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Sweet&Cool  作者: みずの
Side Story
47/57

はじまりは君の声

「Sweet&Cool」の番外編、タクミサイドです。

本編より数ヶ月前、2人の出会いの話になります。



 彼女のことを知ったのは、そう最近のことでもなかった。



 2年生の3学期に入り、それまで体育館で行っていた体育の授業が運動場での競技に変わった頃のことだ。俺のクラスがグラウンドで陸上競技を始めた時、一学年下の彼女のクラスはその近くのコートでサッカーをしていた。それが、初めて俺が彼女を見ることになったきっかけだった。



「女子がサッカーってのも逆にそそられるねぇ」

 クラスメイトの浜名が、短距離走の順番待ちをしている時にニヤニヤと笑いながらそんなことを言った。

「こんな真冬じゃなくてジャージじゃなきゃもっといいんだけどな」

と、他の連中まで同意している。


 そんな会話にさして興味もなくて、俺は聞こえないフリをしてただ前を見据えていた。絡まれるとろくなことがないとわかっていたからだ。



 でも……、



「なぁタクミぃ」

 浜名が俺の真後ろから、ガシっと肩に手を回してくる。やっぱり来たか…と内心で首を竦めながら、俺は「ん?」と振り返らないまま応じた。

「お前、どの子がかわいいと思う?一番右?それともあっちのグループの…」

「あー、無駄だって」

 言いかけた浜名に俺が何か答えるより早く、反対側にいた幸田が遮る。


「タクミはそういうの興味ねぇって。あんだけ美人の彼女がいるんだし」

 言いながら、幸田はスニーカーの紐を結びなおしていた。…他の連中よりは、少しは短距離を真面目に走る気があるらしい。


「下級生の女子見て浮かれるのと、彼女とは別もんだろうが」

 よくわからない理屈を、浜名は膨れっ面になりながら呟いている。そんな彼に肩を竦めて応じつつ、幸田は紐を結び終えて立ち上がった。


「じゃあお前はどの子がいいんだよ?」

 聞かれた浜名は、そのセリフを待っていたかのようにパッと表情を明るくする。尋ねた幸田の方も、興味がないわけではないらしい。



「俺は絶対あの一番右の子がかわいいと思う!」

 浜名が指差した先では、ロングの髪を一つに束ねた女子が交代待ちをしていた。高校1年にしては少し大人っぽい雰囲気を持っていて、言うならば正統派美人。不意に印象が愛海と被った。それを同じく感じ取ったのか、幸田が「…タクミの彼女にそっくりだな」と少し不満足そうに呟く。



「なんだよ、幸田。だったらお前はどの子がかわいいと思うんだよ」

 そんな幸田のリアクションに、浜名は眉を寄せて抗議した。「俺の和美ちゃんをバカにしやがって…」と相変わらず意味のわからないことを呟きながら。……一体いつの間に相手の名前まで調べるんだろう。



「俺はあそこで今ボール蹴ってる子が断然好み」

 言った先を、浜名が目で追っている。

「かわいいだろ、夏川悠花ちゃん」

 ニヤッと笑いながら、幸田はそんなことを言って浜名の肩をバンバンと叩いた。


 そんな声を聞きつけたのか、俺たちより少し後ろで談笑していた連中が「あ、夏川の話?」と話に入ってくる。

「かっわいいよな、なんか明るくて性格良さそうだし」

 幸田に同調しながら、奴らは何をわかりあっているのか「うんうん」と互いに頷きあっていた。その真剣な表情が、話の内容の軽さと矛盾すら感じさせる。しかしここまで行くと、皆よく下級生の女子に詳しくなれるものだとむしろ感心させられた。



「なぁタクミぃ」

 数人が幸田の味方をしたことで不利だと思ったのか(そもそも何の勝負なのか俺には理解できないけれど)、浜名は少し情けない声で俺にすがり付いてくる。

「タクミは和美ちゃんの方がかわいいと思うよな?」

「さて、100メートル走るか」

「タクミぃ~」

 伸びをしながら浜名の言葉をスルーして、俺はもうすぐ回ってくる短距離走の順番の方に思考を戻した。



 …夏川、悠花。

 知るとはなしに知った彼女のその名前と、見るとはなしに見た彼女の笑顔。



 それが、あの子との出会いだった。




******



「タクミぃ」

 今日何度目だろう、この浜名の情けない声に呼ばれるのは。


「保健室連れてって」

 さっき3度目の100メートル走で、見事に前転しそうなほどの勢いで転んだ浜名。砂だらけになったジャージの下で、膝から血が出ている。それでも痛みには慣れているのか、大して痛そうな顔はせずに俺のところへやってきた。


 何で俺が…と言いかけて、その時に初めて自分が保健委員だったことを思い出す。ため息まじりに立ち上がって、担当教師に保健室へ行く旨を伝えて浜名を連れて歩きだした。



「お、試合でもやってんのかな」

 サッカーコートの脇を通る時に、浜名がそんなことを言ってそちらを眺めた。怪我をしても、女好きの性格は当たり前だが直るはずもない。



 そんな言葉につられて俺もそちらを不意に振り返った……その時、だった。



 ドリブルをしていた女子のボールを取ろうとした子が、スライディング気味にそこへ足を伸ばしたのが見えた。しかしそれが捕らえたのはボールではなくてドリブルをしていた相手の足で…。思い切り足を払われた彼女の方は、そのままそこに勢いよく転ぶ。


「ハルカっ、大丈夫!?」

 周りの女子が慌てて駆け寄って行くのが見える。派手に転んだ方の彼女は、一度は倒れながらも元気に立ち上がってみせた。さっき幸田たちが「かわいい」と騒いでいた、夏川悠花だった。


「大丈夫だよ、これくらい」

 ニコッと笑って、彼女は自分の足を払った相手にも手を伸ばす。

「ハルカ、ごめん…」

 転ばせてしまった張本人の方は、わざとではなかったけれども責任を感じて青ざめているようだった。差し出された手を掴んで立ち上がりながらも動揺しているのがよく分かる。


「大丈夫だって!気にしないでよ」

 ポンと相手の肩を叩きながら、彼女は声を立てて笑う。

「でも血が出てるし…」

 手のひらの辺りを指差しながら、相手は涙声になっていた。


「あ、ホントだ。一応保健室行ってくるね。ちょっとサボれてラッキー」

 ペロ、と舌を出してウィンクをしながら言う彼女に、相手もそこでようやくホッとしたようだった。

「一緒に行くよ、ハルカ」

 保健委員らしい他の女子がそう声をかけたけれど、彼女は笑ったまま首を横に振る。

「大丈夫。同じチームから2人も抜けたら負けちゃうよー」

 そう言って、彼女はクラスメイトたちに手を振ってコートの外に出た。




「……タクミ?」

 その一部始終に気を取られていた俺を不審に思ったのか、不意に隣の浜名が声をかけてくる。

「あ、あぁ、なんでもない」

 目線を前に戻して、俺はそのまま浜名を連れて保健室へと向かった。




******



 保健医の先生は、丁度不在だった。

 浜名の怪我もジャージだったおかげで大したことはなく、少しすりむいた程度だった。一通りの怪我の手当てくらいはできるつもりだから、仕方なく俺が消毒液とコットンを手に取る。


 遠慮なく怪我をしたその膝に液を浸したコットンを押し当てると、浜名が声にならない悲鳴を上げた。

「…もうちょっと優しくしてくれたって…」

「気持ち悪いこと言うな」

 笑いながら答えて、俺は道具類の並んだ中から絆創膏を取り出す。丁度その時、カラカラと保健室のドアが遠慮がちに開けられた。


「…失礼しま~す」

 さっきの、あの子だった。保健室に入ってきてすぐに俺たちに気づき、肩に届くかどうかというくらいの髪を揺らしてペコリと軽く会釈をする。それから室内をグルリと見渡して保健医がいないのに気づくと、小さく吐息をもらしてから俺たちとは少し離れた場所にある椅子に座った。

 そちらにも、道具が一式揃っていたようだ。消毒液を手繰り寄せて、右手の手のひらにコットンを使って塗る。すり傷に染みるのか、一瞬だけ眉を寄せた。



「浜名、先に帰ってて」

 浜名の膝に絆創膏を貼りながら、俺はそう告げる。手当てを終えてまくりあげていたジャージを下ろしながら、浜名は首を傾げた。

「お前は?」

 尋ね返されて、俺は使ったばかりの消毒液やらといった道具を指差す。

「これ片付けてから行く」

「そっか。サンキューな」

 礼を言って、浜名は言われた通り先に保健室を出て行った。後ろ手に閉めたドアがピシャンと音を立ててから、俺は自分が使ったものを片付ける。



 それから、近くにあった湿布と、包帯代わりになるサポータータイプのガーゼを手にした。右手を怪我している為に左手一本で手当てに苦戦しているあの子に、そっと音を立てずに近寄る。



「…右手出して」

 近くまで寄ってからそう声をかけると、俺の気配に気づいていなかったらしい彼女が驚いて顔を上げた。それから、「え、え?」と一瞬何なのか理解できないまま、言われた通りに右手を俺の方へ差し出してくる。この至近距離で見る彼女は、確かに幸田たちが騒ぐのもわかる気がした。



 彼女の左手から消毒液を受け取り、不器用にやりかけた消毒を無言で終わらせる。言われるがままに手を出していた彼女は、その頃にはようやく状況が理解できたらしく肩をすぼめて恐縮しているようだった。

「…すみません」

 小さく謝る彼女に、続けて俺は湿布を取り出す。


「さっき、転んだ時…」

「…?」

 言いかけた俺の言葉に、彼女が小さく首を傾げた。大きな目で俺を見つめているのが分かったので、あえてその目は見ないように湿布から透明のフィルムをはがす。

「周りはすり傷にしか気づいてないみたいだったけど…手首、捻ったよね」

 言うと、手当てをするために支えた俺の手の中で、彼女の右手がビクリと反応した。



 あの転んだ瞬間、手のつき方が悪かったのが見えた。恐らく相当痛かったはずだ。それでもすり傷のことしか言わなかったのは、彼女を転ばせた張本人にそれ以上の罪悪感を抱かせたくなかったせいだろう。



「…見られてたんですか」

 小さく苦笑いを浮かべて、彼女は俺を見る。手首にはすり傷がないことを確認してから、俺はそこに湿布を貼った。



 多分、この子は他人に気を遣わせないように振舞うのが上手いんだと思う。そこに、一般的な「優しい」とか「思いやりがある」という言葉では言い尽くせない何かを感じてしまった。


 だから、そんな彼女に合わせて湿布の上から抑えるのはガーゼのサポーターにする。これならジャージで隠れるだろうし、仮に見えてもそれほど気にならないだろう。仰々しく包帯でも巻けば、彼女の気遣いが無駄になるように思えたからだ。



「……ありがとうございます」

 俺の考えがわかったんだろう。手当てしてあげたことに加えてそれも含め、彼女は深々と頭を下げた。「どういたしまして」と返して、俺は手近のゴミ箱にゴミを捨てる。

 そうして後片付けを始めると、慌ててそれを手伝おうとした彼女が「…あの」と遠慮がちに口を開いた。


「…先輩、お名前何て言うんですか?」

 手当てしてあげただけで、恩でも感じたんだろうか?その義理堅さと真面目さに少し笑って、俺は「…タクミ」と短く答える。


「……タクミ先輩…」

 何かを考えるように復唱した後、彼女は再び顔を上げた。消毒液を元の場所に戻しながら、もう一度尋ねてくる。

「あの、苗字も教えてくださいっ」

 言われて、俺は思わず彼女の顔を振り返ってしまった。


「……」

 それから、彼女の真剣な顔に思わず頬がほころんでしまう。


「苗字だよ、タクミが。拓巳准一」

 そう答えると、彼女は「えっ」と声を上げた。そうして少しだけ気まずそうに、頭を下げる。

「す、すみませんっ。失礼しました…」

「いえいえ、よく言われるよ」

 片付け終えて棚を閉め、俺は「じゃあね」と保健室のドアの方へと向かった。そんな俺の後ろ姿に、「本当にありがとうございました」と彼女が一礼する。首を振って応じて、俺は先にそこを後にした。




******



 そんな出来事の翌週のことだった。


 その日も空は晴れ渡っていたので、予定通りに校庭で体育の授業があった。教師が来るのと授業が始まるのを待つ間、相変わらず飽きもせずに下級生の女子を眺めては騒ぐ連中がいる。浜名と幸田も変わらずその一員で、俺はそれを呆れるわけでもなかったがただ興味なさそうに眺めていた。


 そんな中、不意に一帯が騒がしくなった。何かと思って顔を上げると、その連中の視線の先は1年生女子の集団の中。向こうもまだ教師が来ていないらしいく、サッカーコートの外からあの子がこちらに大きく手を振っているのが見える。

 周りの男連中は、「え、俺?」とか「お前じゃねぇだろ」とか大騒ぎで…。2年の男子連中に人気らしい彼女のその行動に、周囲が沸き立っているようだった。


「誰に振ってんだろ」

 幸田も気になるのか、そわそわしたように俺に尋ねてきた。

「…さぁ?」

 適当に返して首を傾げながら、俺は先日の幸田と同じように短距離走に備えて靴紐を結びなおす。顔を逸らした瞬間、視界の片隅に彼女がムッと眉を寄せたのが映った。


 そして、次の瞬間……。



「タクミせんぱーい!!」

 耳障りにならないほどではあったけれど辺りに響きそうな大声で、向こうの方から彼女が叫んだ。

「…!?」

 驚いて顔を上げた俺と同時に、クラスの連中も目をみはって俺を振り返る。


「何でタクミ?」

 ざわざわと周りが俺と同じ疑問を口にした。まさか手を振っている相手が自分だとは思わなかったので、思わず目を見開いてしまう。

 先週のあんな些細なことだけで、彼女がこんなに人懐っこく笑顔を向けてくれるとは思っていなかったから。


「……」

 周囲が訝しげに見守る中、俺は無言のまま彼女に向けて片手を上げて返した。それを見て満足そうに笑うと、彼女は嬉しそうにクラスメイトたちの輪に戻っていく。その満面の華やかな笑顔に、ギュッと胸のどこかが何か音をたてた気がした。




 そう、きっと全てが始まったのはその瞬間で…。


 後に彼女が俺のことを好きになったと言っていたその時、囚われたのは彼女の方だけじゃなかったんだ。



 俺を呼ぶあの声と笑顔から、自分の中の何かが音をたてて変わっていく。



 …そう。




 はじまりは、そんな君の声。






本当はハルカだけじゃなくタクミも、出会った時から何かしら惹かれる部分はあったんだろうなぁと思って書いてみました。


この数日後から、タクミはハルカに追いかけられるわけですね(笑)



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