第19話.最初の檻
目が覚めた時、最初に感じたのは匂いだった。
木の匂い。
新しい家具。
洗剤の香り。
(知らない場所だ)
天井は低く、照明は柔らかい。
窓はある。
だが外は見えない。
分厚いカーテン。
そして——
手首の感触。
金属。
今までで一番重い拘束。
ベッドのフレームと一体化している。
外せない。
壊せない。
逃げられない。
「起きた?」
橘 日和。
床に座り、ベッドに頬を預けてこちらを見ている。
眠っていない顔。
ずっと見ていた顔。
⸻
「ここ……どこだ」
「私のおうち」
嬉しそうに答える。
「悠真くんとのおうち」
部屋を見回す。
生活に必要なものは全部ある。
食料。
水。
衣類。
救急箱。
長期滞在を前提とした空間。
つまり——
帰る予定はない。
⸻
日和がゆっくり立ち上がる。
ベッドに座る。
距離が近い。
逃げられない距離。
「怒ってる?」
首を横に振ることもできない。
日和は少し寂しそうに笑う。
「だよね」
手を伸ばし、悠真の髪を撫でる。
昔と同じ撫で方。
優しい。
母親みたいに優しい。
だから怖い。
⸻
「話、してもいい?」
返事を待たずに語り始める。
「私ね、ずっと怖かったんだ」
視線は悠真ではなく、遠くを見ている。
「悠真くん、優しいでしょ」
「誰にでも優しくて」
「だから」
声が震える。
「誰のものにもならない」
⸻
小学生の頃の話。
毎日一緒に帰ったこと。
他の子と遊ぶと胸が苦しくなったこと。
名前を呼ばれるたび嬉しかったこと。
「引っ越すって聞いた日」
日和の手が止まる。
「息ができなくなった」
笑う。
泣きながら。
「世界が終わると思った」
⸻
「だから決めたの」
静かに言う。
「絶対に離さないって」
その頃から。
日記を書き始めた。
情報を集めた。
お金を貯めた。
場所を探した。
悠真が戻ってくる日を。
ずっと待っていた。
⸻
「先輩たちが連れていったって知った時」
目が暗くなる。
「悔しかった」
「でも、チャンスだと思った」
三人の監禁生活。
それを支援していたのも——
彼女だった。
家の手配。
物資。
連絡手段。
全部。
⸻
「三人じゃダメなの」
悠真を見つめる。
涙で歪んだ瞳。
「だって私」
声が震える。
「一番長く好きだったもん」
手を握る。
強く。
必死に。
「だから一番じゃないとダメなの」
⸻
部屋が静まり返る。
時計の音だけが響く。
日和は額をベッドに押し付ける。
子供みたいに。
「ねぇ悠真くん」
小さな声。
「ここなら安全だよ」
顔を上げる。
笑顔。
壊れた笑顔。
「もう誰も邪魔しない」
⸻
遠くで、風の音がする。
外界はある。
でも届かない。
ここは閉じた世界。
最初から準備されていた檻。
つまり。
彼女の中では。
ずっと前から始まっていた物語。
「ただいま」
もう一度、彼女が言う。




