001 パパが美少女になった件
ウィット・ヴァイパーは、金持ちだが惨めだ。かつて彼は腕の立つ無法者で、数多の修羅場を括り抜けて、ついに富裕層の仲間入りを果たした。結婚し、子どもをふたり作り、裏社会の稼業からは足を洗い、すべて順調に進んでいたはず、だった。
しかし、現実はウィットの足を引っ張る。妻は裏社会時代の敵に報復で殺された。息子と娘は、自分の父親のカネが汚れていることを知り、引きこもりがちになった。ふたりは学校にすら通っていない。そして、これらは自分で撒いた種だから文句をつけられない。だからウィットは、酒に溺れるしかない。
ウォッカを飲み干し、ウィットはふらふらとソファーに寝そべる。酒飲み潰れを何度も繰り返し、それでも現実から逃れることができない。惨めだ。ただ、惨めだ。
「クソッ……、おれみてェな日陰者が結婚なんてするもんじゃなかったな」
ウィットはそうボヤき、眠気がやってきたので眠ってしまうことにする。このふざけた状態がいつまで続くのか。子どもたちは、果たして自立できるのか。子どもが自立した後、ウィットはどうやって生きていくのか。嫌なことだらけだ。もう、ウンザリだ。
*
朝を迎え、ウィットは見事に二日酔いになっていた。水を飲もうと、冷蔵庫のほうへと向かっていく。
「頭が痛てぇ……。いつまでこんなことを繰り返すつもりなんだろうか……」
そうボヤいて、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。それを一気に飲み干し、ウィットは視線を下ろす。
そんな頃、娘のアルスがウィットの元にやってきた。赤毛でそばかすのある娘は、ウィットを見て、信じがたいものを見るような、そういう目つきになる。
「パパ……、どうしたの?」
「二日酔いだよ……。アルス」
「いや、そういう話じゃないんだけど」
「なら、どういう話だ?」
アルスはスマホを取り出し、ウィットを撮る。彼女はその写真をウィットへ見せてきた。
「……は?」
白髪交じりの黒髪は、金髪になっていた。薄毛に悩んでいた髪の毛は、むしろ伸びている。年相応にシワだらけになった顔は、子どものように若返っている。身長も、まるで子どもに戻ったかのように縮んでいる。それが故、服はぶかぶかになっていて、下に至っては開けている。目だけは変わらず碧いまま。
ウィットは、首を傾げた。
「一体、なにが……」
「そりゃこっちのセリフだよ。パパ、まるで女の子みたい」
「女の子? おれが?」
「うん。どう見ても、女の子だよ」
なにがなんだかさっぱりだ。ウィットは口を尖らせ、手を広げる。
そうしてウィットとアルスが不思議がっていると、
「父さん」
息子のルカスが、したり顔でこちらへ向かってきた。ウィットは、おそらくルカスがなにかをした、と考え、彼へ追及する。
「ルカス、一体なにをしやがった?」
「酒にTS薬を混ぜてみた」
「TS?」
「……パパ。TSってね、性別が入れ替わるフィクションの話だよ」
「そうなのか? アルス」
「そうだね。ついでに若返りの成分も混ぜてみたけど、効果てきめんじゃん」
金髪で翠眼、痩せ型のルカスは、楽しそうに言い放つ。
当然、ウィットとアルスの思考は停止する。しばし沈黙した後、ウィットは覇気なく言う。
「……ルカス、いたずらにしては良くないぞ。まぁ、どうでも良いけどよ」
「どうでも良いんかい」
「あぁ……どうせ家から出ることも少ねェからな」
「父さんは退屈だなぁ。せっかく美少女になれたのに、引きこもるつもりなんだ」
アルスが口を挟む。「ルカス、アンタやり過ぎよ。なんか変な研究ばっかしてるのは知ってたけど、いくらなんでも自分の父親を女の子にすることはないでしょ」
「いやぁ、そうかな? だってさ、父さん退屈そうじゃん。やることと言えば、古い映画を見るか酒飲むかの二択。ここらで刺激を加えてあげるべきだと思ったのさ、おれは」




