表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sweet&Cool  作者: みずの
CANDY
4/57

CANDY 3


 意識を失うほどまではいかなかったけれど、その後私は視界が真っ暗になるのを何度か味わった。それは一瞬のことだけれど、止まない眩暈に頭痛も併発してくる。元々貧血気味な体質な上、昨日は睡眠不足だ。当然と言えば当然かもしれない。


 6限目が体育でなかったのが救いだった。とりあえず席に着いているだけで授業内容はやはり頭に入らなかったけれど、何とか1時間やり過ごす。授業が終わり、心配そうに駆け寄ってくる華江と真帆に大丈夫だからと念を押して、私はすぐに帰宅することにした。付き添いを申し出る2人に、かろうじて笑顔で首を振る。心配してくれるのがありがたかったけれど、1人になりたい気持ちも大きかったからだ。


「……」

 こめかみの辺りに感じる鈍い痛みに、思わず手をやる。ため息交じりに昇降口を出ようとしたところで、私は不意に足を止めた。



 そこには、部活の時間になって集まっている弓道部の群れがあった。これからまとまって弓道場に行くのだろうか。その中に見慣れた後ろ姿を見つけて、胸の奥がまたズキリと痛んだ気がした。


「……」

 くるり、と踵を返して、私は校舎の中に戻る。靴だけを持ってそのまま、裏門の方の出口へと向った。



 今あのままあそこを通ったら、タクミ先輩と顔を合わすハメになる。こんな暗い顔を見られたくなかったし、何より今は彼の顔を直視できるはずがない。



 …先輩には、きっと私の気持ちなんて迷惑なんだから。そんなことにも気づかずに毎日会いに行っていた自分が恥ずかしい。



 いつもの数学準備室でも、廊下で会った時でも…。先輩は、内心で嫌気がさしていたんだろうか。


 3月3日―先輩の誕生日、一緒に過ごさせてもらえて私は調子に乗っていたのかもしれない。




 …これは、きっと罰だ。




 彼女がいるってわかってる人に、相手の気持ちも考えずに追いかけ続けた自分への。毎日好きだのなんだのと伝え続けたくせに、バレンタイン当日には改まった場面での勇気が出ずに、チョコを先輩の席に置いてくることしかできなかった自分への…。


「…っ」

 たまらずに駆け出した私は、裏門へさしかかる角を曲がろうとしたところで何かにぶつかった。

「ご、ごめんなさいっ」

 ぶつかった相手の人が持っていたカバンを落としてしまい、中に入っていた教科書類が散らばってしまう。謝りながら慌てて拾おうとかがむと、「こちらこそ」と口にして同じくかがんだ相手が「……あら」と声を上げた。


 その声に私も顔を上げ、相手を見て思わず絶句してしまう。


「……マナミ…先輩」

 肩より下まで伸びた髪を揺らして、マナミ先輩が私を見つめていた。



*****



「どうかした?」

 再び教科書を拾う作業に戻りながら、マナミ先輩はそう口を開いた。今まで聞いたことがない穏やかな声だった。思えば、私はマナミ先輩にはタクミ先輩と一緒にいる時にしか会ったことがない。しかも決まって、そういう時はマナミ先輩は彼に対して怒鳴っている時ばかりだった。……なんか、旦那を尻に敷く妻のように。


「……え?」

 マナミ先輩の問いに、私は小さく聞き返した。思わず手を止めてしまい、教科書拾いの手伝いを忘れてしまう。


「目が真っ赤」

 言われて、私はバッと自分の顔を覆うように隠した。そんな様子に、マナミ先輩は苦笑いを返してくる。


「具合でも悪いの?」

 拾った教科書を全てカバンに入れ終え、マナミ先輩は小首を傾げた。一後輩を心配してかそう声をかけてくれる穏やかな笑顔は、なるほど、真帆が言っていた「春日先輩」像と違わなかった。


「…いえ、ちょっと寝不足で」

 答えると、マナミ先輩は「そう」と少し安心したように笑った。立ち上がりながら、「…あなた」と私を正面から見据えながら言葉を継ぐ。



「夏川さん、だったっけ」

「………はい、夏川 悠花です」

「そう、ハルカちゃん」

 私の名前を復唱して、先輩はこちらに手を伸ばす。かがんだ時についたらしいスカートの汚れを、軽く払ってくれた。



 …なんなんだろう。なんで先輩は私に笑顔を向けられるんだろう。彼氏につきまとううっとうしいはずの後輩なのに。…でも、先輩の笑顔はどう見ても裏があるとは思えなかった。



「一度、あなたとは話をしてみたいと思ってたのよね」

「……」

 …嫌味……ではないみたいだった。



「………タクミ…先輩のことですか?」

 牽制球を投げられる前に、恐る恐る私は聞いてみた。

「タクミ? …違う違う」

 今度はマナミ先輩は、声をたてて笑う。右手を顔の前で横に振って否定し、言葉を継ぐ。



「単に個人的に、私があなたに興味があっただけ」

「……え?」

 聞き返すと、マナミ先輩は少しだけ目を細めた。遠くを見ているような…ちょっとだけ、切なそうな目。



「あなた、数年前の私にそっくりだから」

「………?」

 意外な返答だった。答えて、マナミ先輩は視線を私に戻す。訳がわからずに首を傾げる私を、クスッと笑って見つめた。



「それと、一つ聞いてみたいこともあったの。…あなた……どうしてバレンタインの日…」

 言いかけたマナミ先輩は、そこまで言ってハッと口をつぐむ。角の向こうから、誰かがこちらへ歩いてくる気配がしたからだった。



「ホントお前ってひでぇ奴だよなぁ」

 マナミ先輩が黙ったことによって訪れた一瞬の沈黙に割り込んだのは、近寄ってくる誰かのそんな声だった。揶揄するような響きを含んだそれは、聞き覚えがある。さっきまでも教室で聞いていた、小林くんのものだった。



「夏川もかわいそうに」

 他にも男子生徒が一緒らしい。誰かはわからなかったけれど、クラスメイトのようだった。5人分くらいの足音が聞こえてくる。その集団から出た名前に、私はハッと息を飲んだ。



 ……私が……『かわいそう』?



 私の名前が出たことで、マナミ先輩も大きな目を更に見開く。もうすぐこちらへ近づいてきそうな角の向こう側の気配と、私の顔とを何度か見比べていた。そんな私たち2人の様子になんて気づくわけもなく、小林くんが言葉を続ける。


「まさか好きな男へのバレンタインのチョコを鈴元に捨てられたなんて思わねぇだろうなぁー」




 ………え?




 今……なんて…?




「えー、鈴元、そんなことしちゃったんかよー。なんで? お前って夏川のこと好きだったっけ」

 また別の誰かが、初耳、と言った感じで尋ねている。

「んーまぁ、ちょっといいかなーくらいに思ってたかな」

「うわ、ひでぇ。それだけでそんなことするんかよー」

 言葉は非難しているけれど、その相手の声はちっとも鈴元くんを責めてはいない。私は真っ白になる頭で、呆然と立ち尽くしていた。


「まぁそれだけっつーか…相手の男が気にくわなかったのもあるし」

 鈴元くんの言葉に、今度はマナミ先輩が息を飲む。


「夏川の好きな男ってあれだろ? 2年の冴えない感じの…」

「あー、なんかよく一緒にいるよな」

「で、なんで鈴元がそいつのこと気に食わないんだよ」

 周りに畳みかけるように聞かれて、鈴元くんは「あー」と何かを思い出したのか苛立ちの声をあげた。



「2月頭くらいにCD屋でちょっとパクろうと思ったらよ、いきなり後ろから手掴まれたんだよ。店に突き出すわけでもなく警察に突き出すわけでもなく、ただ止められたんだけど。スカしてんじゃねぇって感じ」

 思い出してイライラしている様子の鈴元くんの言葉に、クラスメイトたちは思わずプッと吹き出す。

「それだけかよー、鈴元。店にチクられなくて良かったじゃんかよ」

「なんかそん時の目がムカついたんだよなー、かっこつけやがって。で、バレンタインの時たまたま2年の教室の前通ったら夏川があいつの席の中にチョコ入れててさ」

「それで、旧校舎側のもう今は使われてない焼却炉に捨ててやった、と」

「そーゆーこと」

 得意げに聞こえる鈴元くんの言葉に、私はまた目の前が真っ暗になる。



 あぁ、また眩暈だ…。



 冷静にそんなことを思ったけれど、視界は暗さと共に込み上げてきた涙で潤む。




 タクミ先輩に…、そもそも私のチョコは届いてなかったんだ。先輩はどう思っただろう。いつもいつも「好き」と言っておきながら、チョコも持ってこないなんて…やっぱり私の想いなんてそんなもんだと思った?それとも、重い気持ちをぶつけられなくて良かった…って、安堵した?



 そんなことを考えていたら、ショックで視界が本格的に暗くなった。



 …いや、なりかけた。




「…ちょっと!」

 私の遠のきかけた意識を呼び戻したのは、マナミ先輩の大きな声だった。潜んでいた角から飛び出し、すぐそこまで近づいていた鈴元くんたちに対峙する。話を聞かれた気まずさからか、誰かが「やべぇ」と呟いたけれど、そんなマナミ先輩の後ろに私がいるのに気がついて今度は絶句したようだった。


「聞き捨てならないわね、色々と!」

 さっきまでの穏やかさはどこへやら、タクミ先輩に怒鳴っている時とも比にならない雰囲気でマナミ先輩は5人を見据える。


 最初は驚いていた鈴元くんも、目をわずかに見開いた数秒後には「ふん」と開き直った笑みを浮かべた。


「あんた、あの男の彼女だろ? 感謝してほしいね。彼氏へのチョコが1個減ったんだからな」

 そう口にした途端、マナミ先輩の顔色がサッと変わったのがわかる。冷静ではいるけれど、怒りを隠せない…本気で鈴元くんを軽蔑しきったかのような目。


「大きなお世話よ」

 吐き捨てるように、彼女は言った。


「笑わせないで。あんたにそんなこと言われる筋合いないわ!タクミのことは私とこの子の問題であって、他人にどうこう言われることじゃないのよ!」


 肩を怒らせて、マナミ先輩は怒鳴りつける。そんな彼女をなだめることも、私にはできなかった。


 目の前に広がるのは、全く反省も焦りもしていない様子の鈴元くんの姿。



 そしてやがて訪れた、私の心を映したような闇、だけだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ