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Sweet&Cool  作者: みずの
Side Story
53/57

ONE

向井くん目線の日常的(?)な番外編です。


たまには男2人の友情話なんてものも。


「そう言えばお前、よくあんな奴と一緒にいられるよなぁ」


 ある日の放課後、教室に残ってクラスの連中と談笑していた時に、誰だかが不意に俺にそんなことを言った。言われた言葉の意味がわからずに、俺は小さく首を傾げる。「あんな奴?」と復唱すると、彼らはため息まじりに「柴田だよ」と答えた。


「あいつ偉そうだし、転校初日からうちのクラスの女たちに暴言吐いたりしたしさ」

「そうそう。なんかすげぇ俺様で、俺らのこと見下してるよな」

「性格悪いっつーか…あれはそんな次元じゃねぇな、人間として最低な域だろ」

「夏川とかも仕方なく構ってやってんだろーな。あ、向井、もしかしてお前も同情で付き合ってる?」

 口々に続いた彼らの言葉は、留まることを知らないように淀みなく出てくる。その勢いに気圧されるように面食らった俺だったけれど、その発言一つ一つを頭の中で咀嚼すると、自然と小さくため息が漏れた。



「一真はそんな奴じゃないけどなぁ」

 呟くように言ったが、彼らの発言を否定する意味では十分だったはずだ。その一言に、その場にいた全員がこちらを振り返る。

「確かに偉そうなところあるけど言うことって正論だし。転校初日のあの発言も、まぁ周りが騒ぎ立てたからっていうのもあるし…」

 続けて言うと、彼らは互いの顔をそれぞれ見合わせてから揃って「はぁ」と大きく息を吐き出した。それから、「向井ぃ」と情けない声で俺を呼ぶ。

「お前、もうすっかり洗脳されてんだな」

「……『洗脳』?」

「騙されてるって、絶対。お前人がイイからさぁ、利用されないように気をつけろよ?」

 本気で心配しているような「フリ」で、そのうちの一人がそう告げた。俺はこの時、初めて眉を寄せた。そして再び反論しようと口を開きかけた…その瞬間、だった。



「直」

 他に誰もいなかった教室のドアが半ば乱暴に開けられて、そこに一つの影が立っていた。顔を上げてそちらを見やると、そこにいた一真が「帰るぞ」とこちらに一言投げかけてくる。「やばい」と言わんばかりに彼らは目を見開いていたが、一真はそれを気にする素振りもなくそのまま廊下を歩き出して行ってしまった。

「…聞かれたかな」

 誰かがボソリと小さく呟く。当たり前だ、と内心で毒づいて、俺は鞄を持って一真の後を追った。





「一真」

 少し先を歩いていた一真は、呼びかけると肩越しに振り返る。

「名取の用事、何だった?」

 さっきのことは敢えて口にしない方がいいかもしれない。そう思って、俺は全然関係ないそんなことを口にした。HRが終わって今まで担任の名取に呼び出されていた一真は、内容を思い出したのか少しだけ不機嫌そうに眉を寄せる。

「…別に。単にこの前のテストのことでちょっとな」

 短く答えて、一真は「それより」と更に顔を顰めて再び口を開いた。女子たちが歓喜の悲鳴を上げそうなくらいの整った顔立ちが、機嫌悪そうに歪む。


「直、お前な、ああいう時は放っておけばいいんだよ」

 敢えて振らなかった話題を、一真の方から口にしてきた。『ああいう時』が何なのか、尋ね返さなくてももちろんわかる。


 思わず小さく肩を竦めた俺に、一真は帰るために昇降口へ向かいながら続けた。

「あんな奴ら正面から相手にしたって仕方ねぇだろ」

「…まぁ、そうなんだけどさ」

 確かに、別に相手にする必要はなかった。一真の良さは俺や夏川たちが分かっていればいいはずのことで、分かろうともしない連中に説く必要もない。


 …だけど…。



「でもやっぱり、気分悪いからさ」

 友達のことを悪く言われて、黙っていられるほど俺も人間ができていないからだ。



 続けた俺の言葉に、一真が「はぁ」と大きくため息を吐く。

「お前、真面目すぎんだよ」

「…そうかな」

 苦笑いを浮かべて、俺は隣の一真を横目で見やった。




 でも、俺じゃなくても…。

 たとえばさっきあの言葉を耳にしたのが夏川や片桐、小野寺でも。

 皆、俺と同じように反論したんじゃないだろうか。


 そう思ったけれど、敢えて一真にそれを告げるのはやめておいた。




******



 翌日、ある異変を感じ始めたのは昼休み頃からだった。


 朝から食欲はなかったが、どうも胃の辺りがキリキリ痛む。意識すればするほど痛みが増しそうだったので、俺は気づかないフリをすることにした。だけどそんな風に自分を騙すのが、うまくいったとはとても思えなかった。



 その痛みがHR後には「キリキリ」なんてかわいいものじゃなくなった。机に突っ伏してしまいたくなるくらいの痛みと、壮絶な吐き気。でも後は帰るだけだから、家に着くまでの間、もう少しだけの辛抱だ。そう思って、何でもないフリをしてクラスメイトたちと挨拶を交わした。



 …ちょうど、その時だった。



「向井ぃ」

 昨日教室で話していた連中の一人が、後ろから声をかけてきた。昨日のことの気まずさからか、連中と話をするのは今日が初めてだ。向こうからは、何となく話しかけづらかったのかもしれない。


「何?」

 胃の辺りを押さえながら立ち上がった俺は、後ろを振り返った。そんな俺の様子に気づいた素振りもなく、彼は言葉を継ぐ。

「実は今日さぁ、俺掃除当番なんだけど…どうしても外せない用事があるから変わってくんねぇかな」

「…え……」

「頼んだぜ、じゃあな」

 一度顔の前で手を合わせた彼は、こちらの返事を待たないまま踵を返してしまう。



 …はっきり、断ればいい。自分でもそうちゃんとわかっている。でも今の俺には、行こうとしている彼を呼びとめ、自分の状況を説明する方が気力を必要としていた。その方がよっぽど面倒くさい。



 適度にモップがけだけして、帰ろう。そう思ったけれど、胃は更に痛みを増した。



 昨日は俺に「一真に利用されるな」とか言った奴が、よくも掃除当番なんて押し付けられたものだ。油汗すら出てきそうなほどの体調の悪さを感じつつも、俺は心の内でそう吐き捨てた。



「あれ?向井…」

 モップを持って廊下に出たところで、俺に当番を押し付けたあいつが仲間とそこで談笑していた。おそらく、これから揃って遊びにでも行くんだろう。行こうとした時に俺を見て、ふと足を止める。

「なんかお前、顔色悪くねぇ?」

 俺の様子にようやく気づいたらしいそいつは、少し覗き込むようにして俺を見た。

「……吐く」

 モップにもたれかかるようにしていないと倒れてしまいそうな俺は、口元を手で覆って呻くようにそう言うのがやっとだった。だけどその一瞬、そこにいた連中がバッとそれぞれ少しずつ後ろに後退したのがわかった。

「だ、大丈夫かよ、お前。あんま無理すんなよ」

 『無理するな』?  お前が当番を押し付けたんだろう。もっと他に言うことはないのか、とか、色々瞬時に思ったことはあったけれどそれを口にする余裕なんてあるはずもなかった。



「直?」

 連中の声を聞きつけたのか、教室から一真が顔を覗かせた。そうして俺の顔を見て、瞬時に表情を変える。

「お前…っ」

 相当青ざめた顔でもしているんだろうか。俺の様子に、一真は慌てて廊下へ飛び出してきた。


「保健室行くぜ。歩けねぇんだったら掴まれ」

 一真とは同じ身長なので、肩を借りるのも楽じゃない。それでも一人で歩くのも辛かったので、俺は言葉に甘えて一真の肩に腕を回した。

「おい、お前」

 俺を支えて歩き出しながら、一真は前にいたあいつに声をかける。顔を上げた彼を、一真は誰もが怯みそうな視線で睨みつけた。

「なんで掃除当番のお前が帰ろうとしてて、当番じゃねぇ直がモップ持ってんだよ」

「…そ、それは…向井が変わってくれるって…」

「…お前、昨日俺のこと何て言ってたっけなぁ?」

 白々しい口調でそう言う一真に、あいつは本格的に怯えているようだった。青い顔をして、唇を少し震わせて一真を見上げている。

「…とりあえず今はこいつを保健室に連れてくけど…」

 俺を連れて彼の脇をすり抜けながら、一真は最後に横目で一睨みする。

「後で、覚悟しとけよ」

 当事者である彼だけじゃなく、彼の仲間もすっかり一真の視線に硬直してしまっていた。




「おい、直」

 お前がもうちょっと小さかったらかついで行けるんだけどな、とか何とか文句を言いつつ、一真は俺を呼んだ。

「大丈夫か? 気分悪いんだったら吐いちまえよ」

「……」

 一真の肩にぐったりと寄りかかって歩きながら、俺はえづきそうな口元を何とか押さえて堪える。

「…今吐いたら…一真にかかる」

 それでも小さく答えると、隣で一真は「はぁぁ?」とわざとらしいほどに眉を寄せた。


「かかったからって何なんだよ、死ぬわけでもあるまいし」

 大げさに話を飛躍させながら、一真はそう言う。…いや、そういう次元の話じゃないだろうとツッコミを入れたいところだったけれど、今の体調ではそれも叶わない。普通の人間なら、さっきのあいつらみたいに一歩退きたいところだと思うんだけどな。



「吐けるなら吐いちまった方が楽だぜ」

 続いた言葉に、俺は虚ろな目で一真の横顔を見据えた。



 ……そう、こういうところなんだ。

 俺や夏川たちが、一真に惹かれてしまうのは。



 漠然と思いながら、俺は遠くなりそうな意識を何とか繋いで歩き続けた。




******



 保健室まで何とか無事に辿りつき、結局俺は吐かずに済んだ。


 保健医にもらった薬を飲んでベッドに横になっていると、少しずつ痛みも吐き気も和らいでいくのがわかる。即効性のある薬なのか、はたまた俺が単純なのかはわからないけれど…。



「ストレスね、きっと」

 胃の痛みをそう解釈したらしく、保健医はそう俺に告げた。一真から一連の流れを聞いて駆けつけてくれたらしい夏川たちは、それを聞いて少しだけ目を丸くする。

「ストレス?」

 小野寺が、意外だと言う風に眉を持ち上げてそう復唱した。

「向井でもストレスなんて感じることあるんだー」

 続けた彼女の頭に、一真がゴンっと遠慮なく拳を落とす。…いや、女の子だからさすがに少しは手加減してるかもしれない。

「お前のそういう無神経な一言が直の胃に穴開けんだよ」

「えぇっ、無神経だった?」

 救いを求めるように尋ねられた片桐と夏川は、「うーん」と苦笑いを浮かべて互いの顔を見合わせる。俺はベッドに横になったまま、そのやりとりを見やって笑ってしまった。



「少し顔色も良くなったみたいだし、私、名取先生のところに行ってくるわ」

 俺を見て、片桐がそう言って椅子から立ち上がる。

「帰れそうだったら車で送ってもらった方がいいでしょ」

 担任を足に使う気でいるらしく、片桐はそう言ってそのまま踵を返した。

「あ、じゃあ、私は向井くんの鞄取ってくるね」

 夏川もそう言って立ち上がり、それに同調した小野寺も一緒に保健室を出て行く。その3人の後ろ姿に「ありがとう」と力なく礼を言い、俺は再び天井を向いた。


「…騒がしい奴らだな、全く」

 彼女たちを見送った一真は、呆れたように言いながらも口元は綻んでいる。上を向いたまま、俺はそんな一真に「なぁ」と小さく呼びかけた。こちらを振り返った一真に、「ありがとう」と改めて礼を言う。それを受けて、一真は少し照れたのか尊大に椅子に座りなおしながらぶっきらぼうに言った。

「ま、お前はとりあえず早いとこ良くなるんだな」

 こんな時にまで俺様な口調なその一言に、俺は思わず笑ってしまう。



「お前さ、昨日も言ったけど真面目すぎるんだよ」

 説教じみた言い方で、一真は続けた。

「俺みたいに適当に力を抜け、力を」

 言われて、俺は「…うん」と真面目に頷く。予想外の素直な答えだったのか(多分ツッコミを入れて欲しかっただけなんだろう)、一真は「…だからそれが」と続けようとした。

 その続きを遮って、俺は自分の言葉を継ぐ。


「俺も、一真みたいになりたかったな」


 本気で言ったそんな一言に、一真は驚いたらしく目を丸くした。



 恐らく、惹かれるということはそういうことなんだ。これが異性なら恋愛感情になるのかもしれないけれど。同性だからこそ、「自分もあんな風でありたかった」と。そんな風に憧れるのかもしれない。



「………」

 俺があまりに生真面目に答えすぎたので、一真はしばらく沈黙した。それから、肩を大きく竦めて唇を持ち上げて笑う。

「ま、ホントにお前が俺みたいになったら方々から苦情が止まないだろうけどな」

 特にあいつらとか、とさっき3人が出ていったばかりのドアを顎で示して、一真はそう言った。


「…そうかな」

「そうだろ。真帆なんか悲鳴あげて嫌がるぜ、絶対」

 笑う一真に、つられるように俺も口元を緩める。

「個性ってのは、そういうことだろ。俺だってお前が羨ましいと思うからな」

 続けた一真の言葉に、今度は俺が目を瞠った。

「…そう? どこが?」

「『どこ』? 改めて聞かれると難しいけどな」

 はぐらかすように答えて、一真は小さく首を捻る。

「でも、そういうもんだろ。友情にしろ恋愛にしろ、人と付き合うってことは」

「……語るね」

「ま、たまにはな」

 ベッドの傍らの椅子に座った一真は、長すぎる足を組んで窓枠に肘を置いた。その横顔を見据えてから、俺は小さく頷いて見せる。



「…そうかもしれない。俺、結局一真も夏川たち3人も、それぞれ羨ましいと思うところあるから」


 つまりは、そういうことなんだ。

 きっとそれくらい思える相手じゃないと、本当の友達付き合いなんてできないだろう。世界でたった一人しかいないその個人を尊重できなければ、きっと表面上の付き合いしかできない。



「やっぱり、すごいと思うよ一真は」

 言うと、一真は数回瞬きを繰り返した。



 自己完結した俺の言葉に、一真は「わけがわからん」と肩を竦める。

 それを見やって、俺はすっかり胃の痛みが和らいだのを実感しながら、声をたてて笑った。






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