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Sweet&Cool  作者: みずの
Loose
13/57

Loose 6  side:Haruka


 最初は、先輩に彼女がいようがなんだろうが関係ないと思っていた。

 でも本気で先輩を好きになるにつれて、「彼女」の存在が私の心を苦しめるようになった。

 そしてその後、マナミ先輩自身と向き合うようになると…ただ恋敵だから邪魔だとは思えなくなった。



 だから、ただ想うだけでいいと思ったはずなのに。やっぱり、自分と一緒にいてくれても結局マナミ先輩のところへ行ってしまう後ろ姿に、傷ついてしまう。



 ずっと繰り返される、矛盾した想い。



 このループする泥沼から、私はいつか救われるんだろうか…。








 始業式の翌日は、半日授業だった。委員会やらなんやらを決めるHRと担任の名取先生の数学だけを終えて、あっという間に下校時間を迎える。昨日の陰鬱な気分を何とか晴らしたくて、私は放課後になって華江を誘った。



「買い物?うん、いいわよ」

 ロングの髪を耳にかけながら、華江は二つ返事でOKしてくれた。真帆も誘いたかったけれど、帰宅部の私たちとは違って部活があるから仕方がない。しかも、今年から主将に選ばれたようだし…。



「何か買いたい物でもあるの?」

 尋ねられて、小さく首を横に振る。

「でもほら、たまにはブラブラしようかなーって」

「一週間前にも付き合った気がするけど?」

 そう返しながら、「いいけどね」と華江はニッコリ笑う。家に帰って早い時間から一人にはなりたくなかったし、華江に感謝しないと。



 そうして学校を後にして、ランチから始まったショッピングは延々と続くことになった。



******



「あ、お母さん?今から帰るね」

 思ったより遅くなってしまって、帰る時に私は家にいる母親にそう電話をした。さして珍しいことでもないから、母親も別に怒る気もないらしい。まだ9時前だから、父親が帰るまでに戻れば多分大丈夫だろう。



 駅からの道を、早足で急ぐ。そうして家に続く最後の角を曲がったところで、私は思いがけず不意に足を止めた。



「……え…?」

 自分の目を疑って、思わず見開いた。角を曲がったそこには、一つの人影があった。



「……タクミ…先輩?」

 壁にもたれて道路に座り込んでいた先輩は、私の小さな呼びかけにゆっくりと顔を上げる。それから、無表情のまま「…こんばんは」と小さく声を出した。



「ど、どうしたんですかっ?こんなところで!」

 状況を理解するのに、余裕で数分はかかった気がする。夢でも見ているんじゃないかと思ったけれど、我に返った私は慌てて先輩にそう声をかけた。



 立ち上がった先輩が、こちらを見下ろしてくる。その表情がいつもと違う気がして、私はばれないように小首を傾げた。



「あ、あの、とにかく…上がってくださいっ」

 私の家がこのすぐ先だというのは、先輩も知っている。ホワイトデーの時近くの公園まで会いに来てくれて…その帰りに送ってもらったから。4月とはいえ夜はまだ肌寒いため、私は慌てて自分の家を指差した。



「…いや、さすがに遅いし家族に迷惑だから…」

 首を振ってそれを拒む先輩の声のトーンが、やっぱりいつもと違う。ただごとじゃない雰囲気を感じ取って、私は思わず息を飲んだ。



「その代わり数分でいいから…時間もらえるかな」

 先輩の申し出に、私はどこか嫌な予感を感じながらコクコクと頷いた。



*******



 道端というのもなんだったので、すぐ近くの公園へと移動する。例のホワイトデーの時の公園だ。夜9時にもなるとさすがに人はいなく、消えかけそうな街灯がチカチカと闇の公園を自信なさそうに照らす。



「突然ごめん」

 前置きのように謝った先輩は、私をベンチに座らせた。その前に立ったままの先輩は、いつもとは違ってまっすぐにこちらを見ない。いつだって、他人への誠実さを表すかのようにじっと見つめ返してくれる先輩にしては珍しい。


「…どうか、しましたか?」

 恐る恐る尋ねると、先輩は小さく息を吐き出した。そうして、何かを告げようと彼が口を開いた…その瞬間。



 鞄の中の私の携帯電話が、けたたましい音で流行りの着メロを鳴らした。

「す、すみません」

 話を遮ってしまったその音を消そうと携帯を出すと、「出たら?」と先輩の声が降ってくる。謝るように頭を軽く下げてから、私は携帯を開いた。


 ディスプレイに浮かんだ相手の名前は………真帆?


 どうしたんだろう、と思いながら、通話ボタンを押す。

「もしもし?」

『……ハルカ?』

 携帯の向こうから聞こえてきた声音がいつもと違っていて、私は思わず目を見開いた。


「え、どうしたの?…泣いてるの?」

 真帆が泣きながら電話をしてくるなんて、今までになかったことだ。驚きを隠せずに問いかけると、真帆からは『ハルカ……ごめん』という弱々しい声が返ってくる。


「『ごめん』って…どうしたのよ?何かあったの?真帆!?」

 慌ててまくしたてるように尋ねると、その名前を出した瞬間に目の前のタクミ先輩がバッとこちらを振り返った。そのリアクションに驚いた私が一瞬目をみはった刹那、先輩は何も言わずに私の携帯電話に手を伸ばす。



 タクミ先輩らしくなく、乱暴にひったくるようにその電話を取り上げると、有無を言わさぬままボタンを押して通話を切ってしまった。

「…っ、タクミ先輩!?」

 そんな振る舞いが先輩らしくなくて、私は面食らいながらその顔を見上げる。



「…聞かなくていい、今は。多分彼女が謝りたいのは…俺のことだから」

 静かになった携帯電話を私へ返しながら、先輩はそう言った。え、と声を漏らすと、先輩はわずかに目を伏せる。


「…俺の話が終わったら、かけ直してあげて」

 そう言って、先輩はゆっくりと話し始めた。



******



「…ホワイトデーの時の話なんだけど」

 少しだけ目線を逸らしたまま、先輩はそう口火を切る。その仕草もらしくなくて、私は逆に食い入るように先輩を見つめてしまった。


「あの時、ちゃんと答えてなかったから…」

 続いた言葉に、私は目を見開く。ホワイトデーの時のことと言えば…。


 私が、見返りを期待しないからせめて先輩を好きでいさせてほしい、って言ったこと?


 そう思い当たった私の予想は当たっていたらしかった。先輩はそれを肯定するように、今日初めて正面から私を見つめる。


 まっすぐな眼差しがいつにも増して真剣で、思わず胸が緊張で震えた。



 そうして、先輩は言う。




 私の好きな声で、一番嫌いな言葉を。




 …一番、聞きたくなかった一言を…。





「ごめん」




 頭を鈍器か何かで殴られたような衝撃だった。ショックで瞬時に真っ白になった視界が戻ってくるのに、数秒かかる。


 そうして何とか意識を取り戻した私は、「…なんで…」と声を絞り出した。


「何で、今更…っ?先輩あの時、何も言わなかったじゃない!拒まなかったじゃない!」

 堰を切ったように、叩きつけるように言葉を投げる。それを真正面から受け止めて、先輩は目を伏せた。


「…だから…ごめん」

 『今更』なことと、あの時ちゃんと拒否しなかったことと…。先輩は、全てにおいて謝っているようだった。



「……嘘、ですよね、先輩」

「………」

「大丈夫、私、何も望まないから…好きでいるだけでいいから!」

 心臓がキリキリと悲鳴を上げる。痛みに耐えられずに、私は言葉を継ぎながら胸の辺りを押さえた。



「だからお願い。好きでいることもダメだなんて言わないで…」

 視界が潤んでくる。溢れ出した涙が収まりきらずに滴となって落ちるまで、時間はそうかからなかった。それを拭うことすらできない私を、先輩は黙って見下ろしていた。



「………」

 しばらくの沈黙の後、先輩がハンカチを差し出してくれる。受け取ったそれは、いつもの先輩の匂いがした。ホワイトデーの時もこれと同じことがあったのに、あの時とは真逆の意味の涙を拭くことになるとは思わなかった。



「…すぐに、誰か見つかるよ」

 ハンカチを目頭に押し当てた私に、優しいようで冷酷な言葉が降ってくる。




 誰かって、誰?

 私には、タクミ先輩以外いないのに…。たとえ先輩が振り向いてくれなくたって、私は先輩以外誰にも惹かれないのに…。





「…迷惑、なんですか?」

 しばらくの沈黙の後に、私は静かにそう問いかけていた。気づくと発していた言葉。タクミ先輩は、少し目をみはった。




「ホワイトデーの時、先輩は「迷惑じゃない」って言ってくれた…。でもそれは、私に気を使っただけだったんですか?本当は私が想うだけでも、タクミ先輩は迷惑なんですか?それだったら、私…」

 言いかけた私は、先輩の射抜くような瞳に思わず続く言葉を飲み込んだ。真っ直ぐに私を見下ろす先輩の眼差しから、本気の決意みたいなものを感じたから…。




「…迷惑なんだ」

 続くその言葉に、気を失いそうになる。




 再び訪れた沈黙が痛い。そうして静かな夜の闇が、私の心まで真っ暗に覆ってしまった。




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