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Sweet&Cool  作者: みずの
CANDY
2/57

CANDY 1


 甘いはずのそれを、頬を伝う涙と一緒に飲み込むと、それまでせき止めていた何かが一気に溢れ出した。







「夏川」

 不意に声をかけられて、私は頬杖をついていた顔を少しだけ浮かす。呼ばれた方を振り向くと、隣の席でクラスメイトがにこやかに笑ってこちらを見ていた。

「これ、食う?」

 おもむろに赤い袋を差し出して、そのクラスメイト…鈴元くんはそう尋ねる。


 チラリと見やると、中には個包装されたキャンディ。


「…いい、ありがと」

 小さく答えて前を向き直り、私はまた頬杖をついた。



 特に気分を害した様子もなく、鈴元くんもそれまで見ていた雑誌に再び視線を落とす。いつも自分が何かを食べる時はこちらにも勧めてくれるクラスメイトだ。普段なら「ラッキー」と言わんばかりにいただくのだけれど、今日ばかりはそんな気分になれない。


 3月14日、今日だけは、私がキャンディをもらう相手は一人だけだからだ。



 …もらえれば、の話だけれど…。




「なに暗い顔してるの、ハルカ」

 不意に机の上に影が落ちた。教室の端の席からわざわざ来たらしい、親友の華江だ。私の席の前に立ち、苦笑まじりだけれどどこか心配そうに、こちらをのぞきこんでいる。


「最近変よ? 何かあったの?」

「……何も」

「でも…」

 言葉を続けようとした華江を、私は片手で遮った。ため息まじりに、思わず机に突っ伏す。


 空いている前の席の椅子に座りながら、華江が私を見下ろしているのがわかった。そんな華江に、私は這うような低い声で続ける。


「…何もないから、へこんでんの」

「??」


 当然だけれど、華江は首を傾げた。要領を得ない説明に自分であざ笑いながら、私は再びゆっくりと顔を上げる。先刻よりもびっくりするくらい大きなため息が出た。


「何も…って、つまりタクミ先輩とってこと?」

 ようやく状況を理解してくれたらしく、華江は少し遠慮がちにそう聞いてくる。弱々しく頷きながら、私は恨めしそうな目で第三者のはずの華江を見据えた。



「だって、3月3日の放課後は約束通り一緒に過ごしたけど…それから何にも発展ナシだよ!?」

「まだ10日しかたってないじゃない」

「恋する乙女には『もう10日』だよ、華江」

 八つ当たりまがいのことを力説しながら、私は気づくと拳を握っている。

「しかもあろうことか、マナミ先輩が…」

「あぁ、この前タクミ先輩と別れたって言ってた?」

「それが『別れてない』って言い出したのっ」


 今思い出しても納得がいかない。拳に更に力をこめて、私は抗議の手を緩めなかった。……ただし、当の本人にではなく華江にだけど。


「あの人、売り言葉に買い言葉だ、って!『カップルが喧嘩すれば「別れる」くらい言うこともあるでしょ』って!」

「……うーん、まぁそれはそうよねぇ」

「…そこで納得しないでよぉ、華江ぇぇ」

 今度は泣きつきながら、私は子どものようにすがりつく。…そう、華江の言っていることも、頭ではわかってるんだけど…。


「でもハルカ、前はタクミ先輩がマナミ先輩と付き合っていようがあまり気にしてなかったじゃない?」

「……」

「今まで通りでいいんじゃない?同じように頑張れば」

「……それは、違うからだよ」

 私の答えに、華江が再び小首を傾げる。椅子の背もたれにもたれながら、私は意気消沈を表すように肩を落としたまま続けた。


「私の、気持ちが」

「…ハルカの気持ち?」


 前は、どちらかっていうとタクミ先輩に対して『憧れ』が強かった。…というか…もっと言うなら、恋に恋してたのかもしれない。高校生活で、恋愛を楽しみたいって…。だからこちらを振り向きもしない先輩を追いかけるのが楽しかったし、付き合っている彼女がいたってお構いなしだった。

 振り向いてくれたら嬉しいけど、振り向いてくれない彼に恋していたかったのかもしれない。



 だけど、今は違う。

 タクミ先輩を追いかけ始めて、もうすぐ2ヶ月になる。その間に、知った彼のことは多かった。


 無口だけど決して冷たくないところとか…。



 どんな時でも他人に対して誠実なところとか…。



 それだけで、彼に本当に恋するには十分だったんだ。



 だから、今の私はあの頃の私とは違う。タクミ先輩への、想いの重さも。…そして、深さも。




 黙り込んでしまった私の肩を、華江がポンポンと軽く叩く。無理に聞き出すことはせずに、ただ励ますようなそれが私はなんだか嬉しかった。顔を上げて「えへへ」と今日初めての笑みを浮かべて、華江にこれ以上心配かけないように振舞った。


「ま、大丈夫だよ。恋愛に切なさはつき物だよね〜」

「…その楽天的な考えの方がハルカらしいわよ」

 揶揄するように返したのは、私を慰めるつもりだったのかもしれない。舌を出してみせて、それから私は華江と顔を見合わせて笑った。


「…でも、それでタクミ先輩は何て言ってるの?」

 少しの間の後で、華江は「そういえば」と言わんばかりにそう話を続ける。

「え?」

「だから、タクミ先輩はマナミ先輩と別れてないって言ってるの?」

「……」

 問題は、そこだった。


「それなんだよねぇ…」

 今日何度目だろう。吐息を漏らしながら呟いて、私は落胆まじりに肩を落としてみせる。



「何も、言わないんだ。タクミ先輩」

 別れたのか別れてないのかも。それ以前に、何も。


「何にもなかったみたいになってるの。マナミ先輩に『別れる』って言われてた時は今は何言っても仕方ない、みたいなこと言ってたのにさ。今度『別れない』って言われたらその通りにしてるみたい」

「……ふーん…」

 半ば呆れたような表情を浮かべて、華江はさっきまでの私と同じように机に頬杖をつく。黒いロングの髪が、サラリと卓上を流れた。


「…なんだか男らしくない男ねぇ」

「あ、そういうこと言う!?」

「だって、彼女の言いなりってことでしょ?」

「…うっ…それはあれよ……きっと、深いわけがあるのよ…。ほら、よっぽどマナミ先輩が怖いとか!」

 人差し指をたてて力説すると、思ったより声が大きかったらしい。何人かが振り向いた中、少し離れた席に座っていた真帆というクラスメイトが振り返った。私や華江と大体行動を共にしている、仲の良い子だ。


「なになに、春日先輩の噂話?」

「春日?」

 言いながら近寄ってくる真帆の言葉に、私と華江は同時に首を捻る。……そういえば、マナミ先輩の苗字はそんなだったかもしれない。



「…っていうか真帆、あなたマナミ先輩と面識あるの?」

 華江が聞くと、真帆は「今更?」という顔をして頷いた。

「だって、春日先輩うちの部の部長でマドンナだもん」

「…マドンナ……」

 突っ込みどころがありすぎて、何から口にしていいかわからないけれど…。とりあえず真帆の死語には絶句を返しておく。


「モテるんだよー、春日先輩。優しいし強いしかっこいいしかわいいし。おまけに美人でスタイルいいし」

「……ごめん、なんか私、別の人の話聞いてる気になってきた」

 そもそも私はタクミ先輩と一緒にいるマナミ先輩しか見たことがない。確かに美人でスタイルがいいのは一目瞭然だけど……それ以外のところは想像もつかない。


「そもそも、真帆って何部だっけ?」

 今更な質問をすると、「あんたそれでも友達?」というがっかりした返事が真帆から返ってくる。そういえばそもそも部活の話なんてあんまり聞いたことがない気がする。

「剣道だよ。ちなみに春日先輩は県の代表者」

 自分のことのように自慢する辺り、真帆はきっとマナミ先輩のことを尊敬しているんだろう。タクミ先輩に向けて怒鳴っているイメージしかない私には、想像できないんだけど…。



「…ハルカ、あんた、『信じられない』って思ってるでしょ」

「う、…そんなこと…」

「言っとくけどね、春日先輩はホントに人気あるんだよ?それも学年・男女問わずね。あんたには悪いけど、どっちかって言うと私は春日先輩の方があんな彼氏でいいのかって疑問だわ」

「ちょっと、どういう意味よ〜」

「だってタクミ先輩って…影が薄いというかキャラが薄いというか……」

「存在が薄いというか」

 真帆の言葉にうんうんと同調しながら、華江までそんな風にたたみかける。「ひどい!」と頬を膨らませてそっぽを向き、私はふてくされたように腕を組んだ。


「確かに、タクミ先輩は目立つ方じゃないけど…でもそこがいいんだから!」

 もういい。この際、タクミ先輩の良さは私だけがわかっていればいいんだから。


 …でも、マナミ先輩がそんな人だったなんて…意外というかなんというか…。


 心のどこかで、私は妙に小さく感心していた。



*****



「そういえば、今日ホワイトデーね」

 お昼休みになって購買部にパンを買いに出ている時に、今更思い出したように華江が呟いた。いつもはお弁当を作ってくるのだけれど、今日は寝坊をしてしまって時間がなかった。タクミ先輩のことを考えていたら、なかなか寝付けなかったからだ。


「そうだね」

 買ったパンを購買のおばさんから受け取りながら、私は小さく同意する。バレンタインの時ほどではないけれど、校内にも浮き足立ってる生徒は多かった。


「ま、私には関係ないけど」

 続ける華江は、購買部の隣にある自販機でレモンティーのボタンを押す。ガコンと音をたてて出てきたそれをかがんで取り出す彼女を見て、私は思わず「もったいない」と口にしていた。

「華江って、そんだけ美人なのに彼氏とか興味ないよね」

「そういうわけじゃないわよ。ただ今は好きになれる人がいないだけ」

 同級生には興味を持てる人がいないのか…。かと言って教師に惚れたりするタイプでもない。人に隠したり後ろめたさを抱えるような恋愛はしたくないんだそうだ。ゆえに、今の彼女には恋愛チャンスが少ないらしい。…本人談だけど。


「で、ハルカは? タクミ先輩からお返しもらったの?」

「…え、もらってないよ」

「あれ、でもバレンタインは気合い入った手作りチョコあげてたわよね?」

「……う、一応ね」

「そう。まぁ放課後が一番確率高いだろうしね。楽しみね」

 華江はそう言うけれど、彼女のいる先輩がお返しをくれる確率自体がそれほど高くないんじゃないだろうか。



「あ、でも今日は無理かもよ」

 そこで思い出したように、それまで黙っていた真帆が声をあげた。え、と華江と2人で振り返ると、真帆は口元に人差し指をあてながら「…確か」と続ける。

「タクミ先輩って弓道部でしょ?今日弓道部って春の大会で全員公欠だもん」

「…え」

 …そう……だったんだ…。

 全然、知らなかった。昨日会った時も、先輩は大会があるなんて一言も言ってなかったし…。…ううん、彼女でもない私に言う必要なんてないはずなんだけど…。


「そっかぁ、全然知らなかったよ」

 胸の痛みを隠して、私は極力明るく振るまうように言った。制服のリボンの辺りでどこかがチクリとする。

 …何を期待していたんだろう、私は。なんだか朝からそわそわしていた自分がバカみたいだ。



「あら?でもあれ…って、タクミ先輩じゃない?」

 購買部から教室へ戻る途中、渡り廊下に差し掛かったところで、華江が外を見ながらそう言った。「えっ」と顔を上げて、華江の指差す方を覗き込む。

 渡り廊下の窓から下を見下ろすと、そこにある中庭に、佇む後ろ姿を見つけた。

「あれ、ホントだ。大会終わったのかな…」

 同じように外を見ながら、真帆もそう呟く。


 タクミ先輩は、一人ではなかった。

 中庭のベンチでお昼ご飯を食べていたらしい女の子の前に立って、何やら話をしている。

「あれって…A組の子だよね」

 真帆の言葉に、思い出す。同じ学年だったから見覚えがある子だ。こちらから見える彼女の顔は、先輩と話してとても嬉しそうだった。


「…あ」

 次の瞬間、私は思わず声をあげてしまっていた。先輩が、持っていたカバンから、小さな包みを取り出したんだ。かわいくラッピングがされているらしいそれを、先輩は彼女に差し出している。

「…お返し、かな。バレンタインの」

 真帆が呟くと同時に、華江が私の背中をバンッと叩いた。

「行ってきなさいよ、ハルカ!」

「え、え??」

「ハルカだってお返しもらう権利あるんだから、もらってきなさいって!先輩だって用意してきてるに決まってるわ」

 いやいや、だからって自分から行くのはおかしいでしょう。

「そうだよ。さりげなくいつも通り話してれば向こうも出してくるよ。行っておいで!」

 真帆も同じように、私の肩を押す。


「……」

 一瞬で、色々な思惑が頭の中で交錯した。催促してるみたいでこっちからは話しかけづらい、とか。あの子にもチョコレートもらってたんだ、とか。お願いだから他の子と笑って話をしないで、とか。



 だけど、一番胸をしめつけたのは、お返しを受け取ってものすごく喜んでる女の子の笑顔。それを自覚すると同時に、私は走り出していた。






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