あの風の向こう
「見送り…来てくれたの?」
「ああ。」
「汽車の時間…よく分かったね。」
「まあな。…どうして一人で行こうとする?」
「…別れが辛いから…」
「馬鹿野郎。その後のみんなの寂しさが分かんねぇのか。」
「あの向こうに…ずっと向こうに、いるから。」
そうアイツが言うと、なだれ込んだ汽車がアイツの後ろの景色を遮った。
瞬間、アイツの髪が風に舞う。
「そう、伝えてくれる?みんなに。…ちょっと、遠くに行くだけなんだって…」
「…ああ。」
「…じゃ。さよなら。」
それだけ言って、アイツは汽車に乗りこんだ。
車掌が、指定席の確認をしている。
アイツは確認を受けるため、自分の席まで向かったようだった。
…あの向こうにいるってか?
俺は駅のホームから線路を見た。
これからこの汽車が走るであろう道である。
長く続いていた。
この近辺は一面の水田地帯である。
今の季節、見渡す限りの麦で緑色に染まる風景はなかなかに壮観である。
線路はその緑の真ん中を突っ切り、右に大きく折れ曲がって大きな橋の架かった川を渡る。
旅出川という。
…旅出か…
変な笑いが込み上げる。
昔の奴も気の利いた名前を付けたもんだ。
…アイツのような思いを体験した奴が付けたのだろうか。
そんなことを勝手に思っていた。
汽車が動き出した。アイツを探そうかと一瞬思ったが、汽車の中をいちいち見るのも失礼なので止めた。
「おーい!」
後ろからだった。
アイツが窓から顔を出していた。
「…馬鹿!危ねぇだろ!」
「ゴメン。でもやっぱ…最後があんなのじゃあんまりかなって。」
「最後?何言って…」
「私さ!」
アイツの言葉が俺を遮る。
「ずっと…」
「…」
「…やっぱやめた!じゃあね!」
アイツは手を振った。
俺は手を振らなかった。
手を振るのは再会した時だけで良い。
いつもの仏頂面で、緑を走る汽車から顔を出すアイツを見送った。
少し、窓から引っ込める前の顔が寂しそうだった。
アイツとはもう会わなかった。
風の噂で財閥の御曹司と結婚したと聞いたが、それだけだった。
…俺は、アイツの場所まで辿り着けなかったのでないだろうか?
アイツは、ずっとあの向こうにいると言ったのに。
俺は、故郷を離れたくなかった。
アイツの場所まで迎えに行くことができれば、…あるいは。
少し、後悔しているのかもしれない。
こういう初恋の人との別れも、一つの物語として書くと、なかなか面白い。
また、アイツの思い出話でも書いてみようかと思う。
好きになった女性は、変に諦めちゃダメなんですよね。
馬鹿な主人公ですが、やたらと自分と重なります。
女性を悲しませないように生きたいモンです。