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Sweet&Cool  作者: みずの
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Link 12  side:Haruka


「おわったーーー!!」

 期末テスト最終日、最後の古文の試験を終えて私は大きく伸びをした。


 …タクミ先輩に会わなくなって、早2週間以上。最近では、考えないようにしているからか、先輩のことを思い出さないように努力することがうまくなった気がする。

 それでもその努力に失敗した時は、会いたさと何とも言えない切なさが込み上げてきて、余計に自分の想いを自覚した。……それは、とても皮肉なものだった。




「今日何時に待ち合わせする?」

 HRを終えた後、真帆がそんなことを尋ねてくる。前に5人で約束していた、七夕祭りのことだ。


「なんだよ、外で待ち合わせすんのかよ?このまま行きゃいいだろうが」

 私の隣の席で、一真が若干不機嫌そうに眉を寄せた。一真は結構頭がいいらしく、どのテストも早く終わらせて残った時間はひたすら寝に入っていた。隣の席の私からしたら…憎らしい存在だ。


「女子には色々あるのよ!せっかくのお祭りだから浴衣だって着たいし!」

 抗議するように真帆が一真にピシャリとそう言い放った。そんな言葉すら、一真はフンと鼻であしらう。

「お前らのそんな姿、別に見たくねぇから無駄な努力すんな」

「どういう意味よっ」

 容赦ない言葉を浴びせる一真の頭に、これまた容赦ない真帆の教科書での一撃が振り下ろされる。……クラスメイトたちに怯えられていた一真だけれど、真帆はすっかり一真とのやりとりの仕方を学んだらしい。


「向井は?」

 急にくるっと、真帆は向井くんを振り返る。「え、俺?」と目を丸くした向井くんが、瞬きの回数を増やして小首を傾げた。


「向井は、見たいよねぇ?華江の浴衣姿!」

 真帆が尋ねた途端、向井くんは何を想像し何を照れたのか、飲んでいたカルピスを「ぶほぅっ」と豪快に噴き出した。

「そそそそ、それは…っ」

 どこまで純情なんだか、浴衣姿と聞いただけでこれだけの反応が返ってくる。なんだか面白くてニヤニヤ笑って見ていると、これまた容赦のない華江の言葉が降ってきた。

「あ、私浴衣パス。普通に私服で行くわ」

 女王さまの冷徹な一撃に、向井くんはみるみる萎れるように項垂れる。それに私と真帆は顔を見合わせて、思わず声をたてて笑ってしまった。




 とにかく、お祭りは夜だしまだまだ時間があるということで一時解散することにした。夕方駅前で待ち合わせ、それまでに私と真帆は一旦家に戻って浴衣に着替えてくる。テストから解放された爽快感を噛み締めながら、私はウキウキと七夕祭りに出る準備をした。




 実は誰もがそれなりに几帳面らしく、この5人の中に時間を守らない人はいない。5分前には自然と全員が揃い、並んで人の集まり始めた祭り会場へと足を運んだ。一真は言わずもがなだけれど、向井くんも一真と同じくらい長身で、2人が並ぶとかなり目立つ。すれ違う女の子たちが振り返って行くのも、前を歩く私たち女三人からしたら視線が痛かった。それらを全く気にしてもいない男2人は、後ろで射的の屋台について何か熱く語っている。…一真は乗り気じゃないんじゃなかったっけ、というツッコミは、あえてしないで飲み込んでおいた。



「りんご飴食べたいー」

「あ、私チョコバナナ食べたいー」

 屋台を眺めているうちに真帆が弾んだ声で言ったので、私もキャッキャと同調した。いつもの制服とは違う浴衣姿で、気分もかなり浮かれていた。忘れたいことは、忘れてしまえるくらいに…。



「直。な、こいつらはダメだろ」

 私と真帆のやり取りを後ろで聞いていた一真が、不意に向井くんにそう話かけた。その言葉の意味はわからなかったけれど褒められていないことは感じ取れたので、私と真帆はムッと後ろを振り返る。

「何、ダメってどういうことよ」

 眉を寄せて一真に詰め寄ったけれど、もちろん答えるつもりはないらしい。仕方なく向井くんを一瞥すると、彼は私たちの勢いに圧されたらしく「…実は」と口を開いた。

「さっきここに来る前に、一真が言ってたんだ。『りんご飴』と『チョコバナナ』をアピールする女は男に媚びるタイプだから気をつけろって」

「かーぁずまーぁぁ!」

 向井くんの答えを聞いた瞬間に、私と真帆は揃って一真に詰め寄った。それすらケタケタ笑ってかわす一真を追い回していると、華江がそれを眺めながら小さく吐息を漏らす。「子どもじゃないんだから」と呆れたような声で呟いていた。




「…あれ?」

 私たちがそんなくだらないやりとりをしていた時…。不意に、後ろからそんな声が聞こえてきた。


 自分たちに向けられたらしいその声を振り返ると、そこには男の子が2人立っていた。スポーツマンタイプの、爽やかな感じの2人組。去年も同じクラスだった宮川くんと……その友達の、長谷川くんだった。


「夏川も、来てたんだ」

 ニッコリと笑って、長谷川くんがこちらへ歩み寄ってくる。そういえば長谷川くんとは…2年になってすぐに一度遊びに行ったきり、全然会っていなかったっけ…。

「うん。長谷川くんは……2人で来たの?」

 苦笑い気味に遠慮して言うと、長谷川くんは「えっ」と少し慌てたようだった。そんな焦ったところも、なんだかかわいらしいタイプだ。


「いや、ちがっ…。その先で仲間と待ち合わせしてて…」

「俺らが2人で来るわけねぇだろー。気持ち悪ぃ」

 焦る長谷川くんの隣で、宮川くんも声をたてて笑う。

 ……それはそうか。確かに、宮川くんと長谷川くんが2人で七夕祭りを楽しむところなんて想像できない。




「…あの、夏川…」

 じゃあね、とそのまま別れようとしたところだったけれど、ふと長谷川くんがどこか遠慮がちに私を呼び止めた。制服姿しか見たことのない彼が、なんだか今日は少し印象が違う。長身で短髪…どこからどう見てもモテそうな精悍さがあった。


「ん?」

と小声の長谷川くんに少し耳を傾けるようにすると、向こうもわずかにかがんでくれる。華江たちから少し離れて、彼はためらいがちに言葉を継いだ。


「最近、噂になってるんだけど…」

「?」

 何が、という顔をして、私は彼の顔を振り返る。少し言いづらそうな彼は、私と目を合わせようとはせずにわずかに下を向いていた。

「…先月来た、あの転校生…と、随分仲が良いみたいだけど…付き合ってんの?」

「…………え?」

 鏡があったら驚いてしまうくらい、私は間抜けな顔をしてしまっていただろう。気の抜けたような返事をしてしまったけれど、尋ねた長谷川くんは真剣そのもののようだった。その表情を見て、ふと思い出す…。


 そう言えば、宮川くんから聞いた話では…。


 長谷川くんは、私のことが気になってると言ってくれてるんだったっけ…。




「ううん、付き合ってないよ」

 大きく首を横に振ると、後ろから「おい、お前」とドスの効いたような低い声が降ってきた。長谷川くんと共に振り向くと、そこにはもちろん俺様な一真が長谷川くんを見下ろしている。「…はい」と若干萎縮しながら返事をした長谷川くんは、もしかしたらあまりのオーラに一真が同級生であることを忘れていたかもしれない。



「俺にだって選ぶ権利はある」

 声を潜めていた私たちの会話も聞こえていたらしく、一真は眉間に皺を寄せて長谷川くんを見据えた。睨むほどではなかったけれど…その眼差しに、私でも少し後ずさりしてしまう。だけど、理不尽大王の口から続いた言葉は……。



「俺はこんな貧乳に興味はねぇ!」



 はっきりと言い切った一真は、「だから安心しろ」とでも言いたげに長谷川くんの肩を叩いている。

「かぁずーまぁーー」

 一瞬何を言われたかわからなかったけれど、その言葉の意味を理解した途端に沸々と何かが沸き立つのを感じた。地を這うような声でその名前を呼んで、私は一気に一真に詰め寄る。


「誰が貧乳よ!見たの!?あんたいつ見たのよ!」

「見るかんなもん!大体お前が貧乳なのなんか制服姿からして丸分かりだろうが!」

「ぎゃーっ、セクハラ!あんたなんて理不尽大王じゃなくてセクハラ大王よ!」

 思わず浴衣の胸の辺りをかばいながら、一真と果てしなくくだらないやりとりを繰り広げる。それに呆れた顔をしていたのは華江と真帆だけれど、宮川くんと長谷川くんはどこかぽかんと呆気にとられていた。




「そ、そっか。ならいいんだ。ごめん、変なこと聞いて」

 それでも礼儀正しく謝る辺り、長谷川くんは紳士的だった。ハッと我に返ってにっこりと慌てて笑顔を作り、私もそれに答える。それから仲間の方へと向かう2人に手を振って、彼らとは途中の道で別れた。


「…覚えてなさいよ、一真」

「さぁて直、焼きそばでも食おうぜ」

 長谷川くんたちの後ろ姿を見送った後にキッと振り返った私を、一真は口笛でも吹きそうな素振りでかわしてみせた。向井くんの肩に手を回しながら、焼きそばの屋台なんて指差している。…大体、人が気にしてることをズバッと言ってくれるんだから…!



 全く怒りが収まらずに後ろから一真を睨み据えていた私は、ふと目の前を人が横切ったのに反応するのが一瞬遅れた。屋台の出ているその道路は段々と人も増え、既に身動きを取るのが安易じゃないくらいになっている。そのせいで気づいた頃には避けきれず、ドン、と肩がその誰かにぶつかってしまう。

「ご、ごめんなさい…!」

「いえ、こちらこそ……」

 謝って顔を上げた私は、そう言いかけた相手の顔を見て思わず目を大きく見開いた。相手の方も、私を見て驚きのあまり言葉を飲み込んでしまう。お互いに、こんなところで会うはずがないと思っていたからだ。



「おい、何して……」

 ついていけてない私に気づいたらしく、一真を始め4人がこちらを振り返る。その刹那、4人共も驚いてヒュっと息を飲むのが感じられた。そうして誰もが思い出しただろう、思い出さないようにしていたことを…。



 あの、金曜日の放課後のことを……。




「びっくりした、こんなところで会うとは思わなかった」

 でも、金曜日のあの時と違ったことは…。


 ぶつかった張本人・マナミ先輩が、私たちに気づいてもそう言ってニッコリと笑ったことだった。



 紫色の大柄の花が咲いた浴衣を身にまとい、マナミ先輩は見惚れるほどキレイだった。

 瞬時に一真と会わせてはいけないと思ったけれど、それでも今日のマナミ先輩は何事もなかったかのように笑う。ぶつかった時に少し崩れてしまった私の浴衣を、細くきれいな指で整えてくれた。


「皆で来たの?楽しそうね」

 私だけじゃなく、マナミ先輩は後ろの4人も…一真をも、普通に眺めながら言う。戸惑いながらも小さく頷き返すと、少し離れたところから「愛海?」と彼女を探して呼ぶ声が聞こえてきた。その声に、ドクンと身体のどこかが瞬時に熱くなるのを感じる。



 聞きたかったのに…自分から遠ざけて聞けなくなっていた、懐かしい声だった。




 人ごみに紛れた彼女を、タクミ先輩は探していたようだった。

「こっちこっち」

 そんな彼に、マナミ先輩は少し声を大きくして応じる。人の流れを掻き分けてたどり着いてきた彼は、そこにいる私たちにも気づいて驚きの余り目をみはった。



「……」

 一瞬絶句したように立ち尽くしたタクミ先輩は、いつもとは違う浴衣姿だった。元々和服が似合う顔立ちだからか、それは思わず見惚れてしまうほどで…。マナミ先輩の隣に立っているのがすごくお似合いに思えて、私は思わず胸の痛みに眉を寄せた。


 いつもなら、学校ではタクミ先輩はマナミ先輩には似合わないとか言われているけれど…。今の彼なら、きっと誰もが釣り合っていると認めるに違いない。



「ハルカちゃんたち、皆で来たんだって」

 タクミ先輩を振り返りながら、マナミ先輩はそう言ってニッコリ笑う。珍しくポーカーフェイスを崩して、タクミ先輩は「…そう」とだけ小さく答えた。だけどそれは一瞬のことで、すぐに彼は持ち直してしまう。いつもの、子どもの私なんかじゃ読み取れない無表情に…。



「ね、せっかくだから、私たちも一緒していいかな?」

 こちらを振り向いて続けたそんなマナミ先輩の言葉に、私たち5人は「え!?」と大きな声を上げてしまう。口に出しはしなかったけれど、これには無表情に戻ったタクミ先輩すら再び目を見開いた。

「…あれ、ダメかな…」

 少し残念そうに言うマナミ先輩に、真帆が「え、いいえ!」と慌てて首を振る。

「いえ、ダメなんかじゃないですけど…」

 真帆は一真と私をチラリと一瞥したけれど、マナミ先輩がそれに気づいたのかどうかはわからない。真帆の言葉を受けて、彼女は「本当?」とニッコリ笑ってみせた。


 …男なら、魅了されて止まない笑顔だったに違いない。



「ありがとう。こういうのは大勢の方が楽しいものね」

 ね、とマナミ先輩に念を押されて、タクミ先輩は反対意見を述べることすら叶わないようだった。小さく吐息まじりの息を吐いただけで、彼は特に何も答えない。それでもマナミ先輩は自分の提案を退けさせる気もないらしく、真帆の腕を取って「じゃあ行こうか」と先にある屋台の並びを指差した。



「……どういうこと?」

 私の隣に並んだ華江が、こそっとそう尋ねてくる。そんなことを聞かれても、私にも答えられるわけがない。



 マナミ先輩の真意が読み取れないまま、私は彼女の後をついていくしかなかった。






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