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Sweet&Cool  作者: みずの
Loose
16/57

Loose 9  side:Haruka


 …あれから、何日たっただろう。

 正確にカレンダーでも数えればわかるのだろうけれど、それすら億劫で仕方がない。タクミ先輩の姿すら見かけないまま、ただ私は沈んだ気分のまま日々をやり過ごしていた。


 …そう、先輩とはあれ以来顔を合わせるどころか、すれ違うことすらない。同じ校内にいるとはいえ学年が違って校舎も違うし、広い学校でそう何度も偶然があるわけでもなかったから…。


 私から会いに行かなければ、顔を見ることもできない。それくらい遠い存在なんだと認識すると同時に、どれだけ自分たちの関係が脆いものだったのかを実感させられた。



 華江と真帆は相変わらず心配してくれているけれど、私の気分が浮上する気配はない。泣いてばかりもいられないから学校をサボったり部屋にこもったりすることはないけれど、気分は塞ぎこみたいくらいだ。それでも私は周りに恵まれているから…これ以上、友達に迷惑をかけるわけにもいかない。




 今日は真帆は変わらず部活があるし、華江はバイトがある。仕方ない、まっすぐ帰ろう……そう思って鞄を手に教室を出ようとしたその時だった。



「…どこ行くんだ」

 廊下側から私に通せんぼするように、一つの影がたちはだかった。背の高いその影を見上げて、私は「……帰るんですけど…」と小さく返す。その答えを受けて、目の前の名取先生は「ほーぉ」と意味ありげな声を出した。


「いい根性してんじゃねぇか、お前。黒板見たか?」

 言われて先生の指差した先を見ると、そこには今日の予定が書かれていた連絡黒板。何を言われているのか分からずにとりあえずそこに記された字を目で追うと、『風紀委員、放課後2-F』と書かれていた。


 …つまり、風紀委員は放課後に2-F…この教室まで集まるようにということらしい。朝から書かれていたはずのそれを一日全く見ていなかった事実に自分で逆に感心しながら、「…すみません」と先生に素直に謝った。


「おら、わかったら席つけ」

 ポン、と背中を押されて、私は促されるままに教室内へ引き返した。それと同時に、他のクラスの風紀委員たちもゾロゾロと中へ入ってくる。


「窓側の列から1年、2年、3年の順で座れー。後は学年ごとにクラス順で前からな」

 集まり始める風紀委員に壇上からそう指示する先生は、何で風紀委員の担当になったのか不思議なくらいの教師らしからぬ口調だった。


 2-Fだから、真ん中の列の前から6番目…。その場所に行くと、ちょうど同じ風紀委員の向井くんもそこへたどり着いたところだった。

「…教えてくれれば良かったのに、今日委員会だって」

 わざと少し膨れっ面で言うと、向井くんは苦笑いを浮かべた。

「…いやまさか、帰るとは思わないでしょ。朝からあんなにデカデカと書いてあるのに」

 私の隣の席に座りながら、向井くんはそう答える。…そう、今の私はそれくらい注意力が散漫になってしまっている。下手をしたら目の前の人の話も聞いていないことがあるくらいだ。



 それから10分もしないうちに、風紀委員たちがほとんど顔を揃えた。そろそろ始まる雰囲気になって、先生が前から順にプリントを配り始める。左隣にいた向井くんと何気ない会話をしていた私は、前から配られてきたそれを後ろへ回すために振り返った。…その時、だった。


 ガラ、と教室の後ろのドアが開く。そうして入ってきた人に気づいて、私は思わずハッと息を飲んだ。


 ……タクミ、先輩。



 何日ぶりかに見た彼は、相変わらず内面が読めない無表情だった。



 …だけど…そのクールな無表情も、一瞬だけ揺らぐ。先輩も私に気づいたからだ。一瞬だけ交差した視線を、お互いにパッと逸らしてしまう。


「あ、タクミ、こっちぃ」

 私の隣の空席のもう一つ向こう側で、3年生の女子がそう言って手を振った。この学校ではめずらしい、ギャルっぽいメイクを派手にした女の人だった。下着が見えそうなくらいのミニスカートで、けだるそうに足を組んでいる。名取先生と同じく、風紀委員とは思えない存在感だった。


 呼ばれて、タクミ先輩はまっすぐにこちらに歩いてくる。…そっか…先輩もF組だったんだ……。目が合わないように前に向き直ると、隣の向井くんが小声で私の耳元で囁いた。


「……席、変わる?」

 向井くんなりに気を使ってくれたんだろうけれど、そこまでするのも気が引ける。

「…ううん、大丈夫。ありがとう」

 少しだけ無理して笑うと、私の隣でタクミ先輩が椅子を引く音がした。ドキンと、胸が一度跳ね上がる。


 この前の胸の痛みと、緊張と…それでもやっぱり先輩が好きだという複雑な思いが交錯して、悲鳴を上げた。



「タクミさぁ、もうすぐマナミの誕生日じゃね?」

 見た目通りギャルっぽい言葉で、タクミ先輩の隣に座る彼女はそんなことを口にした。髪をクルクルと回しながら言う彼女の言葉が聞こえていないのか…先輩は前から送られてきたプリントを黙々と後ろへ回す。……聞きたくない。即座にそう思ったけれど、こんなところで耳を塞ぐわけにもいかなかった。


「確か再来週の日曜日じゃなかったっけ?ねぇねぇ、何あげんのー?」

 塞げない耳の代わりに、何故か自分でもわからなかったけれど私は目を固く閉じる。そうすれば思考を少しでも遮断できるかも、と思ったせいかもしれない。

「ねぇタクミ、聞いてるー?」

「うるせぇぞ、3-F!」

 尚も返事をしない先輩に、その彼女が膨れっ面になった時。そう言って怒鳴ったのは、教壇にいた名取先生だった。

「委員会始めるっつってんだろ。やる気ねぇなら帰れ!」

 不良教師と言われるぐらいだからいつも言葉使いは乱暴だけれど…。そんな普段とも比にならないくらいの怒鳴り方で、先生は彼女にそう言った。


「はぁい、すぃませぇん」

 膨れて甘ったれたような声を出しながら、彼女は反省していないのか肩を竦める。そんな彼女の話をそれ以上聞きたくなかった私は、少し名取先生に感謝した。偶然とは言え、彼女の話を遮ってくれたのはありがたい。


 ……そう、思ったのだけれど…。


「……」

 一瞬だけ、先生がこっちを見た気がした。…少しだけ心配そうな目で。



 …そうか、もしかしたら、先生は私の為に彼女の話を止めてくれたのかも…。きっと彼女の大きな声は、教壇まで聞こえていただろうし。



 そう気づくと、私は本格的に先生に感謝する。向井くんといい先生といい…私はやっぱり優しい周りに恵まれている気がする。そんな周りの為にも、へこんでばかりはいられない…そう思うけれど、やっぱり隣にいる先輩を振り返る勇気はなかった。



 拒まれたことは事実だから…。チリ、と焦げ付くような胸の痛みを抱えたまま、私は右側を見ないようにしながら風紀委員の会議をやり過ごした。




******



 翌日の土曜日は休日だった。特に予定もないけれど、家にいても家族が絡んでくるから外に出た。

うちの家族はとても仲が良いけれど、こういう沈んだ気分の時はそれが半ば迷惑に感じられる時もあった。


 いつも明るいお母さんたちに絡まれる前に、街へ繰り出す。買いたい物も見たい物もなかったけれど、燦々と降り注ぐ日の光には幾分か心が慰められるようだった。それだけで、少しだけ出てきてよかったなと思える。部屋にこもって泣いてばかりでなくて良かったと、初めて思えた瞬間だった。



 適当に雑貨屋さんや本屋で時間を潰すと、いつの間にか時計は昼過ぎを指していた。ただ一人でランチを取ろうという気分にもなれず、お腹が空く気配もなく駅前広場の噴水の近くに座っていた。近くのコーヒーショップでキャラメルコーヒーを買い、一口飲むと甘ったるい感覚が舌を刺激する。


 そうしてボーっと、何十分も行きかう人々を何とはなしに眺めていた時だった。

「きゃあっ!」

 大きな叫び声と共に、バシャっという音がした。一瞬、何が起きたのかわからずに私は茫然とする。

目の前で転んだらしい女性の姿と、ようやく「冷たい」と感じた感覚に意識がゆっくりと現実に戻ってきた。

「ごめんなさいっ」

 慌てて立ち上がった彼女が、自分の持っていたはずのアイスコーヒーをかぶった私を見て青ざめたようにそう謝る。


「あ、いえ…」

 ボーっとしていたせいもあり、返事も思わずスローになる。肩から下にかかったコーヒーは、私の白いシャツを見事に染め上げてくれた。

「本当にごめんなさい…っ、やだ、どうしよう…」

 慌てる彼女は、焦ってハンカチを差し出してくれたけれどそれがあまり意味を成さないと気づいたらしく、また申し訳なさそうな顔をした。


「大丈夫ですよ。もう帰るだけですし…」

とは言ってみたけれど、さすがにこれで電車に乗るのは気が引ける。それでも謝り続けるその女性に悪い印象は持たなかったし、責める気すらなかった。

「でも…っ」

 彼女が困惑したように何かを続けようとした時、「おい、どうした?」と後ろから低めの声がした。


「!!」

「…夏川?」

 彼女の後ろから顔を出した人物に驚いて、私は思わず目を大きく見開く。相手も驚いたようで、私の苗字をそう呼んでから同じような顔をした。

「…え、知り合いなの?」

 彼女が、その男を振り返りながら尋ねる。「あぁ」と小さく答えてから私を見た彼は、その一瞥で全てを理解したらしく、「派手にやったなぁ、お前」と彼女に苦笑いを返した。


「悪いな、夏川。大丈夫か?」

「あ、はい…」

 そう返事をすると、彼はようやく自分の連れのその女性を振り返る。

「俺の生徒。夏川悠花っていうんだ」

 私を紹介するように、名取先生はそう彼女に告げた。何となくペコリと頭を下げると、その彼女も慌てて頭を下げる。


「そうなんだ。初めまして、ハルカちゃん。いつも主人がお世話になってます」

 そう挨拶をしてくれる彼女の言葉に…私は今度は、目を丸くした。その変化が面白かったのか、「なんだその顔」と先生はプッと噴出す。

「え、え!先生の奥さんですか…!?」

「そうなの。名取理沙といいます。よろしくね」

 ニッコリ笑う理沙さんは、ものすごく美人だった。


 ロングの艶やかな髪をアップにし、服も雑誌に載っているようなおしゃれな感じで…。私たち高校生じゃ相手にならないくらいの、大人の女性という感じだった。


 …それこそ、こんな不良教師に似合わないくらい…。


「お前今、『先生に似合わない』とか思っただろ」

 横目でチラリと睨みながら先生に言われて、私は思わず肩を竦める。

「わかりました?」

「わかる。わかりやすすぎる」

 呆れたように言う先生を見て笑ってから、理沙さんはハッと我に返ったように表情を固くした。


「そうだ、そんなことより…ホントにごめんなさい、ハルカちゃん」

 私にアイスコーヒーをかけてしまったことを思い出したらしく、理沙さんはもう一度謝る。本当に大丈夫です、と言おうとしたその時、理沙さんは「そうだ」とポンと手を打った。


「ね、ハルカちゃん。今からうちに来ない?今すぐ洗えばシミにならずに落ちるかもしれないし…」

「そうだな。そうしろよ、夏川」

 先生にも背中を押されて、私は「…でも…」と言葉を濁す。さすがに押しかけるのは悪い気がしたのだけれど、「つべこべ言わずついて来いっ」と先生に腕を引っ張られた。


 確かに、このまま帰るのにも勇気はいる。



 そう思って、私は先生夫婦の厚意に甘えることにした。





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