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Sweet&Cool  作者: みずの
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Link 7  side:Manami


 その日は雨も降らず、朝から晴れ渡っていた。梅雨に入って2日連続で晴れることも初めてだ。雨は嫌いなので、自然と私のテンションも少し上がり気味になる。



 …それなのに…。



「何、その機嫌悪そうな顔」

 昼休みの中庭、他の生徒のいないところでお弁当を広げながら、私は隣に座るタクミにそう声をかけた。恐らく、タクミの表情は他の誰かが見たらいつもと同じ無表情にしか見えないだろう。


 だけど、私には長年の付き合いでその気分が読み取れてしまう。


 まぁ、タクミの機嫌悪さが私に分かるほど出てしまうこと自体珍しいんだけれど。




「…別に」

 答えながら、私が作ってきたお弁当を口にする。昨日の夜の電話でも何となくいつもと違った雰囲気だったから、今日のおかずはタクミの好きなものばかり入れてきている。いつもは私は友達の瑞穂と、タクミはクラスの男子と昼食を取るのだけれど、毎週金曜日だけは2人で食べるのが習慣になっていた。父子家庭のタクミは私より料理は上手だけれど、週に1回くらいはとお弁当づくりを申し出たのは自分からだった。


「どうでもいいけど、食べる時くらいおいしそうに食べなさいよ」

「おいしいよ」

「顔がそう言ってないの!」

 ピシャリと言い放って、私はお弁当箱を取り上げるフリをする。そこでようやくタクミが苦笑いを返してきた。その表情に少しだけホッとして、私はお弁当箱をタクミの手の中に戻す。



「ねぇ、何かあったの?昨日」

 尋ねると、筑前煮を口に入れながらタクミは首を横に振る。

「別に、何も」

 相変わらずつれない答えだった。



「じゃあ何で昨日先に帰ったの?」

「…昨日電話で言わなかった? 姉に本買って来いって頼まれたって」

「…聞いたけど…」

 私が思わず、口ごもった時だった。



「なーにー? 痴話ゲンカー?」

 後ろから、場にそぐわない明るすぎる声が降ってくる。2人で振り返ると、そこにはニンマリと嫌な笑みを浮かべた瑞穂の姿。「別に」と答えると、「なぁんだ」と不満そうに瑞穂は私の隣に断りもなく腰を下ろした。


「私と同じ境遇かと思ったのに」

 頬を膨らませて、瑞穂は拗ねたように言う。大体、「金曜日は彼氏とご飯食べるからー」と瑞穂が言い出したくせに、ここに来ていては何の意味もない。



「聞いてよ、マナミ。一臣の話なんだけどさぁ」

 一臣とは、同じクラスの瑞穂の彼氏だ。1年の時から付き合っているから、結構長い方だと思う。そんな彼への不満が爆発したのか、瑞穂は不機嫌そうにそう話し始める。


 そこで女同士の話に遠慮したのか、タクミがお弁当箱を手にしたままベンチから腰を浮かした。席をはずそうとしてくれたらしい。


 …そう思ったけれど…。


「あ、いいの。准一もそのまま聞いて」

 離れようとしたタクミに気づいて、瑞穂がそう声をかける。その瞬間、タクミが一瞬眉を寄せた。

 …どうやら気を遣ってくれたわけではなくて、瑞穂の話に巻き込まれたくなかったからのようだ。それがわかったから思わず笑いを噛み殺していると、瑞穂に睨まれてしまった。




「准一はさぁ、浮気ってどこからが浮気だと思う?」

 タクミが座り直したのを確認して、瑞穂は急にそんな風に声をかける。尋ねられて、タクミは「さぁ」と首を傾げただけで再びお弁当を食べる作業に戻った。そんなつれないタクミには慣れている(というか全く気にしない)瑞穂は、「マナミは?」と話をこちらへ振る。


 ないがしろにするわけにもいかず、私は「…うーん」と一応考えてみせた。


「デートしたらかなぁ? 一緒に買い物行ったり、お茶したりとか」

「うんうん!」

「…っ、ぐほっ」

 私が答えた次の瞬間、大きく頷く瑞穂と、おかずを喉に詰まらせたタクミの妙な声が重なる。2人してタクミを振り返ると、軽く咳き込んでしまっていた。

「何やってんのー。大丈夫?」

 背中をトントンと叩いてやると、タクミは半ば涙目で頷きながら瑞穂と私に「続けて」と話の先を促す。




「でもね、マナミ、私はそれ以前だと思うわけよ」

 話を戻した瑞穂に、私も再びそちらへ向き直った。


「私はメールするだけで浮気だと思うの!」

「!げほっ」

 力いっぱい抗議口調で瑞穂がそう言った瞬間に、反対側の隣でタクミが再び何かを詰まらせる。怪訝な顔でそちらを振り向くと、本気で咳き込んでいたために私はタクミにお茶を差し出した。

「ホントに大丈夫?」

 小首を傾げながら聞くと、お茶を流し込みながらコクコクとタクミが頷く。そんな私たちの様子を見ながら、瑞穂は「…まさか浮気の心当たりでもあるんじゃない?准一」とからかうように言った。



 涙目のままブンブンと首を横に振るタクミに、瑞穂は「どうかなぁ」と笑う。そんなやり取りに苦笑いをして、私は「…それで?」と瑞穂に話を戻すように促した。



「だってさぁ、男女間でメールなんてそうそうする必要なくない?」

「うーん…」

 場合にもよるだろうけれど…考えて、私は小さく唸る。


「一臣がB組の子とメールしてたの!しかもここんとこ毎日だよ!?浮気でしょ!」

 決め付けて力説する瑞穂は、本気で頭にきているらしい。握りこぶしをつくって、ググッと力をこめている。さすがにメールの中身までは見ていないらしいが、瑞穂は完璧に浮気だと決め付けている。


「B組の誰?彼が仲の良い子なの?」

「B組の紺野!知ってる?」

「あー、あのショートカットのかわいい子?」

 尋ね返して、失敗したと思った。私の発言に、瑞穂が余計にムッとする。


「かわいい?やっぱりかわいいよね?やっぱり浮気だよね!?」

「…いや、そうとは限らないんじゃ…」

 言い淀んだ私の隣で、タクミが立ち上がる気配がする。いつの間にか食べ終わってちゃんと元通りに片付けたお弁当箱を、「ごちそうさま」と私に返してきた。それから、ベンチに座ったままの瑞穂を見下ろす。



「来週、風紀委員で登校指導があるけど…」

 急なタクミの言葉に、瑞穂がきょとんと目を丸くした。

「委員長と副委員長になってたから、その打ち合わせじゃない?」

 さらっと言って、タクミは「じゃあ」と踵を返して校舎の方へと戻っていく。


 その後ろ姿を見つめながら何事かを考えていた瑞穂は、「…そういえば」と小さく呟いた。

「一臣、風紀委員で副委員長になったって言ってたかも」

「………バカ」

 思わず苦笑を漏らして、私は瑞穂にそう言った。



 なぁんだ、と納得した瑞穂は、怒りもすっかり収まったのかさっきよりも尊大な態度でベンチに座りなおす。


 …大体、一臣自身に「何メールしてたの?」って聞けばすぐにわかった話じゃないんだろうか?



 まぁ、そういうはやとちりなところも瑞穂らしいのだけれど…。





「ところでマナミ、今日の放課後ヒマ?」

 急にコロッと話も表情も変えて、瑞穂はそう尋ねてくる。


 瑞穂も、私と同じく剣道部に所属していた。この前の春引退したけれど、私と瑞穂だけは未だに後輩たちの面倒を見に道場に顔を出している。今日はたまたま剣道部自体が休みなので、私も瑞穂も放課後はフリーだ。


「特に何もないけど。何?」

「じゃあさっ、ちょっと2年生の教室に付き合ってくれない?」

 言われて、私は思い切り眉を寄せる。

「…2年生の教室?何しに行くの?」

 尋ねると、瑞穂はさっきまでとはうってかわった表情で爛々と目を輝かせた。


「イケメン拝みに行くのっ」

「…は?」

 さっきまで彼氏の浮気がどうのと言っていた人の言うことだろうか?


「知らないの?2年に転校してきたイケメンの話!」

「…いや、それは私も聞いたけど……あのね、瑞穂」

「絶世の美男子らしいよ!楽しみーぃ」

 …ダメだ、これは。そう思って、思わず吐息を漏らしてしまう。こういう身勝手なところも、瑞穂のかわいいところでもあるんだけれど…。


「でも残念ながら、私興味ないから」

「えー、そんなこと言わないでよー。さすがに一人では見に行けないよ」

「彼氏いるのにそんなことできるわけないでしょ?」

 瑞穂は自分に彼氏がいても気にしてないみたいだけど。


「マナミ、彼氏と目の保養は別もんだよ? マナミも目の保養しといた方がいいよ?」

「どういう意味よ、それっ」

 遠まわしにタクミをけなされる。それでも怒鳴りながらも、思わず笑ってしまった。


「うそ、うそ。准一よーく見ると男前だもんね」

「フォローになってないから」

 即答して、私は苦笑する。…まったく、瑞穂には敵わない。


 そうして結局のところ放課後には無理矢理引っ張っていかれるんだろうな、と、予感がしていた。




******



「もうっ、マナミがさっさと用意しないからー」

 放課後、HRを終えて余裕で30分は経ったところで、瑞穂は廊下を早足で歩きながら私に抗議した。イケメンを拝みに行くのにやっぱり乗り気じゃなくて、散々渋った結果がたった30分だ。…まぁ、もう少し粘ったとしても瑞穂が諦めたとは思えないんだけど。


「もう帰ってるかもよ、イケメンくん」

 意地悪く後ろから言うと、瑞穂は更に早足になる。

「そう思うなら早くしてよぉ!」

 喚くように言うそんな言葉に、思わず声を立てて笑ってしまった。


「真帆ちゃんのクラスらしいんだよね」

 もう半ば小走りで、瑞穂は不意にそう言った。真帆ちゃんというのは…剣道部の後輩で、今年度から私に代わって主将を務めている子だ。明るくて何事にもまっすぐだから、部員たちからも好かれている。


「だからとりあえず、真帆ちゃんがいたら声をかけてそこから…」

 何やら一人でブツブツ作戦を立てている瑞穂を、私は思い切りスルーしておく。…大体、もうこんな時間にはほとんど残っていないと思うんだけど…。



 2-Fの前まで来ると、やはりもう教室内はシンとしていた。それでも数人は残っているらしく、時々声が聞こえてくる。

「いるかなぁ、イケメンくん」

 中を伺おうと瑞穂が少し背伸びをすると、中から真帆ちゃんの声がした。



「もうっ、向井が日誌書くの遅いから~っ。早くカラオケ行こうよ~」

「ちょっと待って、今日の3時間目って何だったっけ…」

「ダメだこりゃ、華江、代わりに書いてあげなよ~」

「余計な労力は使いたくないの、私」

 何やら楽しそうな声が聞こえてくる。瑞穂は真帆ちゃんがまだ残っていたことにホッとしたらしく、遠慮がちに教室のドアを開けた。その音で、中にいた全員がこちらを振り返ったようだ。



「あれ、瑞穂先輩っ?」

 瑞穂に気づいて、真帆ちゃんが嬉しそうにこちらに駆け寄ってくるのがわかった。廊下で待っている私は中の様子まで見えないけれど、真帆ちゃんのパタパタと走る音がする。


「どうしたんですか?今日部活ないですよね?」

 尋ねながらニコニコとドアのところまで来た彼女は、そこでようやく私が瑞穂の後ろにいるのに気づいてハッと大きく見開いた。



 …………?

 私、彼女にこんな顔をさせること…何かしただろうか…?




「…春日…先輩…」

 私の名前を呼んで驚いた後に、何か「マズイ」とでも言いたげな表情をする。その意図がわからずに眉を寄せた時、真帆ちゃんの私を呼ぶ声に反応したのか、教室の中で誰かがガタンと席を立つ音がした。


「…ちょっと、待…っ」

 中から、ハルカちゃんの声もする。そこにいる誰かを、制止するような声だった。



 そうしてガタガタと教室内の机をかきわけながら出てきた、一つの影。



「……愛海先輩…」

 黒い影が漏らした私を呼ぶ低い声に、思わず大きく目を見開く。




 …何が、起こっているのかわからなかった。


 ここにいるはずのないと思っていた人が、そこにいたから。





「愛海先輩、覚えてますか…俺のこと」

 見上げるほどに長身の影。逆光でもわかるくらいの整った顔立ち。

 懐かしそうに、少し切なそうに細められた目。




 そのどれもが、記憶にあるそれと一致したその瞬間…。





「っ、いやああぁぁぁ!!」

 大声で叫び声を上げて、私は思わずその場にうずくまった。

 瞬時に思い出される、過去の日々。




 いや!考えたくない!見たくない……!!




 耳を塞いで、私は全身が震えるのを感じる。立っていられないくらいに、力が入らない。





「…真帆、華江!タクミ先輩探して、呼んできて!早く!」

 ハルカちゃんが慌てて友達に叫ぶのだけが、頭のどこか遠くで聞こえた気がした。





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