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第1話.優しい先輩と、静かな後輩

昼休みの屋上は、風が強かった。

 春川 悠真は、フェンスにもたれながらパンをかじっていた。

 ここに来る理由はひとつ。静かだからだ。

 クラスの騒がしさも、誰かの視線も、ここにはない。

 ――本当は、あの日までは。

「悠真くん」

 背後から、柔らかい声。

 振り返ると、そこにいたのは三年の白雪 玲奈だった。

 長い黒髪が風に揺れて、制服のリボンがかすかに震えている。

 学校一の美人。

 優しくて、面倒見がよくて、誰からも好かれている先輩。

 そんな人が、なぜか毎日ここに来るようになった。

「またここにいた。やっぱり会えたね」

 にこり、と微笑む。

 けれどその目は、どこか必死だった。

「偶然、ですよね」

「うん。偶然」

 間髪入れずに返される。

 まるで用意していた答えのように。

 玲奈は悠真の隣に座ると、距離を詰めてきた。

 肩が触れるほど近い。

「悠真くんってさ、優しいよね」

「普通だと思いますけど」

「ううん、優しい。……だって、私の話ちゃんと聞いてくれるもん」

 その声が少し震えていた。

 彼女は時々、意味もなく沈んだ顔をする。

 そして突然、縋るような目で見てくるのだ。

「ねぇ」

 玲奈が袖をつまんだ。

「私のこと、嫌いにならない?」

「え?」

「……重いって、思ってない?」

 指先が小刻みに震えている。

 悠真は言葉を選んだ。

「思ってないです」

 その瞬間――

 ぱっと、花が咲くように笑った。

「よかった……っ」

 安堵したように胸を押さえる。

 その様子は、まるで崖っぷちにいた人が救われたみたいだった。

 ――その時。

「先輩」

 低い声。

 振り向くと、屋上の扉の前に女子生徒が立っていた。

 二年の黒崎 依月。

 無表情で、長い黒髪。

 人を寄せ付けない雰囲気の後輩だ。

「……何?」

 玲奈の声が、わずかに尖る。

「昼休み、終わります」

「まだ時間あるよ?」

「そうですね」

 依月はゆっくり歩いてきた。

 そして――悠真の反対側に座った。

 挟まれる形になる。

「先輩」

「なに?」

「春川先輩に近すぎます」

 空気が凍った。

「……は?」

 玲奈の目が細くなる。

「別に、あなたに関係ないでしょ?」

「あります」

 依月は即答した。

「私は、先輩を守る係なので」

「守る?」

 玲奈が笑った。

 乾いた、冷たい笑い。

「私が悠真くんを傷つけるって言いたいの?」

「可能性はあります」

 沈黙。

 風の音だけが響く。

 玲奈の表情が崩れ始める。

「……ねぇ悠真くん」

 腕にしがみついてきた。

「この子、怖い」

 甘えるような声。

 けれど爪が食い込むほど強く抱きついている。

「私の方が先に仲良くなったのに……」

 ぽつりと落ちた言葉。

 依月の目が細くなる。

「順番は関係ありません」

「あるよ」

 玲奈が睨み返す。

「だって私の方が――」

 言いかけて、止まる。

 そして、ゆっくり笑った。

「……悠真くんのこと、好きだもん」

 心臓が止まった気がした。

 依月の表情が、初めて歪む。

「そうですか」

 静かな声。

「でも」

 彼女は悠真の手を取った。

 冷たい指。

「先輩に触っていいのは、私だけです」

 ぎゅっと握る。

 逃がさないように。

「私の方が、ずっと前から見てました」

 玲奈の瞳が揺れる。

「……なにそれ」

「先輩が気づく前から、ずっとです」

 その声は穏やかで、

 だからこそ恐ろしかった。

 玲奈の呼吸が荒くなる。

「悠真くん」

 震える声。

「どっちなの?」

 依月も言う。

「選んでください」

 逃げ道がない。

 二人の視線が突き刺さる。

 愛情なのに、刃物みたいだった。

 悠真は初めて思った。

 ――この恋は、普通じゃない。

 屋上の扉が閉まる音が、やけに遠く聞こえた。

 そして彼の日常は、音を立てて壊れ始める。


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