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Sweet&Cool  作者: みずの
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Link 3  side:Takumi


「……」

 開いていた携帯電話を閉じると、俺は無意識に大きく息を吐き出していた。八つ当たりするわけではないけれど、電話を机に置く動作が少し乱雑になる。そんな様子を見ていたらしい名取先生が、自分の場所から「…どうした?」と尋ねてきた。


 その声にハッと一瞬我に返り、「…いいえ」と首を振ってごまかした。



 意識していつも通りの自分に戻り、受験勉強の参考書に向き直る。それを見てから、先生も同じように生徒の課題をチェックする作業に戻った。ただ、頭を使わない作業らしく、口はいつも通り動く。


「遅ぇな」

 誰のことを言っているのかは、尋ね返さなくてもわかった。




「…今日も来れないって言ってましたよ」

 さっきの彼女からのメールを思い出したけれど、俺は胸の中で燻る濁った感情を押し込みながら、平然としたフリで答える。参考書を捲る指を、名取先生が「…ふぅん」と呟きながら眺めていた。


「いつ聞いたわけ?」

「? さっきメールで」

 素直にそう答えると、先生は「ふぅぅん」と今度は嫌な笑みを浮かべる。…知っている。この笑みは、ろくなことを考えていない。


「いつの間に携帯番号教えたんだよ?」

「今日ですよ。別にどうでもいいでしょう」

 無関心を装って答えたつもりが、先生のしつこい追求に感情が少しばかり露出したらしい。先生は笑ったまま、「イライラしてんなぁ」と茶化すように続けた。



 …イライラ…?


 自覚のなかったその濁った感情の正体を、言い当てられた気がした。


「お前がそういうの外に出すの珍しいな」

 からかうわけでもなく、ただ今度は本当に感心したかのように…先生はそう言った。




「それにしても、何をおいても『タクミ先輩第一』の夏川が2日連続で来ないなんて…珍しいな」

 わざとなんだろうか?先生は、わざわざ俺の中で何かがひっかかってしまうような言い方をする。口は動かしていても赤いペンの動きは止めず、彼は何でもないことのように平然としているけれど。



「転校生に街案内してるらしいですよ。面倒見が良い彼女らしいけど…どうせ先生がその役目押し付けたんでしょう?」

 反撃するつもりで、俺は尚もノートにシャーペンを走らせながらそう答える。少しは自分のせいだと思わせるつもりだったが、先生にそんな思惑は通じないようだった。変わらない表情のまま、小さく肩を竦め返されるだけ。



「俺は別に、学校内のわからないことを教えてやれって言っただけだぜ?放課後まで拘束されてんのは、転校生の方に無理矢理連れまわされてんだろ。強引そうな男だし」

「……え?」

 先生の言葉を聞いていた俺は、思わず手を止めて顔を上げる。そのリアクションが意外だったのか、先生も半ば驚いたように目線を上げて俺を見た。


「…今…なんて言いました?」

「『転校生に無理矢理連れまわされてる』?」

「その後です」

「『強引そうな男』?」

 答えながら、先生は俺の表情から何かを読み取ったようだ。「…もしかして、准一…」とようやく少し遠慮がちに呟いた。



「聞いてなかったのか?転校生が男だって」

「………」

 そう言えば、どうして思い込んでしまっていたんだろう?彼女は別に転校生の性別についてまで話していなかったのに。放課後まで付き合ったと聞いて、勝手に女子だと思い込んでいた。



 さすがに先生も悪いことを言ったと思ったのか、少しだけ気まずそうな顔をした。

「…悪かったな、余計なこと言って」

 そう謝られたけれど、実際自分には彼女が今一緒にいるのが男だからと言ってそれを気にする資格すらないはずで…。黒く渦巻く内面の感情が、つまり嫉妬から来るものだと気づいた時には、逆に自己嫌悪に陥りそうだった。



 …その権利すら、ないはずなのに…。

 そうわかっているはずなのに留められない感情のせいで、自分にすら嫌気がさす。



「…帰ります」

 こんな気分で勉強なんてできるわけがない。ガタンと席を立つ俺を、「…おぉ」と先生が気まずそうに見上げる。そうして複雑な気分のまま、俺は数学準備室を後にした。




******



 「今日は先に帰る」旨を愛海にメールし、俺は学校を出た。

 昨日までの暗い雨模様とはうってかわって、そこには青空が広がっている。これから遊びにでも繰り出すのか、楽しそうに下校していく生徒たちの波に乗る。そうして駅までたどり着いてから、乗り込んだ電車の揺れに身を任せた。


 学校の最寄り駅から自宅近くの駅まで、電車を乗り継いで1時間半ほどかかる。高校生が通うにしては少し長いその距離も、3年になった今はすっかり慣れ切ってしまった。人の少なめの車両も熟知するようになり、長すぎる通学時間も既に苦痛ではなくなっている。


 そして自宅のある駅にたどり着いた頃、すっかり夕方になり日は紅く傾いてしまっていた。眩しそうに目を細めてから、駅の階段を下りる。そこでも人の流れの波に乗ると、改札を越えた出口まで押し出されるようにしてたどり着いた。



 そこを抜けて、さて自宅までの道のりを帰ろうと方向転換した…その時、だった。


「タークミン♪」

 違和感のある作られた高い声と共に、ドスッと後ろから何かが覆いかぶさるような重み。

「!?」

 驚いて一瞬声が出なかったけれど、すぐに何ごとかを理解して自分にのしかかるそれを振り払う。

「…梶っ」

 振り向きざまにその重みの正体の名を呼ぶと、そこに立っていた男はニッと笑った。


「久しぶり、タクミ」

 さっきのふざけた呼び方を改め、その男…梶祐太は敬礼でもするかのように額に右手を当ててみせた。






「俺、怒ってんだけど」

 近くのファーストフード店に移動すると、梶は第一声にそう言う。いつものおちゃらけたハイテンションを抑えての低めの声に、向い席で俺は小さく息を吐いた。


「だから奢っただろ、それ」

 梶が手にするコーラを指差して、俺は肩を竦めながらそう言う。その答えに、「こんなんで許せるかっ」と梶は息巻いた。




 …梶、祐太。地元の友達で、小学生の頃から一番仲の良い親友だった。高校に行ってから会う機会は減ったものの、それなりに連絡を取り合っていた。………そう、ここ数ヶ月前までは。



「最近は電話してもメールしてもろくに返事返ってこねぇし!薄情にも程があるだろ、タクミぃ」

「ごめん。……ポテト食べる?」

「あ、悪ぃな……って、こんなんで俺を釣ろうとするなー!!!」

 相変わらずのテンションに、俺は思わず笑ってしまった。昔から野球に打ち込んでいる梶は、日焼けした肌が健康的なスポーツマンだ。短く切りそろえられた髪をガシガシと掻きながら、「…くそぅ、見てろよ」と訳のわからない復讐心を燃やしている。



「連絡返さなかったのは悪かったよ。…ちょっと色々あって」

 アイスコーヒーを一口飲み込んで、俺は梶の顔は見ないままそう告げた。ふざけた一人芝居をしていた梶は、俺の言葉を聞いて少し真面目な面持ちに戻る。まっすぐにこちらを見つめ返してくるその目は、どこか俺を探るようだった。



「…なんか、悩みごとあるんだろ」

「……え?」

 急な梶の言葉に、俺は思わず目を見開いてしまう。それを肯定と受け取った梶は、「図星か」と肩を竦めてみせた。


 …梶の、こういうところは変わっていない。いつも人前でお調子者のように振舞っていても…実はよく人間を見ている。観察力と洞察力も優れているから、大抵のことは見透かされる気がする。




「愛海とはまだ続いてんの?」

 ポテトに手を伸ばしながら、梶は不意にそんな話を振ってきた。愛海と俺は幼馴染なので、自然と愛海と梶も長い付き合いになっていた。小さく頷いて返すと、「ふーん」と意味ありげな呟きを漏らす。そうしてピシッと俺の前に、人差し指を突きつけてきた。


「当ててやろうか、お前の悩み。『本当は他に好きな子ができた』」

「……」

 紙コップを静かにテーブルへ戻しながら、俺はまっすぐに梶を凝視する。逸らしてはいけない気がしたからだ。


「しかもその子は…そうだなぁ、同じ学校の女子で愛海とも面識がある。多分愛海もその子のことは嫌いなタイプじゃない」

 勝手な分析を始めた梶だが、あながち外れてもいない。片方の眉を持ち上げて、俺は不思議そうに梶を見た。


「そんで愛海とは正反対なタイプ。愛海が正統派美人ならその子は明るく元気なかわいい系」

「……なんで…」

 不思議、というより、そこまで言われると驚きでしかない。目をみはって梶を見据えると、目の前の梶はニヤリと笑った。そうしてそれから、その笑みは苦笑へと変わる。



「ごめん、タクミ。実は見ちゃったんだよな」

「…え?」

 言われた意味がわからなくて、俺は小さく聞き返した。そんな俺に、梶はどこかすまなそうな顔で答える。

「ちょっと前に、とある駅のホームでかわいい女の子をギュ-してるタクミを」

「!!?」

 頭を何かで殴られたかのような衝撃だった。そして一瞬、目の前が真っ白になる。どうしてそこに梶がいたのかとか、見られた恥ずかしさとか、色々な思いが自分の中を駆け抜けて行くのが感じられた。



 大体、あれはあの子の家近くの駅で…。彼女の家は学校からさほど離れていないので、ここが地元の梶からも相当遠いはずなのに。そんなことを考えたけれど、意外にもその答えはあっさりと梶の口から得られた。


「俺、今あそこの駅にある予備校に通ってんだよね」

 受験対策で3年になってから通い始めたと、梶は付け足した。そう言えば、あそこには受験生に評判の予備校がある。鈍い頭痛と、俺は眩暈すら感じた。



「反対ホームだったから全然何言ってるのかとかは聞こえなかったけどな」

 フォローのつもりなのか、梶はそんなことを言う。大きくため息をついて、思わず肩を落としてしまった。



「…なぁ、タクミ」

 改まった呼び方で、梶は再び口を開く。いつになく真剣な表情は、古くからの親友を労わるものだった。


「俺には本当のこと話してみろよ。大丈夫、俺はお前の味方だからさ」

「………」

 続く梶の言葉が、すっと耳に届く。…だからこそ、思わず呟いてしまっていた。


「…だから、嫌だったんだ」

 俺の小さな声を、それでも梶は聞き逃さなかった。え、と不思議そうに俺を見る。



「だから、梶には連絡しないようにしてたんだ」

 言い直して、俺は梶から視線を逸らした。窓の外を見やると、帰宅ラッシュらしく学生やサラリーマンたちが駅から出てきて方々に散っていっている。それを何気なく眺めて、俺はテーブルの上に頬杖をついた。


 …そして、続ける。


「梶に会ったら…自分の本音が全部出てしまうから」

「………タクミ…」

 いや、下手をしたら、自分の意識していない深層心理のようなものまで吐露してしまうかもしれない。あの子のことを好きだと認識するのも、今よりずっと早い段階で自覚してしまっていただろう。それだけ、俺は昔から梶のことを信用しているから…。



 俺を心配してくれる姉や名取先生に言えないことでも、きっとすぐに話してしまっただろう。



「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか、タクミぃ」

 うれし泣きの真似までして、梶はズズッと鼻をすするフリをする。…このテンションさえなければ、言うことはないんだけどな。そう思ったけれど、俺は苦笑いを返しただけでようやく本題を口にした。


 今まで…誰にも話したことのない、自分の中を満たしてしまっている想いを。



「……好きな子が、いるんだ」




******



「…なるほどね」

 これまでの数ヶ月の間にあったできごとを、俺は多分全て梶に話せたと思う。彼女と出会ったところから、それこそ本当に全てを…。聞き終えた梶は、どこか納得したように大きく2,3度頷いた。


 梶は、愛海と俺のことを全て理解している。俺たちがどういう想いで付き合っているのかも、その始まりも。



 梶は、訳ありの俺と愛海の関係を知っている人間の中で、それを否定しなかった数少ない人間だ。名取先生でさえ、俺のことはかわいがってくれているけれど愛海との付き合いは否定しているのに。



「でもさ、それってしょうがないよな」

 一通りの話を聞くまで黙っていた梶は、そんな風に俺の話に対する感想をもらした。今日も梶は、言葉通り俺を否定しないでいてくれている。


「人を好きになるのに理屈なんて通用しない。でも普通なら、彼女がいるのに誰かを好きになるなんて許されることじゃない。だけど……」

 一度そこで言葉を切って、梶はもう大分炭酸の抜けてきたコーラを口にする。そうして、はっきりと言葉を継いだ。


「お前と愛海は、恋愛感情で始まった関係じゃない。それなら他の誰かを好きになったって責められない。愛海だって、それくらいのことわかってるだろ」

 所詮、どちらかが誰かを本気で好きになるまでの関係だったんだ…と、梶はそう付け足す。



 …そうかもしれない…だけど…。



「でも、俺が先にそれをやっちゃいけなかったんだ」

 せめてこの関係が終わるのは、愛海が誰かを好きになった時じゃないといけないはずだった。そうして向こうから別れたいと言われない限り、終わらせるつもりはなかった。…少なくとも、今までの俺は。



「タクミがさ、『好きな子ができたから別れてくれ』って愛海に言えば…」

 言いかけた梶は、けれど俺の苦い表情を読み取ったらしく、「…無理に決まってるか」と続く言葉を言い換えた。



 そう、それは無理だ。俺から別れを切り出すのは、愛海との最初の約束違反だから。




「わかってるんだ、本当は」

 俺の痛みが伝わったのか、梶もまるで自分のことのように眉を寄せていた。そんな梶に、俺はそんな一言を告げる。


「本当は、今の状態が一番最低だって。二股かけるみたいな状態でしかないから…」

 今の俺のしていることは、愛海もあの子も傷つけることで…。



 愛海はきっと、俺の本当の想いに気づいているけれど知らないフリをしている。そうして俺は、きっと余計に愛海を傷つけているんだろう。


 …あの子に関してもそうだ。

 彼女は、俺がいつか振り向くかもしれないことと、全てを話す日が来ることを信じて待っていると言った。そうまでしてくれる彼女を、俺はただ傷つけているだけだ。放課後数学準備室で会っていたって、結局は時間がたてば俺は愛海のところへ行かなければいけないんだから…。



 そう思うと、ズキと胸の奥が鋭い痛みを訴えるようだった。



「…タクミ」

 俺の考えていることは全て読み取れるらしい。梶は、そう改めて呼びかけてきた。



 その声にゆるりと顔を上げると、「…それは違う」と低い声が告げる。



「それは、お前じゃない。愛海と、そのハルカちゃんが選んだ道だ」

 梶のその答えは、どこかで聞いたことがある気がした。


 …そうだ。あの時、確か彼女が…。



『それでたとえ先輩が振り向いてくれなくても…私、後悔しないから 』

『そういう道を選んだのは…私だから』



 …そう…確かに彼女は言った。




「ま、ここでタクミが開き直ってハルカちゃんにチュー以降のことをしたらさすがの俺も二股認定するけどな」

 少しいつものテンションに戻して、梶はニッと笑う。その空気に少し救われた気がして、俺も少し笑みを漏らした。



「…ありがとう、梶」

 改めて礼を言うと、梶は少し目を見開く。それから、「やめろよ。照れるだろ」と笑って俺の肩を叩いた。




 話を聞いてもらえただけでも、随分気持ちが晴れた気がした。こんなことなら最初から梶を頼っていれば良かったかもしれない。


「何かあったらすぐ電話しろよー」

 話こんでいるうちにすっかり外は暗くなってしまっていて、俺と梶はそろって席を立った。そうして別れ際に、梶がそんなことを言ってくれる。


 笑って頷いて、俺は応えた。それに満足そうにした梶は、「じゃあ、またな」と店を出たところで手を振って踵を返す。それから俺を残して数歩進んだところで、「…あ」と何かを思い出したように立ち止まった。


 ゆっくりと、こちらを振り返る。

「そうだ、思い出した」

 再び俺の方へ戻ってきながら、梶は言った。

「別件だけど」と前置きする。


「この前、中学の時の後輩に会って聞いたんだけどよ」

「…?うん」

 野球部の後輩だろうか?首を捻って、俺は梶の続く言葉を待つ。


 もったいぶるわけではなさそうだが…梶は、少しだけ言いにくそうに言葉を選んでいた。



「…あいつ…戻ってきたらしい」

「あいつ?」

 すぐに誰のことを言っているのかわからなくて、俺は眉を寄せる。梶は、少し間を開けて…だけどはっきりと聞こえる声で、俺に言った。



「柴田一真」

「……!!?」


 梶の口が告げた名前に、俺は驚愕の色を浮かべて目を見開く。そんな俺の様子を見て、梶も苦々しい表情を浮かべた。


「アメリカから、親と離れて戻ってきたらしい。こんな時期にだけど、こっちの学校に編入したらしいぜ」

「………」

「気をつけろよ、タクミ」

 忠告するように言ってから、梶は俺の肩をポンと叩く。再び身を翻して去って行く梶の後ろ姿を、茫然と見送るしかなかった。



 そうして、嫌な予感が胸をよぎる。



 柴田一真の急な帰国。そしてあの子が言っていた、時期はずれの転校生。



「……まさか…な」



 いくらなんでも、それはないだろう。

 ふと脳裏をよぎった可能性を否定したけれど、俺の中の胸騒ぎは何故か治まる気配がなかった。





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