2話:猫男と女と事件
例の箱の事件から一週間が経った。
あれから2人の目が紅くなる事は無かった。
身体に異変や異常も感じなかった。
自由はいつも通りジャージで過ごしていた。
未来も今日は外出する予定は無く、部屋着で過ごしていた。
「今日はあの日についての会議よ」
未来はソファに座ると、テーブルの上に紙とシャープペンを用意した。
自由は地べたに座ると、胡坐をかいた。
「うーん、わかる事って言ったら、あの箱は開けたらいけなかったって事くらい」
自由が発言した事を未来は紙に書いていく。
未来は箱が置いてあった場所を思い出した。
「あの箱はおそらく、お母さん達に関係してる」
未来はそう言いながら紙にさらさらと書いていった。
自由はその紙をまじまじと見つめた。
紙には次々と関連付けで書かれていた。
『あの箱と私たちの紅い目は関係している』
『紅い目はなぜ光る?』
など、答えが出ない事まで書かれていた。
ふと自由が謎めいた発言をした。
「真守兄ちゃんの芸能界引退と関係してる…?」
「それはないでしょ。それは偶然だって」
自由の推測は未来によって勘違いとされた。
会議から1時間が経過――。
結局、あの箱の正体がわからない限り、この会議は終わらないと知った2人は昼食の準備を始めた。
2人の時の昼食は簡単なもので、スクランブルエッグにパンだった。
飲み物は未来が淹れるミルクティーだった。
「そろそろ宿題始めないとね」
「…ホントだね。あー理科の自由研究とか無理ー」
「星座とかはどう?私、観測するつもりだし」
未来はスクランブルエッグが乗ったパンをかじりながらそう言った。
自由は理科の自由研究は毎年、未来に任せっぱなし。
去年は同じ文章で書いていたため、怒られたこともある。
それがあったため、未来は今年は自由に見せるのを止めた。
「社会はー?"世界史の人物調べ"って書いてあるよ」
自由は"夏休みの宿題一覧表"を見ながらパンを食べていた。
未来も世界史はそこまで良くない。
自由ほど悪くはないが、人物に興味がないのだ。
「世界史で有名な人って誰がいる?」
「ペリーとかは?」
自由の口から出る人物の名前は、本当によく世に知られた人物の名前ばかりだった。
未来はある意味、自由のほうが知ってるのではないか、と思った。
夏休みの宿題の話をしていると、すでに昼食は食べ終わっており、時計は4時を指していた。
思わず話が盛り上がってしまっていた。
会議の事は2人の頭からは、すっかり抜け落ちていた。
未来は急いで昼食の後片付けをした。
「自由は、ダンボールを片付けといて」
実は、まだ引越しをしてダンボールが片付いていない状態だった。
それなのに2日後に燐子が遊びに来る。
会議などしている場合ではなくなった。
自由はダンボールをそれぞれの部屋に持って行った。
2人で使う共通の物はリビングに残しておいた。
自由はそのまま自分の部屋に行くと、荷物をダンボールから出し始めていた。
未来も食器洗いを済ますと、部屋に入って行った。
自由より未来のほうが荷物は多かった。
未来は1つずつキレイに片付けていた。
その時。
突然の頭痛に襲われた。
"葛飾燐子が、危ない――"
彼女の頭の中で誰か女の人が呟いている。
ふと、机にセットしたばかりの鏡に目をやると、あの日のように紅く染まっていた。
未来は慌てて自由の部屋に向かった。
彼もまた同じ症状だった。
「何、これ…」
「燐子が危ないって!」
未来は頭の中で聞こえた言葉を自由に言った。
彼はそれを聞いて、目を丸くした。
"4丁目に、彼女がいる――"
今度は自由の頭の中から声がした。
声は男のものだった。
自由はそのまま未来に伝えた。
「4丁目に、燐子ちゃんがいる!」
2人の頭痛はだいぶ治まっていた。
今は頭痛よりも、燐子が心配だった。
それにあの声は、一体何だったのだろう。
未来は先程の現象が気になっていた。
自由は燐子のために、ただ走っていた。
4丁目に着いたが、それほど大きな事件はない。
燐子の姿もなかった。
「いない、よね」
未来は息を切らしながら、自由に確かめるように言った。
自由は息ひとつ切らしていなかった。
そしてゆっくりと奥に見えた薄暗い場所に足を進めた。
「え、自由。そっちに行くの?」
「何となく、こっちな気がする」
自由は勘が鋭い。
それは未来もよく知っていた。
だかた反論できなかった。
彼女は自由の後ろに隠れるように、付いて行った。
すると奥のほうから銃声が聞こえてきた。
自由は人がいる事がわかると走り出した。
「え、ちょっと自由!?」
未来も慌てて重い足を走らせた。
奥は広い空間だった。
人は3人いた。
1人は肩に猫を乗せた、茶色のスーツを着た茶髪の男。
もう1人は黒いワンピースに黒のブーツ姿の目立つ茶髪の長身の女。
そして最後の1人は、葛飾燐子だった。
「燐子ちゃん!?」
自由は急いで彼女の元へ向かった。
しかしスーツを着た男が、彼の手を掴んだ。
「危ないから、こっちに――」
男と自由が目が合った瞬間、男は言葉を失った。
自由は紅い目を見開いて、訴えるように男を見た。
「彼女は、俺達の友達なんです!」
後ろにいた女も彼の目を見て呆気に取られていた。
自由の後ろから現れた未来を見ても、2人の反応は変わらずだった。
男の動きが止まった隙を見て、自由は男の手を振り払った。
振り返り燐子を見ると、彼女の周りには影が付き纏っていた。
あの影に彼は見覚えがあった。
あの日、あの箱を開けた時に現れた影と同じ――。
すると影はこちらを向いた。
そのまま自由み襲い掛かった。
「危ない!」
男は彼を庇うためにこちらに引き寄せた。
そして女は太股から暗器を取り出して、影に向かって投げ放った。
影は暗器に直撃すると、姿を現した。
その姿は鬼に似ていて、角が生えていた。
「実体を現したわね」
女はそう言うと、暗器を構えた。
男は自由の下敷きになっていた。
「あ、すいませんっ」
「大丈夫?ここから動かないで」
男はそう言うと、女と鬼が戦う場所へ向かった。
自由の許には未来が走ってきていた。
男はスーツの内ポケットから銃を取り出した。
女は暗器を投げると、一気に鬼との距離を縮めた。
しかしそれはフェイクで、その後ろで男が銃弾を放った。
女は鬼のすぐ後ろにいる燐子を救うと、自由たちの所へ届けた。
「はい。怪我はしていないから安心してちょうだい。ビックリしちゃって意識を飛ばしただけだから」
未来は眠っている燐子の手を握った。
自由は未来にもたれかかりながら、燐子を見つめていた。
しかし戦いはまだ終わってはいなかった。
鈍い音が響き、男のほうを見ると、彼は頭から血を流し倒れていた。
女は慌てて男の所へ走っていった。
男は必死になりながら立ち上がった。
「浩史!無茶はしちゃダメ!」
女は"浩史"と呼んだ男の前に立った。
そして暗器を構えると、一気に鬼に投げた。
暗器の1つが鬼の心臓を貫き、鬼はそのまま影になり消えた。
影から現れた黒い珠を女は拾うと、男のスーツの内ポケットに入れた。
「慣れない仕事をするからよ。闘い専門はあたしなんだから」
「うっさい!お前、血がつくから嫌とか言ってただろ!」
「うん、それは嫌」
2人の許に、未来と燐子を抱えた自由が来た。
未来は興味津々に2人を見た。
「お2人は、恋人同士ですか?」
その言葉に男が即否定した。
「違う!こんな奴なんて嫌だ」
「ひどっ!さっき助けてあげたのにー」
こんな事をしていたが、男の怪我は重傷だった。
頭からの出血はなかなか止まらない。
未来はとある提案をした。
「あの、私の家近いんで、来ますか?」
「いいのかしら?嬉しいわぁ」
女はそう言うと、半気絶中の男をひょいと身軽に抱えた。
男のスーツの中から猫が現れた。
猫は起用に男の頭に乗ると、怪我をした部分を撫でていた。
そのまま猫は女の肩に乗った。
「嫌だ、血がつくじゃない!」
女は悲鳴を上げながら、猫と戦っていた。
部屋に戻ると、自由は未来の部屋で燐子を寝かせた。
燐子はただ眠っているだけだった。
自由はそっと燐子の髪を触った。
さらさらしていて、まるで砂のようだった。
自由は彼女の耳元で「ごめん」と謝ると部屋を出た。
ソファでは男が治療を受けていた。
女がする手当てはかなり雑だった。
「痛いって!もっと優しくしろよ!」
「男なら、これくらい慣れなきゃダメよ」
女は豪快だった。
手当てが終わるのと同時に未来はお茶をテーブルに置いた。
女は血がついたため、手を洗いに洗面台へ向かった。
男は頭に包帯を巻くと、未来が淹れたお茶を飲んだ。
「自己紹介、まだだったな。俺は豊島浩史」
「あたしはダイヤよ」
洗面台から戻って来た女も自己紹介をした。
未来と自由も自己紹介をした。
ダイヤは未来の事が気に入ったみたいだ。
「未来ちゃんって呼んでもいい?可愛いわね」
「あ、ありがとうございます」
浩史は不機嫌そうに、ダイヤに叱った。
「あんま触るな。お前の変態がうつる」
「ちょっとそれ、どういう意味よ!」
ダイヤは浩史に反論すると、彼の代わりに猫がしゃーっと怒った。
未来は先程の事件について聞いた。
浩史の話によると、力が強い妖怪ほど鬼の姿に近くなり、弱いほど影になるらしい。
今回のは鬼に近い姿だったから力は強かったらしい。
その鬼が出没する原因となったのは、あの例の箱だった。
あの箱には、これらの鬼を閉じ込めていたようだ。
当時、鬼退治をしていたのが、彼らの両親だったそうだ。
しかし鬼と相討ちになり、鬼は箱に封じたものの鬼の力が強すぎたため、両親は自らの命を鍵としたらしい。
ようやく箱の正体がわかり、2人は理解できた。
「今度は君たちが退治する番」
浩史はそう言うと、2人の目を見た。
「君たちの目には、両親の力が宿っている」
「お母さん、お父さん……」
「だから、事件も教えてくれる」
あの時の頭の中の声は両親のものだと、2人はようやく理解した。
未来はそう思うと涙が溢れてきた。
「これを集めれば、この世は平和になるわ」
ダイヤはそう言って、黒い珠を2人に見せた。
この珠は鬼の魂だとダイヤは言った。
それをまた箱に戻していけば、また元に戻る。
「それと、君たちは呪文を知っているはず」
浩史はそう言ったが、2人は全く知らなかった。
彼は2人のきょとんとした表情に驚いたが、おそらく時間が経てば思い出すらしい。
その呪文は鬼の力を封じる事ができるという。
不安そうな顔をする2人に、浩史は優しい態度を取る事はしなかった。
「君たちが開けたんだ。他人事と思うな」
彼はそう言い放つと、ソファで寝転んだ。
どうやら怪我が痛むらしい。
「もう夜だし…自分たちの事をしててもいいわよ」
「とりあえず、夕食作ります」
未来はそう言って立ち上がった。
自由も「手伝う」と未来の後を付いて行った。
浩史はそのまま目を閉じて眠りに着いた。
ダイヤはテーブルに置かれたお茶を飲んで、一服していた。
夕食が出来ると、ダイヤは浩史を起こした。
浩史は寝起きが悪いらしく、かなり不機嫌だった。
隣にいた猫は、相当ダイヤの事が嫌いみたいで、浩史に触る事を怒った。
自由は未来の部屋に行って燐子の様子を伺った。
彼女はまだ目を覚ましていなかった。
「彼女は明日くらいに目覚めるから」
ふと後ろから声が聞こえ、自由は振り返った。
未来の部屋の前に立っていたのは浩史だった。
「浩史さん…」
「ごめん、トイレどこ?」
「あ、案内します」
自由は立ち上がり未来の部屋を出ると、浩史にトイレの場所を案内した。
夕食は客人もいるため少し豪華だった。
主食はカレーだが、おかずにたくさん調理していた。
ダイヤはつまみ食いで食べていた。
「未来ちゃん、お料理得意なのね」
「いえ、そこそこです」
「モテるでしょ?」
「全然モテませんよー」
何故かダイヤと未来は女子話で盛り上がっていた。
そこに男2人がやって来ると、4人は夕食を食べ始めた。
浩史はカレーが好物だった。
なので何杯もおかわりをしていた。
「ちょっと浩史、一応人の家なんだから」
「ん、わかってるよ」
浩史はそう言いながらもカレーを注いでいた。
「いいですよ、2人では食べきれないんで」
未来は遠慮しない浩史にそう言った。
浩史の横では猫がミルクを飲んでいた。
「この猫はオスですか?」
「メス。名前は"ミー"」
自由は猫の名前を呼んだ。
するとミーは自由に擦り寄っていった。
「基本は懐くから。あいつ以外」
浩史はそう言ってダイヤを見た。
ダイヤは楽しそうに未来と会話をしていた。
夕食が終わると、未来は後片付けを始めた。
その間に自由はお風呂に入りに行った。
ダイヤと浩史はリビングでゆっくりしていた。
「お前、次会う時はちゃんとした格好しろって言ったのに」
「だから、これがちゃんとした服よ!」
2人きりになると、また言い争いが始まっていた。
未来はキッチンからその様子を伺っていた。
「だったらもっと行儀よく座れ。はしたない」
「しょうがないでしょー」
ダイヤは頬を膨らませた。
そして胡坐を解き、正座に座り直した。
浩史は頭が痛むのか、何度も頭を押さえていた。
それに気付いたダイヤは浩史の顔を見つめた。
「…何?」
「痛いんだったら、横になったらどうよ?」
浩史は素直にダイヤの話を聞き入った。
彼はソファの上で横になると、眠気が襲い始めた。
ダイヤは彼の寝るソファに寄りかかると、そのまま目を閉じた。
浩史はダイヤが眠るのを確認すると、キッチンにいた未来を呼んだ。
「…膝掛けとかある?」
「あ、持ってきます」
未来は小さい声で答えると、ダイヤを起こさないように膝掛けを探した。
それを浩史に渡すと、彼は丁寧にダイヤの膝にかけた。
「こんなに足出しやがって。夏だけど夜は冷えるからな」
未来は浩史の分の毛布も用意していた。
浩史は一瞬驚いたが、すぐ優しい微笑みに変わった。
「気が利くね。ありがと」
浩史はそう礼を言うと、毛布を自身にかけ眠りについた。
未来はその後、お風呂場に向かった。
自由はすでに部屋に戻って寝る準備をしていた。
彼女の部屋には燐子が眠っている。
そのため未来も今日はリビングで一夜を過ごした。