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無愛想な旦那様は、私の『耳』を溺愛しているようです 〜機密情報を囁くだけで、甘いお菓子と安全なベッドが手に入りました〜  作者: 河合ゆうじ


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第230話 雪山の引き込み線

 車外の砂利を踏む音が、貨物車両の扉の正面で止まった。

 金属のカンヌキが下から持ち上げられ、固定金具から外れる高い音が鳴る。

 扉の取っ手が横に引かれ、錆びた車輪が軌道を擦る摩擦音が車内を反響した。

 扉が開き、外の冷気が白く濁った息を伴って流れ込んでくる。


 雪の反射光がランプの光を上書きし、視界を白く染めた。

 開いた扉の向こう側に、銃を肩から下げた男が立っている。

 男の吐く息が白く形を作り、すぐに風に流されて消える。

 男は顎を上げ、レオニスに向けて手を差し出した。


 レオニスは無言で、奪った外套のポケットから折り畳まれた紙の束を取り出す。

 紙の表面についた汚れを指で弾き、男の手に渡した。

 男が紙の束を広げ、視線を落とす。

 紙が擦れる音が、周囲の風の音に混ざる。


 「検品は内部の区画で行う。荷を降ろせ」

 男は紙の束を自分のコートのポケットに押し込み、背を向けて歩き出した。


 レオニスが振り返り、木箱の間の暗がりへ視線を向ける。

 子供たちが身を寄せ合ったまま、床板に置いた靴底を動かさない。

 私は外套の襟を立てたまま木箱の隙間へ入り、一番手前にいる子供の肩に触れた。

 小さな肩の筋肉が硬直する。

 私は手を引き、出口の方向を指差した。

 布が擦れる音が複数重なり、子供たちが床から腰を上げる。

 木板を叩く不規則な足音が、車両の出口へ向かって進み始めた。


 列車の外へ降り立つ。

 靴の裏で踏み固められた雪が砕け、砂利に底が当たる感触が伝わってくる。

 見上げると、視界の左右を垂直に切り立った岩肌が塞いでいる。

 岩肌の間に人工のコンクリート壁が埋め込まれ、壁面から突き出た排気筒から濃い灰色の煙が絶え間なく吐き出されていた。

 巨大な換気扇が回転する低い唸り声が、空気を振動させ、足元から地響きのように伝わってくる。


 案内する男の後を追い、コンクリートで舗装されたスロープを上る。

 子供たちが足を滑らせ、互いの服の裾を掴んで体勢を立て直す。

 スロープの先にある金属の両開きの扉が、内側から重い機械音を立てて開いた。

 熱気と、機械油の揮発した匂いが鼻腔を突く。


 施設内部の通路は、装飾のないコンクリートの壁と天井で構成されている。

 天井に並んだランプが、壁の表面の凹凸に影を作っていた。

 前方を歩く子供たちの足音が、壁に反射して倍の量に聞こえる。

 私は歩幅を落とし、壁側に体を寄せた。

 厚手の外套の袖をまくり、素手をコンクリートの表面に押し当てる。


 目を閉じ、換気扇の唸り声と足音の層を耳から排除する。

 分厚い壁の向こう側、施設の深部からコンクリートを通して伝わってくる振動を拾い上げる。


 金属が硬い岩を叩き割る音。

 打撃音が一定の間隔で連続し、空間を満たしている。

 その規則的なリズムの隙間に、不規則な摩擦音が混ざり込む。

 空気を吸い込もうとする喉の鳴る音。

 その音が途切れ、重い物体が硬い床に倒れ込む鈍い衝突音。

 倒れたものを引きずる布の摩擦音が続く。

 声を張り上げる大人の男の指示と、金属の棒が壁を叩く威嚇の音が重なる。


 私は目を開け、壁から手を離した。

 外套のポケットから手帳を取り出し、鉛筆の芯を紙のページに押し当てる。

 レオニスが歩幅を調整し、私の横に並ぶ。

 「何が聞こえる」

 彼の声は、足音の反響に紛れる音量に抑えられている。


 「無休の労働による肉体の消耗音よ」

 私は手帳のページに鉛筆を走らせる。

 芯が紙を削る音が鳴る。

 「労働者が倒れる音が絶え間なく続いているわ。交代の気配もない」

 私は手帳の余白を鉛筆の跡で埋め尽くす。

 「労働基準を完全に無視した施設ね。ここまでの未払い賃金と、健康被害の賠償金を計算すれば、この建物を解体して資材を売り払っても足りないわ」


 手帳を閉じ、ポケットに滑り込ませる。

 「全ての資産を差し押さえるわよ。隠し金庫の場所と、責任者の位置を特定する」

 レオニスは前方を歩く案内役の背中を見据えたまま、外套の下でホルスターの留め金を指で弾いた。

 革が擦れる微かな音が、通路の騒音に紛れて消えた。

 通路の先で、案内役の男が立ち止まり、壁面の操作盤に手を伸ばしている。

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