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Sweet&Cool  作者: みずの
Side Story
51/57

つぼみの花 3 side:nao


 一人暮らしにしては贅沢な広さのあるマンションの一室。その部屋にあるソファに転がって、俺は既に20分ほどはボーっとしていた。


「お前さぁ、何しに来たんだよ」

 テーブルでノートパソコンを広げて何やら課題をやっているらしい一真が、そんな俺にそう声をかけてきた。

「そもそも今日は華江と映画に行くっつってなかったか?」

「…うーん…」

 答えにならない声を返して、俺はまたゴロンと向きを変えて転がった。



 そう、映画に行く予定だった。

 でも待ち合わせをした片桐に具合が悪いと言われてキャンセルになった。青白い顔をしていたのでその言葉を嘘だとは思わなかったけれど、不意に繋いだ手を離された時に何か嫌な予感がした。



 …もしかしたら、具合が悪いのではなくて何かに落ち込んでいるんじゃないか、と。




「なぁ、直」

 答えない俺に尚も呼びかけてくる一真。ふと顔だけをそちらへ向けて、「…邪魔?」と尋ねてみた。

「~っ、そういうこと言ってんじゃねぇだろ」

 的外れな質問返しをしたせいで、一真は今度こそ大きなため息を漏らした。呆れたようにパソコンに向き直り、驚くほどのスピードで何やら文章を打ち込んでいるようだ。




 落ち込んでいるだけならまだしも…傷ついているなら放っておけない。そうは思うけれど、片桐はそもそも俺に弱音を吐くようなタイプでもなかった。




「分かった、ケンカしたんだろお前ら」

 まだ聞き出すことを諦めてなかったのか、ディスプレイに視線を向けたまま一真が言った。

「…ケンカするように見える?」

「…………お前があいつに言い返すわけねぇか」

「そうそう」

 そもそも、俺と片桐じゃケンカになんてならないだろう。一真もそう納得したらしく、頷きながらマウスを手に画面をクリックしていた。




「お前がついに華江に愛想つかしたか」

 …一真しつこい。そう言いかけたけれど、代わりに俺はため息を漏らす。

「そんなことあるわけないだろ」

「だよなぁ」

 苦笑いを浮かべて、一真はもう一度頷いた。

「じゃあ、逆にお前が愛想つかされたか」

「……それはシャレにならない」

「マジで?」

 驚いたように眉を持ち上げた一真が、少しだけ肩を竦めて見せた。




 …ないとは思いたいけれど、言い切ることはできない予想だ。




「ま、それもねぇだろうけどな。…おい、出かけるぞ」

 PCの電源を落として、一真は椅子から立ち上がる。

「…どこに」

「暗い顔するくらいならパーッと遊びに行こうぜ」

「一真と2人でカラオケは嫌だ」

「お前ホントに失礼だな。ゲーセンだゲーセン」

 手近に置いてあった携帯と家の鍵を拾って、一真は有無を言わせぬ口調で玄関へと向かった。




******



 駅前のゲームセンターに着いた時、もう時刻は夕方を迎える頃だった。それでも真夏なのでまだ外は明るい。遊んでいる高校生たちもまだこれからといった感じだ。



 一真と2人の時は、バッティングセンターやらゲーセンやらに来ることが多かった。この日もいつもの場所にやってきたため、うちの学校の生徒も多い。

「さすがに夏休みは混んでんな」

 肩を竦めながら入っていこうとした一真は、ふと入口付近で誰かにトンとぶつかった。

「あ、すみませ…」

 相手は女子同士でプリクラを撮りに来ていたうちの生徒らしかった。一真とぶつかった女の子が、謝りながら顔を上げる。だけど言いかけた言葉を、飲み込んだ。一真の後ろに立つ俺に気づいたからだ。



「……」

 目が合って、俺も少しだけ眉を持ち上げた。気まずそうな顔をした彼女は、今日俺に告白してきた同好会の後輩だった。



 どうやら友達の方も事情を知っているらしく、俺をキッと睨むと「行こう」と彼女の腕を引っ張っていった。ため息まじりにそれを見やっていた俺だけど、鋭い一真がその空気に気づかないはずもない。




「何?あの女」

 お決まりのUFOキャッチャーの方へ移動しながら、一真はそれほど興味なさそうに尋ねてきた。




「…ちょっと…今日色々あって」

「ふぅん」

 一番近くの台を物色しながら、一真は呟く。

「お前も結構隅におけねぇな」

 ニヤリと言う辺り、大体の事情は察したらしいところが怖い。






 自分でも、らしくないと思う言葉を彼女には返してしまった。


 そもそも俺は一真みたいに告白されることなんて多くないし、そういう場に免疫があるわけでもない。「ありがとう」と「ごめん」だけで済ませるつもりだったけれど、珍しく熱くなってしまった自分がいた。



『片桐先輩にはそんな気ないじゃないですか!向井先輩を振り回してるだけじゃないですか…!』

『向井先輩、かわいそう…』

 そう言われた瞬間に、自分らしくもなく言い返してしまっていた。




『そんな気がないかどうかなんて、片桐にしか分からないよ』

 言った俺に、彼女は涙目を丸くしてこちらを見上げた。

『振り回されてるかどうかは、俺が決める。周りにどうこう言われることじゃないから』

『…先輩…』

『片桐以外の人間に憐れまれるのも不本意なんだ』



 大人げなかったことをしている自覚はある。だからこそ、言った直後に申し訳なくなった。それでも謝ろうと思ったり後悔の念を抱くことはなかったけれど。




「…っちっ、おい直、代われよ」

 俺が考え事をしているうちに既に何百円か費やしている一真は、ついに諦めたのか俺にそう声をかけた。一真より、こういうことは俺の方がうまい。交代して台に向き直った俺は、そこにある景品を見て小さく首をかしげた。

「……なんでタコ焼器?」

 てっきりもっと取りやすそうなものに挑戦しているんだと思っていた。

「なんでって…タコ焼するだろ、家で」

「男の一人暮らしじゃ必要ないよ一真」

 大体、一真の腕前じゃ買った方が安い。思わず笑ってしまって、俺はそれでも友人のリベンジに乗り出そうとした。




 …その時だった。




「…わっ」

 そんな大きな声と共に後ろからドンと押されて、俺と一真はビクッと飛び上がりそうになった。振り返ると、俺達を驚かせようとした張本人が笑って立っている。

「えへ、ビックリした?」

 ニッコリ笑って、そこにいた夏川は悪びれもせずに言った。




 夏川ハルカ。片桐の親友で、俺達もいつも大体一緒にいるクラスメイトだ。特に一真とは馬が合うようだ。



「なにすんだよ、てめぇっ。びっくりして百円落としただろうがっ」

 がなりながら言う一真は、そんな夏川の隣にもう一つの影が立っていることにようやく気がついた。

「…なんだよ、ゲーセンでデートかよ」

 ショボイ、と言いながら再び台に向き直った一真の言葉に、俺は「こら」とその頭を小突いた。

「すみません、タクミ先輩」

 夏川の隣にいたタクミ先輩に一真の非礼を詫びると、先輩は首を振っておかしそうに笑っていた。



「大体ゲーセンでデートじゃありませんー。2人を見つけたから声かけにきたの」

「余計ダメだろ、デート中に他の男に声かけんな」

「大丈夫、君たちは大丈夫」

 男として見てないから、ということなのか。おかしそうに笑いながら夏川はそんなことを言った。



「何取ってんの?一真うまいの?」

 言いながら台を覗いた夏川は、次の瞬間思い切り眉を寄せた。

「…何でタコ焼器?」

「それは俺も疑問」

 夏川の言葉に同調して、俺も軽く頷いた。大きな口を開けて笑う彼女は、更にその隣の台に視線をやる。そしてすぐにその両目を輝かせた。



「あーっ」

 それは女子に人気のキャラクターのぬいぐるみだった。

「先輩っ、これかわいくないですかっ?」

「………なにそれ、シカ?」

「先輩っ、何言ってんですかっ、トナカイですよっ!」

 漫才のような会話に「このバカップルが」と一真が舌打ちしながら悪態をつく。一連の流れに笑ってしまった俺を、ふと夏川は「そういえば」と見上げてきた。



「向井くん、今日華江と映画じゃなかったっけ?」

 言われて、俺はふと思い出す。それまで考え込んでいたはずのことまで全てが蘇ってきて…「…あぁ、うん」と弱々しく答えた。



「具合が悪いからって、今日はやめたんだ」

「華江が?大丈夫かなぁ」

 親友が心配らしく眉を寄せた夏川は、わずかに首を傾げる。そんな彼女を見下ろしていると、俺は無意識のうちに「…あのさ」と改めて呼びかけてしまっていた。



「うん?」

 再び俺を正面から見上げた夏川と、目が合う。

「…俺が言うことじゃないと思うんだけど…」

「うん」

「片桐の様子が、少し変な気がするんだ」

「華江の…?」

 少し考えるような顔をして、夏川は眉を顰めた。

「…夏川なら、何か力になってやってもらえるんじゃないかと思うんだけど…」

「……」



 口元を手で覆うように考え込むような仕草をしてから、夏川は少し笑う。

「私より向井くんの方が頼りになる気がするけど」

「…そんなことないよ」

 伏せ目がちになった俺に、夏川は表情を戻して真剣な目をした。

「もしかしたら、その片桐が何か悩んでそうなのも…俺が原因かもしれないと思うし」

「……どうしてそう思うの?」

「……」

 尋ね返されて、俺は少し沈黙する。UFOキャッチャーの台に向かっていた一真も、手を止めてこちらを見つめていた。



「……勘?」

 まさか繋いだ手をさりげなく離されたなんてことは言えず、俺は自信なさそうにそう答える。一真は「何だそれ」と呆れたように言ったけれど、夏川は真面目な顔をしたまま小さく頷いてくれた。

「分かった、私でできることがあったらやってみる」

「ありがとう」

 ホッと安堵の息を漏らした俺に、彼女は今度は柔らかい笑顔を向けた。



「でもね、向井くん」

「…ん?」

「もし向井くんの言うように…華江の元気がないのが向井くんが原因だったとしても、だよ?」

「うん」

「明日にはきっと、そういうの全部うまくいっちゃうよ」

 言い切った夏川の笑顔は、言葉で表現するなら「キラキラ」していた。恐らく、今まで何人もこの笑顔に救われてきただろう。それを知っているから、俺は自然と笑うことができた。



「根拠は?」

 笑顔を返しながら尋ねた俺に、夏川はガッツポーズを見せながら元気に答える。

「勘!!」

 彼女のそんな言葉に、一真は心底呆れた顔をし、タクミ先輩は顔を背けて吹き出すのを必死でこらえていた。だけど俺は…そんな一言に救われた気がしたんだ。




「ありがとう」

 不思議と、心が軽くなった気がする。夏川が大丈夫だと言うと本当にそんな気がするから不思議だ。







 そして、結局この翌日には彼女の予言が当たることになる。

 だけどそれが分かるのは、この時の俺にとったらまだ少し先の話だ。






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