第6話.どこへ行っても、帰る場所
夜だった。
どれくらい走ったのか、もうわからない。
春川 悠真は、公園のベンチに崩れ落ちるように座った。
街灯の白い光。
遠くで鳴る車の音。
誰もいない、静かな空間。
やっと、追ってくる気配が消えた気がした。
「……はぁ……っ」
息が荒い。
喉が焼けるように痛い。
空を見上げる。
普通の夜空。
あまりにも普通で、涙が出そうになる。
あの部屋にいる間、
外の世界がこんなに広かったことを忘れていた。
自由だ。
やっと。
そう思った瞬間――
「見つけた」
背後から声。
振り向くより先に、何かが口元を覆った。
甘い匂い。
視界が歪む。
「やっと……会えた」
玲奈の声。
「逃げちゃだめだよ」
依月の声。
体から力が抜けていく。
ベンチから滑り落ちる。
抱き止められる。
「大丈夫」
玲奈が囁く。
「もう離さない」
「先輩は疲れているだけです」
依月の冷静な声。
「連れて帰ります」
遠のく意識の中。
悠真はぼんやりと思った。
――帰る?
どこに?
最後に見えたのは。
二人の顔。
安心したような、
泣きそうな、
狂った笑顔。
そして――暗転。
目を覚ましたとき。
白い天井。
見覚えのある景色。
手首の柔らかい拘束。
左右から感じる体温。
「おかえり」
玲奈が微笑む。
涙の跡が残っている。
「ずっと待ってた」
依月が静かに言う。
「先輩は戻ってくると信じていました」
理解する。
逃げたはずなのに。
外に出たはずなのに。
全部。
意味がなかった。
「ねぇ悠真くん」
玲奈が頬に触れる。
「外、どうだった?」
答えられない。
「怖かったでしょ?」
優しい声。
「だから言ったのに」
依月が続ける。
「ここが一番安全です」
玲奈が抱きしめる。
「もう逃げなくていいよ」
依月が手を重ねる。
「私たちがいます」
二人同時に囁く。
「「ずっと一緒だから」」
時計は、相変わらず止まっていた。
時間のない部屋。
逃げられない愛。
そして悠真は初めて気づく。
ここは檻なんかじゃない。
――帰ってきてしまう場所だ。




