第223話 地下競売の出品物
換気ダクトの稼働音だけが、室内の沈黙の隙間を埋めていた。
女はテーブルの上のグラスを見下ろしたまま、椅子の肘掛けに手を置いた。
ゆっくりと立ち上がる。
ドレスの布地が重なり合い、重い摩擦音を立てた。
「交渉は不成立ね」
女が口を動かす。
彼女はレオニスの足元に転がる薬莢へ視線を向け、再び私の顔を見た。
「でも、明日の地下競売で私の完成品が売れれば、あなたが手帳に書き込んだ額面の金貨を用意してあげるわ」
女は背後の男たちに顎で方向を示した。
男たちが上着の内側から手を出し、両腕を体の横に下ろす。
レオニスは壁際から動かず、男たちの視線を受け止めている。
女が踵を返し、扉へ向かって歩き出す。
男たちが彼女の周囲を囲むように動き、金属の取っ手を押し下げた。
扉が開き、廊下の空気が流れ込んでくる。
女の靴音が絨毯の上でくぐもり、男たちの足音とともに部屋から離れていく。
扉が外側から引かれ、枠に収まる重い音が鳴った。
私は部屋の中央から動き、閉まった扉の前に立つ。
木製のパネルに耳を近づけ、目を閉じた。
厚い扉の材質を通して、廊下を遠ざかる複数の足音が聞こえる。
足音の間に交わされる、男たちの低い声の振動を鼓膜で拾い上げる。
『出品物の輸送は終わっているか』
『海中金庫室に収容済みです。赤い石の増幅器。広域への精神干渉の起動確認も済ませてあります』
『警備の配置を倍にしろ』
足音が階段を降り、声の反響が完全に途切れる。
私は目を開け、扉から顔を離した。
レオニスが床に落ちていた銃の弾倉を拾い上げ、テーブルの上に置く。
金属が木に当たる音が室内に響いた。
「赤い石の増幅器」
私はレオニスに視線を向ける。
「明日の競売の出品物よ。広範囲への干渉機能が追加された完成形。それが売れれば、あの女は莫大な資金を新しく手に入れることになるわ」
レオニスが弾倉の表面についた糸くずを払う。
「兵器の買い手が誰であれ、この都市の外部に持ち出されれば被害の規模は予測できない」
「被害の規模より、債務者の資産隠しの方が問題よ」
私はコートのポケットの上から、先ほどカジノで稼いだ金属板の重みを確認する。
「他人の資金で借金を返させるつもりはないわ。あの女が資金を得る前に、競売の出品物自体を私たちが差し押さえる」
レオニスがテーブルの上の薬莢を指で弾く。
薬莢が転がり、グラスの底に当たって高い音を立てた。
「競売の参加資格と、落札のための資金が必要だ」
「帝国の宰相の金庫から回収した紙幣の束と、今日テーブルの上のゲームで増やした金属板があるわ」
私は扉の取っ手に手をかける。
「金属板を現金に換える作業に戻るわよ」
取っ手を押し下げ、扉を開く。
廊下の壁に並んだランプの光が、足元の絨毯を照らしている。
私たちは廊下を進み、上ってきた螺旋階段を下りていく。
階段を下るにつれて、下の階層の騒音が再び層を成して耳に届き始める。
木製の車輪が回転する音、硬貨がテーブルに落ちる音、群衆の話し声。
カジノフロアの端にある交換所の窓口へ向かう。
レオニスが手持ちの箱を窓口の台に置き、金属板を流し込む。
板が台の上で崩れ、高い衝突音を立てる。
窓口の内側にいる職員が金属板を仕分け、計算の作業を始める。
私は窓口の横に立ち、職員の手元で札束が積み上げられていく音を聞いていた。




