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Sweet&Cool  作者: みずの
Side Story
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つぼみの花 1 side:hanae

本編「Link」後の華江と向井くんの話です。番外編「華」の後日談(?)にもなっています。


 8月上旬という暑い時期の教室も、夏休み中で誰もいないせいか風通りが良かった。カーテンを揺らしながら吹き込んでくるそれが、窓の近くに立っていた私の髪もなびかせていく。眼下に広がるグラウンドでは野球部が、その向こうのコートではサッカー部が夏の大会に向けて練習に励んでいた。



 長い夏休みも、あっという間に2週間が過ぎてしまった。課題はもうほとんど終えてしまったけれど、読みたい本はいくらでもある。一日の時間がもっと長ければいいのに、と毎日思ってしまうけれど、そう言うと「彼」は決まって「私らしい」と笑った。




 そんなことを考えながらただ窓の外を眺めていると、やがて教室のドアがカタンと開けられる音がした。

「あれ?華江」

 同時に私を呼ぶ声がして、ゆっくりとそちらを振り返る。



「どうしたの?今日なんかあった?」

 部活の途中で忘れ物でも取りに来たらしい真帆が、そこにいた。汗を長いタオルで拭きながら室内に入ってくる。自分の席まで行って机の中に手を入れながら、私を見上げた。

「ううん、ちょっと静かに本が読みたくて」

「ふーん…あれ?」

 実際に私が文庫本を手にしていたので、真帆は一瞬納得したように見えた。だけどすぐに、少しだけ顔を傾ける。

「今日、なんかメイクがいつもより気合入ってない?」

「……え?」


 思ってもみなかったことを言われたので、私は思わず訝しげに真帆を見た。意識してはいなかったけれど…そう言えばいつもより時間はかかっていたかもしれない。そう思い出した瞬間に、真帆は勝手に自己完結したのか「ほーぉぉ」と妙な声を出した。

「なんだ、この後デートか」

 ニヤリと笑いながら言う真帆に、私は自分でも珍しいと思いながら「ちが…っ」と声を上げる。その反応が真帆ですら意外だったのか、「華江が動揺するの珍しいなぁ」と苦笑いした。



「…違うの、別に『デート』とかそういうのじゃなくて」

「はいはい、お相手の彼によろしくね」

 ニッコリ笑って受け流しながら、真帆はあえて丁寧な口調でそう言った。




 それだけ言い置いて、今度はこちらが反論する間もなく真帆は教室を出て行く。

「…そんなのじゃなくて…」

 もう聞こえないと分かっているのに、私は自分に言い聞かせるかのように小さく呟いた。




「…っ」

 丁度その時、スカートのポケットに入れていた携帯電話が鳴った。細かく振動するそれを取り出して画面を見ると、メールが一通届いている。開いたそれはこの後ここで待ち合わせをしている張本人からで、私はメールを開くボタンをゆっくりと押した。



『ごめん、一つ用事ができたからもうちょっと待ってて』



 ディスプレイに浮かんだそんな文字を読んで、私はすぐに返信ボタンを押す。まだ時間がかかるなら図書室で待っている旨を返して、再び携帯をポケットに戻した。








 どちらかというと、私は図書室の方が好きだ。本だってたくさんあるし、夏休みでもクーラーは効いているし。待つことすら、そこなら何時間でも飽きることなく耐えられる気がする。



 図書室は別校舎なので、渡り廊下を通っていかなくてはいけない。教室から一番近いそこに向かいながら、私は鞄を手にゆっくりと歩いていた。






「あの…っ、私、ずっと前から好きだったんですっ」

 やがてそんな声が聞こえてきたのは、渡り廊下にさしかかろうとしたところだった。すぐそこの角の向こうからそんな切羽詰ったような声が聞こえてくる。



 …いくら夏休みで人気がないからと言って、こんなところで告白なんてしないでほしい。そこを通れるわけもなく、大回りをしなきゃいけなくなってしまうじゃない。



 そう思って踵を返そうとしたけれど、その瞬間に角の向こうに見えた人影に私は思わず目を瞠った。

 …見慣れた、後ろ姿。背の高いそのシルエットを私が見間違えるわけがない。


 そしてその向こうに見えたのは、何度か見かけたことがある一年生の女子だった。…そうか、彼の近くで彼女を見かけたのはそういうことだったんだ。




 盗み聞きをしたいわけではないけれど、私は棒立ちになったようにそこから動けなくなった。角の壁に身を潜め、息を殺す。バレないように気をつけていても、胸を刻む鼓動は耳につくほどうるさかった。



「…ありがとう」

 やがて届いたのは、そんな柔らかい声音。私の好きなその声は…でも、今はその彼女に向けられているのが何だか嫌だった。

「でも、…ごめん」

 そう彼が答えるのも、私は分かっていた。恐らく彼女も同じだろう。傷ついた顔はしていたけれど…驚いてはいなかったから。



「先輩、好きな人がいるんですよね」

「……」

 彼女の問いに、彼は答えなかった。ただ黙ったまま、彼女を見下ろしている。後ろ姿で表情までは分からないけれど…恐らく、申し訳なさそうな顔をしているだろう。


「それ、片桐先輩ですよね」

 そこで出てきた自分の名前に、私は再び息を飲んだ。



「…それくらい見てれば分かりますから…」

 言いながら、彼女は小さく吐息を漏らす。それから、伏せ目がちに呆れたような声で呟いた。

「…向井先輩、かわいそう」



 『かわいそう』?

 彼女が続けた言葉に、私はわずかに目を見開いた。




「うちの部活の人たちも皆、向井先輩が片桐先輩のこと好きなのくらい気づいてますよ。だってずっと一緒にいますもんね。でも……」

 悔しそうに、彼女はぐっと唇を噛む。キッと睨むように上げた目は、彼をまっすぐに見据えていた。

「でも、片桐先輩にはそんな気ないじゃないですか!向井先輩を振り回してるだけじゃないですか…!」

 叫ぶように声を荒げた後、彼女は肩で息をする。

「…先輩、かわいそう…」

 最後にはもう一度、弱々しくそんな言葉を口にした。




 私は結局、彼がその言葉に何と答えたのかも聞かないまま身を翻すしかなかった。




******



 どうやって図書室まで歩いてきたのか、あまり記憶がなかった。ただフラフラと歩いてきた気がする。思ったよりもあの女の子の言葉がショックだったのが、自分でもらしくないと思ってしまった。




 図書室に来たって、本を読む気になんてなれるわけもない。当番の図書委員以外誰もいないその部屋の隅の机に腕を置き、顔を伏せた。



『でも、片桐先輩にはそんな気ないじゃないですか!向井先輩を振り回してるだけじゃないですか…!』

 ふと思い出されるのは、そんなあの子の言葉。


 私は…そう見えるんだろうか。自分ではそんなつもりもなかったけれど。でも、どこかで自覚はあった。振り回しているつもりはなくても、完全に彼に甘えきっている自分に。



 だから、彼女の言葉が突き刺さったと同時に自己嫌悪にすら陥りそうになった。




「…片桐」

 どれくらいそうしていただろう。やがて、頭上に静かな声が降ってきた。


「寝てる?」

 続いた言葉に、私は顔を腕に乗せたまま横向きにずらしてそこに立った向井を見上げた。



「起きてる」

 上体を起こしながらも、今の顔を見られたくなくて目を逸らし気味に答える。私の隣の椅子を引きながら、「遅くなってごめん」と向井は謝った。小さく首を振って、私は目を伏せる。

「終わったの?部活と、『用事』」

 尋ねると、向井は「うん」と小さく頷いた。

 そして、訪れる沈黙。

 向井の方は意識してのことではないのだろうけれど、私は何を話せばいいのか分からなくなってしまっていた。




 向井は、「部活」と言っても実際は同好会に所属している。しかもそれも廃部にされそうになった囲碁同好会とかで、人数あわせのために頼まれて入ったものだ。だから、部員であっても囲碁のルールはほとんど理解していないらしい。こうして活動に参加することは稀で、今日は珍しい方だ。

 そしてさっきの話から察するに、彼女は囲碁同好会の後輩のようだった。




「俺のせいで遅くなっちゃったから、予定してたやつは無理かな」

 携帯電話を開いて今の時間を確認しながら、向井がふとそう呟く。

「片桐、一本遅らせてもいい?」

 黒いそれを閉じながらこちらを振り返ったその声は、いつも通り優しい響きを持っていた。




 今日はそもそも、映画を見に行く予定だった。私と向井はこういうところの趣味は合うようで、夏休み前から一緒に見に行く約束をしていたのだ。たまたま今日という日を選んでいたのだけれど、急に向井に同好会に出る予定が出来てしまって。本でも読みながら教室で待っていることにして、待ち合わせをしていたんだった。



「……ごめんなさい」

 とてもじゃないけれど、映画なんて見れる気分じゃない。

「…ちょっとさっきから具合悪くて…また今度にしてもらってもいい?」

「え、大丈夫?」

 私の顔色が悪いのは本当らしく、向井が少し驚いたように目を瞠った。そして、不意に私の額に手を伸ばす。

「熱はないか」

 意図してじゃない辺り、天然な向井の怖いところだ。



「…大丈夫、睡眠不足だと思うから」

「家まで送るよ」

「ううん、駅まででいい」

 向井は私が下りる駅で更に乗り換えるため、いつも一旦は一緒に改札を出る。そう告げた私が一歩も譲らなそうだと思ったのか、それ以上食い下がることもなかった。



 手を引かれて立ち上がり、歩き出した向井の後をついて行く。



「……」

 いつもなら流れでそのまま繋いだままかもしれない手を、ふとこの時私は自分から離してしまった。




「……片桐?」

 肩越しに振り返った私を、少し心配そうに向井が見やる。



「………」

 答えずに顔を伏せたまま、私はゆっくりと歩き出した。






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