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無愛想な旦那様は、私の『耳』を溺愛しているようです 〜機密情報を囁くだけで、甘いお菓子と安全なベッドが手に入りました〜  作者: 河合ゆうじ


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222/228

第222話 母のスポンサー

 息を飲み込む小さな音が室内に響いた。

 直後、女の顔の筋肉が緩み、唇の両端が釣り上がる。

 彼女はテーブルの上の手帳に視線を向けたまま、背もたれの高い椅子に腰を下ろした。

 ドレスの裾が椅子の脚の金属部分に擦れる。


 「相変わらず、計算の処理が早いのね」

 女がグラスを持ち上げ、中の氷を揺らす。

 ガラスと氷の衝突音が連続して鳴る。

 「でも、その請求額をあなたが回収する手間は必要ないわ。私の研究は、間もなく完成の段階に入る。この都市の支配者が、無制限の資金を私に提供してくれているのよ」


 私は手帳をコートのポケットに戻した。

 「他人の財布を当てにしている時点で、支払い能力の欠如を自白しているのと同じよ。あなたの後ろ盾が誰であろうと、債権の取り立てを止める理由にはならないわ」


 女はグラスをテーブルに置く。

 結露した水滴が木の表面に円形の染みを作る。

 「完成すれば、そんな額面以上の価値を生むわ。ただ、最後の部品が足りないの」

 女の視線が、私の側頭部、耳の位置に固定される。

 「あなたのその特異な聴覚。その機能構造を解析できれば、私の装置は広範囲の精神を完全に掌握できる。協力しなさい。そうすれば、請求書の通りの金貨を現物で用意してあげるわ」


 「部品の提供と引き換えの支払い? それはただの新規の買取契約よ。過去の負債の返済とは別会計ね」

 私はコートの襟を直し、テーブルから半歩下がる。

 「それに、自分を解剖台に乗せるような取引に応じるほど、私は自分の価値を安く見積もっていないわ」


 女が短く息を吐く。

 彼女の視線が、私の後ろから彼女自身の背後へ向かって動いた。


 部屋の壁際に立っていた黒い服の男たちが、同時に体を前に傾ける。

 彼らの手が上着の裏側に伸びる。

 布地が擦れる音。

 ホルスターの留め金が革から外れる硬い音が、私の耳に届く。


 私が口を開くより早く、背後のレオニスが動いた。

 靴底が絨毯を蹴る音が一度だけ鳴る。

 レオニスの体が私の横を通り抜け、テーブルの脇を通り過ぎる。

 一番手前にいた男が銃のグリップを握り、引き抜こうとした瞬間、レオニスの手が男の手首を掴んだ。


 男の腕が不自然な角度に捻り上げられる。

 骨の関節が外れる鈍い音が部屋に響く。

 男の口から短い呻き声が漏れ、膝が床に落ちる。

 レオニスのもう一方の手が、男の手から滑り落ちた銃を空中で掴み取る。


 レオニスの指が銃の金属部品に素早く引っかかる。

 弾倉が本体から抜け落ち、絨毯の上に沈み込む。

 スライドが引かれ、チャンバーの中に残っていた弾丸が排莢口から飛び出す。

 真鍮の薬莢がテーブルの天板に当たり、高い音を立てて転がった。


 レオニスは分解した銃の本体を男の胸に押し当て、壁際へ突き飛ばした。

 男の背中が壁のパネルに衝突する音が鳴る。

 他の男たちが動きを止める。

 上着の裏に手を入れたまま、視線をレオニスに固定している。


 「俺の雇用主との交渉に、金属の道具は必要ない」

 レオニスは手袋の指先を直し、男たちと女の間に立つ。

 「次に金具の音を鳴らした者は、腕の骨の構造を物理的に作り変える」


 女の顔から笑みが消える。

 彼女の視線がレオニスの背中と、床に落ちた弾倉の間を往復する。

 グラスの中の氷が溶け、水面が微かに揺れている。

 換気ダクトの低い稼働音だけが、室内の沈黙の隙間を埋めていた。

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