第69話 反響する火薬
ドリルの回転音が、唐突に止まった。
岩盤を削る不快な高音が消え、坑道に重たい静寂が戻る。
私は岩陰で身を縮め、両手で耳を塞いだ。
くる。
直感が警鐘を鳴らすよりも早く、壁の向こうで何かが弾ける音がした。
ドォン!
腹の底を殴られたような衝撃波。
目の前の岩壁が内側から膨らんだかと思うと、砕け散った。
大小の岩石が散弾のように飛び散り、土煙が坑道を満たす。
私は咳き込みそうになる口を袖で押さえ、薄目を開けた。
煙の向こうから、白い光の束が突き刺さってくる。
強力な懐中電灯だ。
光の先には、ガスマスクを装着した黒い人影が浮かび上がっていた。
「クリア。突入」
くぐもった声。
その直後、乾いた発砲音が連続して響いた。
タタタッ。
私たちの隠れている岩に、弾丸が火花を散らして食い込む。
「頭を下げていろ」
レオニスが私を押し留め、岩の側面から半身を出した。
彼の手には、先ほど奪った敵の小銃ではなく、使い慣れた自分の拳銃が握られている。
狭い場所での取り回しを優先したのだ。
パン、パン。
レオニスが二発撃ち返す。
向こう側で、誰かが短く呻き、倒れる音がした。
装備の擦れる音。
倒れた仲間を引きずる音。
「……左」
私は耳を塞いだまま叫んだ。
「二人、壁伝いに回ってくる。足音が軽い。ナイフを持ってる」
「承知」
答えたのはレオニスではない。
グレイだ。
老紳士は岩陰から優雅に歩み出た。
銃弾が飛び交う中、彼は散歩でもするかのように背筋を伸ばしている。
右手にはステッキ。
煙の中から、敵兵が二人、ナイフを構えて飛び出してきた。
至近距離。
グレイの間合いだ。
彼の手首が動いた。
ステッキの鞘が滑り落ちる音。
カラン、と鞘が床に落ちる前に、銀色の線が空気を切り裂いた。
ヒュッ。
風切り音は一度だけ。
だが、二人の敵兵は同時に動きを止めた。
彼らの手からナイフが落ちる。
次いで、彼ら自身が膝から崩れ落ちた。
手首と、太腿の腱。
正確に、動くための機能だけが断たれている。
「……衰えてはおらんようだな」
レオニスが援護射撃を続けながら言った。
「的が止まって見えるだけだ」
グレイは細身の剣を振って血糊を払い、次の標的を見据えた。
私は岩にへばりついたまま、戦況の音を聞き分けた。
この閉鎖空間では、銃声が反響して位置がつかみにくい。
だが、心臓の音は嘘をつかない。
――怖い。見えない。
――爺さんが消えた。
――リロードだ。弾がない。
「レオ! 奥の箱の裏!」
私は声を張り上げた。
「弾切れよ! 今、マガジンを落とした!」
レオニスが飛び出した。
彼は走りながら発砲し、敵に頭を上げさせないように制圧する。
その横を、グレイが影のように滑り抜けた。
二人の動きは噛み合っていた。
レオニスが敵の足を止め、グレイが仕留める。
あるいは、グレイが敵を誘い出し、レオニスが撃ち抜く。
言葉はない。目配せすらない。
ただ、長年積み重ねられた「呼吸」だけが、この殺戮の舞踏を成立させていた。
「……化け物じみてるわね」
私は瓦礫を握りしめた。
元将軍と、その師匠。
国一番の武闘派コンビを相手にした「蛇」の部隊に、同情すら覚える。
やがて、銃声が止んだ。
坑道に残るのは、火薬の煙と、鉄の臭い、そして苦痛に呻く敗者たちの声だけ。
グレイが剣をステッキの鞘に納めた。
パチン、と金具が留まる音が、戦闘終了の合図だった。
「片付いたか」
グレイがハンカチで額の汗を拭う。
息は上がっていない。
「準備運動には丁度いい」
レオニスは倒れた敵兵の装備を確認して回っていた。
弾薬と、食料、それから懐中電灯を回収する。
「……『蛇』の正規部隊だ。装備がいい」
彼は死体から剥ぎ取ったガスマスクを私に投げた。
「着けろ。この先、空気がどうなっているかわからん」
私はマスクを受け取り、ゴムの臭いに顔をしかめながら装着した。
視界が丸く切り取られ、呼吸音がシュコー、シュコーと耳元で響く。
「お嬢さん、道は?」
グレイが聞いた。
私はマスク越しに、奥の闇を指差した。
壁が崩れ、新たな通路が口を開けている。
そこから、冷たくて乾いた風が吹き込んできていた。
耳を澄ます。
戦闘の興奮が冷めるにつれ、再びあの「声」が聞こえ始めていた。
壁の中の怨嗟。
そして、その奥にある、何か巨大な空間の響き。
――入るな。
――開けるな。
――眠らせておけ。
警告の声だ。
だが、私たちが引き返すという選択肢は、とうの昔に崩落して埋まっている。
「……あっち」
私の声はマスクの中でくぐもって響いた。
「風が呼んでるわ。『一番深い場所』へ」
レオニスが新しい弾倉を装填し、先頭に立った。
グレイがしんがりを務める。
私はその間に挟まれ、瓦礫だらけの道を踏み出した。
靴底の下で、空薬莢がカランと音を立てて転がった。




