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Sweet&Cool  作者: みずの
Side Story
56/57

my way 2


 帰りに寄った駅ビルで、まだ早い時間だけどファストフード店に寄った。

 そこで自分の頼んだハンバーガーに食らいつきながら、夏川は俺と片桐の一連の話を黙って聞いていた。

 だけど、その表情が曇ることはない。いやそれどころかむしろ、聞き終えた彼女は豪快に笑ってみせた。

「大丈夫だよ、そんなの」

 あっけらかんと言われて、片桐は俺以上に開いた口が塞がらなかったようだ。

「女の子を見たら全員にそんなこと言うわけではないだろうし」

 自分まで口説かれることはないと踏んでいるのか、夏川はおかしそうに笑う。「でも」と言葉を継ぎかけた片桐を片手で遮って、彼女は小首を傾げた。

「それに、もしセクハラまがいのこと言われたとしても…触りでもされない限りは笑って受け流せると思う」

 どこか自信があるように言う。その言葉に、俺と片桐は思わず互いの顔を見合わせた。

 …確かに、夏川なら片桐よりもその辺りは上手く流せるだろう。


「そんなことより、お花屋さんで働いてみたいもん。一度バイトしてみたかったし」

 語尾に音符でも付きそうなくらい明るく言い放ち、ご機嫌な表情で続けるものだから、俺も片桐もそれ以上強く止めることはできなかった。

「……頼むわよ、向井」

 夏川にバイトを諦めさせることは無理だと踏んだのか、片桐が不機嫌そうに俺にそう言う。

 だけどその言葉は、「頼む」というよりはどこか脅しか命令のようにも聞こえて、俺は思わず首を竦めた。





 翌日。店が開くのは9時だけれど、夏川には午後から来てもらうことにした。

 バイトの寺原さんには11時から最後まで出てもらい、朝一番は俺ともう一人の高校生のアルバイトだけだ。

 そう頭の中で1日のシミュレーションをしたところで、8時半過ぎに高校生のアルバイトが「おはようございます」と入ってきた。



「ごめんね、加賀美さん、今日は無理言って」

 元々シフトに入っていなかった彼女にそう声をかけると、ニコリと笑って首を横に振ってくれた。

 彼女は俺の一つ下で高校1年生。入学してすぐにバイトに来たので、ここで働いて4ヶ月ほどになる。新人とは思えないくらい覚えも早かったので、今ではすっかり頼りになる存在だ。

「特に予定も入ってなかったので、大丈夫です。それより…どうかしました? 早めに来てくれって…」

 頭の後ろに疑問符を浮かべながら、彼女はそう言って俺を見上げる。

 できれば、彼女には仕事の前に聞いておきたいことがあったから9時より早く来てくれるように頼んだ。口が堅く、義理堅い彼女だからこそいいチャンスだと思ったんだ。



「あの…実は、ちょっと聞きたいことがあって…」

 片桐の名は伏せて、俺は彼女に寺原さんのことについて聞いてみた。

 できるだけ穏便に済むように、遠慮気味に。ストレートに聞くことは避けて、探りを入れながらだ。

「困ってるアルバイトはたくさんいますよ」

 だけど彼女は、あっさりとそんな返事をしてくれた。



「それはもう、ひどい人にはとにかくひどいんです。下ネタ全開だし、遠慮もないし…。とても私の口からじゃ直さんに聞かせられないようなことばかりですけど」

「……そう…なんだ…」

 片桐を疑っていたわけではないけれど、話は本当だったらしい。

 うなだれるようにカウンターに手をついて、俺は盛大にため息を漏らす。何人ものアルバイトを悩ませるほどの事実に、俺や両親が全く気づいていなかったことが自分で腹立たしかった。

 そんな俺の様子に気づいたのか、加賀美さんが慌てて取り繕う。

「あ、でも…!! オーナーや直さんが気づかないのは当然なんです!! それくらいうまいんですよ、寺原さん…。隠れてオーナーたちが見てない時だけ嫌なこと言ってくるっていうか…」

「……加賀美さんも、セクハラ発言に悩んでたの?」

 尋ね返すと、彼女は「え」と一瞬、まばたきを繰り返した。

 だけどすぐに、ためらいがちに「いいえ」と首を横に振る。

「寺原さんの好みもあるみたいで…正統派な感じの美人な子にばかり言ってるみたいです。たとえば緒方さんとか…」

「……そう、なんだ…」

 確かに、加賀美さんはどちらかというと美人というよりはかわいい系だ。しかも童顔だから、大学生の寺原さんからしたらまだ幼くてそういう対象ではないのかもしれない。

 緒方さんは大学3年のアルバイトで、確かに片桐と似た雰囲気の美人だった。

 …もしそれが本当なら…夏川は大丈夫かもしれない。彼女もどちらかというとかわいいタイプだからだ。

 そんなことを考えていたその時、加賀美さんが「…あの」と言葉を継ぐ。顔を上げると、ためらいがちに言葉を選ぼうとしているらしい加賀美さんが長い前髪を困ったようにかき回していた。

「私…セクハラとかはないんですけど…………でも……」

「?」

 言いにくそうに彼女が目線を少し泳がせた時だった。

 


「おはようございまーす」

 そんな声と共に、店に一つの影が入ってくる。驚いてバッとそちらを振り返った俺と加賀美さんは、次の瞬間に目を見開いた。

「寺原さん……どうして…11時からですよね?」

 話を聞かれた様子はなかった。だけど、多少戸惑いは隠しきれない。少し声が上ずった自覚があった。

「オーナーたちいないしアルバイトも少ないし…大変だろうと思って早めに来たんだけど…まずかった?」

「…あ、いえ…助かります」

 本来なら、感謝していたところだけど俺はこの時少し複雑な気持ちだった。

 だけどそう返事をするしかない。そんな俺の横に立っていた加賀美さんは、寺原さんに短く挨拶だけするとそそくさと開店準備へと向かった。




******



 夏川はお願いしていた午後1時より少し早めに来てくれた。

 控えめな私服姿に、肩より少し短めの髪は2つに結んで清潔感溢れる様子だった。

「あ、寺原さん、加賀美さん…俺のクラスメイトの夏川さんです。今日、簡単なことだけでも手伝ってもらうつもりで…」

 接客の合間にそう紹介すると、加賀美さんはニコリと笑って「よろしくお願いします」と返事をした。

 寺原さんも、いつも通りの笑顔で「よろしく」とだけ言って夏川に手を差し出している。



 そんな様子を見ている分には…特には問題はないように思えた。

 でも、いつも俺や両親に見つからないところで何かを言っているなら…目は離せない。

 うちの店は個人経営の花屋にしてはお客さんが来てくれている方だ。だからそれなりに忙しいので、仕事の間中ずっと夏川の近くで見張っていられるわけでもないけれど。

 だから極力、そちらを気にするようにしながら俺はその日の仕事をこなしていた。




 寺原さんは相変わらず、接客にも花束を作るのにもソツがない。

 お客さんに相談されれば文句のつけようのない笑顔で接しているし、その様子だけを見ていれば俺は未だにあの話が信じられないくらいだ。

 もはや、片桐だけじゃなく加賀美さんからの情報でもあるので疑問を挟む余地はないのに、だ。




 さすがに花束を作ったりは任せられないけれど、夏川も指示した通りテキパキと仕事をしてくれていた。

 混雑してお客さんを待たせてしまう時は、俺たちが手を離せない分極上の笑顔でどんな花を買いに来てくれたのか、細かく注文を聞いてくれている。

「向井くん、こちらのお客様、ピアノの発表会に持っていく花束をご注文です。3000円のご予算、ピンク基調で」

 前のお客さんの花を作り終えると、彼女がすぐにそう言って次の注文を完璧に伝えてくれる。

 それはいつもの常連のお客さんで、その人も夏川の接客に満足なのかいつもよりニコニコと笑ってくれていた。

「直くん、新しいバイトさん入ったの? かわいい子ね」

「人手が足りないんで、ヘルプなんです。俺のクラスメイトなんですよ」

 俺もそう笑って応じながら、注文通りの花を何本か左手に収めていった。


 そんな様子だったから…順調にいっていると思っていた。

 加賀美さんもいつも通りの様子だったし、寺原さんが彼女や夏川に何らかの接触をしているようには見えなかったし。



 だけど…3時を回る頃になって、俺はようやく夏川の顔色が少し冴えないことに気づく。

「…夏川…どうした?」

 もしかして、俺が少し目を離した隙に噂通りのセクハラまがいなことを言われたのだろうか…そう思って、心配そうにその顔を覗き込んだ。

「え? う、ううん…何でもないよ。お花屋さんがこんなに忙しいとは思わなかったから、ちょっとびっくりしてた」

 笑って言う頃にはいつも通りだったので、普段の俺ならその言葉で納得していたかもしれない。

 だけど今回は、前からの懸念もあったのでさすがの俺でもそれで頷けるものでもなかった。

「もしかして例のセクハラ発言でも…?」

「え? …ううん!」

「何かあったらすぐに言って」

 言うと、彼女は「大丈夫だよ。心配しすぎ」といつも通り朗らかに笑った。



 それでもやはりどこか様子がおかしい気がした。

 加賀美さんにこそっと尋ねてみたけれど、彼女の見ている範囲でもおかしなことはないらしい。

「ただ…本当に寺原さんが何か言ってるなら、私や直さんに見られないように完璧にするでしょうけど」

 2人共が見ていないからと言って、何もないんだと楽観できるものでもないということか。

 ため息をついた俺は、そこで時計が4時になったことに気づき加賀美さんには上がってもらうように声をかけた。

「じゃあ、明日また9時に来ます」

 タイムカードを押しながら、加賀美さんは事務所の方にいた俺に「おつかれさまです」と頭を下げた。

「…あ、加賀美さん、ちょっとごめん…」

 その時寺原さんは店の方で忙しく動いていたので、俺は声を潜めて思い切って聞いてみる。

「朝……何か言いかけてなかった? 『セクハラ発言はされてないけど……』って」

 尋ねると、加賀美さんは「…あぁ」と気まずそうに目を伏せた。でも次の瞬間には、何か覚悟を決めたかのように… いや、どこか縋るようにも見える眼差しで俺を見据えた。




「私、確かに緒方さんや他の美人なアルバイトさんのようにセクハラ発言はされてないんです…。でも、実は……」

「…?」

 首を傾げた俺に、彼女は本当のことを話してくれた。

 涙目になりながら、彼女は時折店の方を振り返る。店内が忙しすぎていたら俺を拘束するのは悪いと思ったんだろう。…あと、寺原さんがこちらの話を聞いてないか確認していたのかもしれない。



「……」

 聞き終えた俺は、ため息しか出てこなかった。…いや、むしろ頭痛すらする。

 加賀美さんの話によると、確かに彼女はセクハラ発言はされていないけれど他の女の子たちとは別の意味で寺原さんに追い詰められていたようだった。

 耳を覆いたくなるほどの言葉の数々は、最近世間でよく言われるところの『パワハラ』ってやつだ。

 今彼女が涙まじりなのも、きっと長い間俺や両親に相談もできなくて悩んでいたに違いないからだ。



「ごめん…本当に全然気づいてなかった…」

 何をしているんだ、と自分で思う。普段学校がある時はそれほど店を手伝っているわけでもないけれど…それなりにアルバイトの人たちのことは見てきたつもりだったのに。

「それはいいんですっ。…でも…だからもしかしたら夏川さんも……」

 そう思い当たったのは、彼女だけではなく俺もだった。寺原さんがセクハラをするタイプじゃないとしたら…加賀美さんと同じ目に遭わされている可能性もなくはない。

 親父的セクハラ発言なら受け流せる夏川でも…人格すら否定されるような言葉を浴びせられたら、辛くないわけがない。



「話してくれてありがとう」

 帰ろうとする加賀美さんにそう礼を言って、俺はその姿を見送ると頭を抱え込みたい心境にかられていた。




 要は、寺原さんは女性蔑視の傾向があるのか。

 女性を見たら、性的対象としてセクハラ発言を浴びせるか…そのタイプでないと判断したらパワハラ発言。

 いつでも自分が優位に立っているという優越感に浸りたい人間。



「…タチが悪い」

 両手で顔を覆いながら、俺は思わずそう呟いていた。






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