第2話.壊れていく距離
放課後。
教室にはもう、ほとんど人が残っていなかった。
春川 悠真が帰り支度をしていると、背後から腕を抱きしめられた。
「見つけた。」
白雪 玲奈だった。
息がかかるほど近い距離。
背中に押しつけられる体温。
「先輩……?」
「今日ね、ずっと探してたの」
声が甘い。
けれど震えている。
「昼休み、あの子と一緒にいたでしょ?」
心臓が跳ねる。
「……黒崎のことですか」
「名前で呼ばないで」
ぴくり、と腕に力が入る。
「嫌なの。あの子が悠真くんに近づくの」
玲奈の指が、制服をぎゅっと掴む。
「だって……取られちゃいそうだから」
その言葉は、ほとんど泣き声だった。
「私、怖いの」
背中に顔を埋めてくる。
「悠真くんがいなくなったら、私……どうなるかわからない」
――重い。
あまりにも。
「先輩、落ち着いてください」
「落ち着けないよ」
即答だった。
「だって好きなんだもん」
その瞬間。
教室の扉が、音もなく開いた。
黒崎 依月。
無表情のまま、こちらを見ている。
視線が玲奈の腕に落ちた。
「離れてください」
低い声。
「今すぐ」
玲奈がゆっくり振り返る。
「嫌」
「命令です」
「なんであなたに命令されなきゃいけないの?」
空気が張り詰める。
依月は一歩近づいた。
「先輩は不安定です」
「……は?」
「春川先輩に悪影響です」
玲奈の瞳が揺れる。
「私が……悪いって言うの?」
「はい」
間髪入れない。
「先輩は危険です」
その一言が引き金だった。
「うるさい!!」
玲奈が叫んだ。
今まで見たことのない顔。
「何も知らないくせに!!」
息が荒い。
涙がにじんでいる。
「私がどれだけ……どれだけ我慢してるか……」
手が震えている。
「悠真くんに嫌われないように、ずっと笑ってたのに……!」
崩れ落ちるように、彼の胸に縋りつく。
「お願い……どこにも行かないで……」
その姿は、壊れた人形みたいだった。
依月の表情が、すっと消える。
感情が消えた顔。
「先輩」
「なによ……」
「これ以上近づくなら」
一歩、また一歩。
「排除します」
ぞくり、と背筋が冷えた。
「……やってみなさいよ」
玲奈が笑う。
涙でぐちゃぐちゃのまま。
「悠真くんは渡さない」
「渡しません」
依月は悠真の手を取った。
爪が食い込むほど強く。
「この人は、私のです」
玲奈の目が見開かれる。
「違う」
震える声。
「私のだから」
両側から腕を引かれる。
逃げ場がない。
「選んで」
玲奈。
「選んでください」
依月。
どちらも、本気だった。
どちらも壊れている。
悠真は初めて気づく。
これは三角関係なんかじゃない。
――所有権の奪い合いだ。
教室の時計が、カチ、と鳴った。
その音がやけに大きく響く。
そして彼はまだ知らない。
この二人の愛が、
もっと危険な形になっていくことを。




