表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sweet&Cool  作者: みずの
CANDY
6/57

CANDY 5


 3月とはいえ、夜はまだ少し冷え込む。冷たい風が頬を撫でていったけれど、私は目の前の人を呆然と見つめ返すしかなかった。


「騙してごめん。キミの友達に頼んで呼び出してもらったんだ」

 そう言って、タクミ先輩は私に近くのベンチを指差して座るように促した。


「どう…して…タクミ先輩が?」

 タクミ先輩が…真帆に私を呼ぶように頼んだっていうこと?そんな必要性が、どこにあるというのだろう?


 会いたいと思ったせいで幻でも見ているんじゃないかという気になって、私は何度も瞬きを繰り返した。


「これ、渡そうと思って」

 立ち尽くす私をベンチに座らせてから、タクミ先輩は鞄の中から取り出した何かを私に差し出した。それは、キレイにラッピングされたプレゼントらしいものだった。私の好きな、黄色のリボンがかわいらしく結ばれている。


「……先輩…?」

 状況が解せない私は、目の前に立つ先輩を呼ぶことしかできなかった。苦笑まじりのようないつもの笑みを浮かべて、先輩は私の隣に腰を下ろす。それから、静かに答えてくれた。

「ホワイトデーのお返し」



 テナーの声が心地よくて、そんな思いがけない言葉を私は思わず聞き逃しそうになっていた。

「……え?」

 驚きを隠せずに、私は隣の先輩を勢いよく振り返る。


 鞄を私と反対側の脇へ置きながら、先輩は依然としてポーカーフェイスを返すだけだった。



「あの…私…タクミ先輩にバレンタインのチョコは…」

 鈴元くんに捨てられて、届いていないはずだ。チョコどころじゃない。一緒に入れたカードも、想いすらも。



「……これ…」

 言いかけた私の言葉を遮るように、タクミ先輩は再び鞄に手を伸ばした。開けて中から出してきたものに、私は思わず目を見開く。


「……なんで…」

 先輩が手にしていたものは、あの日私が先輩の机の中に忍ばせたものだった。凝ったつもりのラッピングは汚れてよれていたけれど、見間違うはずはない。


「旧校舎の焼却炉から、もらってきた」

 拾った、という言葉を使わない辺り気を遣ってくれたんだろう。そういえば鈴元くんが、そこに捨てたと言っていたっけ…。でも、それをタクミ先輩が知っているということは…。


「…もしかして、マナミ先輩が…?」

 今日の出来事を全部、タクミ先輩に話したんだろうか?



「……」

 タクミ先輩はその問いに、肯定も否定もしなかった。ガサガサとチョコレートのラッピングの中から、一枚のカードを取り出す。

「チョコはさすがに…一ヶ月放置されてたから形が変わってるけど…」


 言いながら、先輩はそのカードを目の前で扇ぐように動かした。

「こっちは大丈夫だった。…ありがとう」


 ありったけの想いを書いた、私のカード。旧校舎の焼却炉が今は使われていなくて助かった、と思った。



 だって、タクミ先輩は私の想いを受け止めてくれている。『大好き』と、そこに書かれた字は少し滲んでしまっていたけれど…。



「先輩……迷惑じゃないの?」

 今まで心配だったことを、聞いてみる。視界は涙で徐々に潤んでいくのがわかった。今日一日こらえていたそれが、意志に関係なく溢れていく。


 先輩は少しだけ笑って、「なんで?」と首を横に振った。



「じゃ、じゃあ…バレンタインにチョコも持ってこないで…私の想いなんてそんなもんだと思わなかったの?」

 もう一つ、心配だったこと。口にすると、更に目頭が熱くなっていくのがわかる。


「気持ちなんてチョコレートに表すだけのものじゃないよ」

 カードを胸の内ポケットにしまいながら、先輩はそう答える。代わりに白いハンカチを取り出して、私に差し出した。


「でも私…いっつも軽く『好き』だのなんだの言ってたから…信じてもらえないかと…」

 受け取ったハンカチは、石鹸の匂いがした。それで涙を拭いて、私はそう続けた。


「言葉の重さじゃない。…そういうのは…目を見れば本当かどうかわかるから」

「…先輩……」


 やっぱり、タクミ先輩は私の知ってるタクミ先輩だ。



 他人と真摯に向き合い、どんな言葉もちゃんと正面から受け止めてくれる。クールなように見えて、実はどこまでも誠実な人。



「先輩」

 やっぱり、この人が好きだなぁと思った。改めて呼びかけて、私は自分もちゃんとタクミ先輩の顔を見つめ返す。



「今は、我儘は言いません。見返りなんて求めない。…だから…せめて好きでいさせてください」



 マナミ先輩と別れてなんて言えないし、そんなことまで考えてない。ただ、タクミ先輩を好きでいたい。素直に、そう思った。



「………」


 先輩は、答えなかった。マナミ先輩がいる以上、タクミ先輩は私にどうすることもできない。だから、何も答えられないんだろう。代わりに、優しい穏やかな笑みだけ返してくれた。




 今は、それでも十分。


 私のこの想いが、伝わるだけで十分。


 否定されたり無視されたりしない、それだけが今の私の望みだった。





「ね、先輩、これ開けてもいいですか?」

 黄色いリボンをつまんで、私はうってかわって元気に尋ねる。さっきまで流れていた涙を拭いて、隣の先輩を見上げた。



 「いいよ」という声が返ってきて、私はクリスマスプレゼントでももらってはしゃぐ子どものようにリボンを引く。するっと抜けたそれをはずして包装紙を取ると、中からはきれいなグラスが出てきた。そのグラスの中には、個包装されたキャンディ。

「…かわいい」

 思わず呟いて、笑みがこぼれた。



「ねぇ先輩、もしかして、マナミ先輩に今日の話を聞いて慌てて買いに行ってくれたんですか?」

 半ばからかうように尋ねると、タクミ先輩は私からふい、と視線をそらす。その表情が無表情に戻っていたので、私は「…先輩?」と呼びかけ直した。



 この先輩の表情を、私は知ってる…。無表情に隠れた、本当の顔は…。



(…先輩…照れてる?)



 内心で首を傾げると、先輩は前を見据えたままいつになく小さく答えた。


「ちょうどこの前…買い物中に見つけたから」

「え?これをですか?」

 指差して確認すると、先輩はゆっくりと頷く。それ以上説明はしなかったけれど、言外に含まれた言葉を私は何となく読み取った。


「えーっと…それはつまり…私にって?」

 先輩は答えなかったけれど、無表情の横顔の耳が、今までにないくらい真っ赤になっているのがわかった。



 嬉しくなって、ふふっと思わず私は笑みを漏らす。バレンタインにチョコは届いてなかったのに、やっぱり先輩に想いは届いていたんだ。



 そう思うと、なんだかまた目が熱くなってくるのを感じる。でも、さっきまでの辛い涙とは違っているのがわかった。



 かわいく包装されたキャンディの包みを一つ開け、私はそれを口に入れる。







 甘いはずのそれを、頬を伝う涙と一緒に飲み込むと、それまでせき止めていた何かが一気に溢れ出した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ