第13話.ただいま、悠真くん
雨が降っていた。
逃げ出してから三日。
春川悠真は、ほとんど眠っていなかった。
警察にも行けず、家にも帰れず、
ただ人の多い場所を転々とする。
(どこにも安全な場所がない)
その時だった。
「……悠真?」
懐かしい声。
振り向く。
そこにいたのは——
幼馴染の少女。
橘 日和。
小学生の頃、毎日一緒に帰っていた。
家も近くて、家族ぐるみの付き合い。
引っ越してから会っていなかったはずの。
「日和……?」
彼女は驚いた顔のまま駆け寄ってきた。
「どうしたの、その顔……」
頬に触れられる。
温かい。
普通の人間の温度。
悠真の視界が滲む。「大丈夫?」
その言葉で、張り詰めていた何かが切れた。
「ああ……」
声が震える。
「大丈夫……じゃない」
⸻
気づけば、彼女の家にいた。
タオル。
温かい部屋。
柔らかいソファ。
日和はキッチンから顔を出す。
「ココアでいい?」
「……ありがとう」
普通の光景。
普通の会話。
普通の優しさ。
それが、どれだけ久しぶりだったか。
彼は知らなかった。
⸻
マグカップを受け取る。
甘い匂い。
湯気が立つ。
日和は隣に座った。
近い。
昔と同じ距離。
「ねぇ、何があったの?」
優しい声。
責めない声。
悠真は話してしまう。
監禁のこと。
二人のこと。
逃げたこと。
すべて。
彼女は、ただ静かに聞いていた。
遮らず。
驚かず。
否定せず。
そして最後に、こう言った。
「怖かったね」
その一言で。
悠真はココアを飲んだ。
安心したかった。
もう何も考えたくなかった。
⸻
数分後。
視界が揺れる。
「あれ……」
手からカップが滑り落ちる。
体に力が入らない。
隣を見る。
日和が、こちらを見ている。
笑顔だった。
でも——
目が笑っていない。
「やっと飲んでくれた」
血の気が引く。
「……なんで」
声が出ない。
体が動かない。
日和は優しく悠真の頭を撫でた。
「だってまたどこか行っちゃうでしょ?」
耳元で囁く。
「昔からそうだもん」
記憶が蘇る。
小学生の頃。
少しでも他の子と話すと機嫌が悪くなった。
帰り道を変えると泣いた。
引っ越す前の日、異様に静かだった。
「ずっと探してたんだよ」
彼女の声が甘く歪む。
「悠真くんが消えたって聞いた時、嬉しかった」
理解が追いつかない。
「やっと、私の番だって思った」
床に横たえられる。
動けない。
抵抗できない。
あの時と同じ。
いや——
それ以上の絶望。
日和は顔を近づける。
「大丈夫」
「先輩たちみたいに、怖くしないよ」
微笑む。
「だって私——」
涙を浮かべながら。
「悠真くんのこと、一番長く好きだったもん」
ヤンデレの独占欲。
メンヘラの依存。
両方が混ざった目。
「もう離さない」
鍵の閉まる音。
深夜の静寂。
そして。
彼女の最後の一言。
「おかえり」




