008 修羅道
ウィット・ヴァイパーには、敵が多い。ラーメン店で麺をすすっている、カタギには見えない男もまた、かつての敵だ。昔、あの紫髪の男に、仲間を殺された。
ウィットは、今すぐにその男を殺したいほどの怒りを覚えた。しかし子どもたちがいる以上、そしてこの姿だと気が付かれもしないため、ウィットはなんとか殺意を抑える。
『なぁ、姉ちゃん。父さん、あの男を殺したいみたい』
『分かってるよ。でなければ、あんな険しい顔しない』
アルスとルカスは、そんなメッセージを交わしていた。
子どもたちに見透かされていることを、ウィットは知らない。
そんな中、ラーメンが出てきた。ウィットは、チラチラと殺意を抱く男の顔を見つつ、麺をすする。
(クソッ、こういうときに限って、足かせがあるんだ)
それでも、子どもを愛せる親になるためには、昔の恨みを忘れる必要もある。ウィットはあくまでも冷静に、少女らしく振る舞う。
「ぱ、メイベル。私とルカスはもう食べ終わったから、先帰ってて良い?」
揺らぐ感情の中、アルスがそう提案してきた。確かに、ふたりはすでに食べ終えている。
「あぁ……先に帰っていてくれ。カネ、あるか?」
「う、うん」
「じゃあな」
アルスとルカスは、デパート内を歩いて外へ出ようとする中、
「パパ、確実にあのヒトのこと殺すよね」
「だろうね。寒気がするくらい、目つきが鋭かったもん」
「……ルカス」
「なにさ」
「パパは、私たちを守るために悪事してきたんだよね」
「そうかな」
「私たちの年齢くらいには、二回捕まってたヒトが表社会で生きられるわけがない。今は引退してるけど、それがいつまで続くのかも分かんない」
「〝ヴァルキリー・ファミリー〟だっけ? 父さんが作った、アンゲルス最悪のマフィア組織。おれも詳しいところまでは知らないけど、メンバーはみんな死んだか終身刑らしい。だから、父さんは悔やんでるんだと思う。自分だけが生き残ってしまったことに」
娘と息子がそんな会話を交わしている頃、
ウィットは、先ほどの男を追跡し、駐車場で彼が車に乗ろうとした瞬間、
「あばよ、クソ野郎」
「うぐ──ッ!?」
男の口を塞ぎ、致死量の二酸化炭素を流し込む。防犯カメラの死角になる場所を狙っていたわけだ。
男がバタッと倒れ込み、泡を吹きながら死に絶えるのを見ることもなく、ウィットはどこか虚ろな目つきで地下駐車場からデパートへ戻っていく。
(やはり殺してしまった。死んで当然のクソとはいえ、もう殺しはしないと決めたはずなのに。家族のために生きる、と決めたのにな……)
どうにもならない後悔をしつつも、ウィットは背後に誰かがいることを悟る。
「誰だ」
ドスなんて全く効いていない、柔らかく愛らしい声。その声に、背後へいた者はせせら笑う。
「ヴァルキリー・ファミリーのドンともあろう者が、今じゃ絶世の美少女かよ。世の中退屈しねェな」
「うるせぇよ、クーパー」
背後の男、クーパー・ベルセッティは、ウィットへ語りかける。
「なぁ、やっぱりオマエは裏社会の人間なんだよ。大方、ガキができて真人間になれた気でいたんだろ? だが、おれは知ってるぞ。かつてこの国の裏社会の王だった男、ウィット・ヴァイパーを」
「……なにが言いたい? クーパー」
「裏稼業に戻ってこいよ、ウィット。オマエがいねェアンゲルスの裏社会は、退屈で仕方ねェ。なんでもMIH学園に入るらしいが、果たしてそんな退屈なところで、オマエみてェなヤツが満足できるかね?」
「知らねぇよ。失せろ」
「そう言うなよ。MIHに入るなら、面白れェ話を聞かせてやろうってのに」
「なんの話だ」
「ルーシ・レイノルズ、ってガキの話だ。見た目は12歳くれェのガキだが、中身は修羅そのもの。MIHの高等部2学年で、今一番勢いのある組織〝スターリング・ファミリー〟のドンだ。ソイツには気をつけろ、って話さ」




