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Sweet&Cool  作者: みずの
Loose
10/57

Loose 3  side:Haruka


 数学の問題集を、いつでも持ち歩く癖をつけていて今日ほど良かったと思ったことはない。タクミ先輩が数学準備室に通っているのを知ってから、隙あらば便乗できるようにと持ち歩くようにしていた。始業式の今日なんて特に持っている必要もなかったものだけれど、先生に感謝だ。



 鞄を取って走って図書室へ向かうと、タクミ先輩はもう先に来ていた。新学年になって初日、さすがにまだ図書委員も決まっていないために受付に人の影すら見えない。そんな誰もいない鍵だけが開いた図書室に入ると、先輩と並んで窓際の席に座った。



「出された宿題って、どれ?」

 問題集を鞄から出すと、先輩は少しだけこちらに身を乗り出す。こんなに近くにいたことがなくて、思わず胸がドキッと高鳴った。真帆がいつも言うように、先輩は目立たないけれど…。やっぱり、近くで見ると見惚れるくらい美形だ。



 先生に出された宿題っていうのは嘘だから、私は適当にそれらしいページを開いて先輩に見せる。家で勉強していてわからなかったところだから、完全な嘘ではないと自分に言い聞かせた。問題集を自分と私の間に置いて、先輩はシャーペンを取り出す。

「どこがわからない?」

 耳の近くでするいつもの声に、かぁっと顔が赤くなる気がした。



「えっと、ここまではわかるんですけど…」

 そんな緊張感をごまかすかのように、慌てて私は数式を連ねていく。いきづまったところを示すと、先輩はノートにシャーペンを走らせながら細かく説明してくれた。




 先輩の教え方は驚くほど上手かった。その辺の教師よりもわかりやすいかもしれない。頭の良い人は教え上手って言うけれど、本当だなと思う。お願いした問題集数ページ分も、あっという間に消化できてしまった。




「タクミ先輩と名取先生って、仲良しなんですね」

 居残り学習のようなその先輩の講義を終えて、誰もいないのをいいことに図書室でそんな雑談をする。椅子の背にもたれかかった体勢で、先輩は「うーん」と小さく苦笑した。

「仲良し…っていうとなんか違うけど。まぁ尊敬はしてるかな」

 不良教師だけどね、と言って先輩は笑う。

「きっかけって何だったんですか? 1年生の時担任だったとか…?」

 重ねて聞くと、先輩は少しだけ天井を仰ぎ見た。少し何かを考え巡らせたようで、しばらくの間の後に「実は」と再び口を開く。



「俺が中学の時の、家庭教師だったんだ」

「えっ!?」

 思いがけない言葉に、私は思わず大きな声を上げる。今日が始業式でなく普通の日で、図書室にいつも通りの人がいたら間違いなく睨まれていただろう。そんな私のリアクションに、先輩はもう一度苦笑いする。あまりにも大声を上げてしまったので、私は慌てて自分の口を手で覆った。



「その時、あの人は大学生で…教育学部に通ってた」

「そう…だったんですか…」

 なんだかすごく意外だった。でもそれならこの一見合わなそうな2人がよく一緒にいるのもわかる気がする。

「それと…」

 何かを続けようとした先輩は、ふと言葉を止めた。

「? 『それと』?」

 小首を傾げて聞き返すと、先輩は何かを思いなおしたかのように頭を振って笑う。

「いや、なんでもない」

 何を言おうとしたのか少し気になったけれど、先輩の雰囲気からそれ以上聞いても無駄なようだったので私は言葉を飲み込んだ。代わりにくだらない雑談をする。先輩の担任が去年の私の担任だった学校一不人気教師だってこととか。今日私が名取先生に呼び出されたのは進路希望調査書を白紙で出したことだとか。でも、肝心の、先輩がマナミ先輩と同じクラスになったのか…とか、密かに気になっていることは聞けなかった。



 なんだか、ここでマナミ先輩の名前を出すと今の空気が一変しそうだったから。



 笑ってくれる先輩の表情が、少し曇りそうな気がした。



 そこでどれくらい談笑していただろう。いつまでも幸せな時間が続けばいいと思っていたけれど、それも長くはなかった。先輩の鞄の中から、携帯のバイブ音が聞こえる。メールだったらしくすぐに静かになったそれを取り出して、先輩は中を確認していた。



 表情からは、何も読み取れないけれど…。



 それが誰からのメールなのか、すぐにわかってしまう自分に嫌気がさした。



「ごめん、用ができたからもう行くね」

 白い携帯をゆっくりと閉じて、先輩は鞄を手に立ち上がる。急な言葉に「あ、はい」と慌てて立ち上がり、私は先輩に向けて頭を下げた。

「先輩、ありがとうございました」

 今日のお礼を言うと、先輩は首を振って笑う。そのまま、ゆっくりと図書室を出て行った。



 きっと、メールの相手はマナミ先輩だろう。



 チクリと胸が痛むのを感じて、私は制服のリボンをギュッと握った。



 仕方がないってことはわかっているのに…。タクミ先輩の彼女は、マナミ先輩なんだから。今日与えられたここでの夢みたいな出来事のせいで、そんなことを一瞬忘れてしまっていた。



 去って行く先輩の後ろ姿が、瞼に嫌に焼き付いている。そんな残像を追い払うように頭を振って、私はうなだれるように再び椅子に座った。




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