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Sweet&Cool  作者: みずの
CANDY
3/57

CANDY 2

 私の心の中とは裏腹に、空は晴れ晴れと澄み渡っていた。中庭に降り立つと、花の香りが鼻腔をくすぐる。

「タクミ先輩!」

 私と同じ学年のあの女の子と話を終えたらしい先輩は、こちらから少し離れた場所から校舎の中に戻って行くところだった。


 大声で呼んだ私を、先輩が振り返る。笑顔も浮かべずにいつも通りの無表情だったけれど…心地よい声で、先輩は言った。


「おはよ」



*****



「今日、弓道部って大会じゃなかったんですか?」

 先輩に追いつきながら、私はそう尋ねた。廊下の脇に移動しながら、先輩は「あぁ」と頷く。


 この伏せ目がちの仕草が、好き。生まれつきらしい色素の薄い栗色の髪が揺れる。あまり目立つことをしない人だから周りには知られていないかもしれないけれど、実は結構美形なことも私は知ってる。



「初戦敗退。怒った顧問に昼から授業に出るように言われてさ」

 苦笑いを浮かべながら、タクミ先輩は壁にもたれながら答える。

「先輩も、試合出たんですか?」

 聞くと、先輩は小さく肩をすくめてみせた。

「一応ね。俺は団体戦の方だけど」

 答えてから、先輩はじっと私を正面から見据える。その視線に思わずドキッとして、私は斜め下の方向に目を逸らした。


「…なんか、元気ないね」

「そ、そうですか?」

 思わず、どもってしまう。取り繕うように私は顔を上げて、作り笑いを浮かべた。

「元気ですよ、いつも通りっ」

 ガッツポーズまでおまけしてみると、先輩は無表情のまま私を見つめる。

「…ふぅん、ならいいけど」

 小さく返した先輩の言葉に、「あ、信じてないな」と見透かされてるのを感じた。



 こんなつもりじゃないのにな。先輩の前では、いつも笑っていたいのに…。



「……」

 思わず黙りこんでしまったせいで、2人の間に沈黙が流れる。一度重い空気が落ちてくると、もうどうしていいかわからなくなる。いつもみたいに、軽口を叩ければいいのに。それすら、今の私の口からは何もでてこない。




 どれくらいそうしていただろう。その長い時間を断ったのは、昼休み終了の予鈴だった。いつも通りのチャイムの音に、私はいつもより敏感に反応してしまう。ビクリと肩を震わせた私を見て、先輩は「…あー」と声を出した。



「じゃあ、次移動教室だから」

「…あ、はい」

「それじゃ」

 軽く片手を挙げて、先輩は踵を返す。


 ゆっくりと離れていく後ろ姿が、段々とぼやけていった。

「…それだけ?」

 見えなくなる先輩の姿に呟きを漏らして、私は泣くもんか、と目をこする。




 先輩は、本当にそれだけで行ってしまった。あの子には、わざわざ中庭まで行ってお返しを渡していたのに…。あんなに嬉しそうな顔をさせてたのに…。



 誓って言うけれど、私は『お返し』が欲しいんじゃない。物が欲しいわけじゃない。彼の心が欲しいなんて贅沢も言わない。



 ただ、バレンタインチョコにありったけこめた自分の想い。それを、受け止めて欲しかっただけ。自分の気持ちを、知ってほしかっただけ。どれくらい、タクミ先輩が好きかということを…。



 ホワイトデーにお返しがもらえたら、タクミ先輩が私の気持ちを知ってくれた証になる気がしていた。恋人がいる先輩が、私の想いを受け入れてくれるわけはない。だから、ただ『知って』ほしかった。



「…泣くもんか」

 もう一度呟いて、私はキッと顔を上げる。弱い自分へ叱咤しながら気合を入れなおし、教室へと身を翻した。



*****



 当然だけれど、5時間目の授業はまったく身に入らなかった。担当の国語教師の解説が、右から左へと素通りしていく。そんな苦痛な1時間を終えた後、予想通り華江と真帆が私の席に寄ってきた。


「ハルカ、どうだった?もらえた?」

 当然もらえたものだと思っているんだろう。ニコニコと真帆が聞いてくる。

「……」

 また泣きそうになって答えられない私の様子を悟って、華江が真帆の肩をトンと押した。それでようやく私がおかしいことに気づいた真帆も、「…どうしたの」と心配そうに聞いてくれる。


「…もらえなかった」

「…え」

 真帆が絶句する。何と言葉をかけていいのかわからないのだろう。2人が顔を見合わせる。何を言っていいかわからずに、私も2人も、しばらくの間黙ってしまった。


 さっきのタクミ先輩の時のように、流れる沈黙。それを破ったのは、「鈴元ー」と私の隣の席の彼を呼ぶクラスメイトの声だった。


 いつものように雑誌を読んでいた鈴元くんは、その呼びかけに顔を上げる。茶色に染め上がった髪をかき上げて、近寄ってくるクラスメイトに「なんだよ」と返していた。



「お前、B組の染谷にホワイトデーのお返ししたん?」

 からかうような調子で、そのクラスメイト…小林くんが尋ねる。「んー」と首を竦めて、鈴元くんは小林くんを見上げた。

「返してねぇよ。元々そのつもりないし」

「え、なんで?」

 意外そうに食いつく小林くんに、鈴元くんは少しだけ面倒くさそうに眉をよせる。…それよりも私としては、今はあまり聞きたくない類の話題だった。



「だって俺、あいつと付き合う気ねぇし」

 あっさりと続けて、鈴元くんは再び雑誌に視線を落とす。長い指でページを捲りながら、淡々と続けた。

「義理チョコなら返すけどさ、本命だってわかってるチョコに返してどうすんだって。付き合う気もねぇし、こっちにその気はねぇのに重いじゃん?そういうチョコ」


「……」

「…ハ、ハルカ…」

 鈴元くんの話がそのまま私にも置き換えられるものだったので、真帆が気を使ったようにこちらを見る。「ひっでぇなぁ」と笑う小林くんと一緒になって聞こえる鈴元くんの笑い声が、イヤに耳についた。




 …そうか、そうだったんだ…。




 タクミ先輩が、A組のあの子にお返しして、私には返さなかったワケ。先輩が鈴元くんと同じように考えた確証はないけれど、確率は高い気がした。



 …そうだよね、重いよね…。ここんとこ毎日毎日「好き」だの「付き合って」だの言ってる私のチョコなんて。



 なんで、そんなことにも気づかなかったんだろう。



「ハルカ!」

 遠くの方で、華江と真帆が一生懸命私を呼ぶ声がする。


 それが段々と聞こえなくなって、私の目の前は真っ暗になった。






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