところで、知っているかな? 少し前に私の所に手紙が届いてね」


 不意打ちをするかのように、マーカスがアベリーに話しかけていた。楽しげな様子で言葉を吐く彼は、ビルの様子になど気づいていないような態度だ。アベリーはビルとマーカスを同時に警戒し、どちらが何をしてきたとしても対応出来るようにした。


「その手紙には、君らが『島』に強盗に入るから、宝を渡して欲しいと書いてあったのだよ、そして私は、チケットを渡したのだ」


「チケットを失った性で、色々アレでしたが……ボス、俺、頑張りましたよ。いやぁ、隠し通路から警備員共が出てきた時は、本当にどうしようかと」


 二人はほぼ同時に話していた。それを聞いたアベリーの仲間達はようやく彼らに警戒心を向けた。だが、少し遅かったらしい。それも構わずビルは歩いてアベリーに近づいていく。


 そして、ビルはついにアベリーの前までたどり着き、二人は楽しそうに、しかし、悲しそうに告げる。




「そのチケットに入れた名前はね……」



「ビルって言うんだよ……ビルって、な」



 そして、マーカスは凄まじい勢いで杖に仕込まれていた刃物を引き抜き、アベリーに向かって突き出した。

なんとか……なんとか日曜日中には書き上げました……! 27000字で投稿ですが、実は予定ではもうちょい長い筈だったんです。ですが、執筆をポメラで行っていて、文字数制限で引っかかったのでこのまま投稿する事になりました……


2012/06/10

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ