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Sweet&Cool  作者: みずの
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Link 15  side:Haruka


 ふわふわと、足元は浮ついたようにおぼつかない。まるで…夢を見ているようだった。

 つないだ手はとても心地よくて、周りの喧騒すらかき消してしまうほど浸れるもので…。感じる体温に、胸は絶え間なく早い鼓動を刻み続ける。



 マナミ先輩が何を考えているのか…とか。疑問はいくつでもあったけれど、それを口にするのはためらわれた。言えば、きっとタクミ先輩は今の笑顔を瞬時に消してしまう予感があったからだ。



 屋台で買った物を食べて、七夕飾りを見て。周りから見たらカップルのデートに見えそうなことを先輩とできているだけで、幸せだった。だから、今だけは余計なことは考えないようにしたかったんだ。



「そう言えば、短冊に何書いたの?」

 一通り見て回った頃には、小一時間が経過していた。祭り会場の奥から、入口方向へと向かう。帰り道にさしかかった時に、先輩が不意にそんなことを尋ねてきた。


「内緒です」

 つないでいない方の手の人差し指を口元に当てて、私はそう笑う。華江が言っていた「言うと叶わなくなる」というのを信じているわけじゃないけれど、私の願いごとを先輩に話すのは恥ずかしかったからだ。




 今の私には、自分のことに関しては短冊に書きたいと思うほど強く願うことがない。皆で短冊に願い事を書こうという話になった時、そのことに気づかされた。「希望」とか「こうなったらいいな」と思うようなことはあるけれど、それはどれも現実的なもので自分の努力でどうにかなりそうで…。

 短冊にお願いするような、ロマンティックなものではなかった。タクミ先輩と結ばれることは現状で無理だとわかっている今、自分には強く願うことが何一つない。



 だから…と言うと語弊があるけれど、自分のこと以外でお願いしたいことは一つしか思い浮かばなかった。



『先生と、理沙さんの赤ちゃんが元気に産まれますように』


 タクミ先輩には、なんだか気恥ずかしくて言えない願いごとだ。




「そっか」

 さっき取ってくれた金魚の袋を手に、先輩は短く答えて笑う。それ以上追求されなかったことに少し安堵の息を漏らして、私は隣の先輩を見上げた。

「先輩は? 何お願いしたんですか?」

 答えなかったんだから、答えてくれないだろう。そう思ったけれど、何となく振ってみた。


 でも意外なことに…先輩は「内緒」とはぐらかしたりはしなかった。

「………」

 少しだけ何かを逡巡するように…目線を落ち着きなく動かす。それから、こちらを向かないまま…前を見据えたまま、彼は静かに口を開いた。



「俺は……」

 さっきまでの笑みを消して、真面目な表情の先輩。その表情に、咄嗟に「失敗した」と思ってしまう。先輩とはくだらない話でもいい、笑い合っていたかったのに…。真剣な話になれば、自分が傷つく気がしたから。




「昔から、願ってることは一つだけだから」



 ポツリという呟きは、風に乗って消え入りそうなほど小さかった。


 だけど、それを聞き逃すことはない。

 それだけ、その言葉に先輩の心がこもっている気がしたから…。




 先輩は、続ける。昔から願っているという…その、私にとっては残酷な願いごとを。



「『愛海が、幸せになりますように』」





 どうして…。


 どうして、先輩は私にそんなことを言うんだろう。



 できれば聞きたくなかった、その言葉。先輩が一番に想うのは、どうしても「マナミ先輩」なんだと思い知らされる。痛む胸は、この時は悲鳴を上げそうなほどに軋む音を立てた。



 痛みをごまかす為に、グッと唇を噛み締める。それにつられてつないだ手にも力を込めてしまったらしく、痛みすら感じたのか、先輩が私を振り返るのが分かった。



 …それでも、私は顔を上げることもできなくて…。ただ俯いて、言葉を飲み込むことしかできない。噛み締めた唇から、微かに血の味を感じた気がしたほどだ。



 そんな私を見てか、先輩が私の頭上で小さく吐息をもらした。呆れたのか、何なのか…感情の読めないため息だった。



「…勘違いしてる?」

 だけど続いて降ってきた先輩の口調は、呆れたわけでも怒ったわけでもなさそうで…。「え」と顔を上げると、苦笑いを浮かべた先輩が私を見下ろしていた。




「昔から俺は…愛海が幸せになってくれれば…と思ってきた。それだけが願いだった」

 再び前を向き直して、先輩はそう続ける。その頃には祭り会場の商店街を抜け、人も四方へ散って家路に着く。混雑は嘘のように緩和され、会場とは違って夜らしい闇が戻ってきた。



「…何でだと思う?」

 尋ねられて、私は困惑した表情のまま首を傾げる。眉を寄せて考えたけれど、答えなんてわかるはずもなかった。



 マナミ先輩のことが…一番大事だからじゃないの?



 それ以外に答えらしい答えなんて思い浮かばない。



「……」

 私が唯一思い浮かべた「答え」が読み取れたのか、先輩は無言で小さく首を振った。その私の考えを、否定するかのように…。



「『自分ではどうにもできないから』。…だから、願うしかないんだ」

 淡々とした口調で…先輩の言葉からは、何の感情も読み取れない。ただ、それだけが事実であるかのように響くだけ。




「それは……」

 意味が瞬時には理解できず、聞き返そうとした。だけどその言葉も、先輩は小さく首を振って遮ってしまう。


「俺が…自分の手で幸せにしたいと思う相手だったら…神頼みや、ましてや短冊に書いて星に願ったりなんかしない」

 前を向いていた先輩が、そう言ってこちらを振り返った。その視線にどこか射抜かれてしまいそうなほどの何かを感じて、私は思わず足を止めてしまう。同じように立ち止まった先輩は、今度は私から目線を逸らそうとはしなかった。見つめ返せば金縛りにあってしまいそうで…私の方が逸らしたかったけれど、それも叶わない。



 そうして見つめ合って動けないまま、先輩は最後に一言告げた。




「…そう思う相手は…愛海じゃなくて、他にいるから」




 ドクン、と、胸が大きく跳ね上がった。下手をすれば鼓動が聞こえてしまうんじゃないかというほどだ。



 先輩の言葉の、意味は……。

 驚きのあまり放心したように目を見開いた私だけれど、考えればわかるはずだった。




 だけどこの時、私は考えることを放棄してしまった。瞬時に思い出してしまったからだ。

 今日のこの七夕祭りが楽しくて…先輩といられることが嬉しくて、忘れてしまっていた「あること」を。




 テスト前のあの時、私は自分から先輩を諦めようとしていたはずだった。どんなに私がタクミ先輩を好きでも、マナミ先輩を拒めない彼を苦しめたくなかったから。ましてやマナミ先輩との間に「付き合わざるをえない理由」があるにしても、周りから二股と取られるようなことを先輩にさせたくなかったから。…だから、引こうとしたんだった。


 先輩の…負担になりたくなかった、それ一心で。



 それでも、会って話して、笑顔を見れて…手をつなげて。

 それだけで、こんなに幸せを感じてしまっていた。



 矛盾した想いだけれど、断ち切らなくてはいけないのは明白だ。こんなにもドキドキしている想いを、自ら捨ててしまうのは胸が痛むけれど…。



 だけどきっとこのままでは、タクミ先輩のためにも、マナミ先輩のためにも……そして何より、私のためにもならない。



 そう決意しての覚悟だったことを思い出し、私はあの日自分を奮い立たせた勇気をもう一度振り絞ることを決めた。




 ごめんなさい、先輩。胸の中で一度謝ってから、口を開く。




「私……先輩に謝らなくちゃいけないことがあるんです」

 先輩がさっきの話の続きを告げてしまわないうちに、遮るように私はそう言った。立ち止まって見つめ合っていた視線は、絶対に逸らさない。逸らしたら、勘の良い先輩はきっと私の嘘に気づいてしまう。

 だから、そう心に決めて私は続けた。



「……前に、私言いましたよね…。先輩が、いつか私の方を振り向いてくれるの待ってるって…」

「……」

 先輩は、黙ったまま私を見つめ返す。私が言わんとしている先まで読み取ってしまっているのかどうかは、定かではなかった。



「だけど、それも無理そうというか…」

 言葉を濁し気味に言ってから、私はわざとそこでニッコリ笑って見せた。



「今、私のこと好きかも…って言ってくれてる人がいるんです」

 出まかせを口にしたその時、不意に長谷川くんのことを思い出した。本人に告白されたわけではないけれど、彼のことがあるからあながち間違いではないと自分に言い聞かせる。


 こんな「嘘」に、名前を出さずとも長谷川くんを持ち出すのは罪悪感があったけれど…。




「それで私も最近その人のこと気になってて…ちょっとイイかな、なんて」

「……」

「だから、先輩のことは待てそうにないです。嘘ついて、ごめんなさい。ずっと待ってるって言ったのに」



 不思議と、胸は痛まなかった。これは自分とタクミ先輩のための嘘なんだからと言い聞かせたからだろうか。



 先輩も、特別傷ついたり怒ったりしたような表情はしなかった。いつもの…感情の読めない無表情だ。


「……そう」

 しばらくの沈黙の後、不意に先輩が小さくそう呟いた。やっぱり、声のトーンからはどんな気持ちも読み取れない。



「…すみません、私…」

「何でキミが謝るの?」

 そう言って、先輩は笑う。ふわっとしたその微笑に、私は初めて胸が痛んだ気がした。そうして、自分が手放したものがいかに大きなものだったのかを思い知らされる。



「でも、今日はちゃんと送って行くよ」

「……すみません」

 そう言った先輩は、再びさっきまでと同じように歩き出した。小さく謝って半歩後ろをついていく私も、さっきまでと同じ。



 ただ違うのは、つないだお互いの手を…今度は離してしまったことだけだった。



 一時は心までつないでくれた気さえしたその手を、先に離したのは……私の方だった。




******



 家まで送ってくれると言った先輩に、それでは悪いからと断ろうとしたけれど…。祭り会場で変な男たちに絡まれてしまったこともあり、先輩がそこは譲ってくれなかった。すみません、と頭を下げながらその言葉に甘えるしかなくて。七夕会場の最寄駅から、電車に乗ろうと2人で改札を抜けた。



 祭り客の帰宅ラッシュでごった返していたその駅で、不意に「タクミ!」と後ろから声がした。丁度ホームに差し掛かったところで、私と先輩は同時に後ろの階段を振り返る。


 そこにいてこちらに手を振っているのは…2人の男女だった。…ううん、正確に言うと手を振ってるのは男の人だけだけど…。



「梶」

 私はその2人に全く見覚えはなかったけれど、先輩が隣でそう名前を呼んだ。どうやら、先輩の知り合いらしい。首を捻っていた私に、「地元の親友」と先輩が紹介してくれた。



「どうも、梶祐太です。えっとアナタは……確かハルカちゃん?」

 背は低い方だけれど、笑顔がとてもかわいらしい人だった。適度に日焼けした身体は引き締まっていて、何かスポーツをしているのかもしれない。私にも笑顔で挨拶をしてくれたその人は、とても好印象だった。

 だけど……。


「夏川悠花です。…あれ?どうして私の名前……」

 名乗る前に言われたことに気づいて、私は小首を傾げる。そこで梶さんは、「あぁ」と満面の笑みで笑って見せた。

「そりゃ、それはタクミから色々と……」

「梶!!」

 珍しくそこで声を荒げたタクミ先輩に名前を呼ばれ、梶さんは首を竦めて舌を出す。悪びれないその表情に、思わず私も笑ってしまった。



 梶さんが一緒だったのは、部活のマネージャーの女の子だったらしい。紹介されて、タクミ先輩と私は同時に会釈をする。野球部らしい梶さんとその彼女は、他の部員とも一緒に七夕祭りに来ていたらしかった。



「…それはそうと、タクミ」

 マネージャーの彼女から少し離れながら、梶さんは内緒話をするようにタクミ先輩の肩に自分の腕を回した。私に聞かれるのも不都合があるかも、と思ったので、私も少し離れようとする。

 だけど梶さんは、私の方は特に気にしていないようだった。距離を取る前に、タクミ先輩の耳元で口を開く。


「…お前たち、どうなってんの?」

「……え?」

 その言葉の意味を理解しきれなくて、タクミ先輩は眉を寄せた。一瞬、私とタクミ先輩のことをからかっているのかと思ったけれど、どうもそうではなさそうだった。梶さんの表情は真剣そのもので、タクミ先輩をまっすぐ見据えている。

 「何が?」と先輩が聞き返す前に、梶さんは小さく息をついた。


「さっき、七夕会場で愛海を見かけた」

 あっちは気づいてなかったけど、と付け足して、梶さんは声のトーンを落として言う。そこでようやく、私もタクミ先輩も梶さんの言わんとしていることにようやく気づいた。タクミ先輩とマナミ先輩が別々に行動していることに違和感を感じたんだろう。



「あぁ、それは…」

 なんだ、と言いたそうな表情で、タクミ先輩が口を開く。

「はじめは大人数だったんだけど、色々あってはぐれてから…そのまま解散したんだ」

 間の出来事は省略して、先輩はそう説明した。だけど…意外なことに、梶さんは真面目な面持ちのまま大きく首を横に振る。

 「そうじゃない」と、小さく口にした。


「愛海が、男と一緒だったけど」

「あぁ、それは向井くんっていって同じ高校の…」

「あれ、柴田だろ」

 説明しようとしたタクミ先輩の言葉を、梶さんが容赦なく遮った。その一言に、私もタクミ先輩も大きく目を見開く。



 そんな…はずはない。



 確かに、マナミ先輩はあの時、向井くんと一緒だと言った。




「あの…っ」

 もしかしたら、あっちは合流したんだろうか。そう思って、私は横から梶さんに声をかけた。


「マナミ先輩と一真の近くに…他に女の子とかいませんでした?」

 真帆と華江も合流できたのだとしたら、一真がマナミ先輩と一緒にいたっておかしくはない。そう思ったけれど、振り向いた梶さんは「いや?」と首を横に振った。



「どう見ても、2人だったけど?」

「………」

 タクミ先輩の表情が、いつものポーカーフェイスを崩して色を変えていくのがわかった。少し青ざめたようにも見えたけれど、それはきっと私も同じことだろう。




 …どういうこと?

 マナミ先輩が…私とタクミ先輩に嘘をついた、ってこと?




 考えても分かるはずなんてなかったけれど、どこか嫌な胸騒ぎだけは感じていた。







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