表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sweet&Cool  作者: みずの
Link
33/57

Link 14  side:Haruka


「わーん、最悪ー………」

 がっくりと肩を落として、私はそう呟いた。祭り会場から裏路地に入るとそこはもう真っ暗で、世界の表と裏のようにあちらとは全く違っていた。どうして今私がこんなところにいるのかというと、10分ほど前のことに遡る。



 タクミ先輩と離れて皆の元へ追いついたところまでは良かったのだけれど、ふと下駄の鼻緒が切れてしまった。すぐに直せそうだったので道の脇に避けようとしたことが間違いだった。脇に逃れるにも人の波に流されて思うように行かず、気づくと相当離れたところにいて…。その頃にはもう、先を行く5人の姿は見えなくなっていた。


 すぐに追いつくつもりで、邪魔にならないようにと裏路地に入り、下駄を直した。それからさっき真帆が言っていた「休憩所」に向かおうとしたけれど、あの大変な人の流れに再び身を任せるのも嫌で、裏路地から近道をしようとした。休憩所の大体の場所は去年と同じだから分かるし、方向さえ合っていれば何とかなると思ったからだ。



 だけど…自分が自覚しているよりも、私は方向感覚が鈍かったらしい。裏路地を何回か曲がったところで、自分の目指す方向がさっぱりわからなくなってしまった。仕方なく一真にでも迎えに来てもらおうとしたところで、不意に手にした荷物の中に携帯電話がないことに気づく。そう言えば、家を出る時に玄関で帯を直そうとして…下駄箱の上に携帯を置き去りにしてきた気がする。



「ついてないなぁ…」

 運が悪いというよりは自分が悪いのだけれど、責任転嫁してそんな独白を漏らした。仕方がないので、祭り会場の入口辺りまで戻ろう。そこまで行けば、会場の案内図があるだろうから休憩所まで辿りつけるだろうし…。



 …そう決めて、歩き出そうとしたところだった。

「キミ、どうしたの?」

 軽薄そうな男の声が、後ろから聞こえた。振り向いて確かめると、声と違わないやはり軽薄そうな格好をした男が、2人立っている。大学生くらいだろうか。チャラチャラと音のするアクセサリーが耳障りだった。


「もしかして、誰かとはぐれちゃった?」

「…いえ、大丈夫です」

 ペコリと頭を下げて、私は足早にそこを後にしようとする。もしかしたら本当に親切で声をかけてくれたのかもしれないけれど、警戒心の方が強かった。


「あれ、じゃあ一人で来たの?じゃあ俺らと一緒に遊ばない?」

「……いえ、一緒に来た人がいるんで」

 はっきりと答えて、私は今度こそ本当に歩き出す。……やっぱり、ナンパだった。どうやら私の最も嫌いな人種みたいだ。



「じゃあやっぱりはぐれたんでしょ?探してあげるって」

「!?なにす…」

 後ろからグッと手首をつかまれ、強引に引き寄せられそうになった。だけどあまりの嫌悪からか拒絶の言葉ははっきりと声に出せず、ただ驚きで眉を寄せて相手を睨むしかなかった。


「あ、かわいーい。俺、気の強い子大好きだから」

 意味不明なことを、気持ちの悪い男の唇が言う。ぞわ、と全身で何かが総毛立つ気がした。



「やめてください!人呼びますよ!」

「呼べばぁ?まぁ、祭りの音でうるさいから聞こえないと思うけど」

 もう一人の男も、ニヤニヤと笑っている。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い…!!!


 必死で相手の手を振りほどこうとしたけれど、力の差は歴然でビクともしない。本格的に危機感を感じた頃には、一人の男が私の手首を掴む男に恐ろしい一言を放った。

「そのまま無理矢理連れてっちゃおうぜ」と…。



「誰か…!」

 目をギュッと瞑って大声で叫ぼうとしたその時、不意に「バシっ」と音が聞こえた。

「…?」

「いてててて…!」

 何があったのかと目をゆっくりと開けると、そこにはさっきの男が私を掴んでいた手を捻り上げられている姿があった。不意に自由になった手首を自分の方へ引き戻し、私はもう片方の手で掴まれていた辺りをさする。それと同時に、大きく目を見開いた。そこにいて男の手を掴み上げているのは……他ならない、タクミ先輩だった。



「何すんだ、てめぇ…!」

「!やめて…!!」

 タクミ先輩の手を振り払った男が、仲間と一緒に激高する。肩を怒らせたまま、2人で一気にタクミ先輩に殴りかかるのが見えた。思わず制止の言葉を叫んだけれど、私が止めに入っても間に合いそうにない。そう気づいてしまって、私は思わず目を背けるように固く瞑ってしまった。



 考えたくないけれど、一瞬血まみれになるタクミ先輩の姿さえ脳裏をよぎったほどだ。



「……」

 バシっバシっと、鈍目の音がする。だけど、想像していた拳の音よりも軽い気がして、私は恐る恐る目を開けた。それから、それを大きく瞠る。

「……!」

 タクミ先輩は殴られたわけではなくて……男2人の拳を、簡単に腕や手の平で受け止めて流していた。



「先輩……」

 驚いて私が思わず呟いた頃には、男たちが当たらない攻撃を出し続けて疲れたのか、一旦動きを止めて先輩を睨んだ。

「……まだやる?」

 吐息まじりに2人を眺める先輩は、一つも息を切らしていないし冷静だった。反撃されたわけでもないけれど、先輩との実力の差を思い知ったらしい男たちは、チッと舌打ちだけを残して慌てて身を翻していく。走り去るその後ろ姿を見送ると、私は緊張の糸が切れたのかヘナヘナ…とその場にしゃがみこんでしまった。



「大丈夫?」

 同じように座りこんで、先輩は私の顔を覗きこむ。男に掴まれていたところが少し赤くなっていて、そこを大きな手で優しく包みこんでくれた。

「…すみません、私…」

 頭を下げて謝ったけれど、腰を抜かしてしまったのかしばらく立てそうにない。それが分かったからか、先輩は少しだけ表情を緩めた。どこか安心できる…そんな微笑みだった。



「で、何でこんなとこにいたの」

「……え、それが……」

 言ったら怒られるかな、と思いながら、私は弱々しく事情を説明する。下駄の鼻緒が切れたことと、裏路地に入ったことと、迷ったこと…。果てには携帯電話まで忘れた大失態を。


 だけど先輩は聞き終わってから、「はぁ」と大きく息を吐いた。怒るどころか呆れられたかな、と思ったけれど、先輩は続けて小さく呟く。

「…良かった、無事で」

 その一言に、胸がキュンと熱く締め付けられるのを感じた。



「…ごめんなさい、ありがとうございました」

 もう少しで危なかったところだ。再び頭を下げて、首を振る先輩にニッコリと笑って見せる。


「知らなかったです。先輩、ケンカ強いんですね」

「ケンカ?俺は別に何もしてないよ」

 とぼけるように先輩は言ったけれど、十分強いと思う。殴り合わずに、相手の攻撃を全部受け流すなんて普通できない。…どちらかというと…先輩はケンカなんて弱いタイプだと思ってたんだけれど…。




 それで、思い出した。前に鈴元くんが、万引きしようとしたお店でタクミ先輩に腕を掴まれた、って…。その時、少しだけ頭のどこかで違和感を感じたんだった。鈴元くんたちのグループの人とタクミ先輩を比べたら、明らかにあっちの方が強そうだったから…。




 でも、強いだけじゃない気がする。相手の拳を受け流す先輩の姿が、とってもキレイだったから…。それは思わず、見惚れてしまいそうなほどで…。

 だから、尋ねてしまっていた。「先輩、昔何かやってたんですか?」と…。



「何かって何?」

 聞き返されて、「え」と困ってしまう。

「たとえば……柔道とか合気道…とか?」

「昔姉に付き合ってピアノは習ってたなぁ」

 笑って言う先輩は、はぐらかして本当のことなんて答えてくれそうになかった。それ以上聞いても無駄そうだったので、私はその会話を諦める。その頃には大分落ち着いてきていて、ゆっくりとなら立ち上がれそうだった。



「そうだ、電話しておかないと…」

 私を支えて立たせてくれながら、先輩は携帯電話を取り出す。マナミ先輩にかけているんだろう。相当心配をかけているのか、わずかワンコールで「もしもしっ」とマナミ先輩が出た。



『ハルカちゃん、見つかった?』

 こちらにも聞こえてきてしまう大きな声。慌てたその様子が、電話越しにも伝わってきた。

「うん、無事」

 短く答える先輩の返事に、マナミ先輩は向こう側で安堵の息を漏らしたようだった。



 そこからは落ち着いたのか、声をいつものトーンに戻して何かをタクミ先輩に伝えている。タクミ先輩は時折相槌を打ち、それ以外は尋ねられるままにさっきの男たちのことを説明していた。それを脇で聞いていると、不意に「…え?」とタクミ先輩が何かを聞き返した。

 何か…あったんだろうか?

 顔を上げると、先輩はいつもの無表情だけれど少しだけ困惑したような顔をしている。



 その顔を見上げていると、やがて先輩が携帯電話を耳から離す。そうしてそのまま、それを私に差し出してきた。

「代わって、って」

「…私ですか?」

 意外そうに目を見開くと、先輩は大きく頷いた。



「はい、ハルカです」

 先輩の白い携帯電話を握って耳に当てると、『大丈夫だった?』とこちらを労わる第一声が聞こえてくる。

「はい、すみません、ご心配おかけして…」

と、マナミ先輩には見えないのに電話のこちら側で頭を下げてしまった。



『良かった。あのね、ハルカちゃん、提案なんだけど…』

 そう前置きして、マナミ先輩は続ける。

『今、ハルカちゃんを探しに行った組と待ち合わせ場所に残ってる組とで分かれてるの。それで、もうこのまま解散にしようかって…。私も向井くんと一緒にいるから送ってもらうし、真帆ちゃんたちも柴田くんが送ってくれるから』

「え!?」

 思わず大きな声を出してしまい、私は傍にいるタクミ先輩を振り返った。さっき先輩が聞き返していたのも、このことだったに違いない。

「で、でも…せっかくお祭りに来たのに…」

『ハルカちゃん。変な男に絡まれて怖い思いしたんでしょう?今日はもう帰った方がいいわよ。タクミに家まできっちり送ってもらって』

 マナミ先輩の言うことはもっともだし、確かに3組に分かれてしまった皆がこの人ごみの中また待ち合わせるのは大変だけれど…。


 チラ、とタクミ先輩を盗み見たけれど、彼は他のところを見ていた。しかも無表情…。全く気持ちが読めない。


「…わかりました…すみません」

 再び見えないのに頭を下げてから、私はマナミ先輩との通話を終わらせた。




「ありがとうございました」

 携帯電話を返すと、タクミ先輩はそれを受け取ってから少しだけ表情を和らげた。私に気を遣わせないようにしてくれたんだと思う。


「じゃあ、行こうか」

 表通りの方を示して、先輩はそう言った。助けてもらった上に私のせいで彼女と別々に行動させられて…なんだかとっても申し訳ない気がした。


 だけど、ここ2、3週間、本当は会いたくて会いたくて仕方なかったから…。少しでも2人でいられて、嬉しいのも事実だった。…不謹慎だな、とは、自分でも思ったけれど…。



 表通りに出ると、相変わらず人ごみでごった返していた。その中に再び溶け込んで歩いていると、先輩がふとこちらを振り返る。

「何か食べる?」と。



「え…」

 てっきりまっすぐ帰されるんだと思っていたから、私は意外そうに目線を上げた。

「お好み焼き食べ損ねたから。2人して」

 言われて、さっきタクミ先輩が並んで買わされていたお好み焼きのことを思い出す。それから、私は「はいっ」と慌てて返事をした。その様子にタクミ先輩は、「そっか、そんなにお腹空いてたんだ」と的外れなことを言って笑う。



「先輩、私カキ氷がいいです」

 一番近くにある屋台を指差すと、先輩は「何味?」と尋ね返してきた。

「イチゴかなぁ」

 短く答えると、「わかった」と先輩は小さく頷く。買ってきてほしい、というつもりで言ったわけではなかったのだけれど、先輩は自ら買いに行ってくれるつもりのようだった。

「ここで待ってて」

 顔だけ後ろを向けて、先輩はそう言い残して行ってしまおうとする。

「………」

 取り残されるのがなんだか少し不安で、私は先輩を呼び止めたかった。でも我儘を言うわけにもいかなくてそれもできず、ただその後ろ姿を見送るしかない。だけど、2、3歩進んだところで、先輩は不意にピタリと足を止めた。



「…って、これでさっきはぐれたんだっけ」

 苦笑い気味に、先輩は私を振り返る。こちらの気持ちが伝わったんだろうか。不安そうな顔をしていた私を見て、先輩は今度は優しく笑って見せてくれた。



「はい」

 そのまま、手を差し出される。



「え、え…」

「またはぐれるでしょ、キミ」

 笑って言う先輩は、至って普通だった。緊張しているのは…私だけなんだろうか。

 先輩にとっては…面倒かける後輩と手をつなぐなんてこと…子どもと手をつなぐようなものなんだろうか…。


 ドキドキしながら、私はゆっくりとその手を取った。冷たくて、気持ちの良い手。

 さっきのあの男の時は、あんなに気持ち悪いと思ったのに……。




 もしかしたら、今自分はものすごく赤面しているかもしれない。それがバレるのも嫌だったけれど、それを隠す術も持っていなかった。胸の高鳴る音が、先輩に聞こえてしまうんじゃないかということが心配で仕方がない。



 ひどい緊張の中で、私はその時食べたかき氷の味さえはっきりと思い出せないほどだった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ