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Sweet&Cool  作者: みずの
Loose
11/57

Loose 4  side:Takumi


『数学準備室にいるって言ったくせに、どこにいるのよ!?』

 開いたメール画面から、愛海の怒鳴り声が聞こえてくる気がする。部活に顔を出すのが終われば電話をくれればいいと言ってあったのに、どうやらわざわざ数学準備室へ赴いたらしい。名取先生を快く思っていない愛海が直接訪れるなんて、珍しい。



 図書室を出て、すぐに電話をかけ直す。コール音で待たされることなく、若干不機嫌そうな愛海の声が応対した。

『どこにいるの?』

「今から昇降口に行くよ」

 答えになっていない答えを返すと、愛海はブツブツと文句を言いながら通話を切った。心なしか早足で、俺は言葉通り昇降口へ向かう。長い廊下を抜けて辿りついたそこには、愛海が先に来ていた。靴箱にもたれかかって、俺のクラスの分の前で待っている。

「図書室に行ってた」

 聞かれる前に、先にそう告げた。



「図書室?」

 小首を傾げる愛海に、軽く頷く。

「名取先生が今日はすぐに帰るって言うから、ちょっと」

 俺の答えに、愛海は納得したように「ふぅん」と小さく頷いた。

「待たせてごめんね」

 それから、ようやく気持ちを落ち着けたのかそう素直に謝ってくる。



 笑って首を振って、俺は自分の靴箱に手をかけた。蓋を上に引いて開くと、そこには靴と一緒にあるはずのないものが置かれていた。

「…あら」

 後ろから覗きこんできた愛海が、どこか面白そうにそう声にする。そこにあったピンク色の封筒を手に取って、俺は小首を傾げた。



「最近モテモテねー、タクミくん」

 揶揄するように笑って、愛海は自分の靴を履く。開けないままそれを鞄にしまい、俺もその後に続いた。



「どうするの?それ」

「どうするって?」

 答えの分かりきっている質問に、俺は復唱しただけではぐらかす。書かれている内容にもよるけれど、どちらにせよ断るだけだ。


「モテモテの彼氏を持つと辛いわー」

「…よく言うよ」

 俺の告白される頻度とは比にならないほど、愛海はモテる。それこそ学年問わずだ。



「それよりタクミ、お昼パスタにしない? 駅前においしいお店あるって教えてもらったんだ」

「いいよ」

 短く返事を返して、俺たちは並んで昇降口を出る。校舎の外に出てから、なんとなく振り返って図書室の辺りを仰ぎ見てしまった。


「タクミ?」

 呼ばれて、ハッと我に返る。少し先を歩いていた愛海に追いついて、そのまま学校を後にした。



******



 友達に聞いてきたというパスタ屋の料理を、愛海は終始絶賛していた。その後いつも通り買い物に付き合い、それから家へと向かう。父親と二人暮らしの俺の家で受験勉強するのも、今日のように学校が半日の時や休日の過ごし方の一つだった。



「それでね、瑞穂がねー」

 愛海の友達の話を聞きながら家の鍵を開け、中に入ろうとした、その時だった。玄関にある物を見つけ、俺は思わず目を見開く。それに気づいたからか愛海も一瞬言葉を失い、俺の顔を見上げた。



 あるはずのない女物の靴が、そこに並んでいる。驚きはしたが瞬時にそれが何を指し示しているのか理解して、俺は自分も靴を脱ぐ。後をついてくる愛海と一緒に、そのままリビングへ向かった。



「あ、お帰りぃ」

 ソファに体を横たえた女が、俺と愛海を見て力なく笑った。



「…何してんの」

「お久しぶりです」

 俺の言葉と、愛海の声が重なる。声をかけられた張本人は、どこか辛そうに上体を起こしながら俺を無視して愛海に「久しぶり」と言葉を返した。



 それからようやく俺の方を見て、わざとらしく頬を膨らませる。

「久しぶりに帰ってきた姉にその態度? 相変わらずクールな弟ねー」

 言葉ほど責める響きはない。そう言って、彼女はまたソファに横になった。




 数年前に結婚してこの家を出ていった、姉の理沙だ。性格は男まさり…というか、サバサバしている方だと思う。愛海と俺は幼馴染なので、当然2人も昔からの顔見知りだ。



「具合が悪くてさぁ…本気で辛いから、帰ってきた」

 確かに本当に辛そうに、姉はそう言う。冷やしたタオルをおでこに乗せながら、大きくため息を吐き出した。

「家にいても良かったんだけど、旦那に殺されそうだからこっちに来たの」

「『殺されそう』?」

 大げさな言い方に思わず吹き出して、俺はそう姉の言葉を繰り返した。

「そう。だってね、あいつ、具合が悪い私に昨日の夕飯何を作ってくれたと思う?カツ丼よカツ丼!」

 思い出しても腹が立つのか、吐き出すようにそう言う。

「いっぱい食べて元気出した方がいいから、だって。それで今日の朝はウナギよ?殺す気かって!」

 ここにはいない旦那への不満を並べながら、姉は続けた。


「それより准一のお粥食べたいーと思ってさ」

「あ、私でよかったら今作ってきます」

 愛海が慌ててそう言って、台所の方へと消えていった。



 その後ろ姿に「ありがとう」と声をかけてから、姉は乗せたタオルを取る。そしてじっと俺を見据えてきた。

「まだ付き合ってるのね、2人は」

「…それがどうかした?」

 今日名取先生に言われたことを思い出し、姉にも同じことを言われるのかという予感がした。眉を寄せてそう不機嫌そうに聞き返すと、姉は意外にも首を振る。

「別に。仲良くね」

 力なく笑って言ったその言葉に、俺はわずかに目を見開いた。そう言われるとは思ってなかったからだ。




「それよりさ」

 姉の体調の悪さがどれくらいのものなのかわからなかったので、とりあえず体温計を手渡しながら俺は話を変える。

「旦那さんにここに来ること言ってから来てるわけ?」

 尋ねると、姉はとんでもないというように大きく頭を振った。

「言えるわけないでしょ!連れ戻されて今度はステーキでも出されたらどうすんのよ」

「いや、さすがにそれはないと思うんだけど」

 苦笑いしてツッコミを入れながら、俺は続ける。

「でも向こうは『今日は早く帰る』って言ってたから、今頃家にいないのに気づいて心配してるんじゃない?」

 携帯すらチェックしてなさそうな姉にそう言うと、「…准一、あんたから連絡しといて」というやる気のない返事が返ってきた。

 ため息まじりに携帯を取り出して言われたようにしようとした時、「…ねぇ」という控えめな声が俺を呼んだ。


 携帯をいじりながら「ん?」と返事をすると、姉がどこか真剣な顔をしているのに気づく。それに気づいたから、俺は携帯から視線をはずしてそちらを見つめ返した。そんな俺に、姉は言葉を紡ぐ。

「准一、今幸せ?」

 思いがけない問いかけに、俺は一瞬目を見開いた。姉の視線が、じっと俺に注がれる。



「うん」

と頷くと、姉は「…そう。ならいいの」と少しだけ微笑んで再び目を閉じた。そんな姉を見つめてから、俺は愛海のいる台所を振り返る。



 少しだけ、胸の痛みを感じながら…。




******




 その日の夜中ずっと姉の看病をさせられ、気づくと朝になって睡眠不足のまま学校へ向かうハメになった。昼休みになって、購買へ向かおうとした廊下で名取先生に出くわす。

「…理沙、具合どう?」

 看病を俺に任せたことを謝りながら、先生は俺にそう尋ねた。体調の悪い人間にカツ丼やらうなぎやらを食べさせようとした間違った愛情を注ぐ旦那は、他ならないこの人だ。


 俺たちは周りに聞かれないように、互いに声を潜める。

「ちょっと辛そうですけど、熱も微熱だし大丈夫だと思います」

「風邪?」

「…さぁ」

 正直にわからなかったので、軽く小首を傾げて応える。



 微熱の割りには悪寒はないようだし、吐き気がするという割りには愛海のお粥は平らげていた。近頃急に暖かくなってきたところだから、少し体調を崩しただけかもしれない。



 姉がうちに来ていることを連絡すると先生は昨日すぐに駆けつけると言ってくれたけれど、それを断固拒否したのもやはり姉だった。おかげで先生は心配で仕方がなかったみたいだ。目の下にうっすらクマができている。

 それに気づいて思わず笑った俺に、先生はその理由に気づけずにただ首を傾げた。



「それより准一、今日は俺も放課後すぐに学校出てそっちに行くから…」

「あぁ、はい。父も楽しみにしてますよ。娘が体調悪い時に不謹慎ですけど」

 俺の父親と先生はとても仲が良い。それは結婚前からのことで、大学時代2人が付き合っている時からだった。



「じゃあ、車に乗せてってやるよ。…放課後に、いつもの場所で」

 そう言い置いて踵を返そうとする先生を、俺は慌てて呼び止める。

「すみません、ちょっと放課後用があるんで…」

 言葉を濁すように言いかけた俺に、先生は振り向きながら意外そうに眉を上げた。

「何、時間かかる用事?」

「……いえ、多分すぐ終わると思いますけど」



 部活ももう引退したし、先生には俺の言う「用」が思い当たらなかったんだろう。しばらく眉を寄せて俺を見た後、何かに気づいたらしく「あぁ」と手を叩いてみせる。それからニヤニヤと笑い、俺の肩をわざとらしく抱いてきた。



「モテる男は大変だねぇ、准一クン」

「……そんなんじゃないですから」

 ため息まじりに先生の手を肩から離させて、俺は呆れ気味にそう応えた。



******



 用が終わるまで車で待ってくれているという先生に感謝しつつ、俺は放課後旧校舎へ続く渡り廊下に行った。この学校は校舎が新しく建てられたばかりで、旧校舎は今では特別授業を行うくらいにしか使用されていない。きっと、そのうち取り壊されることになるんだろう。

 そんな校舎の渡り廊下で何の用があるのかというと、昨日下校時に見つけた靴箱の中の手紙のせいだ。


 ピンク色の封筒の中には、今日の放課後にここで待っているということと差出人の名前が書かれていた。どうやら二年生の女の子らしいけれど、名前を見てもピンと来ることはなかった。



「先輩、来てくれたんですね」

 先にそこに来ていた女の子は、俺が来たのを見て嬉しそうにそう声を上げた。わずかに目が潤んでいる気がする。



「こんにちは」

 とりあえずどう切り出していいかわからなかったので、笑顔で挨拶をしてみた。

「あ、あの、先輩。手紙にも書いたと思うんですけど…」

 少し俯き加減に、もじもじしながらそう話を切り出してくる。そんな彼女を見つめながら、頭の中では「…やっぱり見覚えもないな」と冷静にそんなことを考えていた。名前を見てもわからないはずだ。ショートカットのこの彼女と、会ったことのある記憶すらない。



「前からずっと、拓巳先輩のことが好きなんです!良かったら付き合ってください!」

 下を向いたまま思い切って…という感じで、彼女は大きな声でそう言い切った。真っ赤な顔で俯く彼女を見て、俺は逆に自分の中の何か冷たい部分があるのに気づく。この手の告白をされる時は、大体そうだった。



 …きっと、あの子ならこんな言い方はしない。俺の目を見て、いつだってまっすぐに迷いのない言葉をくれる。



 ……そう思ってしまっている自分にハッと気づき、俺は目の前の彼女にバレないように頭を振った。………何を、考えているんだろう俺は。



「ありがとう」

 地面を見据えたままの彼女にそう声をかけると、ゆっくりと顔を上げる。ようやく目が合って、俺は少し困ったように笑った。

「でもごめん。俺、付き合ってる人がいるから…」

「春日愛海先輩ですよね」

 俺が言い終わらないうちに、彼女はさっきまでとはうってかわって低い声でそう口にした。その変わりように一瞬驚いて、俺は小さく目を見開く。



「それでも構いません」

「……………え?」

 瞬時には彼女の言っている意味が理解できなくて、俺は思いっきり返事が遅れてしまった。さっきまでのいじらしい風な彼女の言葉とは、到底思えないセリフだ。



「それがダメなら、愛海先輩と別れたら私と付き合ってください!それまで待ってますから!」

「…いや……あの…」

 勢いづいたらしい彼女は、まっすぐに俺を見据えてそう言う。



 思わず気圧されそうになったけれど、こういうタイプははっきりと言わないとダメだろう。そう思って、わずかに背筋を伸ばすと俺も改めて彼女とまっすぐに対峙した。



「ごめん、それはできないんだ」

「…愛海先輩と別れることはないっていうことですか?それとも、別れても私とは付き合えないってことですか?」

「……ごめん」

 答えになっていないことは自分でもわかっていたけれど、そう謝るしか俺にはできなかった。

「じゃあ…期待しないで好きでいるくらいはいいですよね? 私が勝手に想ってるくらいなら」

 今までに何人かに言われた言葉が、彼女の口から漏らされる。



 実際、そんなことはあり得るんだろうか。見返りを求めずに何も期待せずにただ相手を想うだけ…そんなことが、人間に可能なんだろうか。



 だから、俺はいつもの言葉を返す。

「…ごめんなさい」

 傷つけるとわかっていても、そこから拒否しないと彼女だって前に進めないだろうから。



 頭を下げた俺に、彼女はついに涙を零したようだった。ヒクッと涙まじりの声をあげながら、たまらずに駆け出して行ってしまう。



 泣かせたいわけじゃなかったんだけれど……。なんともいえない罪悪感に苛まれながら、俺は自分も踵を返した。彼女とは別の方向に向けて、ため息まじりに歩き出す。




 そうして数歩歩いていったところで、ザッと物陰から目の前に人影が現れた。こんなところに誰もいないと思っていたので、俺は驚いて目を瞠る。俺の前に躍り出たその人物は、眉を寄せて俺を睨み据えていた。会ったことがあるようなないような…記憶が曖昧な女子生徒だった。



「拓巳先輩、今ちょっといいですか」

 低い声で告げる彼女についてわかったことと言えば、とにかく俺に対して怒っているらしいことだけだった。

「…君は?」

 尋ねると、彼女はこちらを睨んだまま「小野寺といいます」と唸るように言った。

「小野寺真帆です」

 フルネームを続けた彼女に、俺はようやく思い当たる。そうだ、確か愛海の剣道部の後輩で……。



「ハルカの、友達です」

 続きは彼女が直接そう告げる。黙然と見つめ返す俺に、彼女は低い声音を搾り出すように言った。



「お話があります」

 タイミングよく吹いた風が、俺と彼女の髪を掻き乱していった。




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