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Sweet&Cool  作者: みずの
Loose
9/57

Loose 2  side:Takumi


 長い校長の話が終わり、大半の生徒が眠気を噛み殺した始業式が終わった。今朝発表されたばかりの新しいクラスへ赴き、そこでまた眠気を誘うHRが始まる。


 窓際の一番後ろという特等席を得て、春の陽気を感じ…。例に漏れず、俺は担任の話の途中で目を閉じてしまっていた。



「…クミ…タクミ…」

 温かい気温の中、遠くで誰かが呼ぶ声がする。

「拓巳准一!」

 遠のきかけていた意識が、大声でフルネームを呼ばれたその瞬間に戻ってきた。顔を上げると、教壇で年配の担任教師がこちらを見下ろしている。どうやら、目を閉じているだけのつもりが半ば本気で眠ってしまっていたらしい。出席を取っていたらしく、名簿を持った担任は眉を寄せて怒り気に見据えてきた。



「…すみません」

 小さく謝って首を竦めると、担任は出席を取る作業に戻る。去年から同じクラスだった連中が、「ボーっとすんなよ、タクミ」とこちらを振り向いてニヤニヤ笑ってきた。…ボーっとしていたわけではなくて寝ていたんだけれど……それは敢えて言わないでおく。



 やはり眠いことに変わりない担任の話は、今年一年を受験生として充実させろという説教じみたものだった。何度もあくびを噛み殺しながら、俺はそれを担任に見つからないように顔を伏せる。そうしてやりすごしたHRの後、さっきのことをからかってくる奴らを笑いながら軽くあしらって、俺は鞄を持って立ち上がった。



 教室のすぐ横にある階段を下りて、別の教室へ向かう。始業式だけを終えた生徒たちは、部活へ向かう者やもう帰宅する者と散り散りに分かれていった。帰る人とすれ違いながら、俺は階下の一番奥の教室まで歩いていく。



「あ、タクミ」

 その教室の中にいた愛海が、俺を見つけて振り返った。ニコっと笑ってこちらへ寄ってくる辺り、今日は機嫌がいいらしい。



「ねぇ、ちょっと帰るの待っててもらっていい? 部活に寄って来たいんだけど…」

 この学校では、部活動は大抵2年までとなっている。一応進学校であるため、3年は受験に備えるための学校側の配慮だ。大会等でよほどの成績を収めているとか、特別の事情がない限りは2年の春の大会が最後だった。



 だから、弓道部に所属していた俺も例外じゃない。ただ、愛海は関東大会でも成績を残しているくらいだし、部長を務めていたためまだ後輩たちの面倒を見ているらしい。


「いいよ。じゃあいつものところにいるから」

「…いつものって…また数学準備室?」

 眉を寄せた愛海が、少し不満そうにこちらを見上げた。



 静かに受験勉強したいから、俺は放課後に数学準備室へ行くことが多かった。だけど、愛海は以前からそれを快く思っていない。そこの主のことがあまり好きではないからだ。だから、あえて俺も名取先生の話は愛海の前では出さないようにしている。



「終わったら電話で呼び出してくれればいいよ」

 そう言うと、「わかった」と愛海は一つ頷いた。剣道場へ向かう愛海と廊下の途中で別れ、俺はそのまま別校舎の数学準備室へと向かう。



 いつものように軽くノックをするだけでその扉を開くと、そこに思いもよらない人影があった。わずかに目を見開いた俺を認識して、彼女の方も驚いて声を上げる。

「…タクミか」

 部屋の置くにいた名取先生だけが、冷静に俺を呼んだ。



 一瞬、彼女がなぜここにいるのか疑問に思う。…夏川、悠花。1年後輩の女の子だ。いつも俺について来ることはあっても、単独ではここに来たことがないはずだった。しかも来る時というのも名取先生のいない時に限ってのことなので、この2人が一緒なのはどこか異色だ。



 それでも2人の顔を見比べているうちに、「もしかして…」と思う。

「担任?」

 彼女に向けて尋ねると、「……はい」とわざとらしい残念そうな声が返ってきた。落胆したような返事に、「おいおい」と名取先生から間髪入れずにツッコミが入る。そんなやりとりに苦笑いを浮かべると、先生は煙草に火をつけながら改めて俺を見た。



「タクミ、悪いが今日はここ自主勉強で使えねぇぞ。俺もう帰るから」

 先生の意外な言葉に、俺はわずかに目をみはる。いつも遅くまで何かに没頭している先生にしては、珍しい。まぁその没頭しているものというのも…授業準備などではない…気がする。



「珍しいですね、こんなに早く帰るの」

 息を吐きながら言うと、先生は続けた。

「まぁな。今日うちのカミさん、ちょっと体調壊してんだわ」

 そんな言葉に再び目を見開いた俺が何か答えるより早く、隣にいた彼女が「えっ」と声を上げた。

「先生、結婚してたんですかっ?」

「俺が結婚してたらおかしいのかよ」

 拗ねた子どものような口調で、先生は眉を寄せる。それから、「てわけでタクミ」と、改めて俺に向き直った。思わず俺は、無意識のうちに半歩だけ後ずさってしまう。先生とは長い付き合いだ。何かたくらんでいるんだろうってことがわかった。この人のこの笑みは嫌な予感がする。



「お前のバカな後輩が、この前の年度末の実力テストで目も当てられない点数取りやがったんだよ。ちょうど補習分の宿題出したところだから、せっかくだから今から見てやってくれよ」

 先生が顎で彼女を指し示しながら、そう言う。そうして名指しされた彼女の方は、少し驚いたように先生を見ていた。

「……」

 何か言いたそうな彼女は、それでも言葉を飲み込んだようだった。

「じゃあ、図書室でも行く?」

 ここが使えないんだったらそれくらいしか選択肢がない。顔を覗きこんで尋ねると、彼女は慌てて2,3度頷いた。

「鞄取ってきます!」

 叫ぶように言って、急いで数学準備室を飛び出していく。



 その後ろ姿を見送ってから、俺は改めて室内に視線を向けた。そこに、何食わぬ顔をした先生がいる。

窓枠に腰をかけて、悠然とこちらを見ていた。



「何、企んでるんですか」

 ため息まじりに問いかけると、先生は片眉をあげて面白そうに笑う。

「何のことだ?」

 尋ねなくても、先生の考えそうなことは本当は分かってる。だけど、抗議する意味を込めて俺は質問していた。はぐらかした先生は、それでも俺の睨み据えた目を見て半ば観念したかのように肩を竦める。そうして、唇の端は持ち上げたまま告げた。

「お前と夏川がくっつきゃいいのに、と思って」と。



 予想していた通りの答えすぎて、深いため息が出る。呆れたように首を振ってから、俺はこれ以上何を言っても無駄だと思って自分も数学準備室を出ようとした。

「奥さん、体調崩してるんでしょう。早く帰ったほうがいいですよ」

 先生の言葉には答えず、それだけ言って俺はドアに手をかける。そのままそれを開こうとした俺の後ろで、先生が立ち上がる気配がした。

「准一」

 彼女がいた時とは違って下の名前で呼ばれ、俺はゆっくりと振り返る。…そこに、いつになく真剣な顔になった先生がいた。



「前から、言ってるだろう」

 そう前置きをして、先生はまっすぐに俺を見据える。『不良教師』なんて呼ばれている時とは裏腹の、真面目な目だった。



「春日とは、早く別れろ」

 警告するように、先生はそう告げる。今までに何度も聞いてきたはずのその言葉が、最近はやけに重く聞こえるようになったのは気のせいだろうか?



「先生、油売ってないで早く帰った方がいいですよ」

 苦笑い気味に言ってはぐらかし、俺は今度こそ本当にドアを開いた。

「准一!」

 珍しく大声を上げて俺を呼んだ先生の声が、いつもより切羽詰まって聞こえる。

「今のままじゃお前のためにならないんだよ。だから…」

 言いかけた先生の言葉を、俺は首を横に振って遮った。

「…前から、言ってますが」

 さきほどの先生の言葉をなぞって、俺は静かに言う。


「愛海とは別れません。…俺からは、絶対に」

 肩越しに振り返ったままそう告げると、先生は今度こそ本気で大きな息を吐き出した。



 そんな彼にそれ以上言うことも見当たらず、俺は廊下へ歩み出る。



 先生にああ言われたおかげで、逆に改めて覚悟が決まった気がした。

「……別れられるわけがない」

 自分の言葉を改めて決意したように顔を上げ、俺は図書室への道のりを踏み出していた。




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