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無愛想な旦那様は、私の『耳』を溺愛しているようです 〜機密情報を囁くだけで、甘いお菓子と安全なベッドが手に入りました〜  作者: 河合ゆうじ


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第228話 窓ガラスの結露

 鞄の留め金を押し込み、固定金具が噛み合う音が鳴る。

 客室の扉の外から、車輪の付いたカートが床の絨毯を転がる音が近づいてきた。

 ガラス越しの影が扉の前で止まる。

 扉の金属枠をノックする音が二回鳴った。


 レオニスが長椅子から腰を浮かせ、扉の取っ手を引き下ろした。

 制服を着た販売員が、蒸気を上げる金属製のポットを乗せたカートを押して立っている。

 「温かい飲み物を」

 レオニスがポケットから硬貨を取り出し、販売員の手に渡す。

 硬貨同士がぶつかる音。

 販売員が陶器のカップを二つ、テーブルの上に置く。

 ポットから濃い茶色の液体が注がれ、湯気が室内の空気に混ざる。


 扉が閉まり、カートが遠ざかっていく。

 私はカップの持ち手に指を通し、顔に近づけた。

 茶葉の匂いと、焙煎された豆の匂いが混ざっている。

 液体の表面に息を吹きかけ、一口飲む。

 強い苦味が舌を刺激する。

 「砂糖はないの」

 「高地へ向かう路線では嗜好品の積載が制限されている」

 レオニスはカップを手に取り、そのまま口に運ぶ。

 喉仏が上下に動く。


 窓のガラスに変化が現れる。

 透明だった表面に細かな水滴が付着し、外の景色を歪ませ始めている。

 窓枠の金属部分に触れると、指先に刺さるような冷たさが伝わってきた。

 私は長椅子の上に置かれていた防寒具の包みを引き寄せる。

 厚手の毛皮のコートを広げ、膝の上に掛けた。

 獣の毛の匂いが鼻を突く。

 「暖房の配管が床を通っているはずだけど」

 「外の気温が配管の熱量を上回った」

 レオニスが自分の毛皮のコートを手に取り、袖に腕を通す。

 分厚い生地が擦れる重い音が室内に響く。


 車体の揺れが大きくなり、車輪が鉄のレールを削る音の周期が長くなる。

 列車の速度が落ちている。

 窓の結露を指の腹で拭い取る。

 ガラス越しに見えるのは、急な傾斜の岩肌と、そこに張り付く白い雪の塊だ。

 制動装置が作動し、金属が激しく擦れ合う高い音が耳を塞ぐ。

 前後に強い衝撃が走り、列車が完全に停止した。


 「予定の駅ではないわね」

 私はカップをテーブルに置く。

 底が陶器の受け皿に当たり、短い音が鳴る。

 レオニスが立ち上がり、窓ガラスに顔を近づける。

 「機関車への給水と、貨物の切り離しを行う中継地点だ」

 外から、軍靴が砂利を踏む音が複数聞こえてくる。


 私は窓ガラスに耳の側面を押し当てた。

 冷たさが皮膚を通して頭蓋骨に響く。

 目を閉じ、外の雑音を層ごとに分解していく。

 蒸気の噴き出す音、鉄の連結器が外される重い衝突音。


 その後方、連結を外された貨物車両の分厚い鉄板の向こう側。

 微細な摩擦音が、重い金属の箱の内部で反響している。

 布が擦れる音。

 靴底を持たない足が、木板の床を叩く不規則な音。

 『動くな』

 大人の男の低い声が、壁を隔てて伝わってくる。

 『次の機関車が繋がれるまで音を立てるな』


 私は窓から耳を離した。

 「後方の貨物車両に、複数の人間が乗っているわ」

 レオニスに顔を向ける。

 「大人の見張りが数人。それに、防寒具を着ていない小さな足音が複数。布で口を覆われている摩擦音もする」


 レオニスが腰のホルスターに手を当て、留め金を外す。

 金属のボタンが外れる音が鳴る。

 「この列車は山脈の麓まで直通だ。その貨物も同じ場所へ向かっている」

 彼は客室の扉に手をかけた。

 「検札を装って見張りを排除し、中身を確認する」


 私は毛皮のコートに腕を通し、前面のボタンを留める。

 鞄を肩に掛け、彼の背中に続く。

 客室の扉が開き、暖房の効いた室内と通路の空気が入れ替わる。

 通路の窓は全て結露で白く濁っている。

 私たちは絨毯の敷かれた通路を、後方の車両に向かって歩き出した。

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