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プロローグ 如何にして皆が『島』へ行くことになったのか

『世界』のどこか




「暇だ……」


 夕日につつまれたある『世界』の片隅にある部屋で、三人の男女が退屈そうにしていた。侍のようで侍ではない駿我という名の男、剣に生きているようで生きていない奇矯という名の女、黒髪長髪で常に不敵な笑みを浮かべたニルという名の女『らしき何者か』の三人だ。


 どこかアンバランスな三人組は親友だった。より厳密に言えば、数日前のある事件がきっかけで駿我と奇矯は知り合い、元々二人の共通の親友だったニルを合わせて三人組みになったのだ。が、今はそれとは関係無く暇だ暇だと呟いている。


 三人の内一人は部屋の壁に、一人は数個ある椅子の一つに、最後の一人は退屈のあまり天井に『立って』いた。奇妙な光景だが、残りの二人からすれば不自然でもなんでもない、ありふれた光景だった。


「なあ、ニル」


 天井に立っているニルに、壁に寄りかかった駿我が話しかけた。何か暇を潰す手を見つけたのだろう、そう考えたニルは立ち位置を変える事無く興味深げな顔をする。ニルが聴く姿勢に入った事を感じた奇矯もまた同じように耳を傾けた。


 そんな二人の態度を感じ取った駿我は奇矯へ視線をやりつつも、特にニルの方へと意識を向けて話し出した。


「その後、カイム殿とはどうなったんでござるか? 仲良くやってるんでござるか? それとも……」


 数日前、奇矯と駿我が出会った事件が終結したすぐ後にニルは自分が生まれた頃には既に行方不明だったカイムという名の父親と再会し、あらためて親子になったのだ。実の所、父親であるカイムはまだ完全に親子になったとは考えていないのだが、それは駿我の知る所ではなかった。


 話を振られたニルは駿我の相変わらずの口調へは何も言う事なく、少しばかり物を考えるようにアゴに手をあてていたが、なぜかそのすぐ後に彼らが居る方向とは違う場所に目をやり、面白がるような顔になって口を開いた。


「それなりに仲良くやってるよ。それなりに、な」


 それを聴いた駿我と奇矯は驚愕し、周囲を見回した。彼らはニルの言葉に驚いたわけではない、何故かまったく同じ内容の言葉が『二人分聞こえた』のだ。それも、今話題にしたカイムという男の声で。


 周囲を見回す彼らはそれでもカイムの姿を見つける事が出来なかった。が、ニルの見ている方向へ視線をやると、先ほどまでは居なかったはずの男が座っていた。それは奇矯が座る物とは違う場所に置いてある椅子に腰掛けるカイムだった。


「それなりに仲良くやってるさ」


 姿を確認された事を知ったカイムはニヤリと笑い、再び同じ言葉を発した。ニルは先ほどとは違い声を合わせる事無く、悪戯っぽい笑顔で二人の親友を見ている。


 が、何を思ったのかニルはカイムの所まで行くとおもむろにカイムと、父親と肩を組んだ。その行いにカイムは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得して肩を組み合う。そんな姿に困惑する駿我と奇矯に対し、二人は同じように悪戯っぽく笑った。


「こんな風に、仲良くやってるんだよ、なあ? カイム」


「こんな風に、仲良くやってるのさ、なあ、そうだろう?」


 ほとんど同じ内容の、だが声がまったく違う二人の声を聞いて、ニルという親友を同率世界一によく知る奇矯と駿我はまったく同じ考えに行き着いて苦笑した。そう、『間違いなく親子だ』と。




 そこから先の三人とやってきた一人には退屈さを感じさせる雰囲気を消し飛ばして会話していた。


 「ニルをどう思いますか?」と奇矯が聞けば、カイムは「娘だと思ってるがあいつは認めてないだろう」と返し、それに対してニルが「別に認めてないわけじゃない」と楽しげな顔をして、なぜ楽しげなのかという顔をするカイムに駿我が「半分くらい認めてる状態でござるな」と解説を入れる。


 数日前に再会したばかりの親子よりも、付き合いの長い親友達の方が彼女の事をよく知っていた。が、カイムはそれも当然かと考えていたためにそれに対して不満は無い。ただ、少しばかり羨ましかったのだけは隠さなかった。


 そんな態度の意味をニルに対するように考えた二人は彼の思考を理解したが、言葉にするほどの事でもあるまいと判断して何も言わなかった。


 ニルを除いた三人は話こそしているが、黙っている事が多かった。そのような話の流れを変えようと思ったのか、ニルが内心で溜息をつきつつも横から口を挟む。


「なあカイム、お前確かここに戻ってくる前に色々旅をしたんだったな?」


 あからさまな話題の方向転換にカイムは気づいたが、あえてそれに従い肯定の意味を込めて頷いた。


「ああ、色々やったぞ」


 言葉を返す彼もまた話題を変えようと思っていたのだ。何せ、話すたびに自分がどれだけ娘を知らないかを思い知らされるのだ。当然とはいえ、あまりいい気はしていなかった。


 そんな彼の行動を予想して、実際に当たったニルは面白そうに笑った。生まれてから一度も顔を合わせていなても、考えている事がなんとなく伝わるのが不思議だったのだ。


「それなら、何か面白い話の一つや二つ、あるんだろう? あるなら聞かせてくれないか?」


 それを隣から聞いた駿我と奇矯が興味深げにカイムの顔を見つめた。するとカイムはニルと同じように、顎に手をあてて物を考えるような仕草をする。やがて何かに思い至ったのか、口を開いた。


「別に話してやってもいいが、どの話が面白いのかさっぱりわからん。だから、期待するなよ?」


「なら私が面白そうな話があるか、探してやろうか?」


 ニルの言葉に対し、カイムは頷くと彼女の耳元で何事かをささやいた。するとニルは興味深そうにはしたが、面白みに欠けると考えたのか首を振る。それを見たカイムは残念そうにして、また何事か呟いた。今度は興味深そうにする事も無くニルは首を振った。


 ならばとカイムはまた何かを呟き、ニルは興味深そうにするのでも、首を振るのでもなく、考え込んだ。どうやらそれが面白い話なのか、そうでないのかを考えているらしい。そう判断した奇矯と駿我は大人しく彼女が面白い話を見つけるのを待った。



 だが、待ちきれない者は居たようだ。


「その話、興味あるよ! 私にも聞かせてもらえないかな?」


 その声が四人の耳に入った瞬間、駿我と奇矯は驚いて体を一瞬硬直させたが、ニルとカイムは違った。その一瞬の間に視覚的には何も無い場所へとカイムは裏拳を、ニルは正拳を交差する形で放ったのだ。


 が、二つの拳は空を切る事無く人一人分の隙間を作って停止していた。


 そして、停止した拳の間には何時の間にか、人が居た。それはまさしくその場の四人全員が知る存在、エィストと名乗る何物かだ。人の姿をしてはいるが、虹色に光る髪と性別が曖昧という次元ではなく『理解できない』顔立ちが人である事を明確に否定させている。


 二つの拳を二つの腕で受け止めたエィストは怒るでもなく、凄まじく胡散臭い笑顔を振りまいて見せた。カイムもニルもその胡散臭さを理解しているからこそ彼を思いきり睨みつけ、明らかな警戒をエィストに向ける。そんな二人の反応をまったく気にもせず、エィストは声を出した。


「ひっどーい! 私はただ話が聞きたいなー、仲間に入れて欲しいなーって思っただけなのにー!」


「その気持ち悪い仕草をやめないと本気で追い出すぞ」


 エィストに返す言葉は辛辣なほど『本気』だった。だが、エィストは特に落ち込むことは無い、実際、彼らの反応は正常だ。何せ彼は『そういう態度をとられても仕方の無い事をかなりしているのだから』。


 とはいえ、彼の行いの数々をほとんど知らない残りの二人には関係が無い話だ。駿我と奇矯は一瞬の驚きから脱するとすぐにエィストに挨拶の言葉をかけた。


「あ、こんにちはエィストさん。元気そうですね」


「どうもエィスト殿。よくわからんが、まあとりあえず元気そうで何よりと言っておくでござる」


 奇矯の妙に丁寧な雰囲気と駿我の奇妙な口調で発せられた声がエィストに届くと、エィストは感極まったような表情になり、すぐに挨拶を返すとカイムとニルの方を見た。


「ほら、これ! こういう反応! こういう反応をしてくれないと!」


「じゃあお前、仮に俺がそういう事を言ったらどう思うんだ?」


 カイムの言葉にエィストは思わず考え込んだ。仮にそんな態度のカイムに出会ったとしたらと考えて、途端に嫌そうな顔をする。


「あ、やっぱり撤回。君らにはこのままの対応でお願いします」


「だろうな」


 ニルの納得した頷きにエィストも頷き、カイムへと近寄った。何をしてくる気かとカイムは身構えたが、どうやらそういう話ではないらしい。カイムにはエィストの言いたい事が、本人に言えば否定するだろうが、長い付き合いですぐに解った。


 つまり、先ほどの話の続きを聞きたがっているのだ。それに気づいたカイムは何も言わずに、というよりは『何も言わなくても気持ちが伝わるだろう?』と目で告げてくるエィストを意思を嫌々受け取って考え込んだ。


「さあカイム、私に構わず続きを話してくれ! ここに戻ってくるまでにどんな事があったのか、実に興味があるね!」


 エィストの顔を何度か見て、ニルの方を見て、エィストを殴ろうとして彼はふと何か頭に引っかかってくる物を感じた。それが何なのか思い出した次の瞬間には思わず「ああ!」と声を上げていた。


 何事かと駿我と奇矯が見つめたその時、カイムはニヤリと笑ってエィストの方を見て、そのまま話し出す。


「お前にぴったりの話がある事を思い出したよ」


「え、何々? どんな話?」


 エィストの興味深げな顔にカイムは思いきり面白がるように笑って、エィストに質問した。もちろん、その話の中核となる『島』の事を。


「お前は、『かつてエィストが居た島』に心当たりはあるか?」


 その名を聞いたエィストの反応は早かった。まるでこの世の幸福を一気に手に入れたような笑顔で頷いたのだ。エィストは確実にその『島』の事を知っていた。それは彼が作り上げたこの『世界』ではない場所にある、ある『島』の事だと。


 エィストがのを理解していたカイムはその姿に声を上げて笑い、ひとしきり笑うと、よくわからないと言う表情をした他の三人に気づいてまた笑い、話し出した。


「俺がここへ来る直前の話だが……その『島』で事件が起きたのさ。外から見る分には中々愉快な連中だったよ」




「つまり、俺達からすればでかい事件じゃないが……それでも、当人達は大変だったろうな」



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



『世界』ではないどこか



 昔、そこはただの町だった。港が近くにある為にそれなりには発展した町ではあったが、常識の範囲に収まる場所であった事だけは疑いようが無い。


 だが、それは町の記録上で五百年前にふらりと現れた『エィスト』と名乗る何者かが町に取り囲まれるような島に住み着いた時に根本から変わった。そこはただの町から『怪物の住む島』の周囲にある町となったのだ。


 エィストと名乗る者が持つ恐ろしいほどの不思議な力と享楽的な精神性を見た人々は恐れ、彼の事を『悪魔』と呼んだ。だが、そう呼ばれている事を知った、いや、『知っていた』その存在は言ったのだ。


 その発言は町の歴史書にきちんと残っていた。やけに高揚したような口調で、子供のような高い声だったらしい。エィストはこう言ったのだ。「私は『怪物』ですよ! 間違えないでくださいね!」と。


 それを聞いた当時の町の住人達にとってはエィストと名乗る者が『怪物』であろうが何であろうが関係無かった。その存在の力を恐れ、やがて、何の根拠も無く考えていたようだ。


「彼の居る島に住めば、自分達も力を得ることができるのではないか」


 その考えは最初は小さな物だったが、やがて大きな思想となって町の住民達の内半分以上は島の住民となった。だが、当然『怪物』の力を得る事は無い。それに遅まきながら気づいた島の住民達は、怒らなかった。


 既に『元町の住民』だった人間は皆亡くなり、島にその時住んでいたのは皆子孫となっていたのだ。


 エィストという名の『怪物』と共に生きる人間達。互いの間に敵意は無く、当時の島の記録にはエィストが気まぐれなのか、善意だったのか病の子供を助けた、野性の獣に襲われて瀕死の重傷を負った者の傷を治した。という物すら残っていた。


 人間達はエィストの性格を理解し、力を欲する事が無く、エィストは人間達に無理な行いをする事が無い。奇妙な共存だった。だが、それはある時突然無くなる事となった。


 既に最初に島へ移住した者達が居なくなってから三百年もたった時の事だ。エィストは何を思ったのか、真剣な雰囲気を漂わせてその時の人間達の代表へ島を託し、姿を消したのだ。


 当時の人間の困惑は相当な物だったらしい。が、彼らは既にエィストの気まぐれには慣れていたのだろう。しばらくは島に留まっていたが、やがて島の周囲にある町へと戻り、 島は託された代表者が管理する事となった。


  いつか、エィストが帰ってきたらまた島の住民に戻れるように、と。


 住民達にとって、エィストは島の象徴だったのだから。






 そんな事が記された歴史書を、それから二百年後の現在において読んでいる女が居た。


 女は歴史書を読み終わると丁寧にそれを家の本棚へ納め、一息つくと扉を開けて外へ出る。そこはやはり島の住民が町の住民に戻ってから二百年後の場所だった。


 そこにただ上を向いてひたすら佇む女は、短く黒い髪に『不敵な笑みを浮かべた』それなりに背の高い女だった。ただ上を見上げているだけだというのに誰かを待っているような姿に見える。


 周囲に人影は無く、たまにネズミが彼女の足元へとやってきたかと思うと彼女から発せられる異様な雰囲気を受けて即座に逃げ出す程度だったが、彼女は一々それを気に止める事は無い。むしろ、別の事を考えているらしくその目は空ではないどこかを見ている。


 そんな彼女が居る場所は町の片隅にある古い家々から出来た路地だ。錆付いたパイプや薄汚れた壁はその路地に掃除が行き届いていない事を明確に現していた。悪臭こそ無いが、薄暗いその場はあまり長時間居たい場所でもないだろう。


 治安もあまりよくないようで稀にだが殺気を放ちながら銃やバールやナイフを持ったいかにも屈強そうな集団が彼女の前を通り過ぎて行った。それすら彼女は気に留めない、殺気だった人間達は彼女と視線をかわさないようにと目を背けながら歩いていた。


 彼女がどういう者なのか知らなければ首を傾げる光景だったが、実際に彼女と関わった者はそれらに対し皆言うだろう、『絶対に、敵にするな』と。


 そんな周囲から恐れられる彼女は、今現在あまり幸せな気分ではなかった。彼女は溜息をついた、永遠に会えない相手を想う様な雰囲気が含まれたそれは彼女の浮かべている笑みとは完全に合わない物だったが、それでも彼女は笑みを止める事は無い。


 頭の中でどれだけ声を発していようとも彼女は口で言葉を発しなかった。話せないわけではない、ただ独り言はどうにもする気が起きなかったのだ。それでも苛立ちは高まっていくのかたまに壁に手をやり、その一部を力任せに握り潰していた。



 そんな風に苛立ちを抑える彼女の耳に、ふと何者かの声が聞こえてきた。少しばかり距離のある所での会話のようだが、彼女は聞こうと思えば会話の内容を全て聞く事ができた。


 老人と若者の声だ、どうやら若者が老人に金銭を要求しているらしく、若者は拳銃で老人を脅しているらしい。それに気づいた女は独り言を呟く気になった。


「ああ、これはストレス発散じゃない。違うとも、私はただちょっと耳障りな騒音を立てる奴を殴りに行くだけさ、うむ」


 彼女はそれを知った時、そちらの方を見ると言い訳のような独り言を呟き、不敵な笑みを強めてすぐに移動を始めた。拳銃を持った男が居ると言うのに、彼女は何も持っていない。


 緊張した雰囲気も無く、その目には武器を持った相手に対する何らかの感情も無い。言葉通り、ただ騒音を消しに行くとでもいうかのような気楽さだ。彼女を止める者も、要素も、どこにもなかった。


 そう、彼女はただ本当に「邪魔だから殴る」という言葉を実行するつもりなのだ。それがこの話の始まりになる事など、知る事も無く。




 先ほどまで読んでいた『島』へ行くチケットが配布されている事を、彼女はまだ知らなかった。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「だーかーらーよぉー、大人しくその財布をよこしてくれりゃあ俺としては何も文句が無いんだって、な? わかるだろ?」


「知らん、私はお前にくれてやる財布など持ち合わせてはいない」


 女が空を見上げていた頃、そこから少し離れた場所では老人と若者が言い争っていた。丸腰で杖をついた老人に対しいかにも屈強そうな若者は銃を向け、呆れていた。先ほどから銃を向けられているというのに老人の顔には焦りも恐怖も見られない。


 まるで銃が何なのかわかっていないかのような態度に彼は辟易していた。銃で脅して財布を奪い取るつもりが、あまりに冷静な老人に思わず目的を忘れて長時間言い争ってしまったのだ。いや、言い争うのではなく、若者の言葉に老人が答えるだけの状態になっていたのかもしれない。その辺りは若者にはあまり理解できなかった。


「金が欲しいならこんな爺さんよりも他を狙え、いくらでも標的は居るだろう?」


「いやもう意地だね、俺ぁあんたから絶対に財布を奪ってみせる」


 若者の言葉通り、彼は意地を張っていた。銃を持って丸腰の老人を脅しておいて、論破されて何も得ずに帰るのは彼にとってはとても恥ずかしかったのだ。そもそもそんな事をしている点で既に恥ずかしいのだが、彼は気づいていない。が、老人は気づいていたらしい。


「いや、私のような老人を狙っている時点でお前さんはどう考えても恥ずかしい人間だろう」


「心を読むんじゃねえよ……」


 老人の言葉に若者は思わず疲れたように肩を落としていた。さきほどからずっとこの調子で話し続けているのだ。そろそろ本当に発砲してもいいのではないかと思い始めていたが、彼は意地を張ってそれを抑えていた。


 なんとか言葉だけで財布を手に入れようと必死になる彼の様子に老人は気づいていた。実の所、そろそろ財布を渡してもいいかとすら彼は考えていた。ここまで話をしている内にそんな感情まで芽生えてきたのだ。


 が、老人はそれでは負けた気がするので決して言葉にする事は無かった。若者は気づいていないが、お互いに財布を奪うか、渡さないかで意地を張り合っているのである。


「いい加減にしねえと俺の指が思わず動いてアンタを撃ち殺すかもしれねえよ? 本当に渡してくれって」


 意地を張っていてもだんだんと疲れてきているからか、若者の声にはあまり力が無かった。当然と言えば当然である。なぜなら彼らは言い争いをはじめてから既に一時間近くそれを続けているのだ。老人はまったく疲れた様子を見せていないのだが、それは若者が大声を出していたのに対して彼は最初から今までずっと落ち着いた声で話していたからだった。


 若者が疲れた声で老人に銃をつきつけていたが、老人は特に恐れる様子は無い。撃たないと考えているわけではない、恐れていないのだ。


「撃ってくれても構わんが、その場合は君の負けだ」


 老人の見透かした言葉に若者がまた肩を落とした。こうも平然とした態度で接され続けると銃を向ける気力すら無くなって来てすら居たのだ。実際に銃は既に下ろされているのだが本人はまったく気づく事が無い。


 若者の心には疑問が沸いてきていた。なぜ自分は意地を張って老人から言葉で財布を奪おうとしているのか、と。長い事話し続けたせいで意地も弱くなり、彼はその時力ずくでもいい気がしてきていた。


「なあ、あんたなんでそんなに平気そうなんだよ……ちょっとくらい、なあ?」


「なあに、お前さんとは経験が違う。私くらい長生きするとな、大抵の事じゃ動じなくなるんだよ」


「あんた一体幾つなんだ」


「さあ? 五十を過ぎてから数えるのが面倒でね、忘れてしまったよ」


 老人はニヤリと笑って若者をからかうように話していた。どうやら銃を下ろしてしまうほど疲れきった若者で遊ぶのが面白いらしい。そんな態度に若者は、怒る気すら沸かなかった。


 ただ、気力は戻ってきたのか老人の顔の前に銃をつきつけ直し、再び脅し始めた。が、やはり老人には言葉が届かない。それはもう若者にもわかっていた。ここまでやれば誰でもわかるだろう。


 そんな事実をあらためて確認し、若者はついに決意した。力ずくで行こう、と。そうと決まれば早かった。即座に拳銃を老人の足へと向け、殺気を込めて老人を睨みつける。だがそれだけでは老人が財布を渡さないのは分かっていた。


 彼の態度に老人は大げさに驚いて見せた。だが、その奥にはやはり恐怖などない。


「別に撃ってくれても構わないが、負けを認めるのかい?」


「ああ、その通りだ。負けたよ。だから財布を渡しな」


「そうだな、私の勝ちだ。だが、なぜ足を狙う? 頭をぶち抜いてから財布を奪えばすむ話じゃないか」


 老人の質問に、それを聞いて欲しかったとばかりに若者は笑った。彼にとってはそれだけが譲れないプライドなのだ、それが彼をただの強盗からただの悪人へ変えている考えだと言ってもいい。


 若者は老人の足に拳銃をつきつけ、今にも発砲しそうになりながらも胸を張り、頭の中で自分達が『ボス』と呼んで慕う男の姿を思い浮かべながら言葉を発した。


「俺達のボスは『金より命の方が重い』って主義を持ってる。金の為に命背負うなんざ真っ平だ。無抵抗の人間の頭ぶち抜いて金奪うくらいなら足を撃って奪う方を選ぶね」


 その言葉に老人は関心した顔になった。若者がその言葉を語る時、そこには本当に純粋に、それを守る自分への誇りと『ボス』と呼ぶ男を慕う気持ちが読み取れた。ただ財布を奪いに来ただけの強盗とはいえ、それは決して老人にも否定できない感情だ。


 その為に老人は関心していた。この町の治安はそれなりと言った所だが、この手の強盗が命にまで気を使う事はほぼ無い。だが、目の前の若者はそれを考えているのだ。それだけで老人にとっては財布を渡してもいいかという気持ちにさせられた。


 しかし、老人が財布を渡すより早く若者は拳銃の引き金を引き、銃声が響き渡った。



 だが、若者の持つ拳銃から出た弾は老人の足に当たる事も無く、天空に昇って行く事となった。若者が引き金にかけた指に力を入れたその刹那、いきなり現れた何者かが若者の腕を掴んで上げたのだ。


 結果的に、老人へと銃弾は届く事無く、財布は老人の手の中にあるままとなった。そのような展開を予想していなかった若者は腕をつかまれ、挙げられた時に感じた力に一体どんな屈強な奴が邪魔をしたのかとその何者かの顔を見た。


 そして、顔を青ざめさせた。若者は後悔したのだ、顔を見なければこんなに恐ろしい思いをしなくても良かったのに、と。


 若者の腕を掴んでいた手は、傷一つ無い、不自然なほど綺麗な手だった。女だ、若者は顔を見るまで筋骨隆々の大男を想像していただけに、意外だった。だが、それ以上に恐ろしかった。その顔に、彼は見覚えがあったのだ。この町で最も『直接的な意味で』恐ろしい女として。


「カ……カミラ……カミラ・クラメール……」


「正解だ、賞品をどうぞ」


 女、カミラの名前を呼んだ若者の耳にその肯定の言葉が届くよりも早く、カミラのもう片方の拳が若者の腹へと直撃していた。あまりにも強烈な衝撃に若者は呻き声を上げたが、持ち前の頑丈さが功を奏して決定的な傷を受けることは無かった。


 少しばかり予想外な若者の頑丈さに、カミラは目にほんの少しだけ驚きを込めたが、若者はそれに気づく事無く体を痛みで震わせながら立ち上がって見せた。


「な、なんでお前が……お前みたいな化け物が出て来るんだよぉ!」


 若者の質問に、カミラは化け物と呼ばれた事への若干の不満を感じたが、それでも質問に答える事にした。自分の隣に居る老人の視線はどこか興味深い物を見るようであったが、そちらには気を払わない。


「端的に言うとだな、騒音を立てたから一発殴っただけだ。後な、私は化け物じゃない。本物の化け物って言うのはもっと凄いからね」


「そ、そんな理由かよ……痛てぇ……痛てェよ畜生……」


 カミラの返事を聞いた若者は顔を歪め、なんとか手を思わず落としてしまった銃の方へと進める。これならもしかしたら、カミラを殺せるかもしれないと。無抵抗ではない彼女を撃つのは彼にとって特に問題とは思えない事だった。


 痛みのあまり思考が麻痺していたのだ。その為に、『化け物』『悪魔』『直接的に怖い女』と呼ばれるカミラの噂の中に『銃弾が効かない』という内容があるという事に彼は思い至る事ができなかった。


 もっとも、思い至っていたとしてもそれは無駄でしかなかっただろうが。そう、若者の手が銃へとたどり着く前にカミラの足が手を踏みつけていたのだ。若者はまた呻き声を上げ、手が潰されているような痛みを感じていた。


「なあお嬢さん、そろそろ止めてやってはくれないか……」


 カミラが若者の手を無表情で踏みつけていると、見かねた老人が彼女を止める言葉を口にした。 最初は仕方が無いかと苦しむ若者を見守っていたが、激痛に悲鳴を上げる若者の姿を見ていると段々と哀れにさえ思えてくるのだ。それなりに好意的な視点を持って接する事ができる相手だったのでなおさらだ。


 老人の言葉にカミラは思わず足を退けた。彼の言葉が意外だった、というのもあるが、『お嬢さん』などという呼び方を使われるのは本当に久方ぶりだった為に困惑したのが大きかった。


 カミラの足が手から離れた事に気づいた若者はまたなんとか立ち上がり、なけなしの勇気を持ってカミラを睨みつける。だが、もちろんそれは蛮勇以外の何者でもない。だがそれは彼を滅ぼす事は無かった。睨み返すカミラへの恐れが蛮勇に勝ち、彼は体をふらつかせながらもその場を後にした。



「いやいや助かったよお嬢さん、やりすぎだと思うがね」


 逃げ去る若者を二人は黙って見過ごした。カミラは殴った事でストレスが解消できた為にそれ以上追う理由を見出せなかったのだ。老人は心配そうに若者を見ていたが、実際脅されていたのは事実なので追う事はしない。


 それよりも老人は彼女のやりすぎが気になったのか、カミラに対して礼を言うと共にすこしばかり注意する。カミラもまたそれを素直に聞く気分になっていたからか、不満を漏らす事無くその注意を受け取った。だが、礼に関しては疑問を抱いていた。


「助かったも何も、私が手を貸さなくてもあなたは彼を返り討ちに出来たはずだ。それこそ銃弾を避ける事だって」


 気づいていたか、とばかりに老人は苦笑した。カミラの言葉通り、老人は若者を倒す自身があったのだ。だがそれをしなかった。財布を渡してもいいかと考えていた為に撃たれてもいいか、とも考えていたのだ。


「まあそれでも私が君に助けられた事は助けられたんだ」


 カミラも同じように苦笑する事となった。助けた事は嘘ではない、手を出さなくてもいい事に手を出したのだから意味があるとは言えないが、老人は気にしてはいないようだ。


 二人は互いに苦笑し合うと、挨拶だとばかりに握手をする。ほぼ同時だった。どうやら二人とも考えたことは同じらしい。そんな事実を面白がりつつ、二人は挨拶を交わす。


「さっきの奴が言ってたが、私はカミラ・クラメールだ。あなたは?」


「ああ、私はマーカスだ。ただのマーカスだよ」


 なぜか老人、マーカスは名前しか話さなかった。カミラはそこを不審に思ったが、もしかすると名前しかないのかもしれないと考えて勝手に納得した。名前があっても姓は無いくらいはありえる事なのである。


 マーカスはそんなカミラの疑問に気づきつつもあえて何も言わない。何も言わないままに、ふところから何かを取り出し、カミラに手渡した。


 渡されたカミラは少し困惑する。それは紙だった。だが名刺の類ではない。触ってみた感触からすると、異常なほどに頑丈な紙だ。だが、それはカミラの困惑の元ではなかった。それに書いてある事こそが彼女の困惑を呼び込んだのだ。


 その紙には、こう書かれていた。「『島』行き」と。困惑するカミラの雰囲気にはじめから気づいていたマーカスはニヤリと笑っていた。


「お嬢さん、それは私からのお礼だよ」


「この、『島』行き、っていうのはどういう意味かな?」


「言葉通りさ……ん? もしかして知らないのかね?」


 今度はマーカスが首を傾げていた。その紙は名前通り、『島』へ行けるチケットだった。実はつい最近、そのチケットを抽選で配布する事があったのだ。彼の手元にあるチケットもその一枚だった。


 つい最近チケット配布があった事をカミラに告げると、彼女は明らかに興味深げな顔をした。彼女自身、島には『他の大多数とは違う意味で』行きたがっていたのだから。降って沸いたような機会に、彼女は面白がって笑い、頷く。


「ああ、行かせて貰うよ。貴重なチケットのようだし、何より『島』には個人的な興味もあってね」


「そうか、貰ってくれるか! いやいや、君のようなお嬢さんが『島』に来るのは嬉しいことこの上ない」


 本当に嬉しそうに、大仰なほど嬉しそうにするマーカスにそれほど喜ぶ事なのかとカミラは苦笑する。


「お世辞はいいぞご老人、いや、マーカスさんだったかな」


 それだけ言うと二人はあらためて握手をした。そして、すぐにカミラが握手を解き、マーカスに背を向ける。どうやら家に戻ろうとしているらしい。


「もうしばらく話していかないかね?」


 マーカスは思わず少し寂しそうに話しかけていた。カミラはその言葉に振り向くと、寂しそうな態度を無視し、チケットに書いてある期限の項目へ指をやって口を開く。


「明日の船に乗るんだろう? 準備をしておくのさ。急いでね」


 その言葉にマーカスは笑い、寂しそうな雰囲気を消し去ると、「楽しみにしている」とだけ言い残して同じように彼女に背を向けた。




 マーカスと離れて家に戻っていたカミラは『島』行きのチケットをじっと見つめながら歩いていた。周囲の事などまったく気に留めても居ないようだが、それでも障害物が見えているかのように避ける事ができている。


 完全にチケットにだけ視線を向けているにも関わらず、小さなゴミすら避けて歩くその姿はまるで二つの目以外から物を見ているようだ。しかし彼女にそのような物は無い。ただ、無意識の内に避けて歩いているだけだ。


 カミラはチケットを見つめながらも、頭の中ではある者の姿を浮かべていた。


 それは今の彼女を作った者であり、彼女にとっての人生の目標でもあり、彼女の命の恩人であり、たった数度会ってからは一度も噂すら聞く事が出来なくなった『長髪黒髪の不敵な笑みを浮かべた女』だ。『島』への個人的な興味もその為だった。


 その者は、かつて幼いカミラに言ったのだ。「エィストは、父親の知り合いだ」と。彼女にとって、エィストという存在はどうでもよかった。だが、その者と再会する為に必要な存在かもしれない、あるいは行方を知っているかもしれないと考えていた。


 もちろん、『島』の歴史を知る彼女はそこにエィストが居ない事もわかっていたが、何か手がかりがあるかもしれないという想いはどんどん強まっている。


 と、そんな事が頭の中で動いていたその時、カミラの思考は即座に現実に戻される事となった。慌てて彼女が周囲に視界を戻すと、自分を背後からじっと見つめる視線がある事に気づく。


 どうやら、避け損ねた者とぶつかったらしい。そう判断したカミラは振り向き、軽く謝罪の言葉を入れて、次の瞬間には同じく固まるようにして視線の主をじっと見つめる事となった。


 カミラとぶつかった相手は男だった。先ほどあった若者というわけでも老人というわけでもない、中年という言葉がしっくり来る男だ。何故だか顔を見た瞬間から頭の中で警告音が鳴り響いてはいたが、カミラの気になった点はそこではない。


「失礼した」


 固まっていたカミラは男の声で再び動き出した。思った以上に男の声は深く、彼が発する雰囲気と非常に合うだろうとカミラは少しばかり考える。が、それとは関係なく男は言葉を続けた。


「失礼したな。少し考え事をしていたんだ、許せ」


 男の口調はそれなりに丁寧な物だったが、有無を言わさぬ迫力があった。至近距離から言葉を受けたカミラもその迫力を感じたが、不敵な笑みを維持しつつ言葉を返す。


「いいさ。構わない。私も少し考え事をしていてね」


 カミラの返事を聞くと、男は「そうか」とだけ言葉を返してその場を後にした。


 男が完全に見えなくなっても、カミラは足を止めたままだ。男の顔を見た時から、どこかで見たような気持ちになっていたのだ。それは丁度、先ほどまで彼女が頭に浮かべていた者に関連する物だった。


 カミラは、自分の感覚を疑いつつ呟いた。




「なぜあんな男から……ニルさんの雰囲気を感じたんだ……?」




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「はぁ……どういう事だ畜生……」


 同じ頃、マーカスとカミラの居る場所から少し離れた道路で一人の中年男性が溜息を付きながら歩いていた。精悍そうな顔をしてはいたが、まるで世界の絶望の全てを背負ったかのような落ち込みようが見て取れる表情で全てが台無しになっていた。


 男の手の中には二枚の紙があった。カミラが受け取ったチケットと同じような材質のそれを男はたまに足を止めて見つめ、また溜息をついて歩む事を再開する。肩を落としながら歩むその姿には力強さの欠片も無い。


 カミラの手の中にあるチケットと、男が持っている紙には大きな差があった。男が持っている紙にはこう書いてあるのだ。「落選」と。


「あぁぁぁ……絶対応募者少ねえと思ってたのによぉ、落選ってどういう事だよぉ……」


 そう、男は『島』行きのチケットの応募を送っていたのだ。そもそも応募券が存在する事を知っている町の人間ですら極僅かという状況である事を知っていた彼は、間違いなく当選する物だと信じていたのだ。


 だが現実には男の手には『落選』と書かれた紙と、応募券がある事を宣伝するチラシだけが残されている。男はまた思いきり溜息をついた。彼は『島』へ一度行きたいと常々考えていたのだ。


「『島』へ行くのは親父の昔からの夢だってのに……どうにかならねえかな」


 彼が『島』へ行きたいと考えている理由は独り言の通り、父親の夢、だけではなく自分自身が『島』に興味があるというのもあった。この町の住民にとっては『島』は町の歴史的にも住民の歴史的にも重要な物だ。


 町の住民としての自覚がある者なら一度は『島』へ行って見たいと思う物である。だが、何故か『島』へ行ける事自体がほぼ宣伝も報告もされず、本当に『知る人ぞ知る』という状態になっていた。それでも男を落選にする程度には応募があったらしい。


「どっかにチケット、落ちてねえ物かなあ……」


 そんなありえない事を呟きながら男は落ち込み続け、視線の片隅にあるゴミ箱を見つけた。落ち込みながらも気持ちを入れ替えねばならない事も、このまま紙を持ったままでは永遠に落ち込んだままであるという事も彼にはわかっている。


 ならばと男はゴミ箱に持っていた二枚の紙を入れる。若干の未練があるのか、ゴミ箱の中に入った紙を惜しそうに見つめていたが、気を取り直すように前を歩み始めた。


 だが、男の歩はすぐに止まる事となった。彼が歩みを再開したのと同時に、向かい側の道から歩いてきた若者が彼に思いきりぶつかったのだ。男は一瞬驚いたが、特に怒りはせずまた歩もうとする。が、やはりまた止まった。ぶつかった若者が、男に思いきり倒れこみかけたのだから。


 倒れこんできた若者を彼は咄嗟に支え、若者に意識がある事を目を見て確認すると支えた体をそのまま立たせる。


「おい、しっかりしろ」


 若者へ向けられた男の言葉の中には、若干心配するような色もあったがそれ以上に『気をつけろ』という意思が強かった。だが、そんな男の雰囲気も言葉も無視して若者は男を退け、謝罪の一言もせずにふらつきながらも歩いていった。


「痛てぇ畜生……痛てぇ……」


 若者はひたすらにそう呟いて腹を庇うようにし、片手には靴の跡が残っていたが、男はよくある事だ、と考えて気にしなかった。嫌な時代だ、とは思っていたのだが。


 そうこうしている内に若者はすっかり見えなくなっていて、男もまた若者の事などすっかり忘れて行こうとしていた。しかし、またしても足は止まった。若者が倒れこんだ場所に、何かが落ちていたのだ。


 男はそれが落し物かゴミのどちらかだと考え、とりあえず何なのかを確認しておこうと近寄った。足元まで来てからよく見ると、どうやらそれは紙のようだ。


 それを手に取り、男は若者の大事な持ち物かもしれないと考えて紙を見た。裏面であるらしく、小さな文字が幾つか書いてあり、表面の字がほとんど見えない程度に透けている。


 では表面には何が書いてあるのか確認しようと男は何気無く紙を裏返し、その瞬間、体を硬直させる事となった。


「マジかよ……」



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 スタンリーの居た場所からそう離れていない民家の中に複数の男達が居た。一人ひとりがいかにも屈強そうな体格、顔立ちをしていたが、その全員が明るい内から賭け事と酒に興じ、勝ち負けに大騒ぎしている姿は『強そう』という印象を薄れさせていた。


 そんな集団の中で賭けポーカーをしている者達四人の内、一人が急に席を立ち上がり、得意げに、勝利を確信した顔で自分の手札を見せた。


「スリーカードだぜ! 『今度こそ』間違いなく俺の勝ちだな!」


 それを見た三人の内、二人は明らかに気を落として自分のかけ金を見つめる。いまだに自身の手札を明かさないが、どうやら賭けに負けたらしい。そんな姿に立っている男は自分の手札を見せ付けつつかけ金に手をつけた。


 が、その手が金に届く寸前で気を落としていなかった男が手を掴み、笑いかけた。


「残念だったなあ、その金は俺のだ」


 言うと同時に男は隠していた自分の手札を見せた。スリーカードよりも強い手、フルハウスだ。スリーカードの男はそれを見て他の二人同様気を落とし、溜息を付いた。勝った男はそんな二人に構わず自分の元へ金を集め、得意げにしてみせる。


 男は他の三人に対し、これを含めて五連勝していた。それは彼自身が強かったというよりは、他の三人がまったく表情を隠すことが無かったからという理由の方が大きい。男はお前らが悪いという意思を態度と言葉で示した。


「お前らは顔に出すぎるんだよ、分かり安すぎて俺としては涙を禁じえないね」


「ボスのポーカーフェイスが上手すぎるだけだ!」


「こういう時だけアベリーの旦那はなんで無表情なんだよ!?」


「五連勝なんてありえねえ……まさかボスに限ってイカサマじゃねえよな?」


 ボス、またはアベリーと呼ばれた男は周囲の部下である男達の同時に出た言葉をきちんと聞き取ると呆れたように溜息をつき、三人の言葉に対して順番に答えていく。その内容に、今までポーカーを観戦していた男達も同意して頷いていた。


「俺の下手糞なポーカーフェイスに騙されるか普通、無表情じゃねえよ薄ら笑いだ、お前らがあまりにも表情に出るからイカサマする気にすらならなかった」


 男の言葉に部下の三人は少しばかり不満そうにして言葉を返そうとしたが、周囲で酒に酔っていたり、他の賭け事に興じていた仲間達も「お前らが悪い」と視線で語ってくる状況を受けて黙り込む。


 実に、平和だった。



「にしたってアベリーの旦那、俺達こんなんでいいんですかねえ……」


 ふと、彼の部下の中ではそれなりに知的な方の男が呟いた。言葉としては『人生これでいいのか』というニュアンスだったが、その中にある意味に気づいたアベリーを含めた周囲の人間は思わず苦笑する。


「いいんだよ俺たちはこんな感じで、ねえボス? 例え、そう例え……」


「俺達が『明日島をジャックする』からって、そんなに気張る必要は無いんだよ」


 部下の一人が言った言葉の続きはアベリーが先に話してしまった。思わず恨めしそうな目を向ける部下に、アベリーは笑ってごまかす。が、話の内容はとても危険な物だ。そう、彼らは『島』へ進入し、一時的に乗っ取るつもりなのだ。


 そんな計画の前日にこの馬鹿騒ぎを起こしているのだ。メンバーの中でもそれなりに冷静な数人、ただし先ほどまで賭け事で盛り上がっていた連中だが、は本当に遊んでいていいのかという疑念を浮かべていた。


「なんだ、お前らそんなに気になるのか? 計画のまとめでもするか?」


 部下達のそんな疑念に気づいたアベリーがまるで世間話でもするかのような軽い調子で話を進めていた。どうやら部下達をリラックスさせるために務めて軽くしているらしい、その辺は賭け事をしていた時とは違い、部下に読み取られていた。


 彼らが自らの意図に気づいている事に気づきつつ、なぜこのような場面ではポーカーフェイスになれないのかと嘆きつつも男は計画を頭の中でまとめて話し出す。


「『島』行きのチケットを持ってるビルが観光客の監視、俺達は『島』行きの船に密航して行く、そして『島』を乗っ取る、最後にあるかないかもわからん隠し財産を脅し取ったら密航してきた船で帰る、と」


「端折りすぎでしょそれ」


 男の説明があまりにも適当だった為に、部下達全員から同じような言葉が飛んだ。が、話の内容自体は間違ってはいない。彼の適当な説明は計画の内容を適当に軽く要約した物だった。


 とはいえそれでも適当すぎると感じた部下達だったが、それを考え続けるのも疲れるのか一言だけ文句を言った後は他の話題を振る事にする。


「ところでボス? やっぱ今回も『無抵抗の奴は死なない程度に撃つので抑える』んですか?」


「ああ勿論だ。いや、お前らは好きにしていいぞ。俺はそうするがな」


 彼らはかなり無謀な強盗団だった。ちょっとした金の情報でも入ればすぐにそこへ向かい、計画はあまり綿密ではなく、その上無抵抗の人間を殺さないという主義まで取っている。なぜ今まで壊滅していないのかが不思議なほどの組織だった。


 メンバーがそれなり以上の腕を持った男だけで構成されていなければ実際すぐに無くなっていただろう。今回、『島』へ行く作戦も他の組織が計画する時より遥かに大雑把にしか決めていない。


 そんなどこかおかしい強盗団のボス、アベリーは、部下の言葉に誇らしげに頷いて言葉を返していた。そして、部下達もまた誇らしげな顔をする。何せメンバーは全員その主義に同意したからこそこの場に居るのだから。先ほどの言葉は最終確認のような物だった。


「さて、話は終わりだ。明日に備えて今日はとことん楽しもうじゃないか!」


 全員が意思を一致させた所で、アベリーは声を上げて側にあった酒を飲み干した。どうやら部下の酒だったらしく、文句を言う男が居たがアベリーはただ面白がって笑い、その男もまた酒を取り出して飲み干し、笑った。



 その場は再び笑い声が支配し始め、皆が酔い始めていた。その時だった、男達の居た部屋の扉が破られるような勢いで開いたのは。


 一瞬で男達全員が優秀さを示すかのようにはじめから酔ってなどいなかったと言いたげな態度で銃を取り出して扉の方へ向けたが、それはすぐに懐や腰へ戻されることになった。現れたのは仲間の一人だったのだ。


 その男は明らかに慌てているのが見て取れる。敵の襲来かと思わず部下達は屋外へと視線をやったが、その男は慌てながらも仲間の思考を察して首を思いきり振り、ボスであるアベリーに向かって叫ぶように話し出した。


「ボス! やばいです! ビルが、ビルの奴が!」


「あー……もしかして、死んだか? まあ、あいつはあんまり強くないしな。大方喧嘩でも売って、返り討ちにされたんだろ」


「違います!」



 アベリーの言葉を男は珍しい事に思いきり否定した。アベリーの知る限り、目の前の仲間はあまり声を荒げる事の無い男だったはずだ。何かがあると、アベリーはぼんやりとした、だが確実にそうだとわかる嫌な予感を覚えた。


 そして、ビルがどうなったかははずれていてもこちらの感覚は当たっていたらしい。部下はあまり大声では言いにくいらしく、アベリーの耳元へ近寄って何事かをささやいた。


 他の部下達が何の話かと疑問を顔に浮かべている時、話を聞いたアベリーはあ然としていた。あ然としたまま、報告をした部下の方を見る。


「本当か、それ」


「本当です」


 最後の確認のつもりだったらしいアベリーのぎこちない質問に、部下は同じくらいぎこちなく返す。


 何せ彼らの人生でもほぼ起こった事の無い『恐ろしく単純なミス』だ。『島』をジャックするという重要局面でこのような事が起きるという予想を頭から外してしまっていたアベリーは内心の冷静な部分で後悔した。


 が、体は我慢できなかったらしく、思いきり息を吸い込んだ。それを叫ぶ前兆だと理解した部下達はすぐに自分の耳を塞ぐ。アベリーは普段の経験から彼らがそうする事を予想した上で、先ほどの無表情も、軽い口調も、全てをかなぐり捨てて思いきり叫んだ。



「チケットをどっかに落としただとぉぉぉぉぉ!?」



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「本当に落ちてやがった……」


 その紙は男が先ほどまで持っていた『落選』と書かれた紙と同じ質感だった。だが、書いてある事には大きな違いがある。その紙には落とし主であろう『ビル』という名前に加えて、「『島』行き』と書いてあったのだ。どこをどう見ても、彼が欲しがっていたチケットだった。


 どうやら先ほどの若者が落としたらしい。それに気づいた男はすぐに若者を探し出そうとしたが、若者は既にその場を完全に離れていたのかどこにも見当たらない。


 ならばと若者はチケットを取りに来るのを待ったが、彼は自分がそれを落とした事に気づいていないらしく、しばらく待ってもそれを取りに来る様子は無かった。この時、丁度アベリーの叫び声が響いていたのだが彼の耳に届くことは無い。


 そうやって若者を待っている内に、男はある事を考えていた。「これで『島』に行けるのではないか?」と。だが、その考えが頭によぎる度に男は首を振ってそれを否定した。人の落し物を勝手に使おうとは思えなかったのだ。


 が、いくら待っても若者が戻ってくる気配は無い。もしかしたら気づいても帰ってこない物と諦めたのかもしれないと男は考え、なら自分が使うべきではないかという考えがどんどん強くなっていった。実際、それは当たっていた。


 一度叫んだ後は冷静になったアベリーが「今更戻っても誰かに拾われてるか紙屑になってる」と言って探す事を早々に諦め、ビルをどこへ配置し直すかを考える事を優先していたのだ。まさか持ち主が現れるまで待っているとは予想だにしていなかった。


「使わないともったいないか? いや、でもな……俺が当選したわけでもない……」


 男は悩みに悩み、迷いに迷った。本当に人の落し物を使うべきか使わざるべきか、長々と考え続けた。が、やがてそれは終わり、男は覚悟を決めたような顔になる。彼は決意したのだ。「チケットを使い、『島』へ行こう」と。


 そうと決まればと男はすぐに自分の家がある方へと歩いていった。『島』へ行けるのは明日だ、急いで準備をしなければならないと考えていた。内心では若者に対して謝罪の気持ちはあったが、最終的には「こんな貴重な物を落とした奴が悪い」と開き直った。


 そして、それは若者、本名ビルを含めた強盗団が島でやろうとしていた事を考えるととても正しいことだった。もちろん、男はそのような事をまったく知らなかったのだが。


 そんな彼は、ふと足を止めて若者とぶつかった場所を見つめると、最後の心残りを排するように呟いた。


「ともかく、俺ことスタンリー・ハンティントンがこのチケットを使うぞ。気の毒だが、俺だって『島』に行きたいんだ」


 スタンリーはそれだけ言うと去っていった。



 そして、彼が居なくなった丁度その時、一人の少年が何気なくゴミ箱の中に入っていたチラシを見て目を見開き、ゴミ箱からチラシを拾うや否や慌てて走っていったが、周囲を歩く誰もがそれを気に留めることは無かった。




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 それらの動きとはまったく関係の無い場所で、一人の少年が佇んで、何かを見つめていた。真面目そうな表情でただ立っているだけだというのにその姿は凄まじい集中を感じさせる。そんな少年が見つめているのは壁だった。ただの壁ではない、そこにはただ小さな丸があった。


 手の平の半分も無い大きさの丸だ。それを見つめる少年の手の中には小石が握られていた。手に取ったばかりなのか、その石には砂がついている。が、少年はそんな石の状態に気を払う事無く、ただ壁にだけ、厳密に言うと壁に書かれた丸のみに集中している。


 そして、風が吹き、側にあった木から葉が落ちたその時、少年は凄まじい速度で小石を投げていた。風よりも早く投げているのではないかというほどの気迫を込めて投げられた小石はひたすらに直進し、最後には壁に書いてある丸の部分に突き刺さった。


 石は完全に壁に突き刺さって落ちない。ありえない状況だが、少年はそれを狙っていた為にガッツポーズを作り、達成感に満ちた表情で集中を解いた。すると、少年の耳に拍手が響いてくる。


 思わず少年は周囲を見回すと気づいた。壁に集中していた為に気づかなかったが、何時の間にか来ていたのだ。彼の相棒とも言える、少年が。


「すっげえ! やっぱお前天才! 今の内に握手とサインしてくれよ!」


 拍手を終えたもう一人の少年が賞賛の声を浴びせながら少年に近寄って片手を前へ出した。それに対して彼は先ほどまでの集中した真面目そうな表情を一瞬で崩し、もう一人の少年の伸ばされた手を取る。


「やったぜへクター! 『抉れるのはあったけど』、壁に突き刺さるのは新記録だ!」


 へクターと呼ばれた少年は彼の言葉に全身で喜びを表現するようにはしゃぎ出し、祝福とでも言いたげに親指を立て、その行為を少年は素直に受け取っていた。互いに笑いあうその姿は二人の関係がどれほど良好なのかを現している。


「やったなニコライ! 壁に突き刺さったって事は次は壁をぶち抜いて、その次は向こうの家の壁に突き刺さってくれたりするのか!?」


「勿論だとも!」


 ニコライと呼ばれた少年の自信有りげな言葉にヘクターは嬉しそうに笑ったが、ふと何かを思ったのか数秒考え込むと笑顔のままでニコライに告げる。


「でもそこ俺の家なんだけど」


「……」


「……」


 しばらくの間笑ったまま黙り込んだ二人だったが、何かを思いついたへクターが底抜けに明るく、楽しそうな顔になった事でそれは破られる事となった。


「おお! ニコライがそれに成功したら俺の家の壁が小石で飾り付けられるわけだな!」


「それなら模様書こうぜ模様! それに沿って俺が小石を突き刺すんだ、石もちゃんと選別して立派な飾りつけにしないとな!」


「じゃああれだ、小石じゃなくて、金塊でも突き刺そう! きっと綺麗だ!」


 底抜けに明るい二人の会話はどこか間が抜けていたが、それでいて真剣みを感じさせた。彼らは本当にへクターの家の壁をニコライの投げる小石か金で飾りつけるつもりなのだ。


 どこで金を手に入れるのか、という疑問にはどちらも思い至らなかった。




 そんな馬鹿二人はしばらく家に突き刺す模様のデザインについて、円形にすべきかどうかを語り合っていた。そもそも、ニコライはまだ目の前の壁に突き刺せただけの為、それはあまり意味があるとは言えない会話なのだが二人は楽しそうにしている。


 どちらも話す事自体が楽しいというのもあるが、やはりその点に気づいていない方が大きかった。だが、話をしている中でニコライが何かを思い出したのか困ったような顔でヘクターに話した。


「……金塊ってどこにあるんだろう?」


 そう、ニコライはついにその疑問に思い至ったのだ。へクターも言われてやっと気づいたのか、考え込み出す。彼らは金塊を手に入れられるほどの金を持っているわけではないし、そんな物がどこにあるのかも知らないのだ。その点で、二人は普通だった。


 彼らの計画はそこで頓挫した、かのように見えた。だが、しばらく考え込んでいたヘクターが何かに気づいて懐から二枚の紙を取り出した事でその計画は続けられる事となった。


「へクター、これ何? この、写ってるのってあの『島』だよな?」


 ニコライが指した方の紙は妙に頑丈で、表面には『島』が描かれ、大きな文字で『落選』と書かれていた。もう片方の紙は何かの宣伝らしく、文字が沢山書かれている。へクターは笑いながら、何も言わずに宣伝らしき紙をニコライに渡した。


 よく喋るヘクターらしくない態度だが、どうやら読んでみろと言っているらしい、その事を理解したニコライは紙に書かれた文字へ視線をやった。最初の方では首を傾げて読んでいたニコライだったが、読んでいる内にそれは笑顔に変わり、最後には興味深げで嬉しそうな顔になっていた。


「ヘクター、こ、これ本当? 本当に本当?」


 その言葉を聞いたヘクターは本当に嬉しそうに笑顔を深めた。喋らなかったのも、あえて紙を読ませたのもニコライを驚かせる為だったのだ。悪戯が成功したような彼の笑みはもちろんニコライにも伝わった。


「嘘だったらその時はその時でいいさ!」


 簡潔だが全てを後回しにしたヘクターの一言に、ニコライはその通りだと頷いた。そもそも彼らは物事の真偽を確認してから行動する、という頭がそれほどあるわけではないのだ。本当だったなら喜び、嘘だったなら他の事をして楽しむ。それだけの事なのだから。


 ならばとニコライは紙を裏返してそこにあった文字に目を這わせ、途端に残念そうな顔をした。応募締め切りと書かれた部分の横には日時が書かれ、その横にある数字は明らかに今日と言う日よりも前を指していた。


「期限切れかぁ……もっと早くに気づいておくべきだったなあ……」


 残念そうなニコライの声にヘクターはまた悪戯っぽい笑顔を見せた。何かを企んでいる顔だ。ニコライ以外の人間が見れば果てしなく嫌な予感を覚える顔だったが、ニコライは違う。彼はへクターに対して期待を込めた目を向けたのだ。


 彼らがこの手の企みをする時、決まってヘクターが何かを考えてニコライが同意する事ではじまるのだ。へクターに対してニコライが期待の表情を浮かべるのもいつもの流れだった。


 そんないつもの流れで何かを企むヘクターは紙の『日時』と書かれた部分を指差し、ニコライに言葉を向ける。


「なあなあニコライ、紙のここ、見てみろよ」


 指差された部分をニコライは素直に見た。そこに書かれているのは明日を指す数字だ。どうやら船で『島』へ行くらしく、彼らもある程度知っている船着場の名前が書かれていた。町の中央にあり、かつ湖に囲まれる『島』へ行く方法はそれしかないのだ。


 それを考えたニコライは懐かしそうな顔をした。彼らは昔、『島』へ行ってみたいと思い、そのままの勢いを持って小さな船で『島』の近くまで行ったのだ。


 その時は『島』を管理する人間達が不審な船を監視していた為にすぐ捕まってしまった。が、子供のやる事として許されたのだ。二人はその後酷く怒られたが、次の日にはどちらもそれを忘れていた。


 が、『島』へ行こうとした事は二人とも覚えていた。ニコライの懐かしそうな顔にヘクターもまた同じ事を考えたが、今はそれよりも優先する事があった為にヘクターは声を出した。


「つまり、船は明日出港なんだ。明日出航だ、凄い運だよな。明日にこれを知っても遅かったわけだし」


 意味ありげに笑うヘクターの声にニコライは興味深そうにした。既にニコライにもヘクターが何を言おうとしているのかには気づいていたが、へクターから聞くまでは宝箱の中身を開く心境で待っていたのだ。


「あそこならもしかしたら金塊とかあるかもしれないし、行く価値は凄くあると思うんだよな」


 そう呟くヘクターの声は独り言のようでいて、しかしその奥にはもったいぶるような雰囲気が見て取れた。ニコライが聞きたそうにしているのをわかっているのだ。もちろん、ニコライも彼がもったいぶっている事に気づいていた。


 ひとしきり興味深げなニコライの態度を楽しんだのか、へクターは笑いながら言った。


「つまり……つまりな!」


 少しばかり溜めると、へクターは一度息を吸って、言った。その言葉にニコライは思い切り楽しそうに頷くと急いで自分達の家に準備をしに戻った。



 へクターが言ったその言葉は彼らにとって明日起きる出来事に絡んでいく全ての原因となる事だったのだが、それを思い返したニコライとヘクターは言うだろう、「あの一言こそ、最高の一日への扉だったな!」と。


 そう、その言葉とは


「密航だ密航! 船って話だ、隠れて乗れるかもしれない! 待ってろよ『島』! 今行くぜ!」


 そんな、悪巧みを宣言する事だった。



 彼らも、そして『彼らと同じ事を考えていた強盗団』も、まさか同じ場所に違う目的で入り込む事を考えている者が居るとは夢にも思っていない。頭の良い者ならそこまで考え付いたかもしれないが、彼らは、というかこの町に住む人間は大体こんな感じの頭なのである。


 そんな彼らや強盗団、それ以外の者達も今の所知る事は無いが、彼ら二人の存在はその後に大きな影響を与えることとなる。そう、彼ら、へクター・マクニールと、ニコライ・ヴァイルという間の抜けたコンビの企みは確かにその後起きた出来事の内容を変えたのだ。


 良い方向にも、悪い方向にも。

元々考えていた最強物に出すような奴ばっかりでストーリーを作って目的を半分以上達成できなかった前作ですが、本作はそれに学び、完全に群像劇にするつもりで造った登場人物と世界観です。急造ですが。

今回は検索除外設定をはじめから付けずに投稿したいと思います。今度はストーリーを大幅に変える事無くやって行きたいですからね……新生活のおかげで書く時間が大幅に制限されているのが痛い所ですが、なんとかします。

2012/4/26

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